無名のカシム
市街地中央に目立つようにデストロイヤー級エアロシップを配して敵の目を引かせながら、ホーネット・アサルトに乗ったディア・アルマは敵の動向を探っていた。試製シンフォニック・タクトによると、いくつかのグループに分かれて市街に広がっていっている。分散した小隊は数機の小規模なものだが、中央には数十機の部隊が街の中央を目指して進んできていた。別に一機だけ特殊な反応があるが、無秩序に市街の外周部を高速移動している。少し不自然な動きだ。はたして、どちらに指揮官がいるのか……。
いずれにしても、接近を悟られて連携されたら面倒だ。ディスタブ・バーンで敵の通信系統を妨害しておく。その上で、レベッカ・ベーレンドルフへ報告だ。
★ ★ ★
『敵指揮官機らしき反応を偵察機が捉えた。確認を請う』
ディア・アルマからの報告を受けたレベッカ・ベーレンドルフが、指揮官らしき敵機の近くにいる味方に指示を出した。
『こちら、前線指揮車です。了解しました。確認します』
指揮装甲車に乗って前線での指揮を補佐しつつ、サイフォスキャノンによる支援砲撃を行っていた
フィーリアス・ロードアルゼリアが、レベッカ・ベーレンドルフからの指示に答えた。
本来であればプラズマウェイブも使用して味方を支援したいところであったが、市街地では使い勝手が非常に悪い。放射状に広がる電撃は自己防衛には非常に有効だが、遮蔽物が多い市街戦では、味方に被害を出さずに射線を確保することは不可能だった。
砲撃に関しても、市街に被害を出すような大火力の遠距離攻撃は非常にしにくい。そのため、実際にはほとんど支援ができてはいない。
とにかく、レベッカ・ベーレンドルフから指示された近い方の部隊、敵が多数いる方へとむかう。先ほどまで、遠距離攻撃でちまちまと虐めていた部隊だ。
「敵機発見です。ハイサイフォスの指揮官機仕様と確認しました」
敵部隊のそばに回り込んだフィーア・シュナイデが、カシムのハイサイフォスを目視確認する。同時に、敵にも気づかれた。
すぐさま、サイフォスキャノンがバレットシャワー陣形で敵を牽制する。そのわずかな時間の内に、フィーア・シュナイデはクールアシストで落ち着いて信号弾を打ち上げた。直後に、敵ハイサイフォスたちにむかって、プラズマウェイブを放った。
「ようし、後で鹵獲できるようにしておこっと♪」
ハイサイフォスをプリテンダーへの手土産にしようと、フィーア・シュナイデに同行していた
リーゼ・アインが、すかさず前に出た。スクラマサクスペアと共にサンダーバッシュ陣形で接近し、まだ動けないハイサイフォスにサーキットブレーカー陣形で間接部に集中攻撃をして、完全に行動不能にした。
『プリテンダー共に好き勝手させるな。破壊しろ!』
カシムの命令で、突出したリーゼ・アインの小隊に集中砲火が浴びせられる。ディッカが多くの機体を引きつけてくれたおかげで、戦力にたっぷりと余裕があるのだ。
フラッシュバズーカで一瞬動きの止まったスクラマサクスに対して、ビームマシンガンの集中砲火が浴びせられる。あっという間にスクラマサクスが蜂の巣にされて爆散した。
『任務完了。後退しなさい!』
フィーア・シュナイデの小隊が、リーゼ・アインを援護する。収束しないビームをすべて切り払うことができずに、ぼろぼろになったリーゼ・アインのトムキャットがダッシュローラーで急速後退する。
傭兵たちがやたら鹵獲をもくろむことは過去の戦闘データから顕著であるため、アディス・カウンターもそれなりの準備をしている。そのための、コピスによる支援態勢だ。なにしろ、王国の戦闘記録は参照し放題であるのだ。むやみに指揮官機や、新型機に接近して行動不能に持ち込もうとする相手は、最優先攻撃対象であると訓練されている。機体を破壊しないように攻撃の手がぬるいし、目的の機体に集中しているので狙いやすいのだ。
突入するときとは違って、アディス・カウンターたちは簡単にはリーゼ・アインを逃がさない。
そのとき、敵に混乱が生じた。
後方のコピスの小隊が、ビームの攻撃を受けて陣形を崩す。その間を、光沢を抑えた銀色の機体が地上すれすれを滑るようにして駆け抜けていった。燻し銀の機体から、赤いビームソードの輝きが二度三度閃く。ハイサイフォス・ガンナーがショルダーキャノンを破壊されて誘爆し、前衛のハイサイフォスまでもが、すれ違い様にビームショットガンごと腕を切り落とされて混乱に陥る。
敵陣を突き抜けてきた機体は、背部フレキシブルウイングバインダーを器用に動かしてクルリと回転しながら、ビームライフルを連続照射モードで横に薙ぎ払った。シールドで防御できなかったハイサイフォスが、頭部を焼かれて横転する。
回転のままに正面をむいたMECは、リーゼ・アインのトムキャットのスラスターを掴むと、引きずるようにして後退していった。
「うわっ」
地面を引きずられてガクンガクンとバウンドする機体に、リーゼ・アインが悲鳴をあげる。
『後退しろ』
装甲指揮車に覆い被さるようにトムキャットを放り投げると、銀色のMECのパイロットが言った。
『ええと、誰?』
唖然としつつ、リーゼ・アインが訊ねた。どこかで聞いたことのある声だ。
『ただの通りすがりだ』
ウイングバインダーの大型の四枚羽根を器用に下にむけて大きくジャンプすると、そのMECは建物を飛び越えて別の路地へと姿を消していった。
「あー、ロメオの声!?」
思い出したリーゼ・アインのトムキャットが、フィーア・シュナイデの装甲指揮車に引っ掛かるようにして運ばれていく。
『あれは……、すぐにコンタクトをとってくれ』
ロメオの声に気づいた
ビューナ・スエクが、
シンフォニアに頼んだ。強制通信で、先のMECに通信を送る。
『無礼な形での通信で申し訳ない』
なるべく失礼のないようにビューナ・スエクが切り出す。だが、回答はなかった。間違いなく会話は聞こえていると思うのだが……。
ビューナ・スエクは、慎重にアディス・カウンターに悟られないように通信しているつもりだが、情報戦の知識のあるロメオは完全に無視した。通信を傍受する方法などいくらでもある。記録も残るのだ。あくまで気、ロメオは通りすがりの訓練中の身だ、あからさまにプリテンダーと繋がりがあるのはまずい。
ビューナ・スエクは、この戦いの記録を共和国がアディス・カウンターを告発するために使えと進言した。さらに、このままアディス・カウンターが増長すれば、共和国内にも冥王の使いがいると言いだして、何か仕掛けてくるかもしれないと続く。
本人は自分たちの利益になるから言ってきているのだろうし、本当に義憤に駆られての行動かもしれない。
だが、へたに共和国が動けば、プリテンダーは共和国が操っていると勘ぐられかねない。ただでさえ、レーヴェ・アバルトが代表となっているのだ。頑なに共和国が、レーヴェ・アバルトはすでに放逐された身であり、すべての権限を失っていると繰り返しているから微妙なバランスを保てている。
そのバランスが少しで崩れたとき、それは、共和国と王国の休戦協定が崩れるときだ。
そうなれば、王国に属している傭兵たちもアディス・カウンター共々また共和国の敵となる。政治とはそういう物だ。共和国を利用しようとしても、都合よくアディス・カウンターだけ滅ぼしてくれると考えているのであればとんでもない。共和国が参戦した場合、共和国が滅ぼすのは王国その物だ。唯一逃げ道があるとすれば、王国にクーデターが起こり、新政権が樹立、その新政権と共和国が手を結んで旧政権を倒すというものになる。それですら、新政権が共和国の傀儡政権となる危険性は残るし、旧政権の象徴であるエクセリア・ラディアの立場はないであろう。よくて反逆者である。
時期尚早なのだ。
だからこそ、共和国のロメオという記録は一切残せない。今ロメオがここにいるのは、国を離れた実験部隊のロメオだからだ。それであれば、最悪の事態でも、独断と言うことで容易にトカゲの尻尾切りができる。それを分からず、共和国を持ち出す相手とは、一切の記録は残せなかった。
★ ★ ★
『なんだ、あの所属不明のMECは!? 第三小隊は奴を追え。陣形を立てなおして、作戦を続行するぞ。迅速に行動しろ』
カシムが、配下のMECに素早く指示を飛ばす。ハイサイフォス、コピス、カッツバルゲル二機ずつで構成された小隊が、逃げて行った正体不明機を追っていった。
『敵の本体が出てきたようだ。指揮官を倒して、一気に瓦解させるぞ』
カシムが、部隊を前進させた。爆弾をしかけに行った小隊も徐々に戻ってきている。数的には、圧倒的に有利であった。戦術としては、数で敵を圧倒するのがセオリーである。
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『指揮官機の位置を特定した。全機、信号弾の位置へ急行してくれ』
カシム機を特定したレベッカ・ベーレンドルフが、ライトニング部隊の各員に通達した。
記録班である紫月幸人が、すぐにレベッカ・ベーレンドルフが指示したポイントへとむかう。それに並走するワラセアバイクのドルミーレ・アルボルがディスタブ・バーンで敵が通信で連携を打てないように先手を打つ。
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『爆弾の状況は、どうなのですか?』
リチャードのトムキャットを見つけた
七瀬 永見が、訊ねた。隊長機の発見と共に、七瀬永見たちの作戦も本番が開始となるが、せっかく隊長機に勝っても、爆弾で街を破壊されては意味がない。
『順調……と言いたいところだが、ズルフィカールらしき機体に、かなりのトムキャットがやられたようだ。すまんな、ここにいたMECのほとんどは、代替要員としてそちらへ回した。ここまで別動部隊を壊滅に追い込まれるとはこちらも予想外だ。だが、市民も協力してくれて、爆弾の解除自体は進んでいる。後一息だ。ここはお前たちみんなに任せられるか? 俺の部隊も、爆弾の解除に回るのが上策だと思う』
いつものおどけた様子が少しなりを潜めて、リチャードが真面目な口調で言った。それだけ事態は切羽詰まっているのだろう。だが、ズルフィカール撃破には、過大とも言える戦力がむかったはずだ。まさか、それもやられてしまったのだろうか。
『ここは問題ありません。まだまだ十分な戦力があります』
七瀬永見が請け合った。自分たちの部隊がいるのだ。さらに、他の部隊もそのほとんどが健在だ。足を引っ張り合わない限り、勝機は十分にある。
『助かる』
短く告げると、リチャードはプリテンダーの部隊に指示を与え、トムキャット各機は小隊に別れて全市に散っていった