・暗闇の中へ4
ベイグラント騎士団が見つけたのは、ガーベラを構成するタヱ子と、
信道 正義のふたりだった。
たったふたりでの探索ということで、人数の重要性を意識していたのは正義もタヱ子も同じ。
そのため、途中までウォルフ・ランバージャック、クロト・アーマースミス、ジェニー・ヘアドレッサーらキルデア騎士団の面々と行動を共にしていたのだが、やはり照明器具がなかったことが災いし、アクシデントに見舞われ玲央や博人と同じく逸れてしまっていた。
頼りにできるのは、タヱ子の殺気感知能力のみ。
『くそっ……! 逸れることは、想定していなかったな……! 大丈夫か、タヱ子、どこだ!?』
飛び交う酸からクロスラインシールド<D>でツヴァイハンダーⅡ【A】本体への直撃だけは防ぎつつ、正義はタヱ子の姿を探していた。
『ここです! わたしはここにいます! 正義さんはどこにいますか!?』
『分からん! すぐ近くにいるとは思うんだが……!』
その正義とタヱ子の間でも、互いに姿を見失いがちで、そうなれば合流は絶望的。
通信でタヱ子の声はするのだが、クモキリマル弐式の姿は映らない。
『きゃあっ!?』
通信が拾うのは、タヱ子の悲鳴と轟音、そして何かが砕けるような音。
『タヱ子! どうした、何があった!?』
『アシッドとフォリジャーの群れに襲われました……! 何とか初撃は殺気に反応して避けられましたが……!』
『すぐに行く! 何とか逃げてくれ!』
凄まじい形相で、正義はツヴァイハンダーⅡ【A】を走らせる。
幸い、先ほどまでと異なり、追撃するバルバロイたちとタヱ子の戦闘音で、居場所は察知できた。
思っていたよりすぐ近くにいる。
いるのだが、いつもならすぐに駆けつけられるその距離が、今はあまりにも遠い。
何とかタヱ子と合流こそできたものの、暗闇の中、あちこちからバルバロイが立てるギチギチという異様な物音が響いている状況になってしまった。
『……完全に、囲まれたみたいです。全方位から殺気を感じます』
恐れの混じった、タヱ子の声。
『逃げ場は』
『分かりません。真っ暗で、何も見えないんです。油断すると、正義さんの機体もすぐ見失ってしまうくらいで』
クモキリマル弐式に搭載している
【使徒AI】鬼姫(コピー)はこんな状況でも戦いたがっていて、ここで玉砕するのも悪くないのかなと、タヱ子は思ってしまう。
ふたりの間で漂いかけた絶望の空気を、ベイグラント騎士団は打ち払った。
「オレたちが来たからには、もう大丈夫だ!」
フィクスシュテルンを発動したユファラスが、六本の火柱を周囲から噴出させ、その中央にダイヤモンド塊を出現させる。
さらに炎の竜巻を巻き起こし、バルバロイたちの集団を包み込んだ。
範囲に巻き込んだのは、アシッドとフォリジャーたち。
炎の竜巻に潜んでいた場所から叩き出されたアシッドと、火柱によってその場から追いたてられたフォリジャーが、中央に集まったところで下敷きになって潰れる。
「動きを止めますね」
恭司も火風盛々を発動させ、火を纏わせた木の根でフォリジャーたちを滅多打ちにし、風を送り込んで炎を移し派手に炎上させた。
二種の炎から、命からがら逃れたバルバロイは、逃げようとして、頭上に糸を取りつけられる。
クモキリマルの糸だ。
『あら、逃がしませんわよ』
糸を伝って高速移動し、肉薄するグラーフは、地母賛歌を発動する。
グラーフが大地母神キュベレーへ讃美歌を捧げる中、樹根による強打がバルバロイの顔面を叩き、滅多打ちにしていく。
同時に、治癒力の促進と毒の治癒で味方の損耗を和らげていった。
「これで防御は盤石よ! 反転攻勢なさいな!」
アリーチェがスプリングガーデンを発動し、歌いながらステップを踏んで花びらを舞わせ、強力な治癒と戦意高揚効果を味方にもたらす。
心身共に癒され、味方の反撃準備が整った。
やはり、ベイグラント騎士団で先陣を切り果敢に斬り込むのは、潤也とミーラルのふたり。
「ぶち抜きますわ!」
水を得た魚のごとくEXミーラルが突撃し、遠間からかまいたちによる連続斬撃で切り刻んだ。
「そこか!」
エスカリボールⅢのクォルコネリア<D>から放たれるのは、十発の光弾一斉射による制圧射撃だった。
一発一発がまるでミサイルのようにバルバロイを追尾し、ホーミングマルチミサイルのごとき軌道を描いて全方位からバルバロイたちを撃ち抜いていく。
バルバロイたちの必死の抵抗を見せて伊織と宵一へ襲いかかるも、伊織の
【使徒AI】メルセデス、宵一の
【使徒AI】敏腕サポーターらが落ち着いてそれぞれ自動防御とリンク強化で操縦者の身を護り、危機を脱した。
「今のうちに回復を」
「大丈夫ですよ。私たちもいますから」
秋良とデューンは残った回復を一手に引き受け、減っていた味方の体力を回復させていく。
バルバロイたちも酸を中心とした攻撃を組み立て少なくないダメージを積み上げるものの、秋良とデューンの回復力を上回ることができない。
最後は僅かな隙を秋良に突かれ、一瞬時間の流れを停滞させられたところで、伊織や宵一、ミーラルや潤也といったドラグーンアーマー陣から、遠距離攻撃を雨あられと浴びる。
空間を穿ち跳躍する斬撃に、無数に飛来する不可視斬撃、十発もの光弾の雨が、バルバロイたちを貫いていった。
これにはバルバロイたちも、為す術もなくやられるしかなかった。
* * *
ベイグラント騎士団の面々は、照明で助けた仲間が正義とタヱ子であることを確認すると、再会を喜びイペタムとの近況を聞いた。
今回の調査はイペタムから得た情報が元だ。
イペタムのその後のことは気になっていた。
どうやらイペタムも己の生きる新たな意味と居場所を見つけようとしているらしい。
また離れる必要性を感じられなかったので、ベイグラント騎士団は正義とタヱ子のふたりを合流させたまま探索を続ける。
結果分かったのは、どうも不審な点は見当たらず、特別な遺跡だと思えるような場所ではないということだった。
ただ、洞窟の最奥で、ベイグラント騎士団はとある特殊な鉱石を発見することとなる。
* * *
シュメッターリング騎士団の探索が成功するかどうかは、いかに敵に見つからないで進むかに全てがかかっていると言っても過言ではなかった。
その要となるのは、素早く敵の位置を把握する方法と、速やかに洞窟内を進むための、地形把握方法。
「もっと広範囲に照らしましょう。陣形の維持も忘れずに」
団長として、
ルキナ・クレマティスが騎士団全体の指揮を執っている。
「ちょうど、前衛と後衛でマジックトーチがふたつずつか。バランスとしては悪くねーな」
自分のマジックトーチで周囲を照らし上げながら、
ミューレリア・ラングウェイは周囲を見回した。
入口の大きさから予想できていたことだが、やはり洞窟内はかなり狭い。
天井からは錐を逆さにしたような形の岩がぶら下がる、いわゆる鍾乳洞のような作りになっており、ところどころに鉱石を採掘していたような痕跡があった。
つまりは人の手が入った痕跡があるということで、期待が高まる。
「足元が想像以上に滑ります。気をつけてください。油断すると転んでしまいますよ」
皆に忠告する
モリガン・M・ヘリオトープは、多少足を取られる素振りを見せながらも、転倒するようなことはなかった。
普段は激しく揺れるスタンドガレオンのステージにずっと立っていることもあるのだ。
そこから振り落とされないようにする努力のことを思えば、転ばないように努めることなど、大した労力ではない。
『レーダーの反応から目を離さないでくれ』
御陵 長恭は、己の乗機である【レリクス】クリュサオルに搭載されている
【使徒AI】ブルーメに、索敵を任せていた。
こちらは普通に足を取られることはあり得るため、かなり警戒して慎重に歩いている。
このミューレリアとモリガン、長恭で前衛を構成する形だ。
そして、中衛に位置するのは唯一ひとり、
オリヴィア・アルベルト。
そもそも足を接地させていないオリヴィアは、転ぶことはない。
ホライゾンホバーボードを持ってきた選択は、よい選択だったといえるだろう。
「できれば探索に集中したい。可能な限り守ってくれ」
自作デバイスを片手に、自作PCのモニターを見ながらマウスを動かしているオリヴィアは、モニターに注ぐ視線を全く変えずに皆に要請する。
「鍾乳洞というのは聞き及んでおりましたが、足元はやはり不自由しますのう……」
クリスタルローブの裾を両手でつまんで、歩くたびに跳ねる水滴を気にしつつ、うっかり滑らないよう神経を使って歩く
高橋 凛音は、蓄えた知識からこの洞窟について考える。
採掘の痕跡がところどころにある以外は、特に人の手が入っている様子はない。
少なくとも、ここまで見た範囲ではそうだ。
足元が常に濡れているのは、水源が近いせいで、あちこちから水が染みだしているからだろうし、洞窟内の見た目の風景も、鍾乳洞としてはごく普通なもの。
ロホ マリポサに乗っている
エスメラルダ・エステバンは、水気に満ちた洞窟内の様子に、火属性の攻撃は効果が薄いと判断し、用意してこなかった己の判断が間違っていなかったことを悟る。
そして、ロホ マリポサを持ってきたことも。
「乗り物があるなら、乗ったほうが断然いいですね。快適さが段違いです。足元を気にしなくていい分、索敵も捗ります」
まあ、その索敵を行うのはエスメラルダ本人ではなく、ロホ マリポサの子機に乗せているリペアアームズに搭載された
【使徒AI】ブルーメなのだが。
そして、そのリペアアームズは
鳳 翔子が操縦していた。
ドラグーンレーダーが三つ、マジックトーチが四つ。
これらが、シュメッターリング騎士団の未来を左右する命綱であった。