ティンガネスの街
ティンガネスの街。
最大規模のアースガルド探索が行われている場所だけに、人々の出入りは活発で、街も活気づいている。
酒場は昼間にも拘らず客が絶えず、情報収集をする者や飲食を楽しむ人々でにぎわっていた。
その酒場の中で、
ビーシャ・ウォルコットと
リルファ・チェトィリエは忙しく走り回っていた。
二人は、ティンガネスで探索している皆のため少しでも役に立ちたいと、そこの店員として働いていた。
「ご注文の品はこちらで間違いないでしょうか~」
メイド服を身に纏ったビーシャはシルバートレイに食べ物や酒を乗せ、客たちの間をくるくると立ち回る。
ただの店員とは思えないその身のこなしはナイツとしての鍛錬の賜物。
「いらっしゃいませ~」
即座に新しい客を見つけては、そちらの元へと走り寄る。
その顔は、もちろんスマイル!
「ありがとうございました……」
それとは対照的にリルファの方は愛想のないまま静かに食器を下げている。
しかしそれは決して無愛想な訳ではなく、表情の動きが乏しいだけ。
客やビーシャと話をしている時の彼女の様子で、それは僅かに認識できた。
客あたりはいまひとつなものの、てきぱきと仕事をこなすリルファのおかげで大人数の客も混乱することなく捌けていた。
「ねえ、ちょっと聞いてもいいかな……」
そんなリルファ声がかけられた。
それは今までずっと黙って客たちの喧騒を眺めていた客の一人、
望月 燈弥のものだった。
彼は特に確たる理由のないまま、ここに存在していた。
自分には、世界をどうこうできるだけの力も意志もない……
そんな思いからか、彼はただそこにあるものをあるがままに感じて受け止めているだけだった。
そんな彼が、ふと思い立って話しかけてみた。
リルファと、同席している客の
近衛 凪人に向けて。
「“事を成す芯の強さ”とは何だと思う?」
「……は」
「え……」
酒場での問いとは思えないその内容に、思わずぽかんと口を開けるリルファと凪人。
「俺は知りたいんだ。真に成すべきことを知り、それを成さんとする者が持つ芯の強さをね……って、いや、知らないヤツにいきなりこんな話振られたって困るよな」
燈弥は誰にともなく語ると、ふと気が付いたように頭をかく。
「酔っぱらいの戯言ってことで……な」
「……」
それを黙って聞いていたリルファは、何を思ったのか急に刀を抜き放った。
「!?」
突然の店員の行動に息を飲む燈弥。
しかしリルファの持つ刀に、刀身はなかった。
「この身を剣に 心を火種に ただ真っ直ぐに前だけを見据え すべての道を切り開く――」
刀身のない刀を構えたまま、リルファは歌う。
「其は精霊 剣なる精霊 己が身を剣と為す剣精なり
願い 求め 掴み取れ
汝の手には 剣がある」
燈弥は最初は驚きはしたものの、途中から黙ってその歌に聞き入っていた。
それは、彼の問いに対するリルファなりの返答だったのかもしれない。
「何やってるんだろ……あ、こちらお味見いかがでしょうかー」
そんなリルファたちを眺めながら、ビーシャはやってきたドウェルグに砂糖をサービスするのだった。
ビーシャはビーシャで、彼女なりの目的があった。
酒場は、情報収集の基本!
何か面白い情報が掴めないか、客たちの会話に聞き耳を立てていたのだ。
「あ、すいません、そのお話、もうちょっと詳しくお聞かせ願えませんか~?」
話を聞き出したり、それとなく観察したり。
ビーシャが街の人たちのドウェルグへの態度を観察した結果、『よく分からない連中だが、役に立つのでまあいいか』といった感想を持っていることが分かった。
「うーん、ドウェルグとの意思疎通の方法も知りたかったんだけど、そこはビョルンさんしか知らないみたいだね~」
目当てにしていた穴の採掘状況は、今まさに進展中のため、随時更新されているといった所だろうか。
「あとは……やっぱり、直接当たってみないといけないかなぁ」
ドウェルグにしても、ビョルンにしても。
酒を乗せたトレイを抱えたまま、ビーシャは小さく頷くのだった。
◇◇◇
酒場を一歩出た街中も、たくさんの人々が店舗を行き来し、賑わっていた。
本格的な店以外にも、露天だったり個人的に商売をしている者もいる。
躑躅森 勲に声をかけたのは、その中の一人だった。
「お兄さんお兄さん、地図を探しているんだって……?」
「はい?」
その言葉通り、勲は探索者と呼ばれる人々に声をかけていた。
おだてたり、時には酒を奢ったりして『武勇伝を聞かせて欲しい』という建前の下、情報を収集しようとしていた。
しかしなかなか芳しい成果を得られず焦りを見せ始めていたその時だった。
一人の、痩せた中年……いや、初老に近い男が勲に声をかけてきたのは。
「あるよ、地図」
「本当ですか!」
その言葉に勲は食いついた。
勲は地図を入手し確認したら特異者や一般の探索者の間で使用できるよう、ワールドホライゾンに持ち帰って複製してこようと考えていたのだ。
「こいつはすごいぜ……実はアースガルドまで通じる詳細な地図だ」
「そ……そんなものが」
男の説明に勲は目を輝かせるが、同時に頭の片隅で冷静に考える。
話が上手過ぎる。
「疑ってるのかい? 何ならそこの人に確認してもらおうか」
近くで酒を飲んでいる探索者風の男にも地図を見て貰い「こいつぁ間違いないぜ!」という太鼓判が押される。
これはすごい、と勲は躊躇わずその地図を入手し、じっくりとその地図を検分しようとしたその時だった。
「ねえ、申し訳ないんだけど……」
近くで露店を出していた
遊月 朧が声をかけた。
「もしかしてその地図、痩せた男の人から買わなかったかなぁ?」
「そうですが?」
「さっきも店のお客さんが、『アースガルドの地図だなんて大嘘じゃないか!』ってその地図見ながら怒ってたから……」
「え……」
どうやら探索者風の男もグルだったらしい。
怪しげな男から入手した地図は、やはり怪しい物だったようだ。
「はあ……」
「まぁまぁ、羊肉を挟んだサンドウィッチなんかどうかなぁ?」
落ち込む勲に朧が皿を差し出す。
朧は、
四十九院 桜花と共に露店『コトノハ』を営んでいた。
「どこかにいい空き店舗があればと思ったんだけどなぁ……まあ、小さいことからコツコツ始めようか」
朧たちはギルド『藍猫古書堂』の商売を広げる為、酒場も兼ねた喫茶『コトノハ』の営業をと考えていた。
実際叶ったのはそれよりもかなり小規模なものだったが、店は店。
「今後はシャンパンを筆頭とした各種酒類や、各種料理も充実させていきたいなぁ。書棚は……野ざらしだからどうしようかなぁ」
小さな露店からスタートした夢は、朧の中で大きく膨らんでいく。
「バカ長め。欲張り過ぎなんですよ」
そんな朧に憮然として突っ込む桜花。
ついてきたら身長が伸びるとか朧に騙されてここに連れてこられたため、やや機嫌が悪いらしい。
桜花を連れて来た目的は、もちろん即戦力。
それでも何やかんやと彼女の手伝いをさせられていた。
「それから蓬団子、京茶、紅茶、コフィアシュケット等のクッキーや西洋ケーキ類、もみじまんじゅう……」
「こら待て、人の話聞いてたか?」
「桜花クンいるから問題ないと思った。反省も後悔もせず万進あるのみ!」
「オイ! こら阿呆、人のこと何の便利屋だと」
「自慢の弟子で右腕!」
反論しようとした所で朧にドヤ顔で言い切られてしまい、一瞬言葉を失う桜花。
ぷいと後ろを向くと、皿を洗い始める。
「………さあ、仕事を致しましょう」
「無視か、無視かコラ。お姉さん悲しいぞ」
「バカ朧の間違いでしょう。あ、いらっしゃいませー!」
「いらっしゃいませー! ……って話はまだ終わってない」
言い募る朧を無視して、不思議そうに二人のやりとりを見ていた通行人に声をかける。
ついでにドウェルグにも声をかけ、お通しとして用意した砂糖を準備する朧。
露店喫茶『コトノハ』は、ここティンガネスに一歩を踏み出した。