ラストバトル1
翼を失った巨大リンドヴルムは、全身の無数の切り傷と切り落とされた尾、翼の残骸からじわじわと瘴気を流し出しながらもまるきり戦意を失っている様子はなかった。紅い瞳はくすんだような色合いとなり、満身創痍ではあったが、傷の度合いに応じて怒りと憎しみが増幅されており、全身から放散される怒りの気は凄まじいものがあった。さほど感覚の鋭いものではなくとも全身に悪寒が走るほどの気だ。遠距離攻撃を行う支援メンバーたちが、さらに攻撃を加えて動きを鈍らせようとリンドヴルムを叩いている。
桐ヶ谷 遥が、翼を切り落として引き上げてきた大和らに声をかけた。
「さすがね大和。飛竜が使えないと見ての地上からの攻撃に転じる機転。あなたの剣の腕前、惚れ込みそうだわ」
遥はちらっとコロナを見て、いたずらっぽく微笑んだ。
「いや、作戦失敗だしな。考えが足らなかった……」
大和は結果は出せたものの、当初の方策が失敗したことを次回に生かそうと心に誓った。
「むー……わたしも、負けていられないですね」
一方のコロナは遥のからかいをこめた意図に気づかず、幾分危機感を抱いている様子である。遥のパートナーの
アルフレッド・エイガーが精神を集中させ、鋭刃のルーンを遥の虚ろう碧の太刀・虚刀“叢雲”に使い、切れ味を引き上げている。
戦闘準備をする
世良 潤也に、
アリーチェ・ビブリオテカリオが考え込むように言った。
「アルベルティーナ……フリズスキャルヴを目指す具体的な理由がわからないとか、フリッグに外見が似ていることとか、いろいろ謎が多いわよね。
この先に一体何があるというのかしら……」
「何にしても、アルベルティーナは地上を救いたいんだろ? 理由なんかそれで十分、だったら俺も協力するだけだ」
「はー……脳筋はこれだから……。だからあたしがついてないとダメなのよねぇ。で? 具体的な作戦は?」
アリーチェが目をくるりと上向ける。
「レッサーリンドブルムに騎乗して、上空から突撃だな。
でもって、巨屠槍に急降下の勢いを乗せて、黒いリンドブルムの頭部を貫くまでだ」
「……あのね、じっとしててくれると思うわけ? まずはそのチャンスを作らないと! わかる?!
いいわ、あたしが他のみんなとも話してくる!」
アルフレッドが考え深げに言う。
「竜の顎に近い頚部の集中攻撃はどうだろうね。いかな強靭な皮膚を持つリンドヴルムとはいえ、口を動かす部分は柔軟性が必要。
すなわち他と比べれば脆いとってことになる」
「なるほどねえ。そいつはいい。あたしの破壊眼も同じ箇所を感じ取っているな。
確かに固い箇所を集中攻撃するより、脆い場所を総攻撃したほうが成果は期待できるな。
まぁなんにしてもヤツをどかさないことには先に進めん。邪魔な奴は殺してどかすまでだ!」
エーファ・アルノルトが頷いた。彼女のパートナーで目指すは正真正銘の貴族という、
チェーリア・カリギュラがにいっと笑った。チェーリアの努力と根性は人並みはずれたものがあり、すばらしい美点であるのだが、中二病傾向も若干持つのが難と言えば難なのだろうか。
「弱きを助け強きを挫くヒーローの『腕試し』には丁度いいかもしれないね。
ふっふっふ。首を洗って待っているがいいよ。修業の成果を見せてやる。英雄である証、しかと立てさせてもらおうじゃないの」
金の巨屠槍・撃巨槍・金を構え、チェーリアは黒竜を目を眇めて見た。エーファが連れてきた
村の相談役はチェーリアの槍に鋭刃のルーンで切れ味の向上を施し終わり、ついでエーファの銃弾にも同様の処理を行っている。
刃架 芯が同意して頷いた。
「俺は『竜鱗の鎧』を持っている。あれほど我を忘れているリンドヴルムなら挑発の意で襲ってくるかも知れん。
無論、それが狙いだが……。注意を引いておけば他のみなも準備が出来るしな。
あちらの攻撃は先の先で見抜いていき、瞬刻の見切りでそれ以降の回避をしやすいようにしている。
なので、俺は序盤は囮として動くつもりだ。……無論チャンスがあれば、俺もヤツにとどめを刺す!」
潤也が頭をかいた。
「そうか。脆い箇所を集中攻撃、か。確かにそのほうが良いもんな……」
「ほら見なさい。まーったくあんたって世話が焼けるんだから……」
「でも、気にしてくれてありがとな」
潤也がアリーチェに微笑みかけると、アリーチェはすぐそっぽを向く。
「べ、別にあんたのためじゃないわよ。全員一致で総攻撃しないとダメだって思ったからよ。ヘンな勘違いしないでよね!
アルベルティーナ、行きましょ!」
アルベルティーナはそれまで静かに黒竜を見てどこか悲しげな表情をしていたが、力強く頷くと槍を手にして姿勢を正した。
「こっちは気休め程度かも知れんが……」
アルフレッドがそう言ってパリエスをかけた。ついでラブを召喚し、巨竜に向かうもの全員に仲間全員に身体能力アップの恩恵を付与する。
「これで準備はいいな。んじゃ、死なない程度にやってこい。……可愛い英雄殿」
「ありがとう。風の剣聖の名に恥じないよう、必ず仕留めて見せるわ。 ……さ、行くわよ、ヴェルトール!」
遥はすぐに自分のリンドヴルムのヴェルトールに騎乗して空中へと舞い上がった。敵は落下しているとはいえ巨大である。回避方向は多数あった方がいいと踏んでの判断だ。英竜一体によってヴェルトールとの連携を強め、風の衣を自身のリンドヴルムごと纏うことで回避力アップを狙おうという算段だ。潤也も反対方向から自分のレッサーリンドヴルムに騎乗して飛び立った。エーファはリボルバーを手にして、撃巨槍・金を手にしたチェーリアともども油断なく警戒しながら巨竜の元へと向かう。刃架は2本のハチェット、『幡月』と『真月』を手に、黒竜を挑発するため正面に立った。
「……世界のためとは言わないが、そこに居座られて手は邪魔なんでな。……悪いが狩らせてもらう」
ギイイイイーーーーーーーーッ!!
手負いの竜が怒りをこめた咆哮を上げる。
「は! どうした黒竜よ?! そんなものでは怯えも竦みもしないぞ!」
かくして最終決戦の火蓋が切られた。