【3】海辺でグミ作り―1
ホライゾンビーチに突然姿を現した二つの闘技場。それらを構成するグミ坊主の身体は周辺の浜辺にまで広がっていた。
「わぁ、本当にグミが広がってる!」
マリナ・アクアノートを連れてビーチを訪れた
ノーン・スカイフラワーは、浜辺一体を覆っているグミを見て歓声を上げた。
近づいてしゃがみ込み、グミをつついてみると強く指を押し返される感触があった。弾力のある硬めのグミのようだ。
マリナもその隣でグミをつつき、感触を確かめている。
「……一応、食べても大丈夫らしいけど、どうする?」
「そうなの? なら、食べてみようかな!」
赤色のグミを小さめにちぎり、一口。途端、口の中に甘い香りが広がる。どうやらスイカ味のようだ。もう一口分ちぎって、今度はマリナへ差し出す。
「マリナちゃん、はい、あーんして?」
「ん」
開いた口の中へグミを入れてあげると、マリナはゆっくりと咀嚼する。
「……甘い」
「ね♪ この辺は赤色だからスイカ味なのかな。向こうの黄色っぽいのは何味なんだろ?」
「……確か、マンゴー味? さっきすれ違った二人組がそう言ってた」
「あ、じゃあわたしが持ってるのと同じかな?」
そう言ってノーンはエナジーマンゴーグミを取り出す。見比べてみれば、同じような色をしていた。
「味を変化させる事も出来るみたい。けど、わたしは使えそうな物を持って来てないから、無理」
「んーそれなら……あった!」
ノーンは荷物の中からリンゴジュースを取り出す。ついでにはちみつの瓶も見つけたので一緒に引っ張り出した。
「はちみつとリンゴ……うん、良さそう」
「これ、このままかければいいのかな? ちょっと試してみるね」
ノーンが恐る恐るリンゴジュースをグミに注ぐ。透明な黄色の液体はあっという間に吸収され、グミは赤色からジュースと同じ黄色へと変化した。
試しに一口ちぎって食べてみる。甘酸っぱいリンゴの味がした。
「どう?」
「うん、うまくいったみたい! はい、あーん♪」
「……ん、美味しい。……けどちょっと恥ずかしい、かも」
「そぉ? わたしは仲良しって感じがして楽しいけどなー♪」
「……じゃあ、お返し」
今度はマリナがグミをノーンの口へ運ぶ。喜んで口を開け、グミを味わうノーンを見たマリナは困ったような、けれどどこか嬉しそうな顔で笑っていた。
それから二人ははちみつとジュースでグミの味を変化させては互いに食べさせ合う。暫くするとグミ坊主は元の色に戻ってしまったが、二人とも楽しい時間を過ごせたのだった。
「各々準備は出来ましたか? では行きますよ!」
高橋 蕃茄が拒絶のシクレシィエンブレイスで影を操り始める。編み上げられ鞭のようになった影の先端が広がったグミ坊主の一部を縛り上げる。
人の想念から生まれたグミ坊主は何かしらの影響を受けると味を変化させる性質があるらしい。ならば想いを込めてぶん殴れば望んだ味に変化するのでは無いかと考えた蕃茄達は一つのグミを作り出そうと行動を始めていた。
作りたいのは夏らしいグミ。夏と言えば怪談。という訳でありったけの恐怖をグミ坊主に与え、食べると背筋が凍るようなクールなグミの創造を目指す。
「はいここ! ここに集中で!!」
蕃茄が縛り上げたグミの塊に、まずは
エイミー・マームが攻撃を仕掛ける。
「よーし、行っくよー!」
大神剣イクタチを構えてグミに接近。U.トレイルウォーターで海上に水柱を噴き上げると、グミにかかった水滴が氷結しその表面を冷やす。
続けて、神威ワダツミを放つ。水の龍ワダツミを纏ったエイミーが舞うように武器を振るうと、刃から水を纏った衝撃波が発射されてグミをさらに水浸しにする。
流れるように天津奏で舞いへつなげ、小気味の良いステップを踏みながら攻撃を続ける。
グミを挟んだ位置から
鼠家 蒲桃も攻撃している。軽身功で海の上を駆け、身に纏った常夜の妖気を操る。拳に集められた妖気がカマの形を取り、グミに傷をつける。そのまま即座に傷口に向けてアイスティーをひっくり返し、グミを紅茶味へ変化させる。
反撃に備えてポリカーボネートシールドを構えるが、縛られたグミはぐねぐねと蠢くだけで何もしてくる様子は無い。
「ちょっと拍子抜けね……というか、本当にこんなやり方でグミが出来るのかしら」
眉をひそめた蒲桃の上空で、
モルダ・エレスチャルが方天戟を構えていた。
「大会に出られなかった鬱憤、コイツに全部ぶつけてやる!」
翼を羽ばたかせて急降下し、方天戟を力一杯叩きつける。衝撃でうねるグミへアイスティーを浴びせ、一度空へ戻る。
剣戟乱舞でグミを刻んだ蕃茄がモンスターフェイスを貼り付ける。グミの表面に怪しく光る顔が浮かび上がり、次々と表情を変えていく。
「さぁじわじわ来るぞ、エイミーと鼠家も揺さぶって頂戴な」
「任せて!」
そう言ってエイミーが歌いだすととどこからともなく声が聞こえてきて、一緒に輪唱し始める。
「ほらほら畳み掛けちゃって! 調理速度が大事だよ!」
頭の中で鳴り続けるメロディに相手が混乱している内に、少しでも多く恐怖を感じさせる必要がある。まずは蒲桃がゼロ次元精神感応を使った。
「グミ坊主が怖がりそうなイメージって言ったら、やっぱりこういうのかしら」
見せたのは熱湯をかけられてグミの身体が溶けていく幻影だ。そもそも恐怖心を感じるようなまともな精神を持っているのか不安ではあったが、縛られたグミがふるふると震えている所を見ると効いているように感じる。
「そら仕上げだ」
蕃茄は巨大ながしゃ髑髏の影を呼び出すとグミへ突撃させる。グミへ喰らいついて恐怖を与えたがしゃ髑髏が消滅すると、今度はモルダがタービュランスを放った。力強く振るわれた方天戟が周囲に暴風を巻き起こし、さらに蒲桃が機晶石を使って電気を放射。うなる風の音と電流により海の嵐を再現する。
「さて、これだけ怖がらせれば十分でしょう」
蕃茄がグミの拘束を解く。と、縛られて細くなっていた部分が勝手に千切れて分離する。紅茶と同じ綺麗な赤茶色に染まったグミは新たなグミ坊主となって自立し、水の上を漂い始めた。
「成程、こうなるのか。それでは一口失礼」
紅茶グミ坊主の一部を千切る。千切られても特に嫌がる素振りも攻撃してくる素振りも見せず、そのまま水の上に浮かんでいる。
グミを口に含むと僅かに渋みのある紅茶の香りが口の中に広がる。だが一拍置いて口の中でパチパチと弾ける感触と共に、何となく周囲の気温が涼しくなったように感じ始めた。背筋が凍る……とまでは行かなかったが近い物は出来たので、作り方は間違っていなかったようだ。
「ん、味は普通に紅茶だし、少し暑さも和らぐ感じがするわね。意外と良い出来なんじゃない?」
グミを試食した蒲桃が好意的な感想を述べる。隣で食べているモルダも満更ではないという様子だ。
「ほんとだ、ちゃんと紅茶味になってる。パチパチしてるのは放電の効果かな? 正直失敗するかなって思ってたよ。こんなやり方でも作れるんだね」
エイミーも驚き半分、嬉しさ半分といった様子だ。
四人は暫く紅茶味のグミを味わっていたが、小さなグミ坊主は徐々に色が落ちていき、やがて元の色に戻ると本体と同化してしまった。定着しなかった……と言うことは、グミ坊主を満足させる出来では無かったのだろう。
とは言え、望んだ味のグミを食べる事は出来たので、その後は浜辺を散策したり他の特異者達が作ったグミを分けて貰ったりして過ごすのだった。
「これが、グミ坊主さん、ですか」
海上に広がり砂浜にまで到達しているグミ坊主の身体を見て、思わずと言った様子で
数多彩 茉由良が呟く。
「大きいわねぇ。あの闘技場もグミ坊主なのかしら」
海を見渡していた
ベネディクティオ・アートマも感心した様子で声を上げる。ふと浜辺に目を向ければ、食べ物や道具を使ってグミ坊主の味を変化させようとしている特異者の姿がちらほらと見受けられた。
「食べ物を持ってきてる人が多いみたいね。でも予定通り、私達は私達のやり方で良いきましょ!」
「そうですね。みなさん、じゅんびをおねがいします」
茉由良とベネディクティオ、そして
アシュトリィ・エィラスシード、
カラビンカ・ギーターは持参した道具でライブの準備を始める。
グミ坊主は外部からの影響を受けると味を変化させると聞き、ならば歌や踊りで楽しませる事でもそれは可能なのではないかと考えた彼女達は、今からこの場所で突発ミニライブを行う予定だ。
やがて準備は終わり、まずは開始前の挨拶を行う。
「『ニューメロウズ』の、まゆらです。しんじんアイドルをやっています。よろしくおねがいしますね」
茉由良から順に名を名乗っていき、簡単に自分達の紹介を終えるとすぐに演奏を開始する。
カラビンカがオーケストラ楽団の幻を作り、マーチングバンドの楽団[アンサンブル]を呼び出した茉由良が纏めて指揮を取る。演奏に合わせ、メインボーカルのカラビンカが歌い始めた。透き通った清らかな唄声が辺りに響く。
曲には1/fのゆらぎを取り入れており、耳にした者は気持ちが穏やかになる。さらに周囲が大自然の幻で包まれ、和やかな鳥の声がどこからか聞こえてきた。
バッキング・ボーカル担当の茉由良の声がカラビンカの声に重なる。歌いながら茉由良が豊穣舞を舞い始めると、幻想的な光の花畑の幻影が周囲に広がり始めた。優しく囁くような声色でありながらしっかりと遠くまで届く柔らかいその声は、カラビンカの歌声を邪魔することなく綺麗なハーモニーを奏でている。
急に始まったライブに気づいた特異者がちらほらと見物に来始める。と、ふいに空から光り輝く星が降り注いできた。アシュトリィの放ったスターレインボウの効果だ。降り注ぐ星々へ向けて、アシュトリィは矢の形にしたオルガノレウムを発射する。睡蓮の花びらを散らしながら直進した矢は見事星の一つへ命中し、途端その周囲にいくつもの睡蓮の花が咲き誇っていく。
花と光に包まれた空間でカラビンカ達は歌い続ける。サビに入ると、カラビンカはAWM MusicBoxにリアライズアンビエントを使い周囲に別の世界の風景を映し出す。曲の盛り上がりに合わせて変化する景色の中で、ベネディクティオがパフォーマンスを始めた。
元気なVボイスと共に空を翔けるベネディクティオの背後に虹の道が作られていく。時折海面に降り立っては、その場所に虹色の光波と共に小さなステージを生成する。
ボーカル担当の二人が歌いながら移動して虹色のステージへ向かう。その間もベネディクティオは空を駆け、曲に合わせて光の剣を振るい衝撃波を放って行く。衝撃波は海面にぶつかると弾け、綺麗な星のエフェクトとなって周囲に散らばる。
曲が盛り上がればU.ヒートウェーブでハルモニアの波紋で周囲を照らし、音楽を的確に捉えたパフォーマンスで観客の没入感をさらに上昇させていく。
やがてライブが終わり、見物客達から拍手が送られる。グミ坊主からは何の反応も無い……かと思ったが、ふと気づけば茉由良達の目の前に広がるグミ坊主の身体が色を変化させていた。
「この色、睡蓮の色でしょうか」
アシュトリィの言う通り、グミの色は先ほど彼女がフラワーアローで散らした睡蓮の花に似た白とピンクの淡いグラデーションカラーだ。睡蓮色のグミは急に波打ったかと思えば、本体から分離して小さな海坊主の姿を取る。
ナイア・スタイレスが小さな海坊主に駆け寄り、その身体を一口分だけ千切る。
「イタダキます」
グミを口に放り込んだナイアは何度も咀嚼してしっかりと味わっている。
「どうですか? 美味しくできていますでしょうか?」
カラビンカがナイアの顔を覗き込む。グミを飲み込んだナイアは満足そうな顔で言った。
「ン、オイシカッタ。ホンノリあまクテ、オハナのカオリ。モッとアマイノもスキダケド、コウいうノもワルクナイ」
ナイアはもう一口、また一口とグミを食べ続ける。茉由良達もその隣に座ってグミを食べ始める。
淡い甘さと柔らかな花の香りのするグミは、口に含むとどこか気分が安らぐような、優しい味がした。暫くするとグミ坊主は元の色に戻ってしまったが、ある程度お腹が満たされる程度は食べる事が出来た。唯一、ナイアだけは食べ足りなかったようで、他の特異者達の所へ向かうと色々なグミを分けてもらうのだった。
「グミ坊主は夏のイベントを望む者たちの想念から生まれたそうです。なら私はその思いに答えられるように、夏の風物詩に因んだ味のグミを作りたいと思います。これならきっと、グミ坊主も満足してくれるんじゃないでしょうか」
「oh! ナイスアイディアデスね!」
人見 三美と
チェレスティーノ・ビコンズフィールド はグミ作りの相談をしていた。ある程度の方向性が決まったのであとは実際にどんな味にするかを考える。意見を交わしながら浜辺を歩いていると、海の家が見えてきた。
「かき氷の旗が立ってマスね……ソウダ! あのお店で何か買って試してみまショウ!」
二人は海の家に向かい、それぞれグミに合いそうな味の物を購入する。一旦別行動してそれぞれ試作品を作り、後で一緒に試食することにした。
チェレスティーノはかき氷に決めたものの、どの味にするかを悩んでいた。
(三美殿が好きかどうかは別にして成長祈願なのカ、ぎうにう……いわゆるミルクをよく飲んでおいでですネ)
とりあえずミルク練乳のかき氷を購入して浜辺へ向かう。海面のグミ坊主を前にさてどうやって与えれば良いかと悩んでいると、グミ坊主の身体がびよんと伸びてかき氷を絡めとった。そのままグミに包まれたかき氷は吸収され、周囲のグミが白く変色する。
試しに味見をしてみればしっかり甘いミルクの味がするグミになっていた。ふと思い立ち、チェレスティーノはグミに向かって歌を歌い始める。パワーオブラブ、聞いた者を元気づけるディーヴァの歌だ。
(効果があるかは分かりませんガ……これで三美殿が元気になってくれると嬉しいデス)
一方、三美は悩みに悩んだ結果、メロンのかき氷と瓶入りのソーダを購入していた。グミ坊主をそれぞれの味に変化させると、スイート・サマーズ・ソングを歌い始める。夏祭で芽生える恋心を歌ったラブソングでグミ坊主に夏らしさと甘々な感情を訴えかけながら、ギブアポップを使ってグミに弾ける性質を付与する。
一口千切って口に運べば、どちらも甘さの中にパチパチとした触感がする。悪くはなさそうだ。
チェレスティーノと合流し、お互いのグミを試食する。どちらも悪くは無いのだが、もう一押しが足りない気がした。
「……そうだ。これを全て合わせれば、メロンフロート味になるんじゃないでしょうか」
「oh! なるホド! 早速試してみまショウ!」
二人はもう一度材料を準備すると今度は一緒にグミを作り始める。やがて出来上がったグミは、透き通った緑色をしていた。
口に入れれば甘いメロンの風味にほんのりとミルクの甘さが混じり、パチパチと弾ける感覚がある。
「美味しい……それに、何だか元気が出てきますね」
楽しそうにグミを食べる三美へ視線を向けたチェレスティーノはふと気が付く。持ち上げたグミと同じく、三美の瞳もまた綺麗な緑色だ。
思わずじっと見つめていると、視線に気づいた三美が顔を赤く染めて言った。
「あの……あまり見つめられると恥ずかしいのですが……」
「あっ、すみまセン! えっと、そ、その……三美殿、この夏をご一緒できて本当に嬉しかったデス!」
「えっ!? あ、私も……! その、ティーノさんのお陰で素敵な時間を過ごす事が出来ました。改めてお礼を言わせて下さい」
顔を赤く染めた二人は見つめ合い、どちらからともなく笑い始める。
その脇で、二人が作ったメロンフロート味のグミ坊主は時間が経っても消えることなく、ふよふよと身体を揺らしながら存在し続けていた。