■風待月のシェテルニテ 1
残春と初夏の合間の空気に包まれる6月。
そんな空気の中を
影野 陽太は恋人である御神楽 環菜と共にシェテルニテへと向かっていた。
「環菜にはパラミタでの忙しさを一時でも忘れて休養を満喫して欲しいです」
陽太のその言葉がデートの誘いへと続くのはもう恒例で。もちろん環菜もそれを分かった上で了承している。
既にシェテルニテで食事をするのは2度経験があり、今回は3度目となる。
今まで過ごした時間も今日これから過ごす時間も、きっと大切なものになるだろうと陽太は胸を弾ませる。
シェテルニテでの過ごし方も最初に比べたら慣れたようで、個室に通された二人に供されたのは洋食だ。
「今年は紫藤市長とアドルフさんがついに結婚式を挙げられるそうです。お2人を含めたホライゾン様々な方々の幸せな様子。とても微笑ましくてこちらも暖かな気分になれる感じがします」
「あの二人はやっとという感じね」
料理に舌鼓を打ちながら、なんてことのない話をするのすら楽しくて、陽太は饒舌に喋る。
「もっとも、俺は環菜とデートしている時点で常に幸せいっぱいではあります」
そう。時にはこんな風に惚気たりなんかもして。
「それは良かったわ」
環菜の返答はいつもと変わらないが、陽太にとって自分の気持ちや感じたことを伝えるその行動が大切なことだった。
せっかくのシェテルニテでの食事会。今回は6月という事もあり、シェテルニテ内もジューンブライドの装飾で彩られており、空気感も結婚式特有の幸せいっぱいといった空気があちこちに流れている。
それを好機と考えた陽太は【メイクムード】を使った上で環菜に結婚の話題について話し始めた。
「シャンバラにはまだまだ試練と課題が続きそうですし、校長の環菜がプライベートに時間を割ける機会は少ない気がします。ですが、いえ、だからこそ、俺は環菜の傍で人生を支えられたら、と想います」
陽太はそう言って真剣な眼差しを環菜へ向ける。
「来年のこの時期……いえ、それまでに環菜にプロポーズします。どうか心に留めて置いてください」
ほぼプロポーズしているようなものの台詞なのだが陽太は無意識なようで……。
「陽太の準備が出来るのを待っているわ」
食後の飲み物を飲みながら環菜はそう告げる。
二人で共有出来る思い出を増やしながら、二人の関係性は少しずつ、ゆっくりとーーだが確実に前へと進んでいるのだった。
――トロイメライ――
シェテルニテを訪れたのは【シュテルネンバウム】のペアルックに身を包んだ
風華・S・エルデノヴァと
アーヴェント・S・エルデノヴァ夫妻だ。
小さな星と樹のモチーフを添えたセミフォーマルな装いは中世の雰囲気すら醸し出しており、二人の左手の薬指には【結婚指輪】が光る。
二人にとってシェテルニテはプロポーズの場であり、結婚式を挙げた場所でもある。
一年という時を経たと考えれば時の流れの速さを感じるがシェテルニテへ一歩足を踏み入れれば、変わらぬ空気に一年前のあの日の気持ちも出来事も脳裏に鮮やかに蘇る。
それはアーヴェントも同じだったようで緊張と喜びの混じった表情で風華を見つめるその姿は一年前と似たものだった。
個室へと案内され、料理に舌鼓を打つ。料理の味もまた二人にとっては貴重な『思い出』の一つでもあって。
「……もう、1年経ったなんて信じられないな」
食事をしながらの会話の途中、アーヴェントの零した言葉。
昨日の事のように結婚式の日のことを思い出せる気持ちからだが、二人の日々が新しく積み重なっているのもまた事実で。
「そうですね。でも重ねた一緒のお時間も幸せなものばかりです」
たとえば『行ってらっしゃいませ』、『おかえりなさいませ』という言葉への想い。当たり前のようにも思えるがそんな当たり前さえも特別になる日々を積み重ねてきたのだ。
風華にとって必ず帰ってくると待てる有難さは、変わらぬ恋の愛おしさと新たな家族としての愛おしさでもあって。
(寛げるお休みにはぎゅっとしたり、よしよしされたり。時折思わず甘えそうに……)
改めて自分たちの日々を詳細に思い返せば、赤くなりそうな言葉たちが風華の胸の内にぽやぽやと浮かぶ。
「今年も変わりなく君とこの日を迎えられて本当に良かった」
去年の話から今年の話へ。一年というあっという間のようでいてそれでも過ごしてきた日々、時間は一年で間違いなく。だからこそ、去年と同じように今年も、そして来年も……なんて僅かに顔の赤い風華を見つめながら、アーヴェントは思ってしまう。
そして話題は引越し先予定の社会人寮の話へと移っていく。
フェスタの共学棟で友人との相部屋に住んでいるアーヴェント。だがいずれは風華と社会人寮で二人部屋を……と話しているのだ。
(アイドルとしてがむしゃらに活動してた昔と違い、今はフェスタの教員になって“アイドル”を未来へと繋いでいきたいという夢だってあるしな)
結婚したからこそ、移るなら丁度いい頃合いかもしれない。
「そうだ。社会人寮に引っ越したら、どんな家具を置こうか」
社会人寮への引っ越しを賛成してるのは風華も同じで。
(ともにアイドルでありつつ、教員を目指されているヴェントさん、ブランド店舗を持つ私。
同社会人寮は様々な活動をなされている方を受け入れてくださっていますし、フェスタという最初で最大の御縁の場。
帰ってゆっくり過ごせる場所にもぴったりでしょう)
「私がまず浮かぶのは姿見、鏡台、クローゼット、彩りの観葉植物……。
女子寮の自室や今の仮住まいのものだと、このあたりでしょうか。新しくなら、ふわふわのクッションやおふとん?」
風華の話に耳を傾けるアーヴェント。姿見や鏡台はアイドルであるが故に男の自分でも馴染み深い。
観葉植物は明るい雰囲気になっていいだろうと頷くことで同意を示して。
ふわふわのおふとん、という言葉の言い方の可愛らしさに和み、思わずくすっと笑みを零す。
「ふふっ、君らしいチョイスだ。自分は……うん、ソファがいいな。ゆったりした大きいもので、君と二人で座れるようなのがいい」
風華も同じようにアーヴェントの話に耳を傾ける。
二人で座れるソファ……お布団の思いつきから、掛け物があればよりのんびり出来そう、なんて考えて。
引き続きお世話になる家具も、新たに用意する家具も。二人で作り上げる部屋はきっと暖かなものになるだろうと確信めいた気持ちが湧いてくる。
「日が決まったら、家具を探しに一緒にイクスピナに行こうな」
また一つ、未来への約束を増やそうとアーヴェントが小指を差し出せば、風華も自分の小指を絡めて指切りを。
「イクスピナのお買い物、今から楽しみです」
未来への指切り、約束の暖かさ。二人の未来はこれからもこうして重なっていく。