【3】海辺でグミ作り―6
「グミ作りをすると聞きましたが、どんなグミを作るんですか?」
エプロンをつけた
オリヴィア・ヴァレンシュタインが
谷村 春香にそう尋ねかける。
「それなんですけど、フルーツ味とかソーダ味とかの美味しいグミは他の人が作ってそうじゃないですか。せっかくなら機能性のあるグミとか作ってみたいなって思ってるんです。もちろん、味も意識してちゃんと美味しい物を!」
「なるほど……機能性ですか。グミなら小さくて持ち運びしやすいですし、確かに便利そうですね!」
「それで、夏の暑い日は汗をかいて塩分が抜けていくから、手軽に塩分補給できるものがあるといいかなって。塩味が効いてるおいしいもの、って事で神多品茄子漬けの味を再現してみようと思うんです! ナス入りのお菓子自体は神多品ではナスチョコが親しまれてたりもするし、上手く作れば悪くないものが出来そうな気がします!」
「それに神多品の味が他の特異者にも広まれば、これまで神多品に馴染みの無かった人たちにも神多品の魅力が伝わるかも知れないからね」
そしてそれは、天儀球の復興の助けになるかも知れない、と
谷村 ハルキは続ける。
「そこまで考えての事なら止める理由はありませんね! ですが、神多品茄子漬け……グミに合うんでしょうか」
「そこは色々と試行錯誤するしかないわね。多くの人に受け入れられる味にしなきゃいけないから壁は厚いわよ。でも、やるんでしょう?」
秋光 紫の言葉に春香達が頷く。
まずは使えそうな物を台の上に並べていく。メインとなる神多品茄子漬けに、ナスチョコや成分を参考にできそうなスポーツドリンク等。物以外にもグルメ知識や理系知識など、それぞれの得意分野を惜しみなく生かす予定だ。
試作品作りに取り掛かりながら、ハルキはオリヴィアに尋ねる。
「そういえば、神多品は今どんな感じ? やっぱりまだ落ち着かない感じかな」
「えっと、最近はシャドウも殆ど消えて、ようやく日常が戻ってきた、って感じですね」
ただ、他の学園都市を含め神多品の外はまだシャドウで覆われているため、現在は救出されたidolミレニアムの吉田 眞一を中心に他の土地を取り戻すための準備を進めているのだとオリヴィアは言った。
「そっか……っと、そうだ。こっちが掴んでる情報も伝えておかないとね」
ハルキもホライゾン側で得た『天儀球には神多品以外にもシャドウが消えた座標を掴んでおり、孤立状態でありながらも神多品の外にも帰還者がいる。ただ、それが誰かまでは分からない』という情報をオリヴィアに伝える。
話している内に試作品作りは進み、いくつかのグミと茄子漬けを使った料理が完成する。
「うーん……これはちょっと酸味がきついかな」
「こっちは塩気が強すぎるね。塩分補給って点では良いかもしれないけど、もう少し食べやすい味にしないとね」
春香、ハルキが試食したグミの感想を述べる。一方、紫とオリヴィアは茄子漬けを使った料理の方を試食していた。
「んー、料理自体は美味しいんだけど、グミに合うかって言われると……ね」
「そうですね……あ、でもこの炒め物美味しい」
神多品茄子漬けの味をそのまま再現するとやはりグミには合わないようだ。代わりに茄子漬けを使った料理を使えないかと色々作ってみたが、そちらもグミに合いそうな物は無かった。
その後も色々と試した結果、甘さと酸味を調整して茄子のエキスを使って色を付けた、見た目も良くそれなりに食べやすい神多品茄子漬けに近い味のグミを完成させる。
「出来たけど、これどうすれば良いのかしら。とりあえずグミ坊主の所へ持って行ってみる?」
グミを手にした紫が首を傾げる。
試しに皆で作ったグミや料理を持って浜辺に向かう。浜辺に乗り上げているグミ坊主へ近づくと、持ってきたグミを吸収して紫色に変化した。吸収したグミと同じ神多品茄子漬け味に変化したようだ。だがすぐに元に戻ってしまい、定着はしなかった。
「気に入って貰えなかったのかしら……」
もう一つグミを与えてみるが、やはり反応は同じだ。隣でオリヴィアも茄子漬けを使った料理をグミ坊主に与えているが、少しの間色や香りが変化するもののすぐに元の色に戻ってしまっていた。
「駄目みたいですね……仕方ないので、残りは皆で食べませんか?」
「そうね、戻ってゆっくり食べましょう。お茶でも淹れるわね」
四人は落ち着いて腰を下ろせる場所へ移動し、神多品に関しての情報交換を進めながら食事をするのだった。
「ミイレンおねえさん、おひさしぶりなの♪ 今日はおいしいグミ作り、いっしょにがんばろーね!」
「ええ、頑張りましょう」
藍屋 あみかと
藍屋 むくは
ミイレンを誘ってグミ作りに挑む。
調理担当はあみか。作るのは『白いもちふわ』をイメージしたグミだ。そのままでも美味しく、白いもちふわと一緒に食べる事も可能なグミを予定している。
グミの元はグミ坊主の欠片を使う。その為、むくはあみかの応援も兼ねた、白いもちふわの「白さとむにむに感」や「素朴であたたかな雰囲気」を伝える歌を歌ってグミ坊主へアピールを行う。
「ミイレンさんも、良ければお歌を添えてもらえませんか? きっとグミ坊主さんも安心して頂けると思いますので……それに、わ、私も安心、できたり……」
「分かりました。微力ながらわたくしもお力添えしますね」
むくがしっとりと歌い始め、そこへミイレンの静かで透き通った声が重なる。
「もちふわ もちふわ おひとついかが
白いもちふわ おひとついかが」
「やわらか もちふわ」
「ないてる あのこに おひとついかが
なつかし おあじ おひとついかが
白いもちふわ おひとついかが」
「むにむに? もちふわ」
歌を聞きながら、あみかは調理を進める。溶かしたグミ坊主の欠片にフェスミルクを混ぜてミルク味のグミに。そして、同じミルク味でも硬さの異なる二種類のグミを作る。片方はそのまま食べられる弾力のあるグミ。もう片方は白いもちふわに入れたり包んで食べる用の、少し柔らかめのグミだ。
「げんきな あのこに しんさくいかが
ぐみぐみ おあじ おかわりいかが
白いもちふわ おひとついかが」
「ほっぺじゃないよ もちふわ
ぐみぐみさんだよ もちふわ」
グミ坊主に渡しても十分な量が残る様に、小さなグミを沢山作って冷やして固める。固まったグミは全員で味見し、ちゃんと美味しく出来たのを確認してからグミ坊主へ持って行く。
「グミ坊主さん、どうぞ受け取って下さい」
あみかが作ったグミをお供え物のようにグミ坊主の脇へ置く。グミ坊主の体が伸びてグミを吸収する間、むくとミイレンは先ほどと同じもちふわグミの歌を歌っていた。
ミルク味になったグミ坊主の一部が本体から離れ、自立して動き始める。小さなグミ坊主は歌い続けるむくとミイレンの方を向き、歌に合わせて体を揺らしていた。
歌が終わりに近づくにつれ、グミ坊主の色合いが変化していく。あみかが不思議そうに見つめていると、グミ坊主は自分の身体を一欠片差し出してきた。恐る恐る食べてみると、元のミルク味グミから食感と風味が変わっていた。どことなく白いもちふわに似ているような気がする。歌の効果なのだろうか。
歌い終わったむくが駆け寄ってきて、グミ坊主からグミを受け取る。
「もちふわみたいなあじがする! グミグミさん、すごいの!」
無邪気に喜ぶむくがグミ坊主に話しかけるが、特に反応はなくゆらゆらと揺れているだけだ。
暫くするとグミ坊主の色が薄くなり始める。やがて完全に色の無くなった小さなグミ坊主は本体の方へ向かっていき、本体と同化して赤いスイカ味のグミに戻った。
「グミグミさん戻っちゃった……」
「残念でしたね……。ですがミルク味のグミはまだ残っていますので、この後は白いもちふわと一緒に皆で食べましょう」
「うん! ミイレンおねえさん、いっしょにおうたたのしかった! グミもいっしょにたべよー!」
「ええ、わたくしも楽しかったですよ。グミも楽しみですね」
むくの持ってきた海の小瓶を飲みながら、ゆっくりグミを味わう三人。
グミ坊主に味を定着させることはできなかったが、優しい味のグミと白いもちふわのお陰で、和やかな時間を過ごす事が出来たのだった。