・暗闇の中へ5
幸い、ドラグーンレーダーとマジックトーチが豊富にあることで、索敵と地形の把握をかなり余裕もって行えたシュメッターリング騎士団は、安定して探索を進めることが出来ていた。
反応を避けて進んでいるため、まだバルバロイとの戦闘は発生していない。
「採掘跡から期待していたのだが、調べれば調べるほどただの鍾乳洞だな……。もっと下に降りる必要があるのか? とはいえ、そんな複雑な構造でもないんだがな」
オリヴィアは、明かりで照らされた洞窟内部をスケッチし、詳細な情報を可能な限り残そうと尽力している。
とはいえ、今のところは洞窟の風景画を量産しているようにしか見えない。
「さて……どう考えますか?」
ルキナは、同行しているルアナ・キルケニー、カルマート、イリス、リベリカ・トゥーバらにも意見を求めてみた。
「フヒヒ! ひとまず隅々まで探索すべきと、わたくしは愚考いたしますわ!」
「敵を避けることはできているから、焦る必要はないと思うわ。腰を据えて、じっくり探索しましょ」
「……少なくとも、人の手が入ったことがあるのは事実であるはず。ならば、可能性はあるだろう……」
「うーん……。普通の洞窟に見えるんだけど、なんか違和感もあるんだよね……。もうちょっと調べてみよう」
それぞれ、ルキナに反応が返ってくる。
幸い、戦闘を避けるために必要な、索敵性能と地形把握能力は、高い水準で両立できているため。シュメッターリング騎士団は安定して探索を続行できる。
最初に気付いたのは、凛音だった。
「む? 待て」
声をかけて騎士団の進軍を止めると、服が泥で汚れるのも構わず、地面に膝をついて何かを調べ始める。
あちこちの泥をかき分けながら地面を這い進んだ凛音は、ひとつ頷き立ち上がった。
「見よ。見つけたぞ。ちょうど境目じゃな」
片足で凛音が踏んで見せたのは、泥水に覆われてそれまでは見えなかった、メカニカルな床。
普通の洞窟の地面だったのが、ある場所を境に、一気にメカニカルな内装の床に変わっている。
採掘跡よりもよほどはっきりとした、明らかに人の手が入っている証拠だった。
そして、最深部に辿り着く。
最深部は、言い知れない不気味な気配に満ちていた。
空気が違う。
ここにいてはいけないと、全員が理由の分からない焦燥感を感じていた。
「……なんだ、これは」
乾いた声で、ルキナが呟く。
「一体、どういうことでございましょう。視覚以上に、直接精神に訴えかけてくるような、この異様な感覚は……」
マジックトーチで最深部の壁を照らし上げるモリガンが、どこか恐れを感じさせる表情を浮かべた。
これまで、ただのメカニカルな模様にしか感じなかった壁や床すらも、どこか禍々しく目に映っている。
「わけが分からねぇ。分からねぇのに、やべぇことだけはひしひしと伝わってきやがるぜ」
ミューレリアの手は、先ほどからバーングラディエーターの柄を握ったまま、離れない。
落ち着きなく視線を彷徨わせている様子は、明らかに何かを気にしている。
「……思うに。もしや、我々は知らず知らずのうちに、地獄の釜を開きかけているのではないか」
オリヴィアの顎から汗が一筋伝い、地面に垂れて小さな音を立てた。
「どうしますか。敵に見つかっていない今なら、撤退できそうですが」
このまま留まっていても。埒が明かない。
エスメラルダが、今後の行動をどうするか尋ねる。
「これは、私たちの危機感知能力が何かに反応しているのか、はたまた何かを護ろうと、遺跡が私たちを追い出しにかかっているのか、そのどちらかですかねぇ……」
翔子は何かを考えこんでいるようだった。
全員の判断を撤退の方向に動かしたのは、ぽつりと漏れた、カルマートの呟きだった。
「今すぐ、逃げたほうがいいと思うわ。なんだか、とても嫌な予感がするの」
カルマートは、水の浮遊大陸ネプトゥーヌスに生息していた人魚たちの生き残りだ。
そして、ドラグーンレーダーを注視していたミューレリアの言葉が駄目押しとなる。
「……おいやべぇぞ。なんでか知らねぇが、周囲の敵たちが、一斉に動き出したぜ」
リベリカとルキナが顔を見合わせて頷き合う。
「逃げよう。即時撤退希望」
「そうですね。それが良さそうです」
速やかに陣形を組み直し、多くの謎を残しつつもシュメッターリング騎士団は撤退を始めた。
* * *
撤退するシュメッターリング騎士団を、まるで追いたてるかのようにセイレーンとウィル・オー・ウィスプが追撃してくる。
ウォーターグープたちは、まるでこの道は違うとでも言うかのように、あるいはここから逃がさないと言うかのように、捕食姿勢を隠さず威嚇してきた。
出口へ誘導しているかのようにも見えるし、あるいは袋小路に誘いこもうとしているかのようにも感じる。
それらの意図を推察している暇はない。
今はドラグーンレーダーとマジックトーチ、そして個人の生存への嗅覚を総動員させて、出口まで駆け抜けるべきだ。
とはいえ、撤退する速度より、追撃してくる速度の方が若干早かった。
「陣形変更です! 前衛は最後尾で、敵の追撃を阻んで! 倒す必要はありません! 足も止めなくて結構です! 命を大事に、最低限の交戦に止めてください!」
ルキナの号令で、モリガン、長恭、ミューレリアの三人が、後ろへ下がっていく。
交戦を始めた三人は、ここでようやく、敵の強さに気付いた。
「間違っても倒そうと思うんじゃねぇ! 妨害で足を止められることにだけ気をつけろ! それだけは何が何でも避けろ! 死ぬぞ!」
最後尾を走るミューレリアが、自分が走り抜けた後の床を凍らせ、少しでも追撃から逃れやすくなるよう努力する。
「妨害が必要ですね……!」
「なら、私たちの出番かな」
身軽に動けるエスメラルダと翔子が、距離を取りながらちょっかいをかけて、追撃を遅らせ前衛陣の撤退を支援する。
ここまで来て出し惜しみする理由はない。
エスメラルダがデンティスタムーシカを発動し、頭痛をもたらす音とともに強風に乗った礫を発射し、スキルや集中が必要な行動を封じて混乱の渦に敵を叩き込み、追撃の勢いを削いだ。
さらに戦楽【須佐之男】を重ねた凛音が、さらに時間を稼ぐ。
「そこで止まっておれ! 妾たちが脱出するまでな!」
凛音の星音の効果で士気が高まり、追撃を受けて下がった撤退速度が再上昇した。
さらに、単独行動では危険だと判断し、シュメッターリング騎士団の後について進んでいた
ナハイベル・パーディションが撤退を支援する。
Tフォースブラストライフルで威嚇射撃を行いつつ、タイミングを見計らい夢螺雨を発動した。
流麗な歌声が雨を降らせ、豪雨となる。
激しい雨は、妨害にかかっていなかった個体を巻き込み、セイレーンやウィル・オー・ウィスプのスキルを封じた。
「厄介な手は使えなくしたよ! 今のうちに!」
【レリクス】クリュサオルが大きく手を振り、こちらまで来いと身振りで示している。
手で示す先は、出口への通路。
ある程度までシュメッターリング騎士団が近付いてきたことを確認すると、もう自分の命を優先してもよいと判断し、ナハイベルは駆け出す。
向かうのもちろん、先ほどまで自分がジェスチャーで示していた、出口への道だ。
そのままナハイベルは、出口まで道案内する形で、シュメッターリング騎士団を先導する。
幸い、シュメッターリング騎士団の後についていって進んでいたことで、道順は頭に入っている。
そしてそれはもちろん、シュメッターリング騎士団の面々も同じだ。
迷う者は、誰もいない。
「大丈夫そう……。良かった……!」
後ろをちらりと振り返ったナハイベルが、このまま行けば逃げ切れると確信し、安堵する。
「このまま逃げ切りますよ……!」
猛る者たちの狂詩曲を発動させたルキナが、全員の体力を回復させると共に、一段と撤退する速度を高めた。
追撃する敵との距離が、開いていく。
やがて、出口が見えてきた。