■薫暑の陽射し 1
まだ朝陽が昇り始めたくらいの時間帯に
桐ヶ谷 遥は起きていた。
(1人の女としてとうぜん結婚は憧れる。でも、まだわたしには早い……)
軽く溜息を吐く遥。
(何故なら、結婚とは相手と共にあってこそだもの。環と共に歩める女として自分を磨いていかないとね)
ジューンブライドの季節でもある6月。
白いウェディングドレスや好きな人との結婚ということもあり、思うところはあるようで。
それでも遥は何かを断ち切るかのように被りを振り、身支度を整えるとTRIALへと向かい、水元 環を誘いに行くのだった。
「今日はオフトレよ、環!」
姿を見つけて、早々にそう声をかけた遥。
「今日はぶらぶら遊びにいくんじゃなくて一緒にトレーニングしましょう」
「ああ、わかった」
いつもの誘いだと分かったのか環は了承する。
「場所は?」
「場所はそうねー………あまり邪魔が入らないよう広場の人気が少ないところを探してやりましょうか」
「分かった」
早速、二人は広場へと移動してトレーニングを開始する。
「で、今日はどうするんだ?」
準備体操がてら身体を揺らしつつ、環が聞く。
「やることは単純よ。素手の組手やら刀を使った模擬戦ね。勝敗は一本クリーンヒットいれたら勝ちとするシンプルなルールでやりましょ」
「そうだな」
「じゃあ、始めましょうか」
互いに間合いを取り、視線が合えばそれは開始の合図となって。
ーーシュッ、ザッ、ザザッ!
拳が空気を斬る音、衣擦れ、靴底が足元の砂利を擦り、土埃を巻い上げる。
「これで終わりか?」
遥が体勢を崩すが環はクリーンヒットは入れずにただ見下ろしながらそう言って。
「っ、まだまだ!」
遥がすぐに体制を立て直し、一撃を繰り出す。
それも環に容易く避けられてしまうのだがーーーー。
・
・
・
1戦ごとに休憩を挟み、良かったところとダメだったところを2人で話し合う。それがまた次の1戦に生き、練度が上がり、互いに高め合うようなトレーニングが続く。
「……ふっ、く……はぁ、はぁ……」
「今ので21戦21敗目だな」
倒れ込み呼吸を整える遥に環の無情な言葉が降りかかる。
(……まぁ、どうせいつものごとくわたしが負け続けるんでしょうとは思っていたけどね……)
心の中でそう言いながら遥は起き上がる。
「いいのよ、勝ち負けが重要なんじゃない。負けた中から次につながる何かを学ぶことが目的なんだからねっ」
そういう意味で言うのなら環はすごいと遥は思う。
自分の方が負け続けているために環は学ぶものなんてないのではと考えたりもしたがそんなことはなかった。
1戦ごとの振り返りでの結果を活かし、次の1戦ではそれを身を持って示してくれる。
それに気付いた遥が環の先を読むがそうすると環は身を持って示しつつもアドリブで動き、結局いつも遥の方が窮地に陥り、負けてしまうのだ。
そんな環のことを素直にすごいと思いながらも
「べ、別に負けっぱなしで悔しいとかぜ、全然思ってななななないんだからねっ」
分かりやすく負け惜しみを言いながら遥は時間の許す限り何度も手合わせを続けた。
いつもの特訓以上に気合をいれて、それこそ絶対一本取ってやるんだって気概で真剣に何度も挑み続ける。
「何かあったのか」
「え?」
「ずいぶんと気合いが入ってるからな」
何度目かの休憩の時、さすがの環も遥の気合いに気付いたらしく、そう聞けば
「環のお嫁さんに相応しくなるためよ」
と遥は恥ずかしそうに、だがしっかりとそう答え
「前回の神州でのデートのとき環が言ったじゃない『いつか、じゃ届かない』って。
だから今すぐ届いて、追い越す気概で自分を磨いてるのよ。
あなたの隣に立つ女として相応しくなるために、ね」
と続けた。
「どうせわたしは意地っ張りで、我儘で、いつも環のこと振り回してばかりの女だもの。
なんかこう、お淑やかなお嫁さんみたいなイメージはまったくないわよ。
それでも……やっぱり憧れるもの、お嫁さん。
そして、その幸せを環と一緒に築けたらって……そう思ってるだけ」
人によってはそんなことと思うかもしれない。
もしかしたら環もそう思っているかもしれない。でも遥にとって、それは大事な憧れだった。
「だから今はとにかく自分を磨くのよ。
環のほうから結婚したいって言いたくなるような、強くて、可愛くて、そして……一緒にいて楽しいって思えるようないい女に、ね」
そう言って環へと笑いかける遥。
「というわけで、休憩おしまいっ。
さぁまだまだ時間はたっぷりあるんだから、今日はわたしが一本取るまで付き合ってもらうんだからねっ」
「ああ」
二人のトレーニングはそれからも長い時間続いた。
遥の話を聞き、環がどう思ったのかは分からないがその後のトレーニングでの環の動きは遥に遠慮のないものへとなっていたのだった。
――Lのプロポーズ――
夜のホライゾン広場を散歩しようと恋人である
月音 留愛を誘った
ロウレス・ストレガ。
いつも忙しいロウレスからのデートの誘いということと友人が式を挙げると言っていたこともあり、留愛は心を浮つかせ、可愛いドレスを身に纏って待ち合わせ場所を訪れた。
「……三千界に来てからだいぶ経つが、あっという間ですらあったな」
「召喚されて6年、付き合って2年位だけど……そだね、確かに凄く早かった」
歩きながら思い返す日々は今にしてみればあっという間の出来事で。
「正直なところ、俺は戦い続けてばかりで、人の心の機微というものに疎かった、と思う」
「戦ってるロウレスはいつも格好良いから、それを傍で見れただけでも楽しかったよ?」
いつものようにくすくす笑いながら話そうと思っていた留愛だったが、いつものロウレスならすぐに照れて言葉をはぐらかすのにそうはしない普段と全然違う恋人の様子に居住まいを正す。
ロウレスはそっと【雨恋いの青い鳥】を空へと飛ばした。
雨のような光が降り注ぐ中、ロウレスは自分の想いを、感情を、歌うように、響かせるように伝え始める。
「そんな中で、月音嬢と……いや、留愛と出会えて本当によかった」
今まで月音嬢と呼んでいたロウレスが留愛と呼び方を変える。そして、そのまま
「ともにいると楽しさを覚えた」
「安らぎを覚えた」
「喜びを覚えた」
「時折、寂しさを覚えた」
「心苦しさを覚えた」
ぽつりぽつり……雨粒のように留愛へと伝えられるロウレスの想い。
「……このどれもが、留愛といて得られたと思うと、愛しさを覚えて仕方ない」
愛おしくてどうしようもないと言った様子のロウレス。
一方の留愛は名前呼びに慣れずに逸る鼓動を握りしめた【Lの銀環】と一緒に押さえつけながら次の言葉に期待をしていた……。
するとロウレスはふわりと留愛を腕に横抱きして【ヘリオスエコー】の翼で軽く浮き上がった。
ロウレスとの体格差に今程感謝したことはなかったかも、等と考える間もなく軽く持ち上げられた留愛。
(この人ならこの先私が成長しても抱き上げてくれそう)
なんて考える頃には留愛の身体は心と共に宙に浮いていて
「……ぅえっ、ちょ!?」
と声が漏れる。
ロウレスは【ハイ・ジャンプ】で跳躍した後、【スカイスリッパー】の靴でゆっくりと滑空していく。
ロウレスが普段見ている景色なんかよりもうんと高くから見下ろす広場の景色に大分遅れて吃驚する留愛。落ちないようロウレスの首元にしがみつきながらも、互いの手袋越しに仄かな体温を感じ、それがなんだか気分を和ませてくれたような気持ちになって。
ホライゾン広場を一望できるように旋回しながら、
「好きという言葉も、愛してるという想いも、これからより俺の傍で伝えさせてほしい」
と言葉を続けるロウレス。
「俺の我儘なのは百も承知だが……」
そう言いながらロウレスが【スイッチ:愛しき過日】を使い、二人の脳裏にはクリスマスにロウレスが贈った【合同XMASカード】を見返した時のことを思い出していた。
無愛想でぶっきらぼうな物言いの多いロウレスが何とか自分の想いを……と認めたラブレターには【お願い】から始まる不器用な文面が綴られていた。
それはロウレスにとって大切な記憶であると同時に最も愛の言葉を綴っている思い出。
留愛にとっても大切な記憶で、思い出で、その時に貰った【合同XMASカード】は今も大事に持っているほどだ。
(……いつもの俺であれば恥ずかしくてはっきりと言葉にできないことだろうがこれは大事なプロポーズだからな……。決めるときはしっかり決めさせてもらおう)
今までの言葉と想いとその全てを集大するようにロウレスは【フレーズトゥユー】を使って
「結婚しよう」
とはっきりと伝えた。
まるで耳元で囁かれたかのように、どんな音にもかき消されずに伝えられたロウレスの言葉。
近い声音に留愛は全身の毛がぞわわと逆立つがして身を震わせた。
「いつか訪れる別れを惜しむよりも、俺は留愛と1秒でも長く共に在りたい」
続くロウレスの言葉に留愛は紡ぎたい言葉は山ほどあるのに、顔が熱くて言葉に出来ずにいた。
そんな熱さを落ち着かせるようにロウレスは【氷結オーナメント】を飛ばした。
雨の演出とともに降る水滴が、さながら雨から雪へと変わったかのように氷のオーナメントに変化する。
「……これはぜひ持ち帰ってくれ」
ロウレスにそう言われ、受け取る留愛。
「結婚式を挙げるその日まで、これを指輪の代わりと思ってとっておいてほしい」
そう告げて、留愛の唇へそっと口付けを贈るロウレス。
「……返事はイエスしかもらわんぞ」
そう呟くロウレスに留愛が
「私でよければ、喜んで!」
と元気よく返事を返す。
そして【ファストドロー】でロウレスの首元にかかっている自分とお揃いの銀環を自分の薬指に通し、今までで一番の幸せな笑顔で微笑む。
今まで触れられた事の無かった唇は先程のキスにより熱を帯びて。それを確認するかのように留愛は自らの指で唇に触れて、頬を赤らめてはにかみながら
「……ねぇロウレス」
と愛しい人の名を呼んだ。
「帰ったら、キスして?」
プロポーズと共に初めてのキスの日。
そんな幸せの余韻は何度だって味わいたくて、留愛がそうお願いすれば
「待てん」
ロウレスはそう言って、再び留愛の唇へキスを贈るのだった。