【3】TRIAL技術部―1
限界実験を手伝う
ユニス=アクエリアスのもとを
キョウ・イアハート達が訪ねていた。
「忙しい所すまない。どうしても聞きたい事があるんだ。少しいいか?」
「手を動かしながらでいいなら、構わないわよ」
「ああ、それでいい」
キョウが尋ねたのは、簡潔に言えばゾディアックの力の応用が可能かどうか、といった内容だ。
ユニークアバター等で見出されている「アバターのオーラ」系統のスキル。それをゾディアックでも発現できるのではないか、それを知りたかった。
「俺個人も、レイヤーオブアバターズって積み重ねはこうして出来るようになった。これの応用、って言うと少し違うかもしれないが、アバターズドームやオートノマスみたいにゾディアックのオーラにも指向性を持たせたりできんかね? それこそ、カーディナル・サインみたいな『クオリティー』系統の発展系としてでもいいんだけどもさ」
ユニスはコンピューターを操作する手を止めずに答える。
「ゾディアック・サインを起点として、そのオーラを操作する。長い年月を経て性質が変わったとはいえ、ゾディアックシリーズもまたユニークアバター。そちらで使える力をゾディアックに適した形で落とし込むことは十分可能よ。傍から見ればただのゾディアック版、にしか見えないかもしれないけどね」
「本当か!? それなら、今ここで試すことも可能か? 実戦運用のデータは俺以外にも何人かここへ来てる奴もいるし、提出は出来る。先代達のデータはユニス、お前が持ってる筈だよな?」
「残念だけど、今は試せないわね。データはあるけれど、今は限界実験の方が優先だから」
と、断られてしまった。また別の機会に頼んでみるしかないだろう。
「どうぞ」
アントーニア・ロートリンゲンがアイスティーをユニスへ差し出す。ユニスが受け取ると、切り分けたワンダーロールを乗せたお皿も差し出した。
「よろしければこちらも。頭を使う作業には甘いものが一番ですわ」
「ありがとう。頂くわね」
キョウや
ホーク・ハインドにもアイスティーとお菓子を配りながら、アントーニアはふと思い浮かんだことを呟く。
「そういえば、星座の話というのであれば。山羊座の神ことパーン様は海で貝殻を手に入れ、ホラ貝の如く鳴らし神々の助けを成した、なんてお話もあれば、逆に慌てて逃げて下半身だけ魚になったまま川へ飛び込んだ、なんてお話もありますわね。山羊座の力が環境適応に通ずる力になったのはエデンにも何れかの逸話があるから、なのでしょうか?」
ユニスはアイスティーを口に含み、飲み込んで言った。
「ルーツとして、ゾディアックを与えた神は三千界管理委員会の神格持ち、地球人になるわ。だから地球の星座の神話をモチーフとしてそれぞれの能力の基礎を作った、そんなところじゃないかしらね。もっとも……そのさらに元となった神話の出来事が、はるか昔、三千界のどこかの世界であったのかもしれないけれど」
「まあ、それでは半身が魚の神様が今も三千界のどこかにいるかもしれない、という事ですわね?」
「そうなるわね。まあ、神と言っても不老不死とは限らないし、とうの昔に死んでいるかもしれないけれど」
話しながら、ユニスは作業に戻っている。その背にホークが声をかける。
「私からも一つお尋ねしたい。偉界の中で初代カプリコーン、エルフリーデ=シュタインボックに見え賜った、ゾディアックの『対応聖具』の話にございます」
手を止めずにユニスは横目でホークを見やる。続けて良いという事なのだろう。
「『星の神話を辿れ。この世界にはない。いずれ十二の星がエデンより巣立ち、大いなる試練を乗り越えた時、自ずと姿を現すだろう』。星の神話……これが大世界【地球】に基づくものか、何れの世界に伝わる話があるのか。大いなる試練が此度のアバターリミットを指すなら我らは既に至れぬ身でしょうが、恐らくそうとは限りますまい? さりとて手前らで完結させられる話でもなく、ゾディアック総員に通ずる話ゆえ、その知識をお借りしたく存じます」
視線は正面のコンピューターへ戻したまま、ユニスは答える。
「大いなる試練、それがゾディアックの本質と向き合うためのものであるなら、今行われている実験もまたその一つになり得るわね。あるいは、界賊セレクターと滅亡の意思ギャラルホルンの胎動。そしてホライゾンの新生。今、この三千界を取り巻いている状況こそが力を持つ者への試練とも言える」
ここでの作業を終えたのか、それとも何か必要な資料を取りに行くのか、ユニスは立ち上がる。
「星の神話についての答えはまだないけれど、対応聖具についてはもう、薄々あなたも気づいているのではないかしら? どうすればその手に現れるのかを。三千界の大局的な戦いの中で物ではないにせよ、ゾディアックの力を見出した者はいるのだから」
そう言って、ユニスは歩き去っていく。どうやら別室の手伝いに向かうらしい。
ユニスが向かった部屋では新たな装備の開発が行われていた。部屋の中にいる何名かは、装備の開発案を持参してきた者達のようだ。
「突然ですがっ! 合体してパワードスーツを纏うってロマンがあると思いませんか!」
キョウ・サワギのいるテーブルへ身を乗り出すようにして
諏訪部 楓は開口一番そう言った。
手に持った紙には自身が考案してきた武器の機能が細かく記載されている。どうやらゼロルーツ用の新装備案を持って来たようだ。
「ふむ……デウスEXマキナのユニゾンを前提とした武器か。これを考案した理由は?」
提案書に目を通したキョウはそう尋ねてくる。
「ご説明したいので、どこか武器を振って良い場所に移動したいのですが」
「それなら隣の実験室を使うといい。的は勝手に生成されるからいくらでも壊して構わないよ」
隣接する実験室に入った楓は愛憎の聖剣を構える。
諏訪部 凛がユニゾンすると武器がパワードスーツ化し、ハルモニアの放出量が増大した。
「どうです! このハルモニア出力……と言っても、現状この出力を生かせるものが存在しないのが欠点なのですよね」
それから現状のデウスEXマキナの性能を見せる為に武器を振るう。まずは純粋な物理攻撃であるメガスマッシュ・改を放ち、設置された的に直撃させる。続けてハルモニアを使った技であるU.ハルモニアデリュージを使い、巨大なビームブレードで複数の的を纏めて薙ぎ払った。
「と、まぁロマンはあるスタイルなのとスペックは上がってるのですけど、これを生かす武装が無いのでそれが欲しいのですよね」
カメラに向かい、肩を竦めて楓は言った。
キョウの所に戻った楓は再び身を乗り出して熱く訴える。
「とまあ、案は案です! 欲しいのはそれだけでロマンあるこのスタイルを更にロマンある仕様に仕上げてほしいのです! 更に出力を上げると武装が解禁されるとか、パワードスーツ専用武装とかなんかこの出力のハルモニアを生かしたスラスターとか、今はただただスペックを上げたところにパワードスーツを着てるだけなのでもっとこーロマンがですね! 欲しいんですよ!!」
「私からもお願いします。セレクターとの戦いで、現状のハルモニアの出力では足りないと感じましたので。恐らく、他にも同じような思いをしている方もいる筈です」
二人の嘆願を聞いたキョウは特に心を動かされた様子は無く、淡々と答えた。
「成程、君達の言い分はよく分かった。とはいえ、他にも作らねばならない装備は多くてね。私も一応アイドルの端くれだ、力になってやりたい気持ちはあるが……一応、提案書は他の者にも目を通すよう言っておこう」
そう言って、キョウは自分の仕事に戻ってしまう。どうやら彼女の興味を引く内容では無かったらしい。
技術部では他にも別の技術部員に装備提案をしている者達がいた。
「私が提案したいのはミリオネアアバター独自の装備です」
邑垣 舞花が提案するのは仮名テンミリオンバレット。RWOの商人系クラフターの到達点の一つでもあるロール、ミリオネアの特徴である財力を活かした装備品の提案書を技術部員へ提示していた。
内容としては、一言で纏めるなら費用対効果を度外視して高められるだけ性能を高めた弾丸だ。どのような銃でも利用できるよう汎用性のある形状をしており、命中した際には殆どの防御系技能や反射能力を貫くことができる弾丸。防御の硬い相手だろうと確実にダメージを与える事が出来る代物。
その代わり、製造には非常に高いコストがかかる。それ故にミリオネアでしか作る事が出来ず、使用することもできない。そういった弾丸を作る事は出来ないかと、技術部員へ尋ねる。
「コストを気にせずただ性能だけを追い求めた装備なら、色々と作った事はある。まあ、どれも面白みに欠けて詩作の段階で止まっているがね。
それならむしろ金そのものを何らかの力に変換する……文字通り“金の力がそのまま破壊力になる”ようなものなら作ってみたいところだ」
「金の暴力……つまり課金額がそのまま武器の威力になる、みたいなものですか」
「そんな感じだ。ミリオネアやRWOへの理解を深める必要があるが、札束で殴るを体現する方がらしいんじゃないかね」
ただお金をかけただけの装備では作る気が起きないと断られたしまったが、舞花は別のアプローチからの発想を得るのであった。
鷹野 英輝はエアロシップ用の新装備を提案していた。名前はT・B・S(トライアル・バリア・サテライト)。三機が一セットとなった衛星型の僚機だ。見た目通り、衛星の様に母艦の周囲を一定の軌道でくるくると回る作りのようだ。
「提案理由としましては、【小隊陣形】マジックテリトリーをさらに効率的に運用したい、と考えたからですね。この陣形では僚機が多いほど結界の強度が増しますが、現状では多数の僚機を従えるのは難しい。ですので、攻撃力や軌道面……移動できる方向を削る事でかかるコストや負荷を抑え耐久力だけを持たせた僚機があれば、小隊陣形や空戦術での魔力結界を効率良く展開できるのではないかと思いまして」
「まあ、実用的ではありそうだけどね……」
残念ながら英輝の提案した内容では技術部員の興味を引けていないようだ。三機セットである為、個別に障壁を張るだけでなく三機で固まって一つの強力な魔力障壁を張る等、応用性やロマン性のある内容も提示してみるが、詩作に持って行くことはできなかった。
「最近、テルスで敵MECがビーム対策された機体や装備をしていたので、それを打破する為の装備がほしいんですよね」
そう言って、
クラウス・和賀が提示した書類には『ロストバンカー』と銘打った装備の子細が記されていた。
性能はクラウスが言った通り、対ビーム兵器用に対策された機体でも粉砕できる威力を持ったミサイルだ。サクセサーの能力で敵機へ誘導し、対象に命中すると同時に内蔵された徹甲弾が撃ち出される。
「敵メックに当たったら粉砕することを目的にしています。中途半端な威力の兵器は要らないんですよ。その為に比較的大きなミサイルを肩に3発づつ装備しています。もちろん補給系のスキルを使って貰わないと、使い切りで無くなります。誘導式なので敵に乗っ取られる可能性はありますが、その際はウェポンライドで乗っ取り返してください。まあ、私はウェポンライド使えないのですが。ははは」
と、細かい仕組みや実用性、後々出てくるであろう問題点等を説明していく。
「必要性は分かるんだけどね~、なんか面白みに欠けるというか……もうちょっとロマンが欲しいよね~。テルス関係は専門家が出張って来るからハードルが高いってのもあるしね~」
そう言って、技術部員は自分の作業に戻ってしまった。
「つまらない、ということはないのだが、どうにも我々技術部の性質にマッチしないものが多いね……」
ワールドホライゾンの特異者達が持ってきた提案書に目を通しながら、キョウは少し残念そうにしている。
「少し、確認したいことがあるんだけど」
そう声をかけたのは
永見 博人 だ。その手にはグローブコンピュータをはめており、彼は新装備開発や限界実験のデータ分析の手伝いを行っていた。先程終わった限界実験のアバター分析結果を纏めた書類を手渡しながら、博人は尋ねる。
「ここのセキュリティ……ハッキング対策とかはどの程度組んであるのか聞いておきたいんだ。ギャラルホルンや界賊セレクター……敵対する組織が今回の実験データに接触してくる可能性は低くは無い筈だ。特に最新のポストヒューマンの技術が流出したら最悪に近い。管理は誰がやっているのかな?」
「それなら私が担当しているよ。セキュリティについても問題は無い。そういったシステムは念に念を入れて作ってあるからね」
曰く、曲者揃いの技術部メンバーは皆、自分達の制作物には極度の愛着やこだわりを持っている場合が多く、第三者から干渉される事を非常に嫌っているらしい。
そのため個々のコンピューターに防衛網を張っている者もおり、さらに技術部のシステム管理権限を持つキョウが全てのセキュリティを統括・管理している為、ハッキングどころか誰かがほんの少し接触しようとしただけでも即発見され、場合によっては反撃が行われるらしい。
「心配はいらなかったみたいだね。うん、それなら安心だ」
「過去に二度、TRIALは痛い目を見てるからね。うちのボスと私で念入りに強化してある。驕るつもりは無いが、今のTRIALのセキュリティを抜ける輩なぞ三千界を探してもそうは見つからないだろうね。いたとしたら、それはもう“電脳の神”くらいなものだよ」
博人は限界実験のデータ分析の手伝いに戻る。限界実験をクリアした特異者の中には、新たな力に目覚めた者もいるようだ。本人が使いこなすためにも、いずれまた限界に挑む者達の為にも、今回の戦闘データを調べ上げ事細かに纏めておく必要があった。