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楽園シャングリラのとある日

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楽園シャングリラのとある日
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・暗闇の中へ1

 ふたりの女性がいた。
 ひとりはその場を後にしようとしていて、もう一人は、そんな彼女を、何か言いたそうな表情で見送ろうとしている。
 納屋 タヱ子と、イペタムだ。

「ケヒャ! ケヒャヒャ! アタイはこの前まで敵だったんだぞ。この情報が、タヱ子たちを陥れる罠だとは思わないのかい?」
「思いませんよ。バルバロイ・アマゾナスと情報を共有していたということは分かっていますし、そうである以上、一定の信憑性があります。それに、罠だろうとそうでなかろうと、調べる以外の選択肢はないと思うんですよね。正直、他に情報の当てはありませんし」
「……ちぇっ」

 どこか複雑な表情を浮かべ、赤い髪をガリガリと掻くイペタムに、悪戯っぽくタヱ子はほほえみかけた。

「それに、これは個人的意見ですが。イペタムが罠を仕掛けるはずがないと思うんですよ。だって、わたしが罠にはまって出かけた先で仮に死んでしまったら、もう決着が着けられなくなっちゃうじゃないですか。違いますか?」
「……違わないよ! 相変わらずいけ好かない女だな!」

 突然怒り出したイペタムは、相変わらず少々情緒不安定な気こそあるものの、明確に敵対していた頃に比べれば、タヱ子への当たりは驚くほど柔らかくなっていた。
 もちろんタヱ子への執着心が無くなったわけではなく、やたらと付きまとわれ事あるごとに勝負を挑まれ殴り合う間柄であるが、そんな日常にも慣れてきた。
 そして、イペタムのあしらい方も分かってきている。

「無事にわたしが帰ってこれたら、おかえりって言ってくれませんか?」
「まるで帰ってこれないかもしれないみたいな、縁起でもないこと言うんじゃないよ! さっさと行っちまいな!」

 顔を赤くしたイペタムにどつかれ、半ば背中を押されて突き飛ばされる形で、声を上げてタヱ子は笑いながら歩き出した。


* * *



 キルデア騎士団の一員として、クロト・アーマースミスらと共に洞窟調査に乗り出した永見 玲央永見 博人は、考古学的な観点からよりも、デジタル的な観点からの調査を行うべきだと判断し、その準備に当たっていた。
 そこで問題に突き当たる。
 索敵は、玲央のツヴァイハンダー・エリートに搭載されている強化ドラグーンレーダーを使えば何とかなるのだが、地形の把握は目視しなければどうにもならない。
 そして洞窟内は当然だが真っ暗で、地形を目視するには照明となるものが必須となる。
 それを、玲央も博人も持ち合わせていない。
 ツヴァイハンダー・エリートの有視界望遠機能も、そもそも視界が利かないほど真っ暗闇ではどうしようもない。
 さらに暗闇中の行軍は不運を招き、新たなアクシデントをもたらす。
 暗闇の中進んでいる最中に、道に迷ってしまいクロトらともはぐれてしまった。
 幸い、キルデア騎士団のトルバドールの歌声が聞こえていることから、それほど遠くに逸れたわけではないようだが、この暗闇では合流に時間がかかりそうだ。

『何か、現状を打破するいい方法はありませんか?』

 玲央が【使徒AI】ヴァレットに尋ねてみると、困ったような表情でふるふると首を横に振られる。
 現状、玲央と博人からできることはないらしい。
 というか、下手に動けば探しに来たクロトたちとまた入れ違いになる可能性が高い。
 敵が来るので戦闘を避けるためなどの理由以外では、動かない方が良さそうだ。

「まあ、調査する時間ができたと考えようか」

 さすがに事態の深刻さを感じている玲央とは裏腹に、博人は前向きに考えていた。
 後ろ向きに悩んでいても、事態は好転しない。
 さっそく調査を開始した博人だったが、中々事態は進展せず、結果も出ない。
 まず、期待していた接続端子そのものが見つからなかった。
 さらに己の技術と知識に自信を持ち、多用する玲央だったが、その本分は調査と分析。
 異常がないかを素早く確認する技術や、故障部位の簡易換装技術に己が培ったノウハウを転用するのはさすがに無理があったようで、成果を得られなかった。

『移動しましょう。反応が近付いてきます』

 幸い、敵の反応だけは追うことができたため、この状況下で襲われるという、最悪中の最悪だけは免れることができる。

「そうだね。今回は、収穫無しかなこれは」

 ろくな調査になりそうもなく、博人も玲央の提案を受け入れ、移動を開始する。
 とはいえ、その移動も苦労の連続だ。
 足元すら見えないため、あちこちぶつけまくるし、洞窟の地面は濡れてところどころ水たまりなどでぬかるんでいるため滑る。
 目の前に壁があっても、下手をすると分からない。
 機体を操縦している玲央はぶつかったり転んだりしたところで大して痛くもないが、生身の博人は別だ。
 博人は身体中に生傷をこさえることになった。
 冗談ではなく、ツヴァイハンダー・エリートの強化ドラグーンレーダーが、玲央と博人の命を繋いでいた。
 洞窟の中に潜んでいるバルバロイの性質上、その存在に気付かないことは、不意討ちをされることとイコールで繋がる。
 視界が利かない中で不意討ちを受けて混乱状態に陥れば、待っているのは全滅の二文字。
 それだけは避けることができる。

「実は僕たち、すごく危機一髪だったりする?」
『……そのようですね』

 その事実に気付いて、博人と玲央も表情を蒼褪めさせていた。


* * *



 個々に進む者たちに対して、この洞窟は容赦なくその牙を向いた。
 パラーシュに乗って洞窟内に侵入した風間 瑛心は、カーネリアンマント<D>と己の技術で熱源の隠蔽と視界効果の隠蔽を行い、暗闇に身を隠した。
 甲虫型バルバロイの多くは視覚に索敵の全てを頼っているわけではないため、姿を隠したところであまり意味はない。
 というか、あったとしてもそもそも真っ暗闇なので最初から見えていないことになるので、やはり意味はない。
 逆説的に、この洞窟内で襲ってくる甲虫型バルバロイは、暗闇の中瑛心たち人間の存在を感知して襲いかかってくるのだから、視覚に頼っているのではないという仮説が成り立つ。
 とはいえ、熱源の隠蔽自体は非常に効果的だ。
 ドラグーンレーダーによる索敵性能の高さも相まって、瑛心が不意討ちを受ける可能性は、ほぼ皆無と言ってよい。
 問題は、移動にとても難儀させられるということだが。

(……ろくに進めんな)

 どこかの騎士団のトルバドールが歌っているのだろう、星詩を聞きながら、嘆息する。
 そう簡単に、駆けつけてはやれない。
 星詩を歌っているということは、そこで戦闘が起きている可能性が高いので、加勢に行ってやりたいが、この暗闇では辿り着けずに瑛心自体が迷子になり、袋小路などの危険地帯に迷いこむ恐れがあった。
 そしてその理屈は、少し離れた場所で探索している綾瀬 智也李 霞のコンビにも、同じことが言える。
 ふたりにもトルバドールの星詩は聞こえているし、何ならこちらもドラグーンレーダーがあるので、瑛心の存在に気付いている。
 わりと互いに近い位置にいるであろうことも、レーダー反応から推測できる。
 とはいえ、距離が近いことを、実際に簡単に辿り着けることとイコールにならないことも、ふたりは知っていた。

『合流できると思いますか?』
「無理でございますね。地形が分かりませんし、敵をやり過ごしながら進まなければならないことを考えると、途中でバルバロイに捕捉されて逃げきれなくなる恐れが高いです」

 智也の質問に、霞は冷静に首を横に振った。
 ふたりとも、隠形能力は高い水準で有しているものの、霞は熱源反応を隠すことができないため、熱探知で居場所を探り当ててくる甲虫型バルバロイの索敵を欺くことが難しい。
 そのため接近してしまっても隠れてやり過ごすというのが難しく、そもそも近付かれないように距離を取り続ける必要があった。
 そんな状態で合流など、無理な話だ。

『こんな状況では、不意討ちを許してしまうかもわかりません。もしもの時は、頼りにさせてもらいます』

 冷静に状況判断して、戦闘もやむを得ないと判断した智也に声をかけられた【使徒AI】おどおどサキュバスが、振って湧いた大役に、その名のとおりおどおどし始めた。
 いや、彼女の場合、機体を傷つけられることに対する恐れもあるかもしれない。
 手探りとはいえ、時間さえかければ霞なら地形の把握は可能だった。
 壁や床の有無、天井の高さなどはぶつけたり落ちかけたり転んだりするアクシデントにさえ目を瞑れば、文字どおり身体を張った探索で調べることができる。
 そして一度通り、身体で特徴を掴んだ通路なら、霞は記憶して進むことができた。
 これに己の現在地を把握する能力も合わせれば、現在地と記憶した道の情報を照らし合わせ、洞窟の形状に翻弄されることもなくなる。
 その分だけ、索敵に集中して敵との接敵を避けることができた。


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