・人々の日常5
マンスター騎士団の者たちも、それぞれの一日を満喫していた。
とはいえ、質実剛健を良しとする騎士団の気風に倣い、団員たちは皆真面目に過ごしている。
この時間を訓練に当て、修練に励んでいる、あるいはその予定で動いている者たちがほとんどだ。
「ホニ君、訓練設備の利用を申請してきました。 少し、訓練に付き合ってもらえませんか?」
「喜んで。俺は他の団員たちや教導間たちと比べ、経験も練度も低い……少しでも訓練を多く積んで、追いつかねば。それに……」
言葉の続きを、
防人 ホニは飲み込んだ。
己を騎士のひとりとして見てくれる
小山田 小太郎が臨むのならば、応えたい。
さすがにそれを素面で面と向かって言うのは、照れ臭かったのである。
小太郎はこの平穏が嵐の前の静けさであることを半ば確信し、来たるべき時に備えつつ。
ホニは一日一日の訓練を血肉にせんと全身全霊を注ぎ、訓練に臨んだ。
* * *
小太郎が言うには、今回の訓練は、相手役在りの実戦形式で行う模擬戦のようだ。
その協力者として、マンスター騎士団の団員たちが何名か協力してくれることになった。
今回行うのは回避訓練なので、彼らにしてみても、回避に秀でた敵に対しいかに攻撃を当てるかという良い訓練になる。
予想外だったのは、駄目元でゼピュロスも誘ってみたところ、本当に参加しにきたこと。
「少しだけだが、時間が取れた。回避訓練をするそうだな。揉んでやろう。……構えよ」
「ありがとうございます。……この機会、決して無駄にはしません」
これには小太郎も絶句し、そして感無量の面持ちになって、ゼピュロスと相対した。
一般団員たちは、自然とゼピュロスを護衛するように立ち位置を変える。
『……儂らの身体が、いつでも空いているわけではないことは知っているな』
『もちろんです』
『ならばよい。この訓練が、貴殿にとって実のあるものとなるのを期待する』
『胸を借ります。教導官共々、全霊にて挑ませて頂く』
リッケンバッカーの上で身構える小太郎と、ホニのエスカリボールへ、マンスター騎士団の団員たちのドラグーンアーマーが襲いかかった。
ゼピュロスはまず、様子見と決めこむつもりらしい。
これが回避訓練という名目である以上、これは老練な判断力を窺わせる選択だった。
回避する小太郎とホニとしては常に一定の注意をゼピュロスへ向け続けなければならない。
ドラグーンアーマーたちの攻撃を捌きつつ、ずっとゼピュロスへ注意へ向け続ける小太郎とホニを見て、ゼピュロスは顔に浮かんだ深い皺が、更に深まった。
厳めしい顔つきなので分かり辛いが、どうやら笑っているらしい。
『そうだ。常に、周囲への警戒を怠るな。儂らがいかに接近戦での立ち合いを好むとて、戦場は好みなど汲んではくれぬ。危機察知能力を磨き上げよ。それが鈍った時、ドラグナーには死が訪れる』
確かに、ゼピュロスを含めたアークのドラグナーたちの多くは遠距離武器を好まない。
されど、遠距離武器を好まないことと、遠距離戦に習熟していないことは、イコールにはならない。
むしろバルバロイの中には遠距離からの攻撃手段を有しているものも多い現状、遠距離戦に習熟したドラグナーが増えることは、戦況に直結すると言っていい。
必然的に、遠距離戦を得意とする敵との戦闘を仮定した訓練は、多くの者たちが積んでいた。
近寄って、斬る。
あるいは、遠間から、斬る。
この二つの技術を、アークのドラグナーたちのほとんどが、愚直に磨き上げてきたのだ。
故に、訓練を始めた当初、小太郎とホニの機体は、被弾祭りとなった。
互いに攻撃し、回避を行う双方向でのやり取りながらばこうはならなかったろうが、自らの行動を回避に絞り、さらにそこにゼピュロスという無視できない人物まで加わってしまうと、こうなる。
されど、小太郎とホニとて歴戦の者たちだ。
次第に、ドラグナーたちの動きに対応していく。
回避を試みる動作は洗練され、華麗に避ける光景も出始めていた。
『……ようやく、慣れてきました』
子機に分身を乗せ、急速旋回起動を繰り返して飛んでくる攻撃の的をずらしながら、小太郎は呟く。
突撃してくるドラグーンアーマーの軌道を読み、最小限の動きで避けた。
まるで、ドラグーンアーマーの方が攻撃しなかったとでもいうかのように、静謐な回避動作で。
対照的に、まだ小太郎ほど流麗な回避ができないホニは、多くを迎撃行動に頼っていた。
銃撃で接近を牽制しつつ、それでも抜けてくる機体に対しては、格闘戦による攻防で対処する。
されど、互いに近接戦闘に秀でているのならば、より特化した方が同じ土俵で有利に立つのは当然。
何度も斬撃や打撃がホニの機体に叩き込まれた。
『くっ……どうすれば』
『ふたりの力を、合わせましょう。自分たちはいつも、強敵に対してそうしてきました。今回もそれは、変わりませんよ』
『っ、はい!』
『……ほう。掴んだか。ならばこれ以上の手助けは不要。儂はこれで失礼する』
ホニの動きの質が変わったことに気付き、見ていたゼピュロスが眉を跳ね上げ、訓練用の機体から降りるとどこか満足そうにその場を後にする。
小太郎のかく乱する動きとホニの受ける動きがかちりと噛み合い、堅固な守備を築きあげてドラグナーたちの攻撃を弾き始めていた。
* * *
小太郎とホニが訓練に励んでいる頃、
朔日 弥生と
萩原 雅怜も己の実力を高めんと修練に身を入れていた。
ゼピュロスが次にやってきたのは、弥生と雅怜のところだった。
「運が良かったな。少しだけなら、儂の身体も時間が空いている。訓練に付き合ってやろう」
『個人戦術の練習をするので、見ていていただきたいのですが』
「……そうか」
先ほどまで小太郎とホニの訓練を見ていたことなどお首にも出さず、おずおずと声をかけた弥生にゼピュロスは応じた。
ゼピュロスとて、全く訓練をしないというわけでもないだろう。
“レンスターの鉄門”の異名は一朝一夕で付くものではないし、兄である前王前国王ノトス・レンスターが速剣の使い手に対し、ゼピュロスは剛剣の使い手で、若い頃は「力のゼピュロス、技のノトス」と持て囃されていたと聞く。
むしろ、人より数倍負荷をかけて訓練しているのかもしれない。
威厳に満ちた普段の態度と、よくロミア王女と意見を対立させている近寄り難さもあって、真意を問うことは憚られた。
『準備できたよ。いつでもいい』
『では、始めます』
ツヴァイハンダーに乗った雅怜が、静止したまま弥生へ合図を出す。
構えられたローレライ・シールド<D>へ、弥生のコールブランドが射撃を始めた。
* * *
当然ではあるが、動かない的となったツヴァイハンダーが構えるローレライ・シールド<D>への弥生の攻撃は、その全てが命中した。
実戦で、動かない的など有り得ない。
だからこそこの結果を弥生は誇らないし、ゼピュロスも何も言わない。
できて当然で、誇ることではないからだ。
「もう充分です。次の段階へ」
「分かった」
雅怜が、ツヴァイハンダーを動かし盾を構える姿勢が崩さず回避運動を行う。
弥生は回避運動を続ける雅怜の、ツヴァイハンダーが変わらず掲げているローレライ・シールド<D>に、先ほどと同じように射撃を命中させなければならない。
新たに必要な技術は、主に二つ。
回避運動に織り交ぜられた切り返しによるフェイントに釣られないよう、動きの真贋を見抜く観察力と、不規則は回避運動で発生する乱数じみた偏差をその都度再計算し、射撃の際の照準修正に織り交ぜる即応力。
そしてそのどちらも、弥生は高水準で有していた。
先ほどと同じように、射撃がツヴァイハンダーの構えるローレライ・シールド<D>へ当たっていく。
しかし、これも弥生は誇ることをしないし、ゼピュロスも賛辞の言葉をかけない。
反撃しない敵に対する攻撃できる状況は、ほぼ勝ち戦であることと同義だ。
その状況下で行う攻撃など、当てて当然なのである。
「……身体が温まりました。本気で来てください」
「……承知した」
弥生の気配が大きく高まり、戦意が放出された。
雅怜が表情を引き締め、回避一辺倒だった行動を一変させると、今度は逆にツヴァイハンダーの方からラディア・SMGで銃撃を仕掛ける。
コールブランドを駆る弥生も応戦し、激しい射撃戦となった。
* * *
なお、ゼピュロスを相手にしたチーム戦術訓練は、射撃する弥生に構わず狙いを絞ったゼピュロスに、まず実力差から雅怜が鎧袖一触にされ、ひとりになったことで弥生も一方的に間合いを詰められ回避も反撃も読み切られてボコボコにされた。
近距離戦は、電撃戦……つまり速攻こそが華であり、最大の武器であり、遠距離戦への回答のひとつでもある。
そして、遠距離戦を得意とする者にとって、突き抜けた実力の近距離戦闘者は天敵である。
これらふたつを、弥生と雅怜は心身共に刻むこととなった。