【血路を奔る】
少し奇妙な話だが、現在プリテンダーはアディス・カウンターの背後に廻り、敵と同じように西側に艦首を向けている。つまり敵の右翼側と左翼側が自軍と同じ配置になっている為、砂嵐発生前と発生後では、こちらから見た敵側の右翼左翼の呼称が完全に逆転することになる。
が、余計な混乱を生じさせない為にということで、ドゥニアの南側に展開している敵を右翼側、北側に展開している敵を左翼側として引き続き表現することを事前に取り決めてあった。
その為、南側の攻略を任されていたナハティグァル隊は当然そのまま敵右翼側旗艦を攻撃する、ということで意思統一が図られていた。
「先駆班、敵右翼側旗艦の護衛艦隊を攻撃。向こうが完全な迎撃態勢を取る前に、シルヴァー・グローリー隊の突撃路を完全にこじ開けるぞッ!」
重巡希望の艦橋で、アルヤァーガが勢い込んで激しく吠えた。
その号令に応じて凛音の砕波号とネーベルの静波号が同時に突進を仕掛けた。
『まずはこいつを一発、ぶち込むぜッ!』
ネーベルが叫ぶや否や、静波号からフォースキャノンが青白い破壊の波を放つ。その一瞬後に、砕波号が破壊の軌道の後を追うようにして艦影を突っ込ませていった。
『オープンファイアッ!』
続けて、ロイドのスカパ・フローが砕波号の右舷側に並ぶようにして走り、最大船速で火力を四方八方に向けている。目指すは砕波号と同じく、目の前にどてっ腹を見せている敵ヘビークルーザー級だ。
ライトクルーザー級が一隻、勇敢にもその航路上に突撃してきたが、ロイドは構わず進撃した。信三郎とローレンスの補助に全てを任せ、ロイドはライトクルーザー級には目もくれず、ひたすら顔前のヘビークルーザー級に火力を集中させていた。
「聖ッ! あのライトクルーザー級に邪魔させるなッ!」
『応撃班、聖。了解ッ!』
アルヤァーガの指示に応じて、聖艦がスカパ・フローと敵ライトクルーザー級の間に割り込んでゆく。
その甲板上からテスラのムスタング戦車とシュナトゥのベルンシュタインが同時に飛び出し、スカパ・フローの航路を断たんとする敵ライトクルーザー級に砲撃を集中させた。
このライトクルーザー級は応撃班の早い対応でスカパ・フローの妨害を為せず、断末魔の叫びをあげるように黒煙を噴き上げて熱い砂地へと墜落してゆく。
その黒煙の柱をかすめるようにして、凛音の砕波号とネーベルの静波号、ロイドのスカパ・フローが漸く艦首を半分程度転進させ終えた敵ヘビークルーザー級の無防備な舷側に殺到した。
『まずはあのでかいのからだ。頼むぞ、ポッド達ッ!』
砕波号の甲板先頭付近に陣取っていたコトミヤのスカイダイバーを中心として、浮遊レーザーポッドが小隊陣形を展開し、目の前に迫りつつある敵ヘビークルーザー級の舷側中央からメインエンジン付近を嘗めるようにして攻撃してゆく。
次いで対空砲火の銃座がこちらに向く前に、機先を制して片っ端から破壊していった。コトミヤの思惑は、砕波号の艦体火力を防御にではなく、攻撃に注力させること。その為には、スカイダイバーは敵艦の迎撃戦力を片っ端から破壊してゆく必要があった。
『矢張り出てきたか、フリゲート級にミゼットサブマリン……あの辺の軽量級は、こちらにお任せをッ!』
ヘビークルーザー級の艦影の向こうから、数隻の小型艦艇が飛び出してきた。スカパ・フローがそれらの雑魚を一手に引き受けると宣言し、高度を上げてゆく。
だが敵の迎撃戦力は、まだまだ数が揃っている。戦闘機やネックブレイカーが編隊を組んで高高度からの降下迎撃を仕掛けてきた。
これには応撃班の聖艦が応戦に出る。
敵の防衛戦力は未だに、砕波号と静波号の出足を止める術を知らなかった。
と、ここで別の警報音が鳴り響いた。別のヘビークルーザー級が右翼側敵旗艦の艦影を廻りこむようにして、新たな迎撃戦力として突っ込んできたのである。
だがその動きを、アルヤァーガは最前より既に把握していた。
「黒薔薇、出番だッ!」
アルヤァーガの指示を受けて、それまでじっとタイミングを窺っていたブラックロータスの重巡黒薔薇が艦首回転衝角を敵艦の鼻先に照準を合わせつつ、重巡希望の傍らから突進してゆく。
黒薔薇艦内では、眞白の白椿が突撃準備を万端に整えていた。
直後、新たに出現した敵ヘビークルーザー級は完全に動きを止めた。
黒薔薇の艦首回転衝角がその鼻先に突き刺さり、推進力を押し止められる形で前に進むことが出来なくなってしまったのだ。
これを見て、南が鋭く叫ぶ。
「リザねぇ、あいつの足が止まった。今がチャンスだよッ!」
『予想外の大物ですわね。良いでしょう。突っ込みますわよ』
リザベスのマカイラを背面甲板に乗せたまま、南のホーネット・アサルトが敵の対空砲火を巧みにかわしながら一気に距離を詰めてゆく。
そのうち、幾つかの固定銃座がまるで内側から弾ける様にして、連続して爆発した。
重巡黒薔薇から直接敵の艦内へと突入していった眞白の白椿が、今や獅子身中の虫と化して縦横無尽に破壊の限りを尽くしているのだろう。
この機に乗じない手は無い。
「リザねぇ、あそこッ!」
『飛び降りますわッ!』
敵の直掩機が今にも飛び出そうとしているハンガー部に、リザベスのマカイラは飛びつきながら火力をばら撒く。まだ出撃準備の最中だた敵メタルキャヴァルリィは抵抗すら出来ず、次々に薙ぎ倒されていった。
と同時に、白椿が狭い艦内から外壁を突き破って甲板上に姿を出し、更に破壊の嵐を吹き荒らす。
新たに出現したヘビークルーザー級は、ほとんど抵抗らしい抵抗も見せぬまま、次第に艦体を傾けて轟沈の様相を見せ始めた。
一方、砕波号と静波号も最初に立ちはだかったヘビークルーザー級を仕留めにかかっている。
『刀華、もう構わん。退艦せよ』
『了解ッ!』
凛音の命令に従い、敵ヘビークルーザー級の艦体表面で暴れ回っていた刀華のBBC告死鳥が、機体をふわりと浮遊させて静波号へと乗り移った。
直後、敵艦は轟然と炎を上げて砂の海へと墜ちてゆく。
これで右翼側敵旗艦との間には、障害物らしいものは何もなくなった。他の護衛艦は密集している自陣艦隊に行く手を阻まれて、こちらの方面への防衛戦力増強に廻ることが出来ない。
今、この時が絶好機であった。
「シルヴァー・グローリー隊ッ! 後を頼みますッ!」
アルヤァーガが再び、吠えた。
* * *
『あ~、こちらベテルギウス。助かった。俺達も気張るから、お互い生きて帰ろうぜ』
どこか場違いなほどに呑気な怜磨の声が、無線上の共通チャネルで響き渡った。
だがその声音の悠長さとは裏腹に、ベテルギウスは獰猛な獣の如き勢いでナハティグァル隊がこじ開けた血路を一気に駆け抜けてゆく。
甲板上では春奈のガーネットBSが縦横に火力を振り撒き、残存する障害を片っ端から撃ち落としてゆく。
後に続くアズールコールやアルメンタム、或いはヴィラ・アイリスといった艦の行く手を遮る者全てを、このベテルギウスとその直掩機だけで排除していこうとする意図が垣間見られた。
尤も、右翼側敵旗艦との間には、もうほとんど大きな艦影は見当たらない。後はこのまま一直線に、突き進んでゆくばかりである。
だが、左右からの敵の攻撃は相変わらず激しい。これらの敵を排除せねばと春奈が身構えた時、不意に他の味方艦がシルヴァー・グローリー隊を護衛するように、その両側に陣取った。
ナハティグァル隊の応撃並びに支籠班の部隊であった。
『今少し、こちらの仕事は続くって訳だ。ご相伴に与らせて貰おう』
夏輝のやや冗談めかした声が、左舷側のミリオンスターから静かに響いた。一方、右舷側にはアデルのアイアンサイズが高速で並走している。
更に上空にはレニアの艦が舞い、その甲板上からは大和とコロナの機体がトルーパーライフルで高高度狙撃を仕掛けている。
シルヴァー・グローリー隊にとっては、これ以上は無いほどの盾であり、護衛であった。
『確実に、あのデカブツを墜として貰わないといけないからねッ! 最後までお付き合いするよッ!』
固定銃座の激しい砲火音を背後で響かせながら、亜莉沙の元気な声がシルヴァー・グローリー隊各員の耳元やメータースピーカー付近から弾ける。
ここまで頑張ってくれているのだから、と春奈は一層、自身に気合を入れた。
と、そこへベテルギウスのオペレーター席に陣取っている詩穂が、うんうんと頷くような声音を漏らしながらベテルギウスのフォースキャノン射出カウントダウンを告げた。
『すみれくんが、一発どかーんといくからねぇ。さかなちゃん、ちょっと後ろに退がってて~。あ、つまちゃんはカウントダウン継続お願ぁい』
「……さかなちゃん?」
春奈は操縦席内で頭を掻きつつ、炎皇化を発動。これで余計な敵は一切合切、全部まとめて始末する腹積もりだった。
その数秒後、ベテルギウスからもフォースキャノンが火を噴いた。直前に千咲が、
『つまちゃんって、あたし? どういう由来?』
などと呟いた声が無線の共通チャネルに乗っていたのは、ご愛嬌というものであろう。
と、そこでエレナのフリゲート級が軌道上の残敵を相当すべく、早い立ち回りで敵戦闘機やネックブレイカーの掃討に動いた。
『あらかた片付いたようですね。しかし細かい敵は、まだまだ残っています。その辺はこちらにお任せを……エレナ、二時の方向、敵戦闘機隊接近中』
エレナ艦の甲板上から、智也のホーク・アイが軽く敬礼するような仕草を見せていた。
そのエレナ艦の動きに呼応するかのように、アイアンサイズとミリオンスターが左右に散開し、防衛網を更に広げてゆく。
入れ替わるようにしてレニア艦が降下してきて、大和とコロナによる敵戦闘機の排除が始まった。このレニア艦にも艦首回転衝角が装備されている。
シルヴァー・グローリー隊と足並みを揃えて、右翼側敵旗艦に一発ぶちかます腹積もりらしい。
「さぁて、あと少しだ。漢を見せるぜ、ミリオンスター」
誰に向けてという訳でもなく、夏輝は艦橋で静かに笑った。
その視界の中で、シルヴァー・グローリー隊の猛然たる突撃がダイナミックな展開を見せていた。