・人々の日常3
鶏肉騎士団・施設部隊の面々へ、提出していた施設建造案の可否が通達された。
領民が利用できる技能研修施設……可。
酒場の肉や物流の足となる馬、衣服の原料の毛を刈れる羊などの牧場……可。
歌姫や風水士の新衣装の研究開発所……可。
それぞれの名称も、チキンバレル、つくねファーム、星楽補助研究所で許可が出た。
なお、名称から誤解されやすいが、「星楽補助研究所」で研究開発できるのはあくまで「新衣装」に限定されると念を押された。
* * *
「ウヒャーーーイ! 久し振りに戦闘から離れた生活だーー!!」
奇声にも似た歓喜の声を挙げながら、両手を真横に突き出して「十」の字のような姿で鶏肉騎士団の駐屯地を走り回る
紫月 幸人。
「いやー、鶏肉騎士団の経理財務を預かる者として、前から気になってたんだよねぇ。こんな前線まで来てくれる人達ってどんな事考えてきてるのかってねー」
そう、幸人は闇雲に駐屯地を走り回っているわけではない。鶏肉騎士団の駐屯地に来ている住民と交流するために走り回っているのだ。
現在、鶏肉騎士団の駐屯地に住んでいる住人は100人。彼らは幸人たち騎士団員の衣食住を支える存在(=スーパー酒場「鳥男爵」の客)である。
幸人が大人と子供、男女の構成比を調べたところ、そこは最前線である鶏肉騎士団の駐屯地に住んでいるだけあって、だいたい6:4、やや男性が多く、幸人はちょっぴりがっかりした。
「いやいや、俺には心に決めた人がいるから、彼らに罪はないし、何より大切な「鳥男爵」の客だからね!」
……いや、勝手にがっかりし、罪にしようとしているのは幸人の方なのだが、わざわざ最前線の駐屯地周辺に住んでくれている住人である。
彼らはバルバロイの気配を察する技術や衣類や住居などを造る技術に長けている者がいた。
もちろん、幸人たち“外法の者”に比べれば劣るが、それでもバルバロイに襲われる前に逃げているようである。
「うんうん、命は大事にしないとね! それに住人に頼めることは頼んでいこう! ……と、キッズたちにもちゃんと声かけておこうかな。未来の資産、大事にしないとですからね!」
と、ここで幸人は住人に異様に子供が少ないことに気付く。ほとんどいないと言っても過言ではない。
「そうか! 「鳥男爵」の客に加えて最前線だから、子供はどうしても少なくなってしまうのか! さっき、チキンバレルを申請して通ったけれど、学校的なのもあった方が良いよなぁ。まだ領民もそんなに多くはないし、その辺カバー出来ると、いろいろ捗るよねぇ」
今後どのように住民、特に子供を増やしていくか。
経理財務としての手腕が問われる幸人であった。
* * *
「幸先良し、ということろですね」
「あとはこの未開の地を整地するだけ、ね」
でかい岩があちこちに転がり、ところどころ見上げるほどの木々がそびえ、こんもりと大量の雑草が生い茂る自然豊かな風景を前に、
諏訪部 楓と
白森 涼姫は佇む。
今まで誰も手を付けることがなかったせいか、どれもこれもスケールのでかい育ち方をしていて、明らかに重労働になりそうな見た目をしていた。
「ドラグーンアーマーやメタルキャヴァルリィを用意しておいて良かったね。人力じゃたぶんいつまでも終わらないよ、これ」
「この広さ、大きさの整地を機械なしでやるとか、考えたくないのさ……」
ティムキン・サリバンと
ミラ・ヴァンスも、げっそりした表情で顔を見合わせている。
実際楽園シャングリラへの入植に際して、各騎士団の駐屯地や王都レンスターの建物の解体にはドラグーンアーマーが使用されているので、逆にドラグーンアーマー無しでは無理だったろう。
「さっそく始めましょう。各自、乗機に乗りこんでください」
「了解よ」
「四人いるなら何とかなるかな。……なるといいな」
「きびきび働くだわさー」
楓の一声で、涼姫、ティムキン、ミラの三人は、それぞれ己の機体であるフランベルジュ【A】、フランベルジュ【N】、スクラマサクスアサルトに乗りこんでいく。
最後に楓もデュランダルⅢに乗りこみ、整地作業が始まった。
* * *
整地作業はまず、やたら転がっている大岩を退かすことから始まった。
一番小さなものでも人の背丈よりも大きい岩の数々を、楓はデュランダルⅢを操縦して牧場予定敷地外の荒地に運び出していく。
何往復もした後に残るのは、ドラグーンアーマーですらそのまま運び出すのは難しいほど大きな岩たち。
壊して運べる程度の大きさにする労力を考えるだけでもめまいがしそうなものだが、楓は逆にテンションが上がっていた。
「うふふふふ、これなら思う存分ぶっ壊せますね!」
ぶんぶんグランドスマッシャー<D>を素振りしており、やる気は充分そうである。
最大出力で放つ必殺の一撃で、爆弾を爆発させてかのような音と共に、大岩をぶん殴っていく。
弾け飛ぶ大岩だったものは、無数の破片を周囲に飛び散らせながら運び出せる程度の大きさにかち割られていった。
飛び散る破片だけでも、生身の普通の人間が浴びればミンチになるような衝撃が乗って飛んでいる。
「……機体を持ってきておいて良かったわね、本当に」
ごつごつ装甲にぶつかる小石……小石? の衝撃を感じながら、しみじみと涼姫が呟く。
比較対象がドラグーンアーマーやメタルキャヴァルリィなため感覚が麻痺しそうだが、普通に飛んでくる小石は人の頭と同じくらいの大きさだった。
生身の普通の人間ならば、当たり所が悪ければ普通に死者が出るレベルである。
そして、大岩の排除も大変だが、もちろん他の作業もやばい。
涼姫はティムキンやミラと共に、伐採作業に当たっているのだが、これがまた大変だった。
フランベルジュ【A】がフレアアクス<D>を薙ぎ払い、まるで木こりのように幹に斧刃を入れていく。
ある程度刃を入れたところで、反対側に刃を入れれば、あとは自重で勝手に折れてくれるのだが、育ち過ぎている巨木なので、下敷きになると普通にドラグーンアーマーやメタルキャヴァルリィも壊れそうで、立ち位置に気を使う。
斬り倒した巨木は、ティムキンとミラが続けて処理をする。
フランベルジュ【N】のメタルチェーンソーで枝を払って幹を手頃な大きさに分割し、スクラマサクスアサルトが単分子チェーンソーで建材として使えるように細かく成形していった。
「……といってるあたしのスクラマサクスアサルトが、本来の出力が出ないだわさー」
しかし、ここで問題が起こる。
ミラのスクラマサクスアサルトは本来の出力が出ず、ティムキンほど効率よく建材加工が進んでいなかったのである。
「節約できるところでは、節約しないとね」
「木材も、タダじゃないのさ」
とはいえ、現地調達できるなら、した方がいいのである。騎士団の財政的にも。
で、しばらくしてあらかた伐採は終わったのだが、まだ三人の作業は終わりではなかった。
切り株の処理が残っている。
巨木相応に切り株も化け物じみた大きさなので、これまた重労働だ。
植物に関する知識を総動員して、涼姫は根の先がありそうな地面に当たりをつけて、フレアアクス<D>を振り下ろし、衝撃波で地面を吹き飛ばして穴を掘る。
「……うわ」
中から覗く木の根の先が、先とは思えないほど太いのを見て、地中に張り巡らされているであろう根の全体図を想像し、心の底から嫌そうな声を出した。
「これ、切りますか?」
「いちいち全部切っていたら日が暮れるだわさ。替えの刃も何本あっても足りないわさ」
根切りはどうしても土を巻き込むため、刃が傷みやすい。
なので、涼姫が穴を掘る要領で再び地面を吹き飛ばし、土を柔らかくして引っこ抜けないか試すことになった。
前準備として、穴を掘ってある程度根を露出させ、できる範囲で根に絡みついている大量の土を叩き落としておく。
「梃子の原理を使えばいけるいける。いける……わよね?」
「いけるといいね……」
「何でふたりともそこで弱気だわさ」
フランベルジュ【A】、フランベルジュ【N】、スクラマサクスアサルトが切り株を囲み、三機がかりで切り株を地面から引っこ抜こうと力む。
やがてずぼっと音を立てて切り株が根ごと地面から抜かれ、勢い余った三機がひっくり返った。
* * *
あとは雑草の処理だが、これはひとまず全部刈り払って、土ごと入れ替えて牧草を植え直すことにした。
そのまま牧草として転用できれば良かったのだが、毒草が混じっている可能性を捨てきれず、また繁茂し過ぎていて全て判別して取り除くことも困難だったため、この方法が取られた。
土木に始まり土木に終わる、牧場の整地風景だった。
* * *
楓、涼姫、ティムキン、ミラの四人が土木土木アンド土木で、土木という文字は土曜と木曜の土木なんじゃないかとかわけの分からない思考に逃避し始めるくらい土木作業に忙殺されている頃、
優・コーデュロイと
ルージュ・コーデュロイのふたりが、星楽補助研究所設立のため、関係各所に働きかけを始めていた。
お茶会の開催を通達し、住民たちの参加を募る。
今後は多くの衣装職人たちの手を借りることも踏まえ、ここで友好を深めておく意味は大きいだろうと、ルージュは彼らにも招待を出しておいた。
アークの旅路の途中、多くの種族を迎え入れてきた関係上、入植している者たちの中には人間以外の種族もいる。
優は様々な種族の好みに対応した銘柄の茶を茶菓子を揃え、上品な作りの椅子とテーブルを持ち込んでお茶会の野外会場を設置した。
「どうですか? 貴族らしくみえるでしょうか?」
「ばっちりよ、深窓の貴族令嬢にしか見えないわ」
「お互い、立ち居振る舞いは問題なさそうですね」
ルージュと一緒に、招待客たちが来る前に、自分たちの所作に問題がないか確認した。
大丈夫なようだ。
互いに己のイメージカラーに合わせたドレスを纏い、美しく着飾った優とルージュは、やってきた住民や職人たちの目を奪った。
「ようこそお出で下さいました」
「どうぞお掛けになってください」
元より丁寧口調で一貫している優はもちろん、その気になれば貴族らしく振る舞えるルージュも、口調を合わせて主催者側として招待客である住民や職人たちをもてなす。
とはいえ、堅苦しく振る舞うのは客たちの反応が分からない最初だけだ。
その格式に感嘆して見事な所作で返す確かな教養がありそうな者、そうでなく明らかに場違いそうな場所に来てしまったと困惑する者など、客たちの反応を見定め、前者には貴族式茶会で持て成し、後者には女子会のような気軽に楽しめそうなノリを意識して心を掴んでいく。
特に、衣装職人たちとの交流は重視して行った。
服飾素材についての話で盛り上がるうちに、服を仕立てる際の苦労話や、客の無茶な注文への愚痴など、次第に衣装職人たちの口が緩まり様々な話が飛び出す。
貴族式茶会では、どこそこで産出する素材は誰それな貴族お抱えの商会が流通を取り仕切っているなどという話や、ここ最近ピンポイントで仕入れ値が上がっている素材があるのは、その産地を領地に持つ貴族がわざと流通量を絞って値を釣り上げているからだなど、わりと黒めで様々な話が聞けた。
一方庶民的お茶会では女子会トーク的なやり取りが行われており、どこそこの生地が安い割に質が良いだの、あそこのデザインは時代を先取し過ぎている、あるいは古すぎるなど、服飾についての話を多く聞けた。
最後には優が茶会に参加した客たちにお礼の言葉を述べ、お開きとなった。
今回のお茶会で友好を深めた甲斐もあって、その後の建設作業は順調にとんとん拍子で進んだという。