■風待月のシェテルニテ 2
シェテルニテで結婚したことのある人たちにとっても6月は特別な月。
そんな人たちが再び訪れ、料理を楽しむ。そんなひと時のために料理人たちは腕によりをかけ、大切な時間と思い出を提供出来るようにと頑張るのだ。
――記念日デート――
最近は忙しかったこともあり、デートに行けてないなぁ……なんて思っていた矢先、ちょうど時間が取れたことと結婚記念日でもあることから
燈音 春奈と
燈音 了の二人は記念日デートとしてシェテルニテで食事をすることにした。
「スマートエレガンス、だっけ? これなら極端に場違いな事にはならないはず……」
ワインレッドのワンピースと黒いツイード系のジャケットに身を包んだ春奈が全身鏡でコーディネートの確認をしながら呟く。
広げていた【ニャクシィ6月の花嫁特集号】のグルメ情報を確認し、【紅のブローチ】と【結婚指輪】をつければ準備は完了だ。
待ち合わせ場所であるシェテルニテの近くへと向かう。
同じように了も場所を考慮し、スマートエレガンスにあたる衣装に身を包む。
その服装に春奈から貰った【蒼のブローチ】を合わせ、【結婚指輪】も肌身離さず身につける。
ふと時間を確認すれば少し急いだ方がいいかもしれないことに気付き、慌てて待ち合わせ場所へと向かって。
「うん、良いね。その格好。かっこよく決まってる!」
「春奈も、とても似合って、綺麗ですよ」
互いの格好を褒め合うと二人で照れくさくなってしまって。
それでも了は春奈をエスコートするべく、腕を差し出す。
その腕に春奈も腕を絡ませ、シェテルニテへと向かう。
「こんにちは。予約していた燈音ですが……」
シェテルニテに入ってすぐの受付で了がそう伝えれば、受付スタッフがにこやかに対応する。
預けられる荷物を預け、二人は個室へと案内された。
「フレンチを頼みたいな」
メニューに目を通した二人。いくつかのコースメニューや様々なアラカルトがある中から春奈が選んだのはフレンチだった。
了も同じので良いということでフレンチのコースを二人分頼む。
普段であればあまり選んだりしたりしないが結婚記念日ということもあり、多少のかっこつけは気にしない。
白地に淡いブルーの縁取りがされたお皿で料理が供される。
コースはオードブルから始まり、スープ、バケット、ポワソン、ソルベ、ヴィヤンド、デセールと続く。
(テーブルマナーにも気をつけなくては)
見るからにお洒落そうな料理に了が気を引き締める。
ちらりと春奈を見ればしっかりとした手付きで食べ進めており、マナーもきちんとしているように見える。
実は今日のためにこっそりと練習していたのだが、それは内緒にしている春奈。だが
(きっとこっそり練習をしてたのかもしれませんね)
と了にはバレバレだったようだ。
最初こそ、緊張とマナーに気を取られ、口数の少なかった二人だが徐々に二人でいる時間を楽しむことを思い出し、会話にも花が咲く。
「こういう場所に来るとか、昔は想像もしなかったなぁ……。
一人だと絶対気後れして行かないし。
ダンスの大会とか大食い大会とかも、きっと見てるだけだったと思う」
ふと春奈はしみじみとした様子で話し始めた。
「そういういろんな事に触れられたのは、了と付き合って結婚してからだな~って。
そして、そのどれも、あなたと一緒だから凄く楽しかった。
やっぱりあなたと一緒にいれて良かったなって思うよ」
一人ではきっと楽しめなかったであろう色んなこと。
それが二人だと挑戦する気になったり、何倍も楽しかったり……。
そんな相手である了と出会えたこと、一緒にいられたことに改めて感謝する春奈。
「確かに縁遠い世界だと思っていましたよ。
僕も、僕たちも、どれもが一人なら触れることもなかったもので、楽しく幸せな時間でした」
春奈と同じ思いだと話す了の表情は明るく優しいもので。
そんな了の表情に春奈の心の中に暖かいものが広がっていく。
やがてデザートと共に春奈の元に4本の【幸せの薔薇】で出来た花束が了から贈られた。
「今日の記念にこちらをどうぞ」
「え、花束?」
まさかのサプライズに春奈は驚いているようだ。
贈られた花束は青い薔薇2本、赤い薔薇2本が橙色のリボンでシンプルにまとめられたものだった。
「わ、こんな凄いのを用意してくれてたんだ……! ありがとう! 大切にする!」
嬉しそうな様子の春奈に了も嬉しくなる。
贈った4本の薔薇の花言葉は『愛は不変』、『死ぬまで気持ちは変わりません』。そんな了の想いも花束には込められていた。
「というか、先を越されたな……」
そう言って春奈もまた包みを取り出し、了へと贈る。
了がその包みを開けると中から【Aカトラリー】が出てきた。
白銀製のナイフ、フォーク、スプーンがセットになっているそれは春奈から『家でも一緒に食事をもっと楽しめたら……』という想いが込められていた。
「ありがとうございます。カトラリーセットのプレゼントなんて嬉しいです。
早速今晩腕に縒りを掛けて料理しますね」
嬉しそうに言う了とその了からの言葉に顔を綻ばせる春奈。
カトラリーにはさり気なく「A」の文字が刻まれており、その意味にも了はほどなく気付くことになるだろう。
毎年、シェテルニテで食事会をして結婚記念日を祝うのは
幾嶋 衛司にとっても、ブリギットにとっても大切なひと時であった。
もちろん今年も衛司は食事会の予約をして、ブリギットが好きな肉料理を多めにという注文もした。
そしていつも通り始まった食事会だったが、衛司の表情はいつものものとは違っていた。
(6周年……めでたい場だから祝うことに比重を置きたいけど、この1年の活動は反省点も多かった。
その振り返りは、半ば弱音を吐くような形になっちゃうだろう)
そう分かっていても衛司は切り替えるために、前を向くためにブリギットに話を聞いて欲しいと思っていた。
「ブリギットちゃん……ちょっと、話したいことがあるんだけどいいかな……?」
衛司の言葉と表情に、ブリギットはいつものようにいいよ、と言いつつも胸の中ではどんな話なんだろうとドキドキしていた。
「この1年……どこの世界でも、俺たちがいなくても何も変わらなかっただろうなってのが正直な感想なんだ……。
アークのオワリ武芸団でも、パラミタの天御柱学院でも、ノスティアの解放軍でも、バイナリアのA機関でも、俺たちは『必要とされていなかった』って印象が、俺視点ではとても強い。
何とか貢献しようと頑張ったつもりではいたけど、寧ろ向こうからしたら迷惑だったようにすら思える」
「そんなことっ……」
衛司の話にブリギットは思わず席を立ち上がり否定しようとした。だが、まだ話の途中であることを思い出して再び椅子へと腰を下ろす。
「ごめんね、エージくん。続き、聞かせてくれるかな?」
ブリギットの言葉に衛司は頷いて話を再開させる。
「それに、自分の精神状態に少なからず異常が生じていることも自覚している。
パラミタでブリギットちゃんの目の前で他の女性をナンパしたりしたのも、本気で悪いと思っているし反省している。
けど、そもそも何故そんなことをしてしまったのかまるでわからない……」
「あれは……確かにショックだったけど、あたしも余裕なかったから……。ちゃんと考えればエージくんがそんなことする人じゃないって分かってるし、もっと早くあたしがエージくんの異変に気付いてあげられたら……」
思わず、そう後悔を滲ませるブリギット。
そんなブリギットの様子に衛司は優しく首を横に振る。
「やっぱり、ブリギットちゃんは優しいね。ありがとう」
衛司はそう告げるがやはりどこか元気はない様子で。
「こんな状態で最前線で戦い続けていたら、いつか取り返しのつかないことが起きるんじゃないかって……本当に不安なんだ」
うつむき加減でそう言い終えた衛司にブリギットが手を伸ばし、そっと肩へ触れる。
「あたしはエージくんが頑張ってたこと、いっぱいいっぱい知ってるつもりだよ。
ただ、確かに色んなことが上手くいかなかったり噛み合わなかったりってことが多かった気がするかな。
でも……あたしは何があってもエージくんの傍にいるから……」
衛司の頑張りを一番傍で見てきたブリギットだからこそ、衛司が悩んでいることは何となく気付いていた。
それでも衛司が話してくれるまでは……とブリギットは自分から問い質すようなことはしてこなかったのだ。
運が悪かった、スランプだ……という言葉で片付けるにはあまりにもいろんなことがありすぎたのだ。
「ほんとに……ブリギットちゃんには助けられたり、励まされてばかりだね」
苦笑を浮かべる衛司。自分は弱音ばかりを吐いてしまったというのに、それでも傍にいてくれると言うブリギットに頼もしさと愛おしさを同時に感じて。
「今後は大きな事件が起きている世界を追いかけるのはしばらく控えて、思い入れの強いいくつかの世界だけに活動を絞ろうと考えているよ。
ユグドラシルが大切なのは勿論として、二人が出会った世界であるゼストも重要視したい」
衛司の話にブリギットは頷きながら耳を傾ける。
「クリスマスに模擬戦を見て貰った感じ、Aスポーツへの参戦も無理な話ではないように思えるしね。
勿論他の世界でのことにも、自分自身の状態を見つつ慎重に判断はするけど、確実に必要だと思えば関わるかもしれないね」
「エージくんがそうしたいならそれでいいって私は思うよ」
走り続けていれば息切れしたり、疲れて休憩したくなる時もある。
きっと今が衛司にとって身体や心を休める時なのだとブリギットは優しく微笑む。
そんなブリギットに衛司も微笑み返しながら
「さて、結構暗い話題も出ちゃったけど……それはそれとして切り替えて、6周年のお祝いといこうか。
例年通りケーキも用意してきたし、めでたいものはめでたいと素直に楽しむことにしよう♪」
「うん! そうだね。よーっし、いっぱい食べなくちゃ!!」
衛司の言葉にブリギットは力強く頷いて、肉料理を頬張り始める。
そんなブリギットの元気な様子に励まされるように衛司もまた料理を口にする。
色々あっても変わらないこともある。それを表すかのように二人は今年もまた結婚記念日をシェテルニテで過ごしたのだった。