・戦闘開始1
クナール型飛空艦の中で、
優・コーデュロイは
紫月 幸人や
シンシア・エーデルヴィレに鼓舞踊による舞踏を披露する。
優から香るのは、カンフォートパフュームの匂いだ。
士気の上昇を狙って行われた踊りは、正しく作用し幸人と闘志のやる気を充足させた。
「楽しんでいただけましたか?」
「綺麗だった。踊り、上手いねぇ」
「見事な舞いでしたわ」
舞踏を最後まで終わらせて一礼すると、見物していた幸人とシンシアから称賛をもらった。
優のクナール型飛空艦には、
ルージュ・コーデュロイのクナール型飛空艦が随行していた。
格納庫には
スレイ・スプレイグのアーマードスレイヴ(突撃型)を納めている。
『もうすぐ戦場よ。出撃の準備はいい?』
カンフォートパフュームを使いつつ、目的地が近付いたことをスレイに知らせた。
『ええ。いつでも出れますよ』
アーマードスレイヴ(突撃型)から、スレイの返事が来た。
スループ型飛空艦に
信道 正義のバルドイーグル(連盟)を積み込んだ
シンシア・スターチスは、
リズ・ロビィを艦内に招き入れた。
「よろしくお願いします。シンシアは私とエーデルヴィレ様の二人がおりますが、間違えたりなどはしませんでしたか?」
「さすがに仲間の顔は覚えているから大丈夫さー。でも確かに、文字での判別はフルネームじゃないとややこしいかもしれないさ」
そんな会話を交わしつつ、リズは格納庫へ向かい、シンシア・スターチスもそれを見送りスループ型飛空艦の発進準備を始めた。
シンシア・スターチスのクナール型飛空艦の格納庫に到着したリズは、幸人のアーマードスレイヴ(突撃型)の状態に、なるべく注意を払うよう心掛けた。
なにしろひとりだけ突出する形になるので、存在がばれれば一気に危険に晒されることになる。
「何かあったら、紫月社長をすぐ援護できるようにしたいさー! 修理のために下がってもらうことも視野に入れるさー!」
犠牲なんて出させるものかと、リズは奮起した。
* * *
戦場に優とルージュのクナール型飛空艦がそれぞれ到着する。
優はすぐに、アリスへ通信を繋いだ。
『アリスさん、バーゲスト連隊の優と申します。目的にご協力させていただきたいと思います』
『ありがとうございます。感謝いたします』
優もアリスも、盗聴を警戒しているのか、肝心の目的が何なのか、口にしなかった。
シンシアは、幸人の嗜好に合わせて好きな香りや音楽など、趣味に合致しそうなものを選び出し、精神的疲労が少しでも軽減されるように、事前準備の仕込みを行っていた。
作業を完了させ、幸人を呼びに行く。
「完璧なチョイスですわ。わたくしのセンスを御覧あれ」
『……うん、いいんじゃないかな。気に入ったよ』
普段とは一風変わった機体内の様子を楽しんだ幸人が、アーマードスレイヴ(突撃型)で出撃する。
ルージュのクナール型飛空艦から出撃したスレイは、まずアーマードスレイヴ(突撃型)を停止させた。
試みたのは、殺気察知。
『人間が出すものとは違うような気がしますね。やはり、無人機ということでしょうか』
結論らしい結論は出ない。
唯一分かるのは、あのクルースニクたちに人間が乗っていようといまいと、自分たちに害意を抱いているのは間違いなさそうということだけだ。
幸人の出撃に合わせ、優は感知式スタンマインの設置を急いだ。
事前準備として行うことができないので、地味に手間な作業だ。
『ふう。これで全部ですね。間違えて味方が踏んでしまわないよう、伝えておきませんと』
作業を完了させると、優は味方に急いで感知式スタンマインを埋設した場所を知らせた。
アリスの護衛とクルースニク部隊へのカウンターを兼ねて、幸人はアーマードスレイヴ(突撃型)を位置取りさせた。
『別に、逐一やり方にまで口を話すつもりは毛頭ありません。私からお願いしたいのはただひとつだけです。……どうか無理をせず、全員生きて帰ってください』
そう告げたアリスの声を残し、ガレオン型飛空艦が動き出す。
それに合わせて、幸人もアーマードスレイヴ(突撃型)を前進させた。
『正義君、スレイ君は援護よろしくねー。優ちゃん達は仕込みもよろしく!』
クルースニク部隊からの識別信号を何度も確認して、
リズ・ロビィは唸り声をあげた。
「どういうことさ? 連盟の所属を出してるクルースニクが暴れてるさー。これじゃ連盟やアリスさんの立場がヤバいさ! つまりあたしまでとばっちりを食うさ!」
疑いを向けられれば、それは行動で払うしかない。
それなら、最初から連盟の潔白を主張すべく、今ここでクルースニク部隊をどうにかするべきだろう。
* * *
紅城 リムスのヴァルフェスから、
戦戯 シャーロットはアーマードスレイヴ(突撃型)を出撃させた。
ちなみに、機体の肩には
ルルティーナ・アウスレーゼを乗せている。
生身で。
『ねーねー、クルースニクの弱点って、何かなぁ?』
「わふー。分からないです。ただ複製されただけの機体なら、私たちの知識そのままだと思いますが」
『やっぱりそうだよねー。となると、実際に戦いながら探ってみるしかないかな?』
そんなやり取りをしているシャーロットとルルティーナに気付かず、リムスは艦内に姿が見えないルルティーナを探していた。
どこにもいないので、通信を繋いでルルティーナ本人を呼び出す。
『ママ、今どこにいるの? もうすぐ戦闘が始まっちゃうよ?』
通信機が風の吹く音を広い、既にリムスは嫌な予感がしていた。
「わたしですか? お姉ちゃんの機体の上にいますよ♪」
『え……え? ……えええええええーっ!?』
リムスの上げた絶叫で通信機がハウリングし、ルルティーナは耳を押さえた。
「わふーっ!? お、大声出されると耳がキーンってしますぅ……」
『き、き、機体の上!? どうしてそんな場所に!? これから戦闘が始まるんですよ!?』
「何で、って。ガドラスガードのクルースニクを鹵獲してみようと思いまして? と、いうわけなのでリムちゃん。アリスさんに、「クルースニク、鹵獲出来たら持っていきますので解析諸々お願いしますね♪」って伝えておいてくださいねっ。以上、通信おわりですぅ!」
『あっ、ちょっと! ママ! ママ!?』
ルルティーナに通信を切られ、しばらくリムスは呆然とする。
『だ、大丈夫かなぁ……?』
不安に思いつつも、言われたとおりアリスに通信を繋いだ。
クルースニクの鹵獲についてのお願いをすると、アリスからルルティーナの居場所について尋ねられた。
どうあら、アリスからも姿が見えていたらしい。
『クルースニクは自爆して、街のど真ん中にクレーターを造るくらいですよ。ルルティーナさんの行動は自殺行為になりかねないのですが、分かっていますか?』
かなり強めに、注意をされる。
『えっと……ママのやっていることは結構無茶苦茶ですけど、アリスおねーさんの連盟のお役に立てるよう、必死なだけなんです。だから、その……それだけは、解ってあげて欲しい、です』
リムスは辛うじて、それだけをアリスに告げた。
* * *
キャラック型飛空艦に
ASに青春を捧げた少女と
朔日 弥生、そして弥生の機体であるイーグルヴァンガードIF(連盟)を乗せた
朔日 睦月は、自分自身の役割とするべきことについて考えていた。
『背後関係を探るのは大事なことであることには違いないでしょうが、あくまで優先すべきは私たちの身の安全であることも確かですな。……くれぐれも、無理はしないように』
クルースニクの鹵獲に対して、前向きな姿勢を見せている弥生へ、睦月は忠告する。
『分かっています。鹵獲はあくまで背後関係を探るための手段のひとつ。拘るべきは目的の達成であり、手段ではない……そういうことですよね?』
『その通りです。さらに言えば、今回必ず明らかにしなければならないというわけでもありませんな。待てばまた、機会は巡ってくるでしょうな』
弥生が答えると、睦月の返事に安堵が混じった。
どうやら弥生が無茶をしないか心配だったらしい。
自分たちの安全と、味方の安全を確保した上で、行える手段を模索する。
取れる手段はひとつではないのだから。
格納庫に弥生が到着すると、ちょうどイーグルヴァンガードIF(連盟)からASに青春を捧げた少女が降りてくるところだった。
入れ違いになる形で、機体に搭乗する。
イーグルヴァンガードIF(連盟)の中は、弥生の好む香りに満ちていた。
心が安らぐような、ヒーリングミュージックもかけられている。
『ありがとうございます。これなら、中にいても寛げそうですね。精神的に、かなり楽に戦えそうです』
通信で礼を言うと、ASに青春を捧げた少女は振り返って弥生ににこりと笑いかけ、手を振ってみせた。
バウンティ・スネークを操縦する
十文字 宵一は、今回戦う敵であるクルースニクについて考えていた。
『無人機だって話だが、どんな原理で動いているんだろうな』
考えられる可能性は、人工知能による自動操縦や、遠隔操作による手動操縦といったところか。
他にもまだまだあるかもしれないが、宵一が考えて、ぱっと思いつくことができたのはこの二つだった。
人工知能によるものだとすれば、そこには高性能の技術が使われているはずだ。
果たして、自由都市連盟の技術だけで成せるものだろうか?
『自我を持つ機体と何か関係がある線は……駄目だ、分からん』
諦めた宵一は、それ以上考えることを止めた。
遊撃艦【ヴェーザー】を操縦する
リイム・クローバーは、宵一の疑問の言葉に黙って耳を傾けていた。
『とにかく今は、情報を集めないとでふねぇ』
分からないことだらけの現状なので、推理のしようがない。
もっと調査を進めることが必要そうだが、それには時間が必要そうだった。
烈風府を貼り付けて遊撃艦【ヴェーザー】の速度を早め、リイムは戦いに備える。
* * *
行坂 貫はコンタクトを取るため、アリスのガレオン型飛空艦に同乗していた。
「……お待たせしました。それで、話というのは?」
戦闘が始まる前の時間を利用して、アリスが声をかけてくる。
「実は、聞きたいことがあるんだ」
貫がアリスに行った質問は、大きく分けて五つに別れる。
「なあ、裏切者の主張の仕業だとあんた思う根拠はなんだ?」
「
クルースニクを複製しているのが、自由都市連盟だからですよ。他の国や特異者が複製していれば話は変わってきますが、大部分は担っていると思います」
返答に淀みがない。
アリスの考えでは、それは確定事項のようだ。
「どうして自由都市連盟の方に疑いの目を向けるんだ? ガドラスティアの仕業という線はないのか?」
「……逆に聞きますが、どうしてガドラスティアの仕業だと考えるのですか? そうだとすると、動機が乏しくなります。
ガドラスガードは、あくまでガドラスティアを守るためのものです。少なくとも、今までは。となれば、例外を考えるよりも裏切者がいると考えた方が現実的でしょう」
心底不思議そうに、アリスは貫へ尋ね返す。
言われてみればもっともで、確かにそれはそうだ。
「ジェミニケーターをジーランディアに持ち込んだ商人の仕業って線はないか? 商品の宣伝や売り込みになるだろ。今は無理でも、今後の商売で利益を得られると考えたかもしれない」
「……
可能性としては、あり得ると思います。そうですね。そちらの線で調べることも、必要かもしれません」
ポーカーフェイスなアリスの表情が、微かに柔らいだ。
貫へ向けて、ほほえんだのだ。
「あー、残りは一応聞いておくだけなんて、気を悪くしないんで欲しいんだが。アリス自身が実は犯人だったり……しないよな?」
「……」
頭をかきながら貫が発した質問の返事は、アリスからの絶対零度の視線で返された。
「他の可能性は存在すると思うか?」
「……それを私に聞くあなたの胆力に驚いていますよ」
答えは返ってきたが、冷たい視線は変わらない。
どうやら呆れられたようだ。
アルヤァーガ・アベリアのクナール型飛空艦が、アリスのガレオン型飛空艦の直掩として随行している。
『それでは、偵察に行ってきます。俺が出ている間のことは、お願いします』
自分と同じように、アリスと行動を共にしている面々に声をかけつつ、アルヤァーガは単独での先行偵察を行う。
やはり、山岳地帯というだけあって、地形は険しい方だ。
とはいえ他の戦場のように、飛行する敵が相手ではないだけマシか。
いや、クルースニクたちは皆ローラーダッシュを標準で行ってくるので、その機動力は決して侮れるものではないが。
『地上戦になるな。この地形を悪用されなければいいが』
なにしろ地形の凹凸が多いので、死角が多いし予測不可能な動きも出やすそうなのだ。
意図するにしろ、しないにしろ。
一応、気には留めておくべきか。