【1-6】
拠点のすぐ近くで、火を熾しても問題がなさそうな場所を見つけた
ライオネル・バンダービルトはキャンプの設営に精を出していた。近くにビーチがあるものの、【ウォータープルーフ】でしっかり耐水加工をしておけばびしょ濡れになる心配はないだろう。
テントを張り終えた後は、ソフィーリアと二人で世間話をしながら波打ち際を散歩し始めた。
静かな波の音と風の心地良さを感じながら歩くだけで、十分、リラックスすることができている。
「あー……うまい」
開放的な空気と一緒に吸うタバコは、また格別だ。
「貴方に黒き災厄(しゅくふく)を! ポイ捨てはだめですわよ?」
「分かった分かった。俺はちゃんとした常識人だぜ?」
吸い殻は躯体に格納した。それでもソフィーリアは不満そうな表情を見せた。
「……でよ、ぶっちゃけおまえの好物って何だ? エビやら何やらが好きなら、いくらでも食わせてやれるぜ?」
「そうですわね……チキンは蒸し焼きにすると食べやすそうですが、いかがでしょうか?」
最後までのんびり散歩というわけにはいかず、イジリチキンの大群と遭遇してしまったライオネルとソフィーリア。
ライオネルはすぐさま重力炉を戦闘駆動し、躯体の出力を上げた。咄嗟にイジリチキンの体当たり攻撃を防ぎ、【縮退機関】のエネルギーを解放する。
【スパイラル】で手足がドリルになると、【GC:黒鋼【GC:アサルトランスⅠ型】でイジリチキンの大群を瞬く間に散らしていった。足元が砂浜のためあまり踏ん張れなかったが、【重力制御】を使ってしっかり踏み込むようにして機動力を確保し、ソフィーリアと連携攻撃を繰り出す。
怖いもの知らずのイジリチキンはソフィーリアにも罵詈雑言を吐いていたが、彼女が“告死鳥”の通り名を持つ「生ける災厄」だということを本能が察知したのだろう──次第におとなしくなり、じりじりと後ずさってから死んだふりをしてその場をやり過ごそうとした。
「食べる分しか……いただきませんわよ?」
妖艶な微笑み。だが、背徳感すら漂わせる圧倒的なソフィーリアの美貌に、ライオネルは炎天下であるにも関わらずつい身震いをしたのだった。
***
「真蛇お兄様──?」
真蛇からテントの外で少し待つように言われた
風華・S・エルデノヴァは、なかなか着替えが終わらない真蛇にもう一度声をかけてみる。
【ゴッドプロデュース】を使って自然体で一緒に過ごせる【双頭化蛇】を纏い、髪型も乱れていないか再度確認してみる。
「待たせてごめんね。……どうかな?」
テントの中から出てきた真蛇の姿を見て、驚きを隠せない風華は思わず息を呑んだ。上半身は裸で、水着姿だったのだ。
「と、とっても、お似合いです……っ」
真蛇の姿を凝視することができなかった風華は、俯いたまま【エレガントティータイム】で冷たいお茶と茶菓子用の水まんじゅうを出した。
「ねぇ、どうしてこっち見てくれないの?」
真蛇の存在を近くに感じると、なぜか心臓の鼓動が早くなってしまって平常心ではいられなくなる。
「み、見ています……ちゃんと……! その、あの……すな、砂遊びでもいかがですか?」
【サンドアート】で台座とレリーフ調に浮く鳳凰の形を作り出すが、どうも集中力が続かない風華。
「……楽しくなかった? なんか、ごめんね」
「いえ……いえ、違うんです。私は山国の育ちで、海というのはいつ見ても不思議に思います。
真蛇お兄様には、海ってどのようにお映りでしょうか?」
──その時、数体のメガロブスターが岩陰から現れる。
もしもに備えて【機晶鳥】に周囲の様子を探らせていたが、一瞬の隙をついて風華と真蛇に攻撃を仕掛けてきた。
【機晶鳥】が戻ってくると、風華は【スタイル】陰陽師の風の術で牽制を試みる。
「真蛇お兄様……っ!」
タイミングを合わせたように真蛇がメガロブスターをおびき寄せてくれている。その間を見計らって、【≪式神≫悪華鳳凰】の詠唱を始めた風華。
十分に引き付けたところで灼熱の鳥・鳳と凰を放った。二羽は悲しいかな互いに傷つけ合い、黒い火の粉を散らして飛び回ってから一つになったか思うと、黒い炎でメガロブスターを攻撃した後に消滅してしまった。
「……エビのいい匂いがするね」
黒焦げになったメガロブスターたちを前に、真蛇が苦笑する。
風華はその場にへなへなとしゃがみ込んでしまいそうになったが、咄嗟に真蛇が支えてくれた。そのまま風華をお姫様抱っこした状態で、真蛇は海の中へ入っていく。
「えっ……あの……私」
「ケガはない?」
視線を上げると、すぐ目の前に真蛇の顔。
「はい……。あの、私……陰陽道を通じて、自然やその移り変わりに馳せる思いが深くなったような気がしています……」
「……うん。分かるよ」
風華は、先日、真蛇からもらった【夜刀折紙】をそっと握りしめる。
二人はゆっくりと海を眺めてから、その後もお茶を飲んだりして平穏に過ごしたのだった。
***
咲田茉莉花も
ノーラ・レツェルと一緒に水着姿でゴールデンミズギを探しにきていた。
茉莉花にとっては、ゴールデンミズギそのものよりもノーラと一緒に未開の地で新たな経験を積めることが何よりも楽しみなのだが、ノーラが自分と同じ気持ちでいてくれるかどうかは気になるところだ。
「茉莉花ちゃん、ぼく最近はプロデュースの方にも興味があって……少しでも茉莉花ちゃんの魅力を引き出すお手伝いをしてもいいかな?」
「え?……もちろん!」
ノーラは【月晶宮の審美眼】で茉莉花の凛としたクールな面を引き出せるよう、髪型をアシンメトリーにするアレンジを提案してみた。
まるで自分ではないような、もう一人の自分と出会ったような気になって、鏡を見た茉莉花
は目を丸くする。
これで準備は万端、ノーラの【方舟の凱旋】で一緒にライブをスタートさせる。
方舟に乗って移動すればメガロブスターから直接襲われる心配もなく、上空から水着姿をアピールできるのでゴールデンミズギを引き寄せやすくなるかも知れない。
「何だか、初めて同じステージに立った時のことを思い出しちゃった」
「僕も~♪」
「あの時の金平糖、甘かったなぁ……」
茉莉花が懐かしそうに呟いたのと同じタイミングで、イジリチキンの罵声が聞こえてきた。
ノーラは待ってましたとばかりに、【淡月の子守唄】を茉莉花と歌って【月鐘光の杖】の月光でネガティブな感情を取り払う。──今日のノーラは、何者にも負ける気がしない。
更に茉莉花と協力して【導きの双華】を発動して青と赤の花びらを舞わせ、2人で1つの魅力を表現してみせた。
優雅に見えた花びらだったが、イジリチキンの周囲を旋回したかと思うとたちまちバーベキュー用の食材へと切り刻んでしまった。
「今回は使って大正解だったね、便利……♪」
茉莉花とノーラは手をパチンと重ね合わせる。ここでもお互いの息はピッタリだ。
そして色んな角度から自分たちの水着姿が見えるように【グリッターリフレクション】で幻影を出現させた。幻影の一人が砂浜のある一部分を指差していることに気づいたノーラ。
茉莉花とそっと近づいてみると、そこにはゴールデンミズギが太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。声にならない声を上げる茉莉花とノーラ。
──また新たな二人の1ページが、ここに刻まれた。
***