■薫暑の陽射し 2
昼間の陽射しは夏らしさを帯びてきたが、朝の陽射しはまだ柔らかい感じがする。
そんなまだ早朝と言われる時間帯。
ワールドホライゾンにある
星川 潤也の自宅。
「…………」
ぱちり、目を覚ました潤也は隣で眠る星川 鍔姫のあどけない寝顔を見て微笑んだ。
夢の世界にいるであろ妻を起こさないように潤也はそっとベッドを抜け出し、身支度を整え、キッチンへと向かう。
「よし!」
気合いもばっちりに作り始めたのはアイシングクッキー。
アイシングで細かな色付けをしたクッキーに白いシュガーレースを飾ってデコレーションをする。
出来上がったクッキーはまるでウェディングドレスを着た鍔姫とタキシードを着た潤也のように見える。
「ん……潤也……?」
朝のコーヒーを淹れる準備をしているとまだ眠そうな様子の鍔姫がやってきて声を掛ける。
「あ、おはよう鍔姫。ごめん、起こしちゃったかな?」
「おはよう。別に起きる時間だから構わないけど……」
朝の挨拶を交わしつつ、鍔姫の鼻腔を甘い香りがくすぐる。
コポコポという音と共にコーヒーの香りも漂ってきた。
「今日は俺たちの初めての結婚記念日だから……二人でお祝いしたくて、こんなの作ってみたんだ」
そう言って潤也は作り上げたアイシングクッキーを盛り付けたお皿とコーヒーをトレイに載せて運んできた。
「朝からこれを……? 凄いじゃない。ほんとに潤也はお菓子作りの腕前を上げたわね」
アイシングクッキーを見て素直に驚いた様子を見せる鍔姫。
「ふふっ、可愛いけど何か照れるわ。それに食べるのが勿体ない気もするし……」
潤也の作ったアイシングクッキーを見て鍔姫は去年結婚式を思い出したのか、その表情は幸せそうな微笑みだった。
「ありがとう。鍔姫が喜んでくれたら、俺も嬉しいよ」
鍔姫と一緒にソファへと腰を下ろしながらそう微笑む潤也もまた鍔姫へ愛おしそうな眼差しを向けて。
「俺さ……大好きな鍔姫と夫婦になって、この一年、すごく幸せだったよ。そして来年も再来年も、ずっと……鍔姫と一緒に、この日をお祝いしたいんだ」
「当たり前じゃない……。もし結婚記念日を忘れたりしたら許さないわよ」
いつも通りの鍔姫の強気な口調。それでも表情は穏やかで。
「愛してるよ、鍔姫。これからもっとーー幸せな一年にしような」
「私もよ、潤也。改めて、よろしくね」
自然な形で二人を優しく抱き合い、そして唇を重ね合った。
思い出も愛も唇も重ねて、二人の絆は揺るぎないものへと深まっていく。
モモと会う日の当日、
紫堂 音羽は一つの大きな決意をその胸に宿していた。
(今日もモモと楽しい時間を過ごし、育ってしまった彼女を愛しく思うこの想いを告白しようか)
「この感情を抱く日が来るなんて考えてもいなかったなぁ」
ふと漏れた音羽の呟きに応えるように、身につけた桃の花を象ったエンブレムが光る。
いつしか『再び彼女に会えるように』とモモのことを思い、身につけ始めた【桃の輝石】。
そして今日、モモに贈る【想いの花束】もしっかりと袋に入っているのを確認して、音羽はモモとの待ち合わせ場所へと向かった。
「今日も誘いに応えてくれてありがとう」
出会って早々に音羽はそう言ってモモにお礼を言った。
「別にいいよ」
モモは自分の桃色の髪の毛の先を弄りながら答えて。
「さぁ、行こうか」
「うん」
音羽と共に歩き出すモモ。
二人の行先はシェテルニテではなく、マーケットだった。
(シェテルニテもいいですが敷居が高いですし、そこに行く段階まで行けてないからね)
そうでなくても今のシェテルニテはジューンブライドとしての盛り上がりを見せていることだろう。
そこへ連れていくことで変に意識させるのも違うと音羽は感じたのかもしれない。
マーケットにある食事が出来る場所でランチがてらの食事と共にいつも通り近くであった出来事や面白かったことなどの他愛のない話しを楽しむ二人。
「そういえばこんな話を聞いたんだけど……」
「へぇ……それは興味深い話だね……」
話始めれば時間の経過等気にならないくらいに次々と話したいことが出てくる。
「それで、そのときに……」
「それはほら、………………こういうことだと思うよ」
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまって。
食事を終え、マーケットの中を再び歩いて帰路に着く。
その途中、音羽は持ってきていた袋からモモへのプレゼントである【想いの花束】を取り出して、差し出した。そして
「君のことが好きだよ。僕と恋人として付き合ってくれないかい?」
そう告白したのだ。
モモへ差し出した【想いの花束】は桃の花と3本の薔薇で出来た可愛らしい花束で、桃の花はモモとかけて、3本の薔薇には『愛しています』、『告白』の意味が込められている。
花束を受け取りつつ、返事に戸惑っている様子のモモに音羽は
「RWOで出会って一緒に冒険をしてKODCでは色々あったね。
その前後での夏の海やハロウィンそして春のKODCでの一時……君を知っていくうちに惹かれていって……いや、もしかしたらRWOのオフ会でのバーベキューの時、君を呼び捨てで呼んだあの時から本当は恋に落ちていたのかもしれない」
と今までの二人の思い出を辿るかのように自分の気持ちの変化を説明して。その上で
「もっと特別な位置で君のことを知っていきたい」
そう言ってモモを見つめる。
「返事は今でなくてもいいよ。
君のありのままの心からの答えを待っているから」
「ありがとう。……考えたいからちょっと待ってて」
答えを急かされなかったことでモモは素直にそう自分の今の気持ちを伝えることが出来たのだった。