ビョルン
(……うん、やっぱり可愛い)
昼日中のティンガネスの町中で、
坂又 璃佐はスターキャンディ片手にとある人物を眺めていた。
璃佐の視線の先には、ティンガネスの首長ビョルン。
(はぁあ、可愛いなあ! 外見も、噂通りなら中身も)
一般的にはとてもそうは感じられないワイルドなビョルンにそんな感想を抱きつつ、璃佐は彼を観察していた。
もちろん、璃佐の行動の理由はそれだけではない。
ビョルンは、ドウェルグの女王の一人と意思の疎通ができるらしい。
それは本当に、彼の能力なのだろうか。
この都市はハイドウェルグの都市の跡地だったという。なら、そこに残されていた何らかの力が作用したのではないか……
そうだとするなら、それを守らないと。
そんな推測から、彼女はここにいた。
「ねえ、ビョルンさん。ドウェルグさんとどんな方法でコミュニケーションをとっているのかしら?」
そんな璃佐の観察を余所に、ストレートにビョルンに声をかけたのは
桜井 ななみ。
彼女は、かねてからドウェルグと仲良くなりたいと思っていたのだ。
そして今訪れた絶好のチャンス!
魔法?
アイテム?
それとも何かのコツ?
それが知りたいと考えていた彼女は、街の防衛体制を固めるビョルンの手伝いをしつつ、その話を聞く機会をうかがっていたのだ。
世間話から始まって、いい頃合いを見計らってやっと掴んだこの好機。
ななみの質問に、ビョルンは苦笑しながら聞き返す。
「何でまた、そんな事を知りたいんだ?」
「それは……」
一瞬の躊躇の後、ななみは素直に答える。
「ドウェルグと仲良しになりたいから。彼らともっと近い関係になりたいの」
「そうか」
「あ、でももし答えにくいことだったら……」
「俺はな、昔、あいつらの奴隷だったんだよ」
「え……」
事も無げに返されたビョルンの答えに、ななみは思わず言葉を失う。
「ドウェルグの奴隷として育ったおかげで、なんとか意思疎通ができるってワケさ」
「そ、そうなんですか……すみません、こみ入ったことを聞いてしまって」
「いいって事よ」
俯くななみの肩を叩くビョルン。
(あー……)
そんな彼らの様子を見ながら、思惑が外れた璃佐は小さくため息をつくのだった。
「あの……失礼いたします。私も……質問させていただいてよろしいでしょうか?」
ななみと同様にビョルンと同行し、『白姫騎士』と名乗っていた
ルナ・セルディアも丁寧に声をかける。
「何故、アースガルドを目指しているのでしょう?」
ティンガネスという都市を作ってまで彼がその地を目指しているというその理由。
それが、ルナは気になっていたのだ。
「ああ、それはな……」
豪胆な笑顔を浮かべていたビョルンが、ふと真面目な顔になる。
「フリッグ様を救い出したい。生きてるかどうかは、わからねえが」
「フリッグ……様を」
「ああ。俺はアリの奴隷だった。それを救ってくださったのはフリッグ様だ。……もちろん巨人どもを倒して地上も取り戻してえさ。だが、女神の中の女神であるフリッグ様を救いたい。それも偽りのねえ気持ちだ」
「そう……なんですか」
その口調の真摯さは、嘘を言っているものではないとルナは感じ取った。
「あの、それから……ウートガルザ・ロキについて詳しく……知りたいんです。……スヴェルのせいで巨人は攻めあぐねてるはずなのに……何故……唐突に巨人を引き連れて攻めることができたんでしょうか……転空を行った目的なども……」
「巨人に翼を生やす方法を発明したんだろうな。だから、これまで手を出す事の出来なかった樹冠都市を攻められた。転空の目的は巨人どもでこの世界を支配するためなんだろうよ」
「それと……空飛ぶ巨人の羽は……ヴァルキュリアと異なるものだったのでしょうか……」
「確かに違うだろうな」
ルナからの質問攻めに、ビョルンは頭をかきながら答える。
あまり長く拘束しては悪いと、ルナは慌てて話を終わらせようとする。
「その……街の防衛手段は足りているのでしょうか……? もし、足りていないなら……力を、お貸しします……」
「そうしてくれると有難いな」
「それから、最後に……」
余計なお世話かもしれないけれど、これだけは伝えようとルナはビョルンの袖を持つ。
「貴方がもし倒れたら……この都市が危機にさらされかねません……注意……して、ください……」
「ああ、胆に銘じておくよ」
「あたし! あたしも、いいか」
ななみやルナに触発され、璃佐も釣られてビョルンも質問コーナーの仲間入りをする。
「ドウェルグは裏切らないのか? もし彼らが裏切りでもしたら危険だから、無いという確証を探しているのだが」
「裏切らねえ、という確証はねえな。だが、まあ大体裏切らねえし、穴を掘るのは奴らの力が必要だ」
実を取るといったところだろうか。
揺らがないビョルンの態度に、璃佐は首を傾げる。
「ふーん。というかさ、実は……」
そしてにやりと笑うと、ビョルンの視界いっぱいまで近づく。
「あたしは実は、探索よりもビョルンそのものに興味があるんだ」
「あぁ!? 何言ってるんだ?」
軽く躱したように見えるビョルンだが、それは今日の質問(?)の中で一番彼が困惑したものだったかもしれない。
◇◇◇
「迷宮は重要だが、空から奴らが来たらおしまいだからな」
ティンガネスの枝葉側。
先を歩くビョルンの後方を、
杠 夢と
ポール・オートメディック、
青柳 桐乃が歩いていた。
夢は、とにかく何でも手伝うとビョルンに宣言していた。
(この熊の人、なんか強そうだし…… 学ぶところがあるかもしれない)
同じ熊の毛皮を服にしている同士、何か惹かれるものがあったのだろうか。
とはいえ、夢はまだこの街どころかこの世界の事もよく知らない。
知らないならば、教えてもらえばいい。
何ができるか分からないなら、聞けばいい。
そんな素直な考えの下、夢はビョルンに話しかけ指示を仰いでいた。
結果、回ってきたのがここ枝葉側の警備だった。
「頑張る」
冷静に返事をして、動じない様子で周囲を見渡す夢。
しかし内心では。
(……私に……出来るか。もし失敗したら……危険)
キョドりまくり、パニック寸前だった。
だがそれが夢をより無口にさせ、引き結んだ唇と目つきの悪さから見たものは単に彼女が機嫌が悪いのだろうかと思うだろう。
「チビでもやれるところを見せてやるのであります!」
「私に手伝えることなら……」
同じく、ビョルンを手伝おうとやって来たポールと桐乃もまた同様に、警備を任されていた。
「これも重要な仕事だ。たのんだぞ」
「お任せくださいであります!」
ビョルンの言葉に、ポールは元気よく返事をし、夢も後に続く。
チビ……全長10センチのポールは鼻息荒く周囲の警戒を始める。
(このサイズで出来る事はといえば、後方支援や資材運搬……それに、万が一襲撃があった場合は迅速に報告することも可能であります!)
ポールは、元々防衛の必要性を考えていた。
空飛ぶ巨人が出現したことで、このティンガネスが襲撃される可能性も出てきた。
万が一のためにも、防衛は必要だ。
微力ながらも、その手伝いができる……
ビョルンから仕事を任されたポールは、そんな使命に燃えていた。
(ビョルンさんは……私たちに見せている面だけが彼の全てじゃないのかもしれない)
一方、桐乃はそれと合わせ、もう一つ目的があった。
地下探索も気になるが、行っても迷うだけだし、この街で出来る事をやりたいという気持は確かにある。
だが、それだけではない。
(気になる……)
桐乃の方はどこか冷静にビョルンを観察していた。
その豪胆な見た目と、ベルセルクらしい荒っぽい言動。
しかし桐乃はそんな荒々しい彼の第一印象とは裏腹に、ビョルンにどこか冷静な印象を抱いていた。
そんな彼のことを更に良く知りたい。
そのために、彼と対話したい。
それが、彼女がここにいる理由だった。
「あの……」
「何だ」
「いえ、その……」
ビョルンと対話したい。
そうは思っていたものの、いざ話そうとすると中々言葉が出てこない。
ビョルンの前で、暫し口をぱくつかせる桐乃だった。
◇◇◇
「空飛ぶ巨人を相手と想定するなら、それなりのモノを用意しないといけないよね」
風峰 悠人と
アルフレッド・アーヴィング、そして
邪神 水希はティンガネスの防衛体制を見学させてもらっていた。
ユグドラシル内のティンガネスの市街はもちろん、外側の港湾にあたる枝葉の部分にも警備の兵が配置されている。
さらには対巨人用の設置武器をドウェルグたちに製作して貰っている
そんな防衛状況を眺めながら、悠人はビョルンに提案してみる。
「たとえば、投石器なんかどうだろう?」
武器、そしてそれを効率よく運用するための方法。
まだ完全なものは思いつかないが、悠人はそういったものを考えていた。
(有言実行、か……)
そんな悠人を見ながら、アルフレッドはビョルンの下に行く前の彼との会話を思い出していた。
「この街の防衛体制を見ておきたいんだ」
そう宣言した悠人に、アルフレッドは静かに指摘する。
「我等は素人同然。知ったところでこの街の者にどうこう言えるわけでもないと思うが」
「だからだよ」
「……何?」
「ボクたちは、確かに素人だ。だからこそ知っておかなきゃ。知っておけば役に立つかもしれない」
屈託なく答える悠人に、アルフレッドはそれ以上の反論を見つけることはできなかった。
「……なるほど、一理あるやもしれんな」
「でしょ」
(町の住人だけでなく、我々も率先して緊急時に動けるとなればそれに越したことはない……といったところか)
それならば、ビョルンの下に向かうのがいいのではというアルフレッドの助言を受け、即座に実行に向かった悠人を見てアルフレッドは小さく笑う。
「対空兵器は必要だよねぇ!」
悠人の発言に、我が意を得たりと水希はビョルンに詰め寄った。
「バリスタはどうかな?」
水希はリピーターボウを大型にし、上下左右に打ち出すことができる砲台のような装置を考えていた。
「投石器だと狙いがつけづらいんじゃないかと思ってね」
「投石器に、バリスタか」
「道具作りは、ドウェルグさんが精通しているみたいだし」
「材料も人手も事欠かないかと思うね」
面白そうに頷くビョルンに、悠人と水希が言い募る。
「いや、丁度いいと思ってな」
ビョルンは二人を片手で制すると、話を続けた。
「今、まさにそういうモンを用意しようと思って準備していた所なんだ。ドウェルグたちが武器を作り始めていてな。だから三人とも手伝ってくれるとありがたい。投石器もバリスタも、どちらも動かす方向でな」
「そうなんだ! だったら、配置案とか狙いをつけるための方法とか……色々考えてみるよ」
「後は……そうだねえ、避難経路や迎撃態勢についても考えておくべきかな」
「防護施設とかへの誘導順路なんかあるといいね」
次々に出てくるアイディアに、ビョルンは頼もしそうな笑顔を浮かべる。
「そういえば、もしアースガルドへの直通ルートが完成したならさ」
水希がふと気が付いたようにビョルンに問いかける。
「ところで、もし直通ルートが完成したとしたら、今後は空と直通ルートからの巨人への対策を考えないといけなくなるけど……その辺り、どうするのかな?」
「ああ、巨人は基本、このティンガネスより上にいるからな。穴からの襲撃は考えなくて大丈夫だろう」
「そうなの?」
ふーんと頷くと、再び警備案について頭を巡らせ始める。
「まあ、防衛隊長は任せなさい! ……なんてね」
「隊長じゃないが、警備部隊に入ってくれるなら有難いな」
軽い調子で言う水希に、ビョルンはあながち冗談でもない様子で答えた。
(まぁ……そういった事態こそ起きぬにこしたことはないんだがな)
そんな悠人と水希、そしてビョルンの様子を、自身も時折提案を出しながらアルフレッドは見守っていた。
最終的には、それらの備えが全てが無駄になることを祈って。
ティンガネスの街は、今日も賑やかだ。