【NPCとハロウィンを過ごす(2)】
ハロウィンで世間が浮かれる中、
織羽・カルスは自宅で療養していた。
織羽が臥せっているベッドの傍らには、常に
リルテ・リリィ・ノースが付き添い献身的に看病をしてくれていた。
織羽は、とあるショックな出来事から声を失っていた。
自宅に移って来る前、病院に入院していた時はあれだけ美しかった肌や髪はボロボロで、織羽はすっかりやつれ切っていた。
『ごめん。ごめん、ね……』
そしてリルテがお見舞いに行くたびに、ベッドの上の織羽は悲し気な表情で口パクで声にならない言葉を発した。
その織羽の痛々しい姿を見てリルテも我慢できずに泣いてしまい、毎回眼を腫らして病院を後にしたのだ。
リルテは、織羽が退院して自宅で療養を始めると、ずっと付き添って毎日、織羽の髪や肌をお手入れして優しい言葉をかけ続けた。
それは、大切な親友に元気になってほしいという純粋な気持ちからだった。
「今日はハロウィンね。後で一緒にお菓子でも食べましょうね」
「あら……誰か来たみたい」
いつものように織羽と過ごしていると突然自宅のベルが鳴ったので、リルテは慌てて玄関に向かう。
この家に来客があるのはとても珍しいことだった。
「やあ……」
リルテがドアを開けるとそこに立っていたのは、
ジュリー・カルスだった。
その手には、手土産のお菓子を持っていた。
リルテは慌てて部屋に戻り、ジュリーが来たことを織羽に伝えた。
「ねえ、オルハ。ジュリー様がいらしたのだけど……」
すると、織羽はこちらを怯えるように見つめてきて自分の体を両腕で抱き締めた。
その、織羽の表情からは深い恐怖と苦悩が見れとれた。
「オルハ。寂しそうなあなたを見ていて、わたしも悲しかった……」
「居なくなられたのは、もっと悲しかったです。ずっと一緒だったのに……」
リルテはベッドの織羽の隣に腰を降ろすと、織羽を落ち着かせるように手を優しく握りながら話し始めた。
「責めているわけじゃないんです。どうか……苦しかったら教えてください一緒に考えましょう。友達なのですから……」
「だから、お願い。ジュリー様としっかりと向き合って」
親友のこの言葉に織羽の目にわずかだが光が宿り、確かに『うん、大丈夫』と、声は発していないものの口が動いていた。
リルテは織羽の体を強く抱きしめると、ジュリーを呼ぶために部屋を出た。
「お会いになるそうです。しっかりとオルハと向き合ってあげてください」
リルテの言葉を聞くと、ジュリーは強く頷いて織羽の元に行こうとする。
その背中に、リルテはさらに言葉を投げかけた。
「ジュリー様、わたしは……この数か月、オルハの傍に貴方が居ないのが、寂しかった……悲しかった……」
「わたしは二人に、一緒にいてほしいんです……幸せに、笑っていてほしいです」
自分の思いの丈を全て吐き出してリルテは涙ぐむが、ジュリーは振り返らずに織羽が待つ部屋へ向かった。
「……久しぶりだね」
ジュリーは部屋に入ると、ベッドの上の織羽に声を掛けるが、その後の言葉が続かずに二人はしばらく無言で見つめ合っていた。
しばらくの沈黙の後、織羽は傍らのテーブルにあった紙とペンを手に取り、震える手で何か書き始めた。
そして、その紙をジュリーに向かって見せてきた。
『あなたが、好き』
『愛してるからこれ以上傷つけたくなかった。自由にしてあげたかった』
そこに書かれていた文字は歪んで読みづらかったが、織羽の純粋な気持ちが綴られていた。
さらに、織羽は続けて紙に何かを書いていく。
長文なので少し時間が掛かって書き終わると、慌ててジュリーにその紙を渡してきた。
『アルテラという世界に認められたことも、たくさんの唄を歌って、命を救い続けてきたことも……』
『ぜんぶ、ユリィに相応しい人になれるように誇りを持ってご両親にお会いできるよう努力したこと』
『それを、意味がなかったと切り捨てられた気持ちになった。これ以上どうしたら、貴方と対等になれるのか、分からなかった……』
『自分の故郷も両親も、大切なものを諦めて想いも唄も、自分にできる全てをあげたつもりだった』
『もうこれ以上、貴方にあげられるものが何もなかった、そう自由以外は……】
『好き、で……いっしょに、いたい、のに……くるしく、て……どうにも、できな、かった……』
ジュリーは、織羽が必死で綴ったこの言葉を、一字一句嚙みしめるように真剣な表情で読んでいた。
「戻るよ、コルリス王国に」
そして全て読み終わると、織羽の目をじっと見つながらそう口にしたのだった。