【3】海辺でグミ作り―2
「へぇ……これに色々手を加えたら新しい味のグミ坊主になるのか」
星川 潤也は砂浜に乗り上げているグミ坊主を眺めていた。その隣には
星川 鍔姫の姿がある。
「面白そうだし、俺たちもやってみないか?」
「別に構わないけど、何を使うつもり? あたしは食べ物なんて持ってきてないわよ」
「そうだな……よし、これにしよう」
潤也は氷瓢箪を取り出す。中に入っているのはローズコークだ。
「俺さ……子供の頃、コーラ味のグミが好きだったんだ。よく行く駄菓子屋で売ってた、コーラの瓶型のやつ。あんな感じで、食べるとシュワッとするコーラグミを作ってみたいんだけど……どうかな?」
「良いんじゃない? でも、他に何か加えたりはしないの? コーラ味なら確かに美味しくはなるでしょうけど、せっかくならちょっと変わったグミを作ってみたいわね。勿論、美味しいのは大前提で」
「ああ、それについてはちょっと思いついた事があるんだ」
そう言って潤也が手に取ったのはホライゾンフリーザーだ。それをグミ坊主へ突き立て、出来た裂け目へローズコークを流し込んで内部に染み込ませる。
「氷瓢箪で冷えたローズコークを使うだけじゃなくて、こいつで冷気を与えるんだ。こうすれば冷たいグミを作れるんじゃないかな」
コーラ味に変化したグミは小さなグミ坊主の姿に変わると一口サイズのグミを差し出してきた。どうやら食べて良いという事らしい。
グミを口に入れた瞬間、ひんやりと口の中が冷える感覚。味は甘いコーラの味に加え、ほのかにバラの香りが口内に広がる。
噛みしめるとシュワシュワとした炭酸のような感覚。うまく望み通りのグミになってくれたようだ。
「ん、思ってたより美味しいわね」
鍔姫も嬉しそうにグミを口に含んでいる。そんな彼女を見て、潤也はふっと微笑んだ。
「……やっぱり鍔姫とこうやってゆっくり過ごしたり、一緒に美味しいものを食べてると、すごく幸せだよ」
「またそんなキザったらしいセリフを言……っ!?」
顔を赤くして文句を言ってくるその口をキスで塞ぐ。さらに顔を真っ赤に染めた鍔姫は言葉も出ないといった様子で口元を抑えながら睨みつけてくる。そんな仕草も可愛く思え、ついつい頬が緩んでしまう。それを見てそっぽを向いてしまった鍔姫をなだめたりしつつ、潤也はその後もグミが無くなるまで二人で楽しく過ごすのだった。
「はう、もう少し右です右です。あ、ちょっと行き過ぎです、そうそこですぅ」
「ここね、行くわよ!」
土方 伊織は
アケルナルと一緒にビーチを訪れていた。
先程まで二人で海水浴を楽しんでいたのだが、現在は伊織が持参したスイカ割りセットを使ってのスイカ割りの最中だ。
アケルナルの振り下ろした棒は見事スイカに命中し、小気味良い音を立ててスイカが二つに割れる。
「アケルナルお姉さま流石なのです」
「あなたの指示が良かったからよ、ありがとう」
「えへへ~」
アケルナルに褒められ、伊織の顔が綻ぶ。
二人は近くの椅子に座ってスイカを食べ始める。椅子とテーブルは伊織の持ってきたお茶会セットに含まれている物で、テーブルの上には湯気の立つ紅茶が並べられていた。
スイカを食べて冷えた身体を紅茶で温めながら、伊織はふと気になった事を尋ねてみる。
「そういえばアケルナルお姉さま。海水浴とかスイカ割りとか色々遊びましたけど……グミ作りって、もしかしてやってみたかったりしますです?」
「んー、特に興味は無かったのだけど……あれだけ目立つ見た目をしていると常に視界に入ってくるし、少し気になりはするわね」
そう言ってアケルナルは海の方へと視線を向ける。
海水浴の邪魔になる為、二人はグミ坊主からそれなりに離れた海辺で遊んでいた。遠目には海上に生成された巨大な闘技場と、そこから浜辺まで広がる巨大なグミが見える。
「あ、そうだ。良い事思いついたです。ちょっと待ってて下さいね」
言うが早いか紅茶の入ったカップを持った伊織はグミ坊主の方へと駆けていく。
砂浜に乗り上げたグミの上へカップをひっくり返すとその部位が紅茶の色に染まる。伊織はそれを食べやすいサイズに千切り、アケルナルの下へ戻った。
「紅茶味のグミです。お茶請けには合わないかもしれないですが……」
「あら、良いじゃない。頂くわね」
アケルナルは美味しそうにグミを摘まんでいる。伊織も一つ摘まんで食べてみると、先程まで飲んでいた紅茶と同じ味だがむにむにとした適度な弾力のお陰で楽しく食べられた。
「紅茶、思ったよりグミに合ってるのです。そうだ、他にも紅茶に合うお菓子も持ってきてるのです。こちらもどうぞ、です」
「ありがとう。私ばかりもてなされてしまって悪いわね。私からも何か返せれば良いのだけど……」
「僕はアケルナルお姉さまと一緒に遊べればそれで満足なのです。なので気にせずおもてなしされて下さいですよ~」
口当たりの良い、甘くて美味しいお菓子を食べながら二人で談笑する。お茶会はまだまだ続きそうだ。
「ジュリー見て見て! わたし今年も水着コンテストで優勝したよー!」
水着姿でくるりと回る
織羽・カルス。そのまま勢いよく
ジュリー・カルスに抱きつく。
「えへへ、すごい? すごい? 鼻が高い?」
「そうだね、夫として鼻が高いよ。流石だねオルハ」
抱きとめてくれたジュリーの頬にキスをし、お姫様抱っこをねだる。望み通り抱き上げてくれたジュリーと織羽の二人の胸元で、太陽の光を反射した双月のペンダントが煌めいていた。
「そうだ、夏の最後の思い出にグミ作ろーよ! 一緒に作りたいグミのイメージを考えてきたんだー!」
グミのイメージを伝えながら、織羽はジュリーを連れて浜辺へ向かう。
「それじゃ、グミ坊主さーん! 協力お願いしまっす!」
そう言ってグミ坊主に一度頭を下げると、グミ作りを開始する。まずはアンダーウォーターを唄って周囲の青の元素に働きかけ、続けてマーレ・アリア――海を讃える唄を歌い上げる。
ジュリーはじっと織羽の唄に聞き入っている。マーレ・アリアが終わると、目の前のグミ坊主は綺麗な青色に変化していた。
そのまま別の唄を歌い始める織羽。それは聖唄『ラクシアの祈り』。ジュリーからの贈り物だ。
唄に合わせてジュリーが付加魔法を使い、織羽のサポートをする。グミの色が青一色から澄んだ水色とのグラデーションへと変化していく。
夏の思い出への感謝を、最愛の人との思い出を心に思い浮かべながら、ありったけの想いを乗せてラクシアの祈りを歌い上げる。
唄の終わりに星の砂を散りばめ、グミ作りは終わる。濃い青色と透明感のある水色のグラデーションカラーの中で、星の砂がきらきらと煌めく見た目にも美しいグミ坊主がそこにいた。
小さなグミ坊主は自分の身体の一部を使って食べやすいサイズのグミを作り、二人に差し出す。
「ありがとう! それじゃ、いただきまーす!」
口に入れると爽やかなソーダに似た風味。星の砂のような物は元の砂とは違い、かりかりとした触感と強すぎない塩気に変わっていた。
「んー、美味しい!」
「本当だ……それに凄く綺麗だ。海の中のようにも、星空のようにも見える」
「ジュリーが手伝ってくれたお陰かも! ありがとね!」
「殆どオルハが作ったような物だし、お礼を言いたいのはこちらの方なんだけど……ふむ」
数秒、何か考え込む素振りを見せたジュリーはふいに織羽の名を呼んだ。
「ねぇ、オルハ」
「なーに?」
返事と共に顔を上げた織羽の唇に何かが触れる。
「グミのお礼と、コンテスト優勝のお祝い、かな」
一拍置いて、キスされたのだと気づいた織羽の顔がぽんと赤くなる。
それから暫くするとグミ坊主は消えてしまったが……二人だけが食べる事の出来たグミの味は、この夏の思い出と共にしっかりと記憶に焼きつけられたのだった。
「グミづくり……か。普段だったら……いや、普段からもそう気楽に生きてはいねぇなぁ。どうしても自分が平和に過ごすことに違和感感じてばっかりだ」
ケイ・ギブソンに誘われてビーチを訪れた
飛鷹 シンは独り言のように呟く。心配そうにケイが顔を覗き込んできたので慌てて首を振り、苦笑いを浮かべた。
「悪い、誘ってくれたのにこんなこと言ってさ。折角だ、思いっきり楽しもうぜ」
「……あまり、無理はしないで下さいね」
「無理はしてないさ。そうだ、なぁケイ、お前どんな味が好きだ? 俺はそれに合わせてグミを作ってみようと思う。代わりに甘さを控えた、俺でも食えそうなもんつくってくれよ」
「……そう、ですね。それならオーソドックスにイチゴ味をお願いしたいです。……いえ、ちょっとひねってイチゴかき氷味なんてのも……夏の定番ですし」
「かき氷か、そういや海の家で売ってたな。それ使えば作れるか……?」
味付けは決まったものの、グミの作り方など知る由もなく。どう調べたものかと考えながら海の家へ向かうと、中には何名か切り取ってきたグミ坊主の一部を使ってグミ作りをしている者達が居た。
シンも見様見真似でグミを作ってみる。グミ坊主の欠片を持ってくるついでにイチゴ味のかき氷を買い、グミに放り込んでみるとかき氷を吸収してまったく同じ味のグミになった。
「……変な味はしてねぇな。ケイ、こっちは出来たぜ」
作り方が作り方なので念のため毒見だけしておき、ケイの方へ向かう。ケイの方も丁度作り終えた所のようで、淡い黄色のグミを手に持っていた。
「あ、綺麗‥…イチゴのシロップと同じ色ですね。えっと、こちらは甘さ控えめが良いとの事でしたので、さっぱりした柑橘系のグミにしてみました」
互いのグミを交換し、シンは薄黄色のグミを口に運ぶ。ほのかな甘みと爽やかな酸味が口に広がった。
「美味しい……! イチゴかき氷の味そのままです」
「こっちは甘すぎなくて食べやすい。サンキューな、ケイ」
お互いの為を思って作ったお菓子を食べ合い、二人で笑う。
ふと外から騒々しい声が聞こえてきたのでそちらを見やれば、浜辺の方で何やら騒いでいる二人組が見えた。
田中 是空と
デュランダルのようだ。
よく目を凝らせば、二人の目の前には何とも形容しがたい禍々しい色合いのグミ坊主が出来上がっている。
「あいつら何やってんだ……面倒事増やされても困るし、ちょっと様子身に行くか」
残りのグミを摘まみながら、シン達は浜辺の方へ向かっていった。
(莉緒、遅いな……やっぱり恥ずかしかったりするのかな……)
結笹 紗菜は更衣室前を落ち着かなさげにうろうろしていた。
中では
奥 莉緒が着替えているはずなのだが、中々出てこない。これまで莉緒の水着を見る機会が無かったので見せてほしいとお願いした所、少し恥ずかしそうにはしていたが承諾してくれたので二人でこの場所を訪れ、今に至る。
本当は水着姿は嫌だったのか、無理を言ってしまっただろうかと一人悶々としていると……誰かが更衣室から出てきた気配がして顔を上げる。
そこには水着姿の莉緒がいた。可愛らしいタンクトップビキニに泳ぎの邪魔にならない程度の小さな猫の飾りがついている。
「遅くなってごめんね。その……やっぱりちょっと子供っぽい……かな」
「っそんなことない! すっごく可愛いよ!」
「そ、そう……? それなら良かった……」
莉緒は頬を染めて顔を伏せる。紗菜がその手を引き、波打ち際まで連れて行って二人で暫く水遊びに興じる。
満足するまで遊んだ後、せっかくだからとグミ作りの方もやってみようと持ちかける。そこでふと、莉緒の好物について尋ねたことが無かったと気づいた。
「そういえば、莉緒の好きな食べ物って何?」
「え? う~ん……特にこれっていうのは無いけど……甘い物は大体好きだよ」
「そうなんだ! それじゃあ甘くて、莉緒に似合いそうな……うん、オレンジ系で! 頑張って作ってみるね!」
「じゃあ私も、紗菜に合いそうなグミを作ろうかな。青色……ラムネ、じゃシンプルすぎるかなぁ」
何が紗菜に似合うだろうかと真剣に悩んでいる莉緒。
紗菜がオレンジグミを作る為のジュースを買いに海の家へ寄ると、ふいに莉緒がどこかへ駆けていく。戻ってきた莉緒はかき氷のカップを両手で抱えていた。
「ブルーハワイのかき氷、他の人が食べてるの見てたら綺麗な青色だなぁって思って。きっと紗菜にも似合うかな……って。嫌いじゃないかな?」
「うん、全然大丈夫! ありがとう莉緒!」
二人はお互いをイメージしたグミを作りあい、一緒に食べる。甘酸っぱいオレンジと爽やかな甘さのブルーハワイ。奇をてらったものでは無いけれど、どちらも美味しくて。感想を言いあったり、好きな食べ物の話、思い出話など話は途切れる事は無く、気づけば数があった筈のグミは綺麗に無くなっていた。