【3】結婚式を挙げる 2
別の場所では、
千波 焔村丸と
エルミリア・ライガーの盛大な結婚式が今まさに始まろうととしていた。【夜群青の三つ揃え】を着た
鎮守 竜樹が襟に留めてくれた【黄薔薇のブートニア】が印象的な【ウェディングタキシード】を着こなした焔村丸は、先に入場してすでに祭壇前で新婦のエルミリアを待っている。竜樹は最後にもう一度、【黄薔薇のブートニア】の角度を整えてから全身チェックをした。
「うん、かっこええで!」
【鶴の振袖】を着付けた
斉田 琴音も最前列で座って花嫁の登場を今か今かと待っていた。
焔村丸が身支度をしている間、琴音は教会内とパーティー会場のすべてテーブルに手作りの祝い花を飾り、参列者を歓迎する準備をしたのだった。おかげで全体の雰囲気が華やかになり、皆がリラックスできるような空間となっている。
花嫁サイドでは、エルミリアは純白の【ウェディングドレス】がとてもよく似合っており、手に【結守火のブーケ】が握りしめられていた。
花嫁をエスコートするべく、【モーニングコート】を着こなした
ゲルハルト・ライガーがゴホンと咳払いをすると、
「今日は一段と綺麗じゃぞ」
目を細めて微笑み、今にも泣いてしまいそうになったがぐっと堪えた。
「ありがとう。じいじもカッコいいよ」
ゲルハルトにとびきりの笑顔を見せるエルミリア。
「……では、行こうか」
ベールダウンしてもらってからゲルハルトの腕に手を添え、エルミリアはバージンロードをゆっくりと進む。
半歩ずつ進むゲルハルトは、この上なく緊張した面持ちだ。
「ここから先は──頼んだぞ」
ゲルハルトの言葉に焔村丸は頷いて応答し、エルミリアの手を取った。
その後はゆっくりと参列席の最前列に位置し、二人の晴れ姿をゆっくりと見つめる。
エルミリアの姿をもっとよく見たいのになぜか目がかすんで、彼女の姿を静視することができないゲルハルトだった。
焔村丸の腕を組もうとするエルミリアに、
「綺麗だ、とても……。ゆっくり行こう、俺がついてる」
優しく力強い言葉をかける焔村丸。
「ありがとう。とっても嬉しい……」
幸せそうに頷いた。
「うんうん。二人ともキラキラしとって眩しいなぁ~。さすがの焔村丸も今日は落ち着いて、シャンとしとる。流石、俺の弟やな!」
晴れの姿がうれしいやらさみしいやらで、竜樹は誰よりも大きな拍手を送っている。
そして式は順調に進み、光牙影次郎長官が神父としての言葉を発した。
「健やかなる時も病める時も、喜びの時も 悲しみの時も……富める時も貧しい時も、エルミリア・ライガーを妻として愛し、敬い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「ああ、誓おう」
「はい、誓います」
しっかりと愛の誓約をかわした後は、指輪の交換に移る。
リングピローを持って待機していた琴音が立ち上がった。笑顔を浮かべて、ゆっくりと静かに二人の所まで指輪を運ぶ。
「……エルミリアさん、本当に綺麗ね。おめでとう」
「ありがとう」
小声で琴音に微笑むエルミリア。
焔村丸がそっと左手を取り、指輪をエルミリアの薬指へはめた。今度は自分の左手を預けて、指輪をはめてもらう。
そしてゆっくりベールを上げ、自分の方を見上げて微笑んでいるエルミリアに笑みを返してから唇を重ねた。
一秒ごとの感動をゆっくり噛み締めながら、誓いの言葉を封じ込める。まるでこの空間だけ時間が止まったかのようだった。
結婚証明書には、二人で順番にサインを記した。
これで晴れて正式な夫婦になった焔村丸とエルミリア。
一緒にベルを3回鳴らしてからエルミリアを抱きしめ、そのままお姫様抱っこをする。
その時、ウェディングベルの周りから小鳥の群れが現れ、祝福するかのように二人の視線の先までぴいぴいと羽ばたいた。これは、参列していた
ダヴィデ・ダウナーがひそかに仕込んでいたサプライズだ。よく似合う【カームフォーマル】姿で、【折雀】によって現れた小鳥たちを自分にも数羽止まらせている。【アイズオンミー】を使っていたが、この和やかな雰囲気の中では、そこまで敏感になる必要もないだろう。
「これからはずっと一緒だ。二人で織り上げていこう、かけがえのない時間を」
お姫様抱っこは意外だったが、エルミリアにとってこんな素敵なサプライズは大歓迎だ。
「うん、ずっと一緒だよ。焔村丸さん……」
焔村丸に身を委ねて、エルミリアは思わず目に浮かんだ涙を拭った。
参列者たちから拍手が送られるとますます涙が溢れ出してしまったが、エルミリアは今日だけは素直に自分の感情の赴くまま従うことにした。
「焔村丸さん、こう見えて寂しがり屋だからさ……あんまり突っ走って泣かせないであげてな?」
ダヴィデの優しい声を聴くと、エルミリアはますます感極まって涙を流している。
「んで、結婚後の苗字はどうなるんだい? 俺も、焔村丸さ~ん♥って呼んだ方が良いかね?クカカ」
「そうだな。ちなみに、姓は千波で統一する。呼びたければ名前呼びで構わないぞ。実は其方で呼ばれる方が好きだ」
「なんと……」
しれっと打ち返されてしまい、今日は敵わないなという顔をして、
「まったく! ごちそうさまだね~。いや、まだこれから食べるけどさ。
んじゃーぁ、焔村丸さん。これからもよろしくな」
焔村丸とかたい握手をかわす。新たな門出を祝うダヴィデなりの信頼の証だ。
「焔村丸はほんま、ええ子に巡り合えて良かったなぁ~。恥ずかしがり屋でなかなかコイバナ打ち明けてくれへんかったけど、ちゃーんと分かっとったで?
その上、こんなに沢山の友達が見届けに来てくれた。焔村丸とエルミリアちゃんの最高に幸福な時間を、最高の笑顔で飾ったるで!」
まだアルコールは入っていないはずなのだが、すでに陽気でハイテンションな竜樹。
琴音からすると、竜樹の底抜けの明るさが今はありがたかった。
『焔村丸さん
エルミリアさん
ご結婚、おめでとうございます~♪
エルミリアさん。
責任感があり気配りも出来る、焔村丸さんは相応に気苦労も多いと思いますので、これから貴女が支えてあげてくださいね?
焔村丸さん。
エルミリアさんと末永く仲良くお幸せに♪
あ、でもでも!
お嫁さんを泣かせるようなことをしたら黄金旗きっての妖狐が折檻しに行っちゃいますからね☆ミ
最後に、お二人へ豊穣狐の祝福あれ!です♪
――ルルティーナ・アウスレーゼ』
『この度はご結婚、おめでとうございます。
報せをもらった時、驚きと共に大きな喜びを覚えたものです。
オーバーチュア騎士団の仲間として、ひとりの特異者仲間として。
歌姫として輝くエルミリアさん、そしてこれから共に歩まれる千波さん。
お二人が力を合わせれば、強く、そして優しく煌めく炎となって
あらゆる困難を乗り越え、回りを明るく照らしてくれるものと信じています。
お二人のこれからの旅路に、多くの幸福があらんことを。
――壬生 杏樹』
『エルミリアさん、千波君、ご結婚、おめでとうございます。
異なる世界の中から二人が出逢い、そして想いを重ねられついに結ばれるとのこと。
若きお二人の輝かしい船出にあたり、遠く星の還る地より、その航路に良き風があることお祈りいたします。
――トスタノ・クニベルティ』
と、仲間から祝電が届いている。会場のボードにひとつひとつ時間をかけて貼り出してくれたのは琴音だ。
「焔村丸兄さんが結婚とはね……何だかいまだに信じられない。焔村丸兄さんは、基本「みんな友達」って感じの人付き合いだったから、当面、色恋沙汰とは縁が無いと思ってたわ。恋って、そんなに不思議な事を起こすものなのね……」
ロディニアで、悩める人々を救う為に歌い続けているというエルミリア。
焔村丸との新しい門出を、家族として力強く送り出したいと心から琴音は思う。
焔村丸とエルミリアは貼り出してもらった祝電一つ一つに目を通し、多くの人たちから祝福されている現実を知り改めて顔がほころぶ。
その後の披露宴パーティーは、竜樹が乾杯の挨拶と音頭を取った。
グラスとマイクを手にして、会場の中央へと進む。
「弟焔村丸とエルミリアちゃんのハレの日に、こんなに大勢集まって来てくれておおきにな!
寂しがり屋の焔村丸が特異者として頑張って来れたのも、皆のお陰や。
焔村丸達の幸福な前途と、二人と誼を結ぶ全ての仲間達のご健勝を祈り――乾杯!」
「かんぱーい!!」
そして今度は、ゲルハルトのスピーチが始まった。
参列して下さった方々や、参列はできなかったが祝電を送ってくださった方々、今も世界を守るために界霊と戦っている特異者たちに感謝の気持ちを述べる。
──不意にゲルハルトは、バレンタインにエルミリアがプレゼントに添えてくれていたメッセージを思い出した。
……寂しさや疲れを癒す、優しい花になりたい
会いたいと思われる、愛らしい花になりたい
いつの日か
「──すばらしい花を咲かせたな、エルミリア。焔村丸と幸せになれ……」
そして、
「皆さん、今日このよき日に集ってくれて、本当にありがとう」
と、締めくくった。盛大な拍手が送られる。
続いてのゲストスピーチのために、拍手で迎えられた【男性用礼装】姿の
春夏秋冬 日向が登場した。この披露宴のために使った【騎士道十戒】の効果もあり、紳士的な振る舞いは非常に好感度が高い。
まずは【リラックス】して心を落ち着かせて【ハンドマイク】を握り、【ブレイブボイス】の声でスピーチを始めた。
「焔村丸様、エルミリア様。本日は誠におめでとうございます。僭越ではございますが、お祝いの言葉を述べさせていただきます。畏まると上手く話せないのでいつも通り、焔村丸・エルミリアと呼ばせてください。
──新郎の焔村丸とは学び舎扶桑校で、新婦のエルミリアとは神州扶桑国の忍務で出会いました。焔村丸とエルミリアには神州扶桑国での忍務を初めとし、多くの忍務で助けられました」
【ホライゾンウォッチ】をそっと見て、時間配分を考える。あまり長く時間を割くわけにはいかない。きちんと姿勢を正し、参列客たちの顔を見てゆっくりと話す日向。その自然な笑顔は、見ているだけで癒される。
「大変な忍務の時も「一陽来復」、やまない雨はないでしょう。いつかきっと春は来るし雨は止み空が晴れる、彼らは決して挫けず常に周囲や仲間へ気を配り仲間を忍務完了へと導いてくれました。真面目な焔村丸と頑張り屋なエルミリアですから、結婚しても素敵な家庭を築いていくことができるでしょう。
お二人の末永い幸せを、心よりお祈りしています」
端的ではあるが、随所に思い出をちりばめた日向のスピーチに焔村丸とエルミリアだけでなく参列客たちも拍手が送られる。
もう一度【リラックス】して、心を落ち着かせた。大勢の人々の笑顔を見るだけで、なぜか安心できた。
それから少し談笑の時間を取って、
成神月 鈴奈がメニューを考案した料理が振る舞われた。【ティータイム】を楽しもうと、日向も気持ちを切り替えて【お茶会セット】の茶器に茶葉を入れ始めた。
鈴奈は、式に参列していた時とは違う【Cafe Beehive制服】を着ており、それがとてもよく似合っている。
【目利き】で選んだ素材を使って、焔村丸とエルミリアのために極上のウェディングケーキと料理の準備を進めてくれていたのだ。
鈴奈が一人ですべての準備をするのは限界があるため、
乙町 空も事前に【お茶会】の知識を応用して会場のセッティングやおもてなしのための準備や調理を手伝っていた。
ここまでの調理の工程を説明すると、まず鈴奈が【レディー・スイーツ!】で手を清潔にしてから、【メイクスイーツ】を使い、二人から要望があった「青と黄橙色のとりあわせのフルーツ系のケーキ」から取りかかった。
肝心のパーティー料理は、「洋食のコースに和の要素を少し加えてほしい」プラス「焔村丸さんの結守火をイメージした暖色系のカラーで炎を表現した一品と、エルミリアの淡青色をイメージした涼しそうな一品」という色にこだわったリクエストに応えた結果、お品書きは以下のとおりである。
……イタリアンをメインに和のテイストを添えて。
☆アペリティーボ:サイダー
☆ストゥッツィーノ:フォカッチャ
☆アンティパスト:わかめときゅうりのサラダ(醤油みりん風味)
☆プリモ・ピアット;トマトのスープパスタ
☆セコンド・ピアット:えびの塩麹焼き、ハワイアンブルーシャーベット、
ビステッカ アッラ フィオレンティーナ
☆コントルノ:ポテトサラダ
☆フォルマッジィ:リコッタチーズorモッツアレラチーズ
☆ドルチェ:ウェディングケーキ
☆ディジェスティーヴォ:レモンサワー
スープパスタは焔村丸の結守火を、ハワイアンブルーシャーベットをそれぞれイメージしたものだ。
空も率先して料理の配膳をしたり、【静謐なる銀の月】に乗せた飲み物を配ったり、【紅茶マイスター・極】の知識や作法も使って一人で五人分くらいの仕事をこなしている。
鈴奈一人では到底まわらなかっただろうが、空がいてくれるおかげで百人力だ。空には鈴奈が気づかない細かなことまでどんどん率先して取り組んでくれた。
焔村丸とエルミニアには【高級ティーセット】をセットし、来客たちには【お茶会セット】の高級感漂う茶器で飲み物を振る舞う。
空としては紅茶が専門なのだが、機転を利かせ、鈴奈が考えた料理に合う飲み物を【「用意は整っております」】で準備していった。式の時は【戦闘給仕服】を着ているため後方で静かに見守っていたのだが、披露宴での空の動きはまるで水を得た魚のようだ。
──誰からも、飲み物や料理に関するクレームは出ない。鈴奈と空の働きぶりを見れば当然の結果だ。
やがてドルチェとしてのウェディングケーキが運ばれてくると、焔村丸・エルミリアの初めての共同作業としてケーキにナイフが入れられた。
ブルーベリーとオレンジをメインにした、フルーツたっぷりのウェディングケーキだ。スポンジの間にはリンゴをはちみつ漬けにしたスライスがサンドされており、一番上には焔村丸とエルミリアをミニサイズにしたシュガードールが乗っている。
ここで、ダヴィデによる祝辞が送られる。
「謹みて御婚礼を御祝い申します。時には歩みの差から小走りになることもあるでしょう。それでも二人なら人に寄り添い思いやる心をもって、家族の絆を深める契機にできると信じております。末ながいお幸せとさらなる飛躍を心よりお祈り申します。では、ケーキ入刀!」
完成度の高いこのケーキを切るのはとても勇気が必要だったが、ダヴィデの【瞬間記憶&模写】で写真を撮ってもらうタイミングを待ってからケーキに入刀した。
その後、カットされたケーキは鈴奈がてきぱきと配ってくれた。
「お料理もケーキもありがとうございました。どの品も美味しいです」
食べる時間は限られていたが、振る舞われた料理はできるだけ残さないように誠意を尽くした焔村丸とエルミリア。
「はい。何でも二人で相談して進んでいこうと思います」
子供や新居についてなど、定番の質問に応えつつ料理とケーキを楽しみながら参列してくれた一人一人に丁寧なお礼を述べる。
その姿を、
人見 三美の【ジャーナルカメラ】が捉えていた。
【トークセンスⅡ】で皆に撮影のお願いをしたり、楽しく雑談をかわしながら式の自然な様子をどんどん撮影する。
「ツーショットいただいていいですか?」
三美のリクエストに、焔村丸とエルミリアは快諾してくれた。二人で仲睦まじいポーズを決め、お互いに料理を食べさせ合うところなどを取りこぼすことなく収めていく。
「後でフォトアルバムみたいなものにまとめても楽しそうですね」
色んなアイデアを思い巡らせながら、三美は参列客たちの表情も捉えた。
飲み過ぎて酔っぱらってしまったところ、おそろいの謎ポーズ、どの瞬間も個性的で楽しく、皆が焔村丸とエルミリアを祝福しようという思いで撮影には積極的に協力してくれた。
最後は、集まった全員で焔村丸とエルミリアを取り囲みんで集合写真の撮影だ。
カメラマンに徹していた三美もこの一枚には入るために、【ジャーナルカメラ】をテーブルに固定して、【テレキネシス】でシャッターを押した。こういう遠隔操作は、タイムラグがなくてきれいに撮影ができる。
「撮った写真は、後日現像して、皆様にフォトアルバムのような形でお渡ししますね。
皆様それぞれが写真を通してこの善き日を思い出して頂ければ……撮影した私も嬉しく思います。本日は本当におめでとうございます!」
皆の拍手に包まれて、披露宴パーティーはいつまでも終わりを迎えることなく、幸せな時間は一晩中続いたのだった。