■薫暑の陽射し 3
自分にはまだ縁遠いものだと分かっていても話題になっていると気になってしまうのは誰にとっても同じで……。
「世間はジューンブライドか」
そう呟きを零した
黄泉ヶ丘 蔵人もまた縁遠いと思っているうちの一人だった。
それでも雑誌などで特集が組まれているのを見ると蔵人の中に一つの欲求が生まれ始めたのだ。
『ペシュカのウェディングドレス姿を見てみたい』
自分でも分かりやすいほどの欲求に思わず蔵人は自分の手で口元を抑える。
(いや、割とマジで見てみたい)
自分の欲求を自覚してしまえばもう後はアプローチあるのみだろう。
(今の俺でペシュカをその気にさせるのは難しいと分かってはいるが……)
それでも諦められず、蔵人は方法を考えるのだった。
数日後、蔵人はペシュカ(Pe-2)を呼び出していた。
「これは俺の都合だと言うのは分かっているんだが……ペシュカのウェディングドレス姿が見てみたくてな。
だから俺と模擬結婚式をしてほしい」
「うーん……どうしようかしら」
悩むような素振りを見せるペシュカ。
もちろん、ペシュカがそう反応するかもしれないということは想定していた。
その為に蔵人はペシュカを楽しませるために全力を尽くそうと【ニャクシィ6月の花嫁特集号】の内容を事前によく読んで予習し、アーモリーの武姫でも楽しめるようなセッティングを手配していた。
そのことも含めて再度ペシュカにお願いすると
「仕方ないわね」
と言って模擬結婚式を行うことを了承してくれた。
無事に模擬結婚式を行うことになり、まずペシュカが着るウェディングドレスを選ぶことになった。
蔵人がペシュカ自身に選んで欲しいと伝えればペシュカは意気揚々とたくさんのドレスの中から自分が着る1着を選びに行った。
「これにするわ」
ペシュカが選んだのは白の華やかなデザインのウェディングドレスだった。
スカート部分がボリュームのあるデザインであることもそうだが、動く度に揺れるタッキングが豪華さを演出している。
「なら俺のはペシュカのドレスのデザインと釣り合いが取れるようなものをお願いするとしよう」
バランスを重視した希望により、蔵人のタキシードはシルバーグレーのタキシードとなった。
確かにこれならばペシュカのウェディングドレスの隣に立ってもバランスが取れるだろう。
衣装も決まり、二人は着替えを済ませ、模擬結婚式を行う会場前へとやって来た。
ゆっくりと会場への扉が開き、赤いバージンロードを歩いて祭壇へと向かう。
(初めて話をした時から今まで、今回で通算6回目の逢瀬……いや、デートになる。
その間に少なからず心境の変化もあった。
最初は憧れだった。当時自分で自分のことを『ファンの一人』と例えたように、ペシュカのことを遠くから眺めているだけで満足だった)
バージンロードを歩きながら今までの事を振り返る蔵人。
最初は遠くから眺めているだけで満足だったペシュカと今こうして隣を歩くことが出来るなんて、あの時は想像もしていなかったかもしれない。
それがいつしか変わっていき、共に日常を過ごす回数が増えるたびに、もっとペシュカに近づきたい、共にいたいという欲求が強くなっているのを蔵人は感じていた。
「よし、じゃあ誓いの言葉だな」
今回は神父役を頼んだりもしていなかった為、祭壇の向こう側には誰もいない。
その神父の代わりに蔵人が進行する。
「俺、黄泉ヶ丘蔵人はペシュカを生涯の伴侶とし、病める時も健やかなる時も助け合い、敬い、愛し続けることを誓う」
蔵人は今の自分では実力も実績もまるでたりないだろうと思いつつ、それでもいつかペシュカと共に歩むことができるようにと誓いの言葉をハッキリと宣言する。そして、ペシュカの方を向き
「汝、ペシュカは黄泉ヶ丘蔵人を生涯の伴侶とし、病める時も健やかなる時も助け合い、敬い、愛し続けることを誓いますか」
と問う。
「そうね……そこは保留にさせてもらうわ」
意味深な笑みでペシュカはそう言うに留めた。
今回は模擬ということもあり、そもそもペシュカと自分の関係を考えればその答えも理解出来ると蔵人は思った。
今は自分の誓いとそして意識を変えていくことが大事なのだと。だから蔵人は見たいと望んでいたペシュカのウェディングドレス姿に
「今日も最高にかわいいぞ」
と称賛の言葉を贈った。
今まではペシュカの美しさに見蕩れ、心の中で称賛したことは多かったが、それを口に出したことはあまりなかった。
だから今後は積極的に言葉に出していこうと意識を変えた、その第一歩の言葉だった。
そんな蔵人の称賛の言葉に
「当たり前よ。知らなかったのかしら?」
なんてペシュカは自信満々の笑顔で言うものだから、蔵人が惚れ直したのは言うまでもない話だった。
6月と言えばジューンブライドだが、
火屋守 壱星にとってはもう一つ大切な出来事があった。
(恋人らしくエスコートできるように頑張るぞ!)
そう壱星の恋人である二階堂 夏織 キャロラインの誕生日があるのだ。
忙しいであろう夏織に都合のいい日を聞き、出かける日程を組もうと早速夏織と連絡を取る。
「ジューンブライドって聞いたことあります?」
「じゅ……?」
夏織を模擬結婚式に誘うとしてもまずはジューンブライドのことを知っているか聞いてみた方が良さそうという壱星の勘は当たっていて。
ジューンブライドと言う言葉にピンと来ていない様子の夏織に壱星は説明する。その上で
「恋人になって間もないけど……模擬結婚式を挙げませんか?」
と思いきって誘ってみた。
「この時期にしか体験できないですし、それに……夏織のウェディングドレス姿も見てみたいな」
恥ずかしそうな声音で言う壱星に
「よく分からないけど、壱星がそうしたいなら……」
と答える夏織。
扶桑では社で白無垢を着て行う結婚式が一般的なため、ウェディングドレス姿と言われてもピンと来てないのだ。
こうして無事に模擬結婚式を行うことになった。
夏織に式の形式の好みも確認したが分からないとのことで壱星がチャペルでの教会風でお願いするということで話が纏まった。
そして当日。
壱星は【金青火の腕輪】を身に着けて早めに待ち合わせ場所へと向かう。
(……考えてみればお互い洋服姿って初めてかも?)
そう気付いた壱星はもう夏織の洋服姿に見惚れる予感しかしなかった。
「ずいぶんと早くない?」
自分も早く来た方だと思ったが、それよりも早く来ていた壱星の姿に夏織が驚く。
「時間を作ってくれてありがとう!」
突然聞こえた夏織の声に驚き、振り返る壱星。
そのまま、夏織の姿を確認したのとほぼ同時にそう感謝の気持ちを伝えた。
夏織はその壱星の勢いに驚いていたが、それだけ壱星が楽しみにしていたということだろう。
やはりと言うべきか夏織の洋服姿にドキドキしてしまう壱星。
シェテルニテへの道すがら壱星と夏織の手の甲が触れ合う。そのまま、するりと自然な形で手を繋ぎ、歩いて行った。
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シェテルニテへ着き、残りの手続きや軽い打ち合わせをする。
式の進行役はクロニカ・グローリーに頼み、二人はそれぞれ着替えへと向かった。
先に着替えを終えた壱星は緊張を【カームフレグランス】で和らげつつ、式場へと向かう。
(【ニャクシィ6月の花嫁特集号】も読んだから流れは大丈夫……!)
夏織の入場を待ちながら壱星は頭の中で何度も式の流れを復習する。
ほどなくしてパイプオルガンの音と共に式場への扉が開かれ、ウェディングドレスに身を包んだ夏織が入場してきた。
バージンロードを歩く夏織の姿に壱星はぽーっと見つめるしか出来なくて。
「似合う? あたしが知ってる結婚式とは違うけどこういうのもいいじゃない」
祭壇の前で隣同士に並び立った夏織がそう小声で壱星に呟いて。
「それではお二人の模擬結婚式を始めさせて頂きますね」
神父役を務めるクロニカがそう言って進行する。
「新郎、火屋守 壱星。あなたは二階堂 夏織 キャロラインを病める時も健やかなる時も愛し続けることを誓いますか?」
クロニカからの問いに壱星はちらりと夏織を見て
「込める想いは本物だよ」
と呟いてから
「誓います」
と真剣な眼差しで答えた。
「新婦、二階堂 夏織 キャロライン。あなたは火屋守 壱星を病める時も健やかなる時も愛し続けることを誓いますか?」
「誓います」
同じようにクロニカに問われた夏織は壱星と同じように答えて。
「では誓いのキスをお願いします」
クロニカの言葉に壱星は夏織の方を向く。
遅れて夏織も壱星の方を向き、二人は向かい合わせになって。
そしておもむろに壱星は夏織の手を取り、その手の甲へと唇を落とした。
諸説あるとは言われているが手の甲への口付けは親愛と敬愛という意味がある。
(瞼にとも思ったけど……顔の近くはまだ照れるから……)
そんなことを心の中で思う。
ウェディングドレス姿だけでも綺麗で照れるのに、瞼へのキスは更に照れてしまう。
「では最後に、指輪の交換をお願いします」
クロニカに言われ、壱星が取り出したのは指輪交換の時に代わりに渡そうと思ってた【白詰草の花束】を取り出した。
夏織へと渡すその花束には誕生月の6月の誕生花の一つであること、花言葉の『約束』、『幸運』、『実直』。
そして、来年もその先も、道が続く限り一緒に歩めること願い、贈る。
「ありがとう」
夏織がそう言って微笑めば、壱星の心は幸せで満たされるようだった。
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無事に模擬結婚式を終えた二人。
「模擬結婚式はどうだった?」
壱星がそう感想を聞けば
「新鮮で楽しかったし、良い経験をした気がするわ」
と夏織は満足そうに答えて。
「楽しんでくれたなら良かった。改めて俺と模擬結婚式を挙げてくれてありがとう。ドレス姿似合ってたよ」
「似合ってたならよかった。こちらこそ、ありがとう」
二人で感想を述べて笑い合う。だが今日はこれで終わりではない。
「それとね……誕生日おめでとう!」
そう言って壱星はデコレーションした【月輝星】を夏織に贈る。
「誕生日も!? どうもありがとう」
驚く夏織に何かしてほしいことはないかと聞く壱星。とはいえ急なことなので夏織も思いつかないようで。すると壱星から軽くハグしていいかと尋ねられ、夏織はこくりと頷く。
「生まれてきてくれてありがとう」
優しく夏織を抱き締めつつ、壱星はそう耳元で囁いた。
「次の6月もまたこうやって一緒に過ごしてくれる、かな?」
「もちろん。次も、その次も一緒。ね?」
壱星の問いに当たり前と言った様子で答える夏織。
壱星はそんな夏織の手を優しく握って目を見つめながら
「これから先も夏織と共に道を歩んでいきたい。
プロポーズはまだ先の話になりそうだけど、真剣に考えてる」
と伝えた。その言葉に夏織は驚きつつも嬉しそうな様子です。
この後も二人は時間の許す限り手を繋いで一緒に過ごし、恋人らしい時間を満喫したのだった。