■青葉の香り 1
何てことのないとある日のこと。
「花子のウェディングドレス姿が見た~い!!」
そんな
白波 桃葉の発言からジューンブライドな一日が始まることになった。
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木 花子とシェテルニテで待ち合わせすることにした桃葉はパートナーである
藤崎 圭、
ユナ・ラプティス、
早乙女 綾乃の三人を連れて歩いていた。
「でも花子ひとりだけでドレス着せるのはさすがに恥ずかしがるかしら?」
花子のウェディングドレス姿が見たいと言うだけで話を進めていたが花子の性格的に自分だけが着るとなると恥ずかしがりそうな気がする。
「よし、決めたわ。私、一緒に模擬結婚式やるわ☆」
ウェディングドレスを着てもらうのならそれが一番手っ取り早いだろうと桃葉は名案という顔をして。
「桃葉先輩、今日はどうしたんですか?」
「花子、来てくれてありがとう。模擬結婚式をするわよ!」
「ええっ!?」
合流した花子と早々にそんなやり取りをしながら話を纏める。
花子も最初は『結婚式』というワードに戸惑っていたが、本当の結婚式じゃないから安心して!と言われ、ようやくどういうものなのかを理解したようだった。
こうして模擬結婚式の準備が進められることになった。
まずは桃葉と花子が着替えることとなった。
「あらあら、用意した【ウェディングドレス】を着るのにお手伝いが必要と聞きましたが……模擬結婚式は桃葉と花子さんのですの?」
少し意外そうにそう言ったのはユナだ。
「いえ、まぁ、誰も突っ込まないのなら、わたくしが言うのは野暮というもの……かしら?
それでは、そろそろ準備に向かいますわよ」
こほん、と一つ咳払いをしてユナは綾乃と共に桃葉と花子に用意された控え室へと向かった。
控え室でそれぞれ着替えをきていた桃葉と花子。
桃葉の方はわからないが、花子は想定通りウェディングドレスの着方に苦戦しているようだった。
「ユナ先輩と綾乃先輩! どうしたんですか?」
着替えはまだ終わってないんですけど……と遠慮がちに言う花子に
「はい、今日はお手伝いで来ました。
素敵な仕上がりになるよう、ユナさんと一緒に私も頑張りますね」
と説明する綾乃。
花子はお手伝い?と一瞬、首を傾げたがそれがウェディングドレスを着る手伝いなのだとすぐに分かり、二人に手伝って貰いながら何とかウェディングドレスを着たのだった。
ユナと綾乃は花子がウェディングドレスを着るのを手伝った後、控え室から出て行き、圭と合流して結婚式の会場へと向かうことにした。
再び二人となった控え室で花子が桃葉の着替えが終わるのを待っていると
「ふふふ、どう? 似合ってる?」
と着替えを終えた桃葉が花子の前にやってきた。
「わ、桃葉先輩。タキシードなんですね! かっこいい~!」
桃葉の姿に花子はぱちぱちと拍手をしながらはしゃぐ。
桃葉は【異性化】した上で【タキシード】を着ていたので、見た目的にも完璧な新郎だった。
「これで新郎役としてバッチリ花子の引き立て役をするわ!
まぁ、アイドルとしてそういう衣装を着るお仕事もあるかもしれないし、花子も慣れといて損はないでしょ」
「桃葉先輩、そこまで考えて……。すごいです!」
桃葉の言葉に花子はまるで感銘を受けたとばかりに尊敬の眼差しを送る。
そこで改めて桃葉は花子のウェディングドレス姿をまじまじと見た。
「花子、すごく綺麗……!! なんか本当に新郎の気分になりそうでドキドキしちゃうわっ☆」
「そ、そうですか? ありがとうございます」
桃葉にベタ褒めされ、嬉しそうにする花子。
「さぁ、着替えも済んだし式を始めるわよ」
桃葉はそう言って花子を連れて模擬結婚式を行う会場へと向かった。
今回は模擬ということと仲間内でわいわいとやりたいということもあり、式場には圭、ユナ、綾乃の三人の他に新郎役である桃葉、新婦役である花子しかいない。
「桃葉、花子さん、ご結婚おめでとうございますわ……と、言っておいた方がいいのかしら?」
ユナがクスっと笑いながら二人を見つめる。
「ふふっ、冗談はともかく花子さんのドレス姿、すごく可愛らしくて素敵ですわ。
桃葉も元がそこそこ身長ありますし、それに異性化もしてますし、結構似合ってますわね」
そんなユナの言葉に同意するように
「ええ、花子さんのウェディングドレスは勿論ですが
桃葉さんの男装……いえ、異性化してるので正装ですかね?
おふたりとも本当に衣装が似合っていて素敵ですよね♪」
と綾乃も頷く。一方の圭は
「なんかまた桃葉が思いつきで、花子と結婚式ごっこするのは聞いたけど……てっきり桃葉もウェディングドレスで花子とお揃いにしたいのかと思ってたよ。
珍しく引き立てる側をする事を覚えたんだな」
と、意外そうな表情をしつつも感心したようにそう言った。
するとユナが何やらじっとこっちを見ている気がする。
「……なんか僕、変な事を言った?」
ユナに向けられる視線の意図が分からず、首を傾げる圭。
「圭、自分の事だと天然が混ざりますわねぇ……」
ふぅ、と分かりやすく息を吐くユナ。
(それは多分ちゃんとしたドレスは彼氏との時に最初に着たいのですわ。
だから理由つけて選ばなかったのでしょうに……彼女の乙女心を理解するのはまだまだですわねぇ)
桃葉がウェディングドレスを着なかった理由をユナはそう考えているのだが、当の彼氏である圭は全くもって気付いてないようだ。
「たしかにお揃いのウェディングドレスは可愛いですね。
そうですねぇ、そのうち私も着てみたいです♪
式のお相手は思い浮かびませんが、ウェディングドレス姿で記念撮影くらいはいつか機会があれば撮ってみるのも楽しそうです」
二人のやり取りを落ち着かせようと綾乃がそう言えば
「綾乃、神父役やってくれないかな。僕はカメラマンをするから、進行は別の人にやってもらいたいんだよね」
と圭は言いながら【フィルムカメラ】を取り出した。
「私が神父さん役ですか? はい、分かりました……」
圭の言葉に頷いて、綾乃は式場を借りた時に渡された冊子の中から簡易進行表を見つけ、それへ読み込む。
(折角あんな異性化までして気合い入れてるし、【盛り写】でいい写真を撮ってあげたいな)
花子とはしゃぎ合う桃葉を見つめ、そんなことを考える圭。そんな圭を見て
「圭は桃葉への独占欲みたいなのをもう少し持ってくれないとつまんないですわ。
桃葉が楽しそうで何よりとしか思ってませんのよね」
とユナが呟く。だが圭と目が合った気がしたユナは
「いえ、なんでも無いですわよ?」
とにっこり微笑んで誤魔化すのだった。
「神父役は綾乃がしてくれるのね、ありがと☆」
祭壇の神父が立つ側に向かった綾乃を見て桃葉が言う。
「じゃあ、早速よろしく~!」
桃葉の軽い調子の言葉で模擬結婚式が幕を開ける。
「桃葉さん、あなたは花子さんを病める時も健やかなる時も一緒にいることを誓いますか?」
「はい! 誓います☆」
元気いっぱいに誓う桃葉。
「では花子さん、あなたは桃葉さんを病める時も健やかなる時も一緒にいることを誓いますか?」
「はい、誓います」
こくり頷いて誓う花子。
「では……指輪の交換ですね」
綾乃が進行すると、桃葉がタキシードのポケットをごそごそして
「じゃじゃーんっ☆」
と何かを取り出した。
「交換するふりだけだと思った? 実は本番じゃないとはいえ、何もないのも寂しいから記念に【お手製ビーズの指輪】を作ってきたわ!」
「かわいい~!」
桃葉の取り出したビーズの指輪はピンクとホワイトのビーズを使って作った女の子らしい可愛らしい色合いの指輪だった。
実際のリングを用意することも考えたが愛が重いと思われたり、花子が気兼ねすることも考え、ビーズで作ったのだが花子の反応を見るに大正解だったようだ。
こうして指輪の交換も難なく終え、残りは
「さぁ、最後は結婚式でよく聴く幸せソングを全員で歌って、アイドルらしく締めくくりましょう☆」
という桃葉の提案の元、みんなで歌を歌うことになった。
「もちろん、綾乃もよ?」
「はい、私も一緒に歌いますね♪」
王道ウェディングソングを全員で歌う。
チャペル風の教会の中に五人の歌声が響き渡っていく。
「皆、付き合ってくれてありがとう!」
歌い終え、桃葉のその言葉で式は締め括られた。
(私は花子のウェディングドレス姿が見られたし、模擬結婚式も体験出来たしで満足だけど花子は楽しんでくれたかしら?
これも良い思い出だと思ってくれてたら嬉しいのだけど……)
今更ながらに振り回してしまっただろうかと桃葉は花子を見遣ると
「すごく楽しかったです。ありがとうございました、桃葉先輩!」
と笑顔でお礼を言ってくれて。
だからこそ、ほんのちょっと前からお願いしたかったことをお願いしてみようかと桃葉は思い
「楽しんでくれて良かったわ。せっかくだし、もう桃葉先輩じゃなくて桃葉ちゃんとか桃葉さんとか、何なら桃りんって呼んでくれていいのよ?」
そう言ってみる。未だに先輩呼びなのはちょっと寂しいと思っていたのだ。
「うーん……桃葉ちゃん、桃葉さん、桃りん…………」
一通り言われた呼び名を口にして悩む花子。
「やっぱり、桃葉先輩は桃葉先輩がいいです。……私、桃葉先輩って呼ぶの好きなんです。響きがいいというか……頼りがいがあって落ち着く感じがして……」
呼び慣れているということもあるだろうが、いつしか花子の中では桃葉先輩という言葉が頼りがいを感じる、そしていつもそばにいてくれるそんな安心感のある言葉になっていたようだ。
無事に神父役も務め終えた綾乃は改めて式場内の仲間たちを見つめながら
(実際の結婚式ではありませんが、仲の良い人たちに囲まれ、大切な人との仲を認められてお祝いされるのってきっと嬉しい事ですよね……。いつか私も出会いがあればとこういう時には思っちゃいますねぇ♪)
そんなことを思いながら、にこにこと微笑むのだった。