■第一章 ジークリードに関する調書 ■
~職人街に潜む闇~
(罪の無い年老いた職人を誘拐とは、言語道断。事件解決の為、全力を尽くしましょう)
栂沼 千幸は、身にまとう陰鬱なムードや外見で誤解されやすいものの、温厚で正義感の強い女性だ。
今回のジークリード誘拐事件でも、自分にできる限り情報を集めようと心に決めていたのである。
彼女は、まずジークリードの周辺を調査することにした。
ジークリードの工房は、メイン・ストリートの角右を曲がった裏路地の片隅に、ひっそりと佇んでいる。赤レンガ造りの、質素で年季の入った工房だ。
煤けた壁に、虫食い跡だらけの木造ドア、雨ざらしにされ、何が書かれているのか分からない看板……。
外観からは有名工房に見えないにも関わらず、昼夜問わず多くの客が足しげく通っているという情報が、周辺住民の聞き込みから明らかになった。
(表通りにも工房はあるというのに、ジークリード殿の所へわざわざ通っている人もいたようですね。それだけ名が知れているということは、彼は以前から目をつけられていたのかもしれません)
千幸が工房周辺を調査していると、丁度角から路地へ曲がってくる人影があった。大柄で筋骨隆々としており、太腿から下の一部を機械化しているセージだ。首元に、鎖で繋いだギアパーツをぶら提げていた。単にアクセサリーのようにも見えるが、武器の一種かもしれない。
千幸はなるべく相手に警戒心を与えないよう、穏やかな態度で声をかける。
「こんにちは。ジークリード殿に、部品の修理を頼みにいらしたのですか? 首元のギア、とても素敵ですね」
「ん? ああ、これか。じじいにこしらえてもらった、ちょっとしたブツよ。アンタも、じじいを心配してきたのか?」
「ええ、誘拐されたと小耳に挟んだものですから。おまけに相手は犯罪結社……。なぜこんな事件が起きたのか、気になってしまって。何かご存知のことはありませんか?」
千幸は、さり気なくジークリードの周りに不審者がうろついていたなかったか訊ねてみる。すると、セージの男性は眉を八の字に曲げ、首を振った。
「さぁなあ……? オレもじじいがいなくなって、膝の調子が悪くてよ。ひょっこり帰ってきやしねぇかと期待して来てみたんだが、やっぱりいねぇみてえだな」
聞くところによると、彼のようにジークリードを慕うセージは多かったようだ。修理の腕と評判の良さは、この一帯の工房の中でもズバ抜けていたという。
「じじいの腕なら、上流階級の奴らの専属技師になったっておかしくねぇくらいだからな。まあ、技術を独占したいって考える奴がいてもおかしくはないだろうが」
「そうなのですか。お話を聞かせてくださり、ありがとうございます」
「ああ。アンタも修理なら、他所を当たるんだな」
一通り話し終えると、セージの男性は気落ちした様子で路地を引き返していった。
その後も、千幸は路地裏で地道な情報収集を続けた。不審者の有力情報は聞き出せなかったものの、ジークリードが最近取引を始めた工場が複数存在する、ということが判明した。
(つまり、取引先の工場や企業の関係者が、ジークリード殿の誘拐に関与していてもおかしくはないですね)
得た情報をギルドや他の特異者達と共有するため、千幸はメモ紙にペンを走らせメモを取った。
しかし、一つの場所に長居をしては、自分も目をつけられる可能性が出てくるだろう。
自分の情報が少しでも事件解決の一助になることを祈りつつ、千幸は警戒を怠らずに路地裏を立ち去る事にした。
*
一方、千幸が汽人と会話を終えた頃、
黄泉ヶ丘 蔵人シジマ アキナ保智 ユリカの三人も職人街の路地へ足を運んでいた。
「……ったく。あいつは無警戒過ぎる。俺たちが守ってやらないとな」
「そうだな。今回は特に、どうにもキナ臭い話だからな」
蔵人とユリカは、事件解決に意欲を見せるアキナの身を案じている。だが、当のアキナ本人は、そんな心配もどこ吹く風だ。
職人街で困っている汽人やセージを見かけては声をかけ、親身に相談に乗っていた。
「大丈夫ですか? 私でよければ、修理させてください。彼には及ばないかもしれませんが、私も技師としての心得はありますから」
「ああ、お嬢さんは技師なのか……。それなら、頼むよ」
「はい。任せてください」
「つい先日からどうも体の調子が悪いんだ。俺のギアも見てくれないか?」
「はい、勿論です」
情報収集という目的はあるが、技師としてのアキナは困っている人を放ってはおけない。
応急処置で【ギアリペア】でボディの不具合を修理し、【レストレーション】の技能でギア修理も請け負う。やがて、”職人街の臨時アーティフィサー”としてアキナの噂が広まり、周辺に自然と人だかりができ始めた。
アキナは修理をこなしつつ、不審な人物を見ていないか、ジークリードがトラブルを抱えていなかったかなど、さり気なく客達に質問した。すると、最近ジークリードの周辺に、職人街では見かけない身なりをした人物の影があったことが分かった。
中でも、ジークリードとの契約を求めてか、工場の作業着を着た男が何度か工房を訪ねる姿が目撃されている。物々しいオーラを放つ大柄な男も混じっていたそうだ。
「おい、気づいたか?」
「ああ。ちっ……やっぱり”あちらさん”にとっては、あたしらの捜査は都合が悪いらしい」
アキナがギア修理に励んでいる中、蔵人とユリカはアキナを取り囲む客達の様子を警戒していた。すると、先程から自分たちに向けられている視線に気づいた。
その人物は目深にフードを被り、人だかりに溶け込むようにして立っているが、滲み出る殺気は隠しきれていない。
このまま留まるのは危険だと判断した蔵人とユリカは、最後の客の修理が終わると、一度路地を離れることにしたのだった。
*
――路地の通路を引き返す途中、蔵人達は一足先に移動していた千幸と合流し、挨拶を交わす。事件を捜査する仲間同士、情報交換をしようとしたその時だった。
「……気をつけろ!」
「きゃっ?」
建物と建物の影から、突如として発砲音が鳴り響く。すかさずアキナの前に飛び出した蔵人が【完全憑依1】から【堕天使】を憑依させ【シャドウハンズ】を物陰へ伸ばす。しかし、敵は建物の屋根へと飛び移って逃れ、続けて銃を発砲した。
「アキナ、あたしの後ろに下がってな!」
「できることなら荒事は避けたかったのですが……仕方ありませんね」
ユリカの【リキッドアーム】がワイヤーの壁でアキナと千幸を守り、千幸は【狙撃銃:ナイトホーク】でワイヤーの後ろから闇の弾丸を放って反撃に転じた。
だが、敵はローブの下に仕掛け武器を装備しているらしく、千幸の弾丸をマナの障壁で弾き返して抵抗している。
被弾はしているものの、障壁の影響か、どれも致命傷には至っていない様子だ。
一方、敵からの弾丸はユリカのワイヤーが凌いでいるが、敵はシャドウハンズの拘束を逃れるほど素早く、銃撃戦の末に路地の闇の中に姿を消し去ってしまったのだった。
一行はひとまず身の安全を優先し、深追いは禁物と判断した。
何より、入手した情報をシャーロットや潜入組に伝えるという重要な役目が自分達にはあるからである。