【3】結婚式を挙げる 1
ウェディングホール『シェテルニテ』の中にある小さなチャペルで、今まさに結婚式が執り行われようとしていた。この式では
コトミヤ・フォーゼルランドが格闘家として尊敬してやまないジョニー・ハワードが神父役を務める。十字架のペンダントと聖書を持ったジョニーは何やらぶつぶつと台詞の練習に集中している。
白いタキシード姿のコトミヤも、さきほどから立ち上がったり椅子に腰かけたり、終始落ち着かない様子だ。
しばらくして真っ白なウェディングドレスを着た
ソッソルト・モードックが目の前に現れると、これから自分はこの女性と結婚するんだなという思いがようやくコトミヤの心の中を駆け巡ったのだろう。 うまい言い回しの言葉はなかなか見つからなかったが、照れくさそうな笑顔をソッソルトへ向けた。
「過去も未来もどうであれ……今の私の姿を隣で見られるのは貴方だけ。
しかと目に焼き付けなさい!」
「わ、分かった!」
年齢差もあり、過去に初恋の女性を病で失ったトラウマを忘れられず悩んだこともあった。
それでも今日この場所でソッソルトの晴れの姿を見ることができ、ようやく安堵しているコトミヤがここにいる。
『結婚おめでとう
兄さんとはゾディアック
ソルトさんはギルドで関わる事が多かったかな
確かな絆が結んだ結果かな
弟としてギルドの仲間として、とても嬉しく思う
兄さん、大切な人…守り抜いてな
ソルトさん、これからは姉になるな…よろしく姉さん
この先の道も困難は続くだろうけども
乗り越え進められると思う
より良き未来が掴める事を祈っている
――ユファラス・ディア・ラナフィーネ』
『コトミヤ先生、ソッソルトさん、ご結婚おめでとうございます。
私がこちらに来たばかりの時に先輩として接してもらってからのご縁から始まり、エデンの時はお二人の息のあったコンビネーションがとても凄かったのを覚えております。
これからもお二人の絆がより深まり、幸せな日々をおくれることを心から祈っております。
――優・コーデュロイ』
『コトミヤさん、ソルトさん、結婚おめでとう。
ギルドで話したり、風の噂で活躍を聞いたりしてきたけど、あんた達のコンビはもうすっかりお馴染みだな。
こうして結婚にまで至った事は、俺も嬉しく思うぜ。
言うまでもねえけど、これはあくまで通過点だ。
この先、幸も不幸もまだまだたくさん待ち受けてるだろうけど、2人ならきっと何とかなるだろ。
その道行きがより良いものになるよう祈ってるぜ。
そんじゃ、末永くお幸せにな!
――永澄 怜磨』
祝電が読み上げられ、二人は穏やかな空気に包まれた。
「新郎コトミヤ・フォーゼルランド。あなたはここにいるソッソルト・モードックを、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「はい誓います」
「新婦ソッソルト・モードック。あなたはここにいるコトミヤ・フォーゼルランドを、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も夫として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「もちろんよ。こちとら前世は王よ、しっかりリードしたげる! あたしじゃなきゃ、他の誰がコトミヤを愛するって言うのよ?」
「ははは……」
ジョニーは思わず苦笑したが、無事に神父役を務めたことに胸を撫でおろす。
誓いの言葉の後のキスは、ソッソルトが少しかがんでようやく唇を合わせることができた。
身長はコトミヤの方が低いためどうしようもないのだが、ソッソルトは特に気にする様子はない。
チャペルの鐘が鳴り始めると【ケレリス&黄道の軽鎧】に乗ろうとしたのだが、あろうことかソッソルトが急にコトミヤをお姫様抱っこして抱え上げてしまった。
「──いや待てソルト君、普通、逆だろ!? 結婚式くらいカッコつけさせてくれ!」
「カッコつけるなら……二人きりの時に、ね?」
これで結婚してもどちらの方が立場が上か、はっきりしたのだろう。
ソッソルトの【花の歩み【星素】4】に合わせてコトミヤは【花園【星素】2】を発動した。
【ケレリス&黄道の軽鎧】が走る周囲を花畑に変えて、教会から去っていく。
「これからも私に釘付けにしてあげるから。しっかり付いてきなさい!
絶対に離さないんだから!」
「振り回し続けるのはこちらも同じ。お手柔らかに頼むよ、ソルト君」
「そうねぇ……まぁ、とりあえず……大好きよ、コトミヤ」
「……ああ、こちらこそ愛してる。っていうか……結構恥ずかしいな、これ」
ソッソルトの顔が近づいてきたかと思うとコトミヤはそっと目を閉じ、二人はもう一度、誓いのキスをかわした。
***
各地で結婚式ムード一色の盛り上がりを愛と一緒に見ていた
諏訪部 楓は、ふと思ったことを口に出してみた。
「人を愛するって、どんな感じなんでしょうね?」
「……楓さんは、この人と結婚したいって思うくらい、まだ本気で人を愛したことがないんですね?」
愛の芸能神として楓のために人肌脱いでみせようという気になった紫麝愛。
突如、せっかくの機会なのでチャペルを使った模擬結婚式をやりたいと楓が提案したために二人は今ここにいる。
それを聞いた時は、思わず目をぱちくりさせた愛。
「結婚式って、お互い真剣に愛し合っている者同士が一生に一度だけ、経験できる神聖な行為なのですよ? それなのにこんな形で、こんな急に結婚式を挙げるだなんて」
「あのー……マナちゃん? いわゆる遊びっていうか……いや、関係はちゃんと親友ですし、付き合い自体は遊びではないんですけど、今回の模擬結婚は遊びみたいな感じですからそんなに真剣な顔しなくてもいいんですよ? 要するに結婚式ごっこです!」
結婚式ごっこ、と言われて愛はようやく納得できたようだ。
とりあえずチャペルでの式の雰囲気を楽しもうということで早速、準備に取りかかる二人。 長い間、偏った愛に囚われてしまっていた愛。
こうやって冗談を言い合ったり、普通にどこかへ出かけたりして、無理強いさせることなく少しずつ過去から解き放とうとする楓の存在は愛にとっても不可欠だ。
「愛」の芸能神でありながら、「愛」そのものに飢えて「愛」を感じるが故に孤独を感じていたからこそ、人に「愛」を向けることができるのだと楓は考えている。
難しいことはこの際どうでもよく、ただシンプルに、楓は愛のことが好きだった。
実際結婚するとなると、楓自身は構わないと思っているようだが、愛の気持ちをはっきりと確かめたことはこれまでなかった。二人の間に確かな「愛」があるのだとしたら、楓への「愛」は一体どういう感情なのだろうか?
愛と話すことで、楓はこれまで以上に「愛」そのものについて考える機会が多くなっていた。
「病める時もどんな時も、私は貴方を守ります、だって私は貴女の愛する人ですから。この気持ちが、一方通行ではないことを願います」
模擬とは言え、はっきりと自分の気持ちを愛に伝えた楓。
愛自身も楓の思いに応えるべく何かを言いかけたが、
「──この続きは、本物の結婚式を挙げる時に聞かせてくれますか?」
楓がそう言うと、愛は照れくさそうに笑って手に持っていたブーケを楓に差し出した。
いつか本当の結婚式では、このブーケが生花で作られることを願って──。
***
「ルーニャさん、僕と結婚してください。
夫婦として貴女と共に、今後の人生を歩んでいきたいです」
天津 恭司から真っすぐな目でプロポーズされたルーニャ・プラズラン。 こんなにもストレートに言われて、断る理由などあるだろうか?
「……正直、テルスの戦争が終わったわけじゃないのにっていうのは分かってはいるんですが……だけどっ、どうしても、もう待てないっていうか」
「はい」
「僕はちゃんと結婚式を挙げて、ルーニャさんと結婚したっていう証が欲しいんです」
「はい」
「それで……どうですか? 答えは、その……イエスかノーか」
「……あの……だからさっきから、ずっと「はい」ってお返事してるんですが……」
「えっ? ていうかそれって、OKっていう意味での「はい」?」
「──はい……」
今もなお、まだ信じられないといった様子で、恭司はさっきまでのルーニャとの会話を思い出していた。
神父役を務めるナティスが心配そうに恭司の顔を覗き込む。
「大丈夫? 結婚することになりましたって言いに来てからずっと顔が緩みっぱなしだけど」
「だだだ大丈夫ですっ!」
ナティスはルーニャの上司だ。そのためか、なぜか大袈裟に敬礼をしてしまった恭司。
それほど緊張しているのだということが、ルーニャには十分伝わっていた。
スライム広場では二人の結婚式に興味を持ったスライムたちもたくさん集まって、ちょっとしたイベント会場のようになっている。
結婚式は、進行どおり順調に進んだ。
恭司とルーニャはお互いに愛を誓い合い、指輪を交換する。
「僕はルーニャさんと一緒にいられるだけで幸せだから……これからもっと、ルーニャさんを幸せにします。僕と一緒に、幸せになってください」
「そんなふうに言ってもらえて……本当にうれしいです。これからずっと、ずっとよろしくお願いしますね」
恭司の一目ぼれから始まった恋はいつの間にか愛に変わり、二人の関係は恋人から家族へと発展していくのだ。やっぱり顔が緩んだままの恭司は、たくさんのスライムたちにも祝福されながら、ルーニャと穏やかなキスをかわしたのだった。
***
結笹 紗菜は奥莉緒と結婚する予定だったが、まだ17歳の未成年であるという理由から両親に後1年待つよう言われてしまい、強引に押し切ることもできたものの莉緒への配慮もあってやはり結婚式は延期したのだった。
「莉緒、本当にごめんなさい……」
思わず涙を浮かべた紗菜を、莉緒はぎゅっと抱きしめて慰めてくれる。
泉光凛も神主役を引き受けていたのだが、今回ばかりは仕方がない。その代わりに、ある提案をしてみる。──模擬結婚式だ。
「今回は、2年前みたいに3人での模擬になってしまいますが……光凛様…私の莉緒への誓いの証人になって頂けますか?」
「もちろんだよ☆」
「来年のために、またゆっくり準備しよ~♪」
莉緒に言われてやっと笑顔になった紗菜。提案どおり、今日は模擬での結婚式を執り行うことになった。
「莉緒……もう1年だけ待って下さい。来年、最高の結婚式にしよう。それまでの1年も……莉緒が私の一番愛する人で、貴女を心から大切にする事を……誓います」
「私も誓います。ずっと、同じ想いのまま後一年過ごそう~」
今度は紗菜が莉緒を抱き締める。ふふっと微笑み合ってからかわす、熱い誓いのキス。
「……じー」
「……あっ、光凛様、何だかすみません……あの、来年もご都合が付けば、神主役を是非宜しくお願い致します」
「もちろん、そのつもり!」
「光凛様も素敵な人と結ばれたりしたらその限りではないですけれど……ずっと応援していますね。見守って頂き有難うございましたっ……!」
「今日は私のことだけ見てほしいの。たとえ模擬でも結婚式なんだから。ね?」
ぐいっと顔を自分の方へ向けさせて、莉緒が紗菜にキスをする。
来年はどんな結婚式になるのだろう──光凛はそんなことを思いながら、神主のふりをして二人を祝福した。
***
藍屋 あみかと
藍屋 華恋の結婚式では、あみかの妹である
藍屋 むくが司会進行を担当していた。【素人魂】と【良い子のオーラ】を使って準備は万端、少し緊張した面持ちで立っているところへ、【ウェディングドレス】を着たあみかと華恋が入場してくる。
──ここはチャペル。静かな雰囲気の中、二人の周囲を取り囲んでいるのは神獣ファーブラが星獣ウェスペルとエレイルだ。
歩幅を合わせてバージンロードをまっすぐ歩いているあみかと華恋。
「藍屋あみか、藍屋華恋。あなた達二人は、お互いを良き伴侶として、病める時も健やかなる時も、共に守り合い、悲しい時も嬉しい時も、共に分かち合い、富める時も貧しい時も、共に助け合い、命ある限り、愛し合うと、誓いますか?」
むくが宣誓の言葉を読み上げる。
「はい、誓います」
二人同時に返事をする。
「それでは、指輪交換、です」
ウェスペルとエレイルがリングピローを運んできてくれた。
細い指に似合いそうな小ぶりの可愛らしい指輪を一つずつ取り、お互いの指に運んでくれるファーブラ。
「つづいて、誓いのキス、です」
指輪を見せ合った後、あみかと華恋はそっと誓いのキスをかわした。
「もう結婚して暫く経ちますが、いざキスするとなると少々恥ずかしくはありますね」
華恋が照れくさそうに笑って言った。
「私たちはこれからも互いを尊重しあい、喜びや困難、互いに分かち合い共に噛み締めて歩んでいきます。色鮮やかに映るこの世界でずっと幸せであると。そう想って行きたいと思います」
改めて言ってくれた華恋の言葉。やさしくあたたかで、どこまでも穏やかな口調だ。
「それでは、署名、お願いします」
結婚証明書に自分の名前を書き、ついに二人は正式な夫婦となったのである。
「以上で、結婚式は無事に行われました。末永く、幸せにお過ごしください」
ほっと一息つくむく。無事に大役を務め上げ、その表情は満足そうだ。
あみかは、華恋が「藍屋」の姓を選んでくれた理由をたずねてみた。藍屋の家はやや複雑で、
あみか自身の両親も同性婚なのは華恋も知っている。
藍屋側の母と祖父は絶縁しているのだが、フェスタ入学後はあみかが祖父に時々会いに行って話をすることもできた。姓の通りに藍染職人の家系だった祖父の作品を見たあみかは「藍」の色に特別な思いを感じている。
「私は長らく色のない人生を歩んできて……きっと一人じゃどうにもならなかったと思います。
あみかちゃんに会えた事は幸運であり、運命だったんでしょうね。再会した時、素敵な人に変わっててびっくりしました。沢山困らせて……本当にごめんなさい。私にとってあみかちゃんは光です。照らしてくれる存在です。私を導いてくれたかけがえのない人に私は寄り添っていこうって決め、添い遂げようって強く想ったんです。その気持ちで私は寄り添う存在として藍屋姓を選びました。これで良かったんだってずっと思います。本当にありがとうございます。私は幸せを手にすることが出来ました。これからもどうかよろしくお願いしますね。」
生まれも育ちも別々だが、奇跡のような繋がりで家族としてこれから同じ姓を名乗っていくあみかと華恋。改めてちゃんと顔を見合わせて、
「こちらこそ、よろしくお願いします」
夫婦として最初のあいさつをかわしたのだった。
その様子を、むくが【フィルムカメラ】で撮影する。
「ふふ~もう一枚いくよ~! はいチーズ~っ☆」
むくは、今度は神獣たちも一緒に入ってリラックスした表情のあみかと華恋へファインダー越しに声をかけた。