魔王の軍勢
「ここが正念場だ! 各員、敵の侵攻を防ぐべく奮起せよ!」
テオドロス元帥は王都を守る第一兵団に檄を飛ばし、包囲する魔族の軍勢に対抗する。だが、旗色は悪く戦線の維持で精一杯だ。
やはり、軍勢を率いる“魔王”を打倒せねば、戦いは終わらない。
さて、この危機をかつての特異者たちは“時空剣”アイオーンを手にしたルキアの力を借りて勝利を納めたわけだが、どういうわけか再現されたこの戦いに、ルキアの姿はない。
今度の戦いは、これまで培ってきた特異者たちの自力で勝利しなければならないのだ。
一見不利に思われるが、特異者たちもまた、かつてこの場面ではあり得なかった力を有している。
魔王の打倒は、決して不可能なことではない。
魔王はどうやら王都陥落に集中しているようであり、魔王を守る軍勢はそう多くはない。だが、無視して突き進むには危険が伴う。そこで
谷村 春香の一行は最低限魔王までの道筋を作るべく、魔族の軍勢を相手に戦闘することにした。
「悪しき想いを滅せ、DELuminous!」
春香は『白光石の剣“白光の長剣”』を触媒に神聖武装を『形成』し、白の元素を『深化』させる。
魔導騎士の存在。それは、過去の王都防衛戦には存在しなかった戦力だ。恐らく、状況が変わった中でも魔族の軍勢を相手にすればまず不覚を取ることはないだろう。
しかし、春香はその力をいたずらに振るうつもりはない。敵勢には魔人などに姿を変えられた人間の兵士がいるかも知れないし、デモニスに至っては悪しき存在ではないのだ。
圧倒的な力を以て、可能な限り傷つけずに無力化する。それが春香の目的だ。
「魔王までの道は空けてもらうよ!」
そう言うと春香は『スタンインパクト』を敵の軍勢に放つことで牽制し、歩を止めたところを『エクスブレイド』で一気に制圧する。少ない手数で敵を圧倒するのが、最も傷つけぬ方法だ。
「ロートゥス様までの距離は、さほど遠くない。もしかしたらもう目を付けられているかも」
谷村 ハルキは春香の盾として『重装大盾“城塞の騎士盾”』と『虹鋼の盾』の二つの盾を構え、更には『神聖鋼鎧“姫導の魔導鎧”』で身を固めることで正しく鉄壁の構えを店、突っ込んだ春香を狙う敵の前に割り込み守護する。
基本的な防御動作に『ファランクス』の構えを取りつつ、『色相観測』で魔力の流れを読もうとするハルキだが、やはり気になるのは魔王と化したロートゥスの動き。先ほどからこちらを気にしている様子なので、いつあの位置から強力な魔法を撃ち込まれるかわからない。『魔封石』による備えはあるが、早めに周囲の魔族を制圧しなければ危険だ。
しかし同時に、ここでロートゥスが前に出てくれれば、こちらとしてはやり易い。通常、指揮官というのは不用意に前に出るものではないのだが、春香の存在は完全にイレギュラーだ。そうなれば、強大な力を持つロートゥス自らが出てきて障害を排除しようとする可能性も十分にあり得る。
「備えあれば憂いなし、とは言うけれど……ここは思っていたよりも危険立ち位置ね」
春香のパートナー、
秋光 紫は春香とハルキの動きが一段ギアを上げたことに気付き、その消耗を緩和するために適時『エーテリア』を実行し。体力と魔力を充足させ、不意の事態に備えさせる。
紫は基本的に春香とハルキの回復支援に注力する立ち回りを見せているが、手すきになれば『マグネシア』を放ち、敵軍の侵攻を妨害するなどの活躍を見せている。『観察眼』や『土地鑑(コルリス王国)』を活かし、的確な位置、タイミングで放たれる紫の攻撃は威力異常の厄介さがあるだろう。
包囲されながらも、春香たちはなかなか崩れない。それどころか、彼女らの周囲には無力化された敵がばたばたと倒れて行き、徐々にロートゥスに近付いている。
「……判断を誤ったようだのう。よい、全軍、そのまま王都を目指し進撃せよ。強力な敵は儂が相手をする」
そう言った直後、ロートゥスは強力な魔法を春香に向けて放った。
「下がって!!」
色相観測でロートゥスの動きを探っていたハルキはいち早く反応し、盾とその身を呈してロートゥスの魔法を跳ね返す。
その一撃で、ロートゥスと春香たちの間の空間は無人となり、誰も邪魔するものがいなくなった。
ロートゥスは、その道を悠々と進もうとする。
「……出てきたか」
春香たち対ロートゥスの構図になったのを見て、
風間 瑛心がその間に割り込む。瑛心は現れるや否や『真鋼の剣』を構え、ロートゥスに斬りかかった。ロートゥスは斬撃を躱し、距離を取りながら多彩な魔法で瑛心を狙い撃つが、ヒットアンドアウェイによる攻撃を基本とした立ち回りの瑛心は向かって来る魔法を冷静に躱し、時には『魔切の戦術書・R』を活かして魔法の斬り払いを試みる。
とは言え、ロートゥスの魔法は強力だ。掠っただけでも大きなダメージを負いかねない。完全な防御に回ればジリ貧になると判断した瑛心は動きを決して止めず、ロートゥスに攻撃の的を絞らせぬよな立ち回りを見せる。
(上手く注意を引き付けてくれてる人がいるな……)
そんな瑛心とロートゥスの戦いを、『空中戦闘』で上空に構えている
迅雷 敦也は『ホークアイ』を通して見ていた。距離は十分に離れており、空という目立つ位置にいたとしてもロートゥスの意識の外のはず。そう考えた敦也は瑛心の動きに合わせ、『轟雷の弓』から矢を放った。
「ふん……」
しかし、超遠距離から放たれた矢は、ロートゥスが放った炎の壁に阻まれた。そして間髪を入れず、炎の矢のような魔法を敦也に返してまで見せて。
「うおっ……! へへ、気付いてたか?」
敦也は空中でロートゥスの反撃を躱す。驚きはしたが、まだまだ戦意は落ちていない。再び矢を番えると今度は『疾風の矢』を続けざまに放つ。先ほどよりも速度・威力共に強化された敦也の矢は、ホークアイにより見極めたロートゥスの動く先に放つことで、より回避が難しくなっている。
ロートゥスは間断なく向けられる遠近の攻撃に対処するため、若干攻めの勢いが落ちる。そんな流れを察したのは、敦也のパートナーである
迅雷 火夜だった。
「雷! 落としちゃうよ~!」
火夜は『六聖原書』を構えると、『スピードリーディング』によって強化された『フルメニス』を発動。極大の雷をロートゥスの位置に墜とした。だが、ロートゥスもまた魔力の流れを読むことに長けており、火夜が大技を放つ瞬間を察していたため大きく身を翻すことでこの強力な一撃を躱し、すぐに反撃の魔法を火夜に放っていた。
「わ~……大賢者ってホントに強いんだね~! それなら~……」
火夜は戦法を変え、今度は『ルミナリエス』を実行。ロートゥスの周囲に聖なる光を広げ、白の元素で満たす。
そこへ、光の属性を持つ敦也の轟雷の弓から放たれた矢が飛来する。白の元素の中で敦也の矢は更に威力を増し、ロートゥスに降り注ぐ。
「小賢しいわっ!」
しかしロートゥスは杖の一振りで周囲の元素を黒で満たすと、そのまま闇の魔法で矢を迎撃。せっかく火夜が作り出した自分たちに有利な戦場は、一瞬でロートゥスの戦場になってしまった。
「流石はロートゥス翁……魔法の冴えは変わらず、か」
そう言って現れたのは
アルヤァーガ・アベリアだった。
「ならばこちらも全力を出そう。我が想いを以て、否だと断じ否定しろ――Antinomie――!」
アルヤァーガは神聖武装を『形成』し、ロートゥスに相対する。
ロートゥスは新たに現れた敵に驚くこともなく、すぐに潰さんとばかりに強力な魔法を放つ。アルヤァーガはこの魔法を『色相観測』で読み、『対唱』で対抗しようとするが、ロートゥスの放つ魔法は複合属性を持ち、完全な相殺は難しいようだ。無理に合わせようとすれば反応が遅れ、まともに受けてしまうかも知れない。
そのことを肝に銘じ、アルヤァーガはロートゥスの攻撃を回避、迎撃することに徹し注意を引き付ける。
だが、手数が圧倒的に足りない。まるで銃の引き金を引くかの如く高速で放たれるロートゥスの魔法全てに対処するのは、アルヤァーガ一人では不可能に近い。
「それなら、私の矢で……!」
そこに割り込んだのは、
シュナトゥ・ヴェルセリオスだった。シュナトゥは神聖武装『地急行くBernstein』を『形成』すると、『節制のダヌル“霊架弓『天幸』”』でロートゥスの魔法を迎撃する。『節制のガントレット“四戒の篭手『金楼』”』によって同時に四本の矢を放てるようになっているため、シュナトゥの迎撃能力は極めて高い。手が余れば二本の矢はロートゥスに向かわせるという手段も取れるため、幅広い戦法が取れるようになっている。
また、シュナトゥは『虹の華・R』を持っているため、『色相観測』で見極めたロートゥスの魔法の属性に対して相殺しやすいと言うのも有利な面だ。威力には絶対の差があるため、反応さえ間に合えば属性を変えながら対処すればより確実な迎撃ができる。
しかし、アルヤァーガとシュナトゥの二人掛かりで、ようやくロートゥスの手数と互角。このままではロートゥスを打倒するなど敵わぬ状況だ。
(どうやら、カオス化には至っていないようですが……)
そんなアルヤァーガとシュナトゥを守るのは
灰崎 聖だ。聖は敢えてアトラのアバターで参戦し、ロートゥスがカオス化した際に備えていたが、その気配は今のところない。そのため、アルヤァーガとシュナトゥが撃ち落とし損ねた魔法への対処が彼女の役割となっている。
(力になれないなりに、できることをしなきゃ!)
都合三人で魔法の対処をしているというのに、ロートゥスの勢いは衰えない。攻めることも必要であると判断し、動いたのは
テスラ・プレンティスだった。
「悪いけど、付き合ってもらうよ!」
テスラは神聖武装『渦流たるMalstrom』を形成し、『ソードドミネーター』を以て『誓約の守護剣』による近接戦闘でロートゥスに襲い掛かる。その目的はロートゥスの術式制御の妨害だ。息をするかのように魔法を吐き出すロートゥスであっても、横合いから襲い掛かられれば手が縮むはず。そう考え、テスラは敢えて目立つように斬撃を加える。
そしてテスラの目的通り、ロートゥスは攻撃を避けるために一度魔法の手を止め距離を取ると、接近してきたテスラの排除に動き出そうとする。
「想いで手繰り、引き掴め――Malstrom――!」
が、後退しようとしたロートゥスは、テスラの神聖武装の性質によって彼女の間合いに引き込まれる。
「なんとな……!」
その効果にロートゥスは驚きの声を上げる。不得手な近接戦闘を強制されるのは、ロートゥスにとっては致命的だ。もっとも、近接戦闘に使える魔術の心得も持ち合わせるロートゥスは、テスラの近接戦闘に対応しながらも魔法による反撃を行う。が、やはりこの距離ではテスラが優勢だ。
「行けるでぇ! 明日を見据えぇ――oculis――!」
そんなロートゥスとテスラの戦いに、今度は
アルヤ モドキが割り込む。アルヤもまた双盾型の神聖武装を『形成』し、ロートゥスの魔法からテスラを守るように立ち回る。その立ち回りは鈍重に見える盾を構えながらも軽やかで、テスラの行動を妨害しないように動きつつ、的確なタイミングでロートゥスの攻撃に割り込むことが出来ている。『ファランクス』の構えによってその防御は正に鉄壁だ。仮にアルヤへの集中攻撃を行ったとしても、早期の決着は難しいだろう。
「えぇい……まとめて此の世から消してやるわ……!」
ロートゥスは多数の敵を相手を鬱陶しく感じたのか、テスラの攻撃を最低限の防御で防ぐと、術式を展開する。
(しまった……!)
テスラは攻撃を防がれたタイミングでロートゥスの大技を発動され、妨害のタイミングを失う。
「下がれぇ!」
アルヤは遅れてでもロートゥスに斬りかかることで術式を妨害しようとしたテスラを強引に下げると、双盾を構えてロートゥスの大魔法に備える。
「く……間に合って! 地急ぎ往きて、護り届け――Bernstein――!」
シュナトゥもロートゥスの大技を察知し、『融和』で周囲の黄の元素をかき集めると、聖句を以て聖約の一撃を放つ。
それとほぼ同時に、ロートゥスは容赦なく『クアトラ・エレメントゥム』を実行。強烈な四属性の複合魔法が、広範囲に破壊をもたらした。至近距離にいたアルヤは何とか自身とすぐ後ろにいたテスラを守り切ったが、そのダメージは小さくない。
「ぬう……やりおったな……!」
しかし、ロートゥスもまた大技に合わせたシュナトゥの地面から発生する強力な矢の一撃を躱しきれず、大きなダメージを負ったようだ。もっとも、このまま仕留めきるには足りない程度のダメージに見える。
アルヤが傷ついた以上、テスラは彼を安全な場所まで退避させねばならない。悔しいが、一行はロートゥスの前から退いた。
「気ィ向くままに吹き払えよ、囚われざるAello!!」
間髪を入れず、次なる特異者がロートゥスの前に立つ。現れたのは
キョウ・イアハートだ。キョウは現れるや否や『天雷の魔槍』と『風祝の祭刃』を触媒に神聖武装『囚われざるAello』を形成すると、そのまま『深化』をも実行。
その性質により、強い敵意をキョウに向けるロートゥスは自動的に囚われざるAelloの風刃に襲われ続ける。
攻め手は自動攻撃に任せ、キョウ自身は『色相観測』を以てロートゥスの出方を伺う。今のところ、風刃への対処に魔法を発動し、ダメージを最小限に抑えつつこちらを睨んでいるが、次の一手はまるで読めない。
(魔法使いの戦いとは思えねぇ……どっちかっていうと剣豪同士の立ち合いだろ、これ)
キョウは緊張感から手に汗を握る思いで立つ。先に動けば、先の先を取られる。そんな凄味がロートゥスからは感じられるのだ。
(睨み合い……お互いに打つ手が無くなってる、というところでしょうか。ならば、時を動かしましょう……!)
その様子を密かに見ていたのは
西村 瑠莉だった。瑠莉は介入する覚悟を決め、『Wエビルブレイカー』を構えてロートゥスへと歩を進める。
ロートゥスとキョウはすぐに現れた瑠莉の存在に気付き、同時に戦況を動かすタイミングだと確信する。
先に動いたのはロートゥスだった。ロートゥスはこの状況で真っ直ぐ向かって来る瑠莉が何をしでかすかわからないとし、まずは彼女の迎撃を実行。風刃を防ぎつつ、強力な闇の魔法を放った。
(乾坤一擲……!)
瑠莉は迫り来るロートゥスの魔法、その直撃への覚悟を決め、真正面から受け止める。命中の瞬間、『魔封石』の効果が発動し、ダメージを最小限に抑え、瑠莉はその体捌きによって態勢をも維持する。
「耐え切りましたよ……!」
そして、『転瞬走』による高速移動で一気に距離を詰めると、『パワープレイ』で大幅に威力を高めた必殺の『クミルス・クワエリ』を放った。超高速の二連撃は一撃目でロートゥスの取った防御態勢を崩し、続く二撃目は確実にロートゥスの胴体を捉えた。
手応え有り。瑠莉は勝利を確信してロートゥスを見遣る。
だが、ロートゥスは健在だった。クミルス・クワエリで大きな隙を作っていた瑠莉は反応が遅れ、ロートゥスから放たれた反撃をまともに受け、大きく弾き飛ばされる。『【神格】カヴァーチャ』の被ダメージの無効化が発動したことで肉体へのダメージは完全に防ぐことはできたが、これが発動したということはこの後のフィードバックで魔法防御力が大幅に下がるということ。ロートゥスを前にそれはあまりに大きい代償だ。事実上、自分はほぼ戦闘不能だと判断し、瑠莉はそのまま後退する。
ロートゥスは一人退けたとして、すぐにキョウの排除にも動こうとする。
しかし、ロートゥスがキョウの姿を確認したその瞬間、キョウはその視界から消える。
そして次の瞬間にはロートゥスの背後を取っていた。
「な……!?」
「この段階では、あんたですら知らんだろう……!」
キョウが取ったのは、失われた古代魔法である『エクシーレ』による瞬間移動だった。目で追うことは勿論、あらゆる手段で注視しても捉え切れないその動きに、ロートゥスはついて来れず、キョウが声を発した時点でようやくその位置に気付いた。
キョウはロートゥスが振り向くよりも早く聖約を実行。雷の力を宿した神聖武装による一撃を、ロートゥスの背に見舞った。
(……チッ、魔王の力か、それともカオス化しかかっているのか?)
仕留めたと確信したキョウの一撃はしかし、魔王ロートゥスを打倒するには至らなかった。
「が、はっ……! 凄まじい威力じゃのう……!」
「どういう体力してんだ、ジジイ」
ロートゥスは周囲を黒の元素で満たしつつ、自身の負った傷を修復させていく。
このまま自分一人では攻め切れないと感じたキョウもまた、瑠莉と同様にその場から退くのだった。