巨竜に挑む2
アルヤァーガ・シュヴァイルは暴れ狂う黒竜を見た。消えてしまった神々を探す手がかりがこの先にある。ならばその先に進まねばなるまい。だがそれは一人でなせるものではないこともアルヤァーガには解っていた。仲間たち。皆の協力があればこそ道は開けるのだ。飛行能力を有する相手はまず、地べたに引きずり落とす必要があるが、敵もまた翼を狙われぬよう警戒しているはずだ。ならばまずは体力をできるだけ削ぐこと、そしてスキを作ることだ。まずは遠距離攻撃、そして気をそらすための空戦部隊での幻惑が必要だろう。
「まずは、陽動でしょうね……」
呟くアルヤァーガに
テスラ・プレンティスが竜を見ながら言う。
「あの黒竜さんを倒さないと先に……5層以降に進めないんだよね?
そんなの駄目だよ。アルが先に行きたくてウズウズしてるからいつ一人で飛び出して行くかわかったものじゃないんだもん。
無茶やられる前に今回皆がいるうちに黒竜さん討伐してしまえばいいんだよね!」
「……またずいぶんな言われようですね」
アルヤァーガが言うと、テスラは肩をすくめた。
「だってアル……しばしば無茶をするんだもの」
シュナトゥ・ヴェルセリオスが横から言う。
「アルヤも、テスラも……それに、みんなも……ぜたい、おおけがとかしたらだめ……。
私……『シンシア召喚』でブレスはかせたり……『マガツ召喚』できってもらったり……『ブレイズ召喚』で気をそらすのをがむばる。
ノルンだけど……私まだまほうよわくてなにもできないから、しょーかんでなんとか、えんごがむばる。
あ、『アージ召喚』は……じゃまになるかもだから、ちゃんとタイミングをみる……」
「まずはあの黒竜に本格的に攻撃できるよう、あの竜の気を逸らすこと、それが大事ですからね」
アルヤァーガが言った。
「つまり囮として、注意を引いておけばいいんだね」
テスラが言った。
「ただし、あんぜんにはちゅうい……けがぜったいダメ」
シュナトゥが釘を刺し、まず界霊獣を召還する。なるべく遮蔽物の多い場所から、黒竜めがけてシンシアに光弾を撃たせる。大してダメージは通らないが、黒竜はどこから攻撃が来ているのかと首を巡らす。
「場の特定など、させませんよ!」
アルヤァーガは飛翔能力を活かして空中を駆ける。ブレスの射程に入らないよう慎重にギリギリの距離を飛行しながら、シンシアからの光弾の位置を特定されぬよう『純白の魔銃』で『不協和音』に指向性を持たせて散発的に攻撃を入れる。テスラがジグザグに走行しながら、アルヤァーガに気をとられている隙に黒竜に接近し、フォトングリップでファストショットによる銃撃を開始した。
「よし、はじめるんだね。援護するね。ボクに任せるがいいさ! この鎖の強度を舐めるなよ? シェヌ・グラヴィテ!」
アルヤァーガを補佐し、そばについてともに陽動作戦に参加している
セルギス・ノアールが召喚したイノセントに乗り、駆ける。クールアシスト、瞬刻の見切りを使って敵の動きを観察しながら、シンシアの光弾やテスラがヒットアンドアウェイで行動しやすいよう、レージング『シェヌ・グラヴィテ』で、黒竜の動きを少しでも鈍らせようと試みる。
「それにしても大きい……引き際を注意しないとね」
巨竜は怒りの咆哮を上げ、尾に絡みついた鎖ごと攻撃者を振り回そうと激しく尾を振った。そのパワーはすさまじく、危ういところでセルギスはシェヌ・グラヴィテを引き戻した。尾の攻撃はテスラにも及びそうだ。
「おっと、逆に振り回されたくはないんでね。危ない! ……イノセント、撃て!」
セルギスのイノセントのビームが大きく黒竜の尾の鱗を抉り、振られた尾を弾く。テスラは素早く飛びのき、同時にソードアタッチメントを付けたフォトングリップを抉れた箇所に突き立てて退避する。
「アルヤ、見てて思ったんだが……シンシアのビームは通らなかったが……イノセントの光弾は効いた……ってことは光属性なら通りやすい、ってことかもしれない。
まあ、まだ確信があるってわけでもないけど……」
セルギスは観察の結果をアルヤァーガに伝えた。
「そうですね、自分も同じ感想を抱きました。他のメンバーにも伝えましょう。突破口になるかもしれません」
「わー、あの大きいトカゲさん……なんか怖い顔してるよ! 倒さないとダメなのあれ?
丁寧にお願いしたら通して……くれないかぁ……やっぱ倒さないとダメ……?
アルくんがんばー! みんながんばれー! ……たまには私も頑張るからッ!」
自慢の炎のような紅い髪を風になびかせて
ランチア・ストラトスは叫んだ。まず自分がすべきことは、皆の力の底上げだ。吉凶のルーンを祈りをこめて成功が出るまでかける。
「みんなに力を! お願い決まって! 吉凶のルーン!
……やっぱ空飛べるんだねー、でも空を飛んでるなら私も飛べば良いよね!」
ランチアは翼を背に生じさせると、黒いリンドヴルムに火炎の射程ぎりぎりまで近づく。
「……これが決まればちょっとは楽になるかな……?
敵対する者に戒めを! 脱力のルーン!
現在・過去・未来の三人の女神ノルニルさん、どうか力を貸して!」
脱力のルーンとノルニルの奔流で動きを鈍らせ、魔法防御力の低下を狙う。だがさすがに大きさが―黒竜にとっては―幸いし、大きな効果は見られない。
「うーんやっぱりさすがは大ボス! すんなりは通してくれそうにないね~」
ランチアは霜のルーンで追撃を図る。同時に
皇那岐 斗志也は片翼の衣の翼を広げ、俊足のルーンで自らの速度を上げた。どこか中性的な容姿に長い銀色の髪に藍と紅のオッドアイを持つ彼は、銀白色の大きな鳥のようにも見えた。だが今回の敵は大きく、強力だ。日ごろは薄茶色の長い髪に斗志也とは反対のオッドアイ、いかにも女性的でお嬢様然としたパートナー、
皇那岐 櫻華とペアで動くことが多い斗志也だが、さすがに今回の件はペアでは厳しいという状況は把握しており、アルヤァーガの提案――多人数での個々の特性を生かした総攻撃――に乗ることにしたのだった。
なんとしても現状打破のためにはアースガルドへ向かう必要がある。そのためには地下5階への道を塞いでいるこの巨大な黒竜を倒さねばならない。
「この先に進む為にも、ヤツは必ず仕留める。アルヤ、指揮は任せたぞ。皆お互いに全力を尽くして先へ行こう。
櫻華も、な」
「ええ兄様。この竜がアースガルドへの道を塞いでいる以上は撃退しなくてはなりませんからね……。
周りの確認は怠りません。支援は任せてください、皆さんも、兄様も……前衛の皆さんは思いっきり攻撃に集中して下さい」
櫻華が応じる。
菜々瀬 未雨が斗志也と並んで片翼の衣で舞い上がった。未雨は広角視野で相手の出方を窺いながらウィスパード、界霊剣『洛陽』を構える。巨竜の首が大きくしなり、斗志也がつれていたぷちドラの方を向くのを先の先で読み取り、首筋に剣戟を浴びせる。同時に斗志也が俊足のルーンで速度を上げた。
「主神オーディンの御使いたる大烏、フギンとムニン。その御姿を以て敵を貫かん!」
斗志也はチャージからの白の鳥で白いワタリガラスに姿を変えて、彗星のように光の尾を引きながら黒龍の胴体目掛けて突撃を仕掛ける。
胴の鱗が砕け、傷ついた箇所からじわじわと瘴気が漏れ出す。
「大盾よ。彼の者たちを護れ! 兄様の邪魔は……させません! 炎攻撃が来ます! 気をつけて」
櫻華が竜の首の動きをみて警告を発し、即座に大盾のルーンを作動させて斗志也と未雨を防御する。竜はすぐに斗志也のほうを向き、漆黒のブレスを吹いた。未雨は瞬刻の見切りで素早く飛びのき、斗志也もワタリガラスの姿のまま高速で竜の胴を掠めて飛び、炎の直撃を避けた。急上昇して竜を見下ろし、元の姿に戻る。
「最初から一撃で終るとは思っていない。ただただ、貴様が倒れるまで攻撃を繰り返すだけだ!」
櫻華が呼びかける。
「おけがをなさった方は……? 皆さん大丈夫ですか?」
「図体がでかいだけあって動きが無駄だらけやし、わたしには当たらんよ。大丈夫。けがをしたのは向こうさんのほうだけや」
未雨が笑って大きく舞い上がる。
「雷よ。鳴り響け!
斗志也が雷のルーンを使った。竜がいらだたしげに激しく羽ばたく。渦巻く風に巻き込まれぬよう、未雨は長い黒髪の尾を引いて大きく旋回した。攻撃魔法や界霊獣の攻撃、そして飛行からの剣戟で、黒竜の体はあちこちに小さな傷が無数に出来、空中にゆらゆらと瘴気が漂う。その皮膚に出来た裂け目は、他の黒リンドヴルム同様、この世の生き物の体組織ではない。じっと見つめているだけでそこに吸い込まれるような、どこまでも底のない闇の黒だった。どれもみな小さい傷だが、その数は多く、吼えたり落ち着きなく蠢く尾を観察すればかなりの不快感を巨竜に与えているようだと解る。今まで攻撃には参加していなかった櫻華が、癒しのルーンの効果を反転させ、黒竜の尾に開いた傷口を大きく広げた。
ギィイイイイイイイイーーーーーーーー
不快な金切り声を上げ、黒竜の尾が激しく周囲をのたうつ。斗志也が素早く飛び、櫻華を抱えるようにして尾の稼動範囲から脱出した。そこに未雨が竜の頭上から急降下してくると、その眉間を狙って戦場の舞を見舞った。
「わたしの舞は凄いからな……痛いで?」
眉間の鱗が割れ、流れ出した瘴気が竜の紅く燃える目に流れ込む。怒りの咆哮とともに竜は凄まじい黒炎を吹き出し、周囲の空間を熱気と瘴気で満たした。