【2-2】
世界樹ユグドラシルの根元──波羅蜜多実業高等学校の生徒と思わしき生徒たちが集まり、根の部分を蹴るなどしてフェスタの生徒には考えられない行為を続けていた。揃いも揃って頭をモヒカンに刈り上げ、残念ながら品性のかけらも感じられない。
【レイヤーオブアバターズ】のオーラを纏い、【神格】カヴァーチャを発動した
ジェノ・サリスが彼らにゆっくりと近づいていく。ただならぬ雰囲気を感じる才覚はあったのだろう、生徒たちの一人が気配に気づいた。
「なんだてめぇはよぉ!? 誰の許可もらってここ来てんだ、あぁ!?」
そもそもここは彼らにとっとはアウェーなのだが、自分たちのいる場所はすべて自分たちの縄張りだとでも言いだしそうなくらい威勢だけはいい。
ジェノが何も言わないうちからいきなり殴りかかってきたモヒカン頭の生徒。まずはウォーミングアップだろう、ジェノは【神格】ソハヤノツルギで【切り払い】つつ無言でそのまま接近していった。
「……このくらいか?──さあ、モヒカン刈りの時間だ!」
「はぁああ!? 調子こいてんじゃねぇぞゴルァアアア」
ジェノはある程度の所まで近づき、【アビサルスワール】によるオーラの渦でモヒカン頭の生徒たちを引き寄せる。そして、彼らがいとも簡単に有効射程内に入ると【ピアッシングライド】で一掃した。それは、わずか数秒程度の出来事だった。
「こ、こいつ普通じゃねぇぇぇぇぇ」
波羅蜜多実業高等学校の象徴とも言えるモヒカン頭の生徒たちだったが、ジェノの手にかかれば数十人が瞬きをしている間に倒れていってしまう。
血気盛んな生徒たちではあったが、気力も抵抗力もたちまち失ってしまい、挙句の果てには泣き出してしまう者が出る始末。
「もうそのへんでカンベンしてあげたら?」
ジェノに追いついてきたノアと
ルージュ・コーデュロイ。
「きみたちさぁ、戦うのはいいけどさすがにレベルが違い過ぎたよね……」
思わず涙を拭うモヒカン頭のたち。
「ま、ジェノにはかなわないのが普通だから! 気にしない気にしない」
ジェノは立ち止まると苦笑して、ノアと顔を見合わせたのだった。
──いっぽう、【ブースターブルーム】で上空から見ていた
人見 三美が、【ロケーション】を使ってその戦況を確認していた。
応戦にやって来た生徒たちが、更にこちらへと近づいてきているのが見える。
「これ以上、ユグドラシルへの接近を許す訳にはいきません……!」
【シャイニングバードストライク】で召喚した火の鳥を向かわせ、【雷鎚ムジョルニア】も投擲する。鎚が頭に直撃すれば即死だが、波羅蜜多実業高等学校の生徒たちはチェーンソーを振り回してそれを跳ね返し、あろうことか火炎放射器で反撃してきた。
そこへ、
谷村 春香と
谷村 ハルキが追いついてくる。二人は同じタイミングで【アプリ『ラブ』】を起動した。より動きやすくなったのだろう、モヒカン頭の生徒たちが襲いかかってきても難なく攻撃を避けることができている。ハルキは【召現の楯】を使って、モヒカン頭の生徒たちが際限なく繰り返してくる攻撃を防いで春香と三美の盾そのものとなっていた。
春香は【ローラーステップ】の動きで相手を翻弄し、特に何もしていないのに攻撃してきた生徒同士でぶつかり合い、そこから仲間内でもめるという事態に発展していった。
手の中から【サイコソード】を出し、彼らを【チャーム】で魅了して戦意を喪失させ、ひとまずケガ人が出ないように配慮も忘れないのが春香なりの戦い方だ。
そして反対側から突進してきたモヒカン頭にうっかり接近されてしまったものの、振り向きざまに【サイコソード】で反撃する形を取る。ハルキが【アラウンドガード】ですぐさま割りみ、それを見ていた三美が別の方向から【破摧】を使っていとも簡単に武器を奪ってしまう。
「あんまりやり過ぎてしまうのも良くはない……のでしょうか?」
「んん~、そうかも……?」
三美は春香と顔を見合わせため息をつくと、モヒカン頭たちに【慈愛】で軽く治療を施した後、ユグドラシルがどういう存在かを彼らに伝えて伐採を諦められないか交渉を試みた。
しかし予想どおり、相手は話を聞く耳は持ち合わせていない。
「なんとかにつける薬はないって言うよね」
一連の流れを見ていたジェノが、ハルキに向かって言った。少年のわりに大人びた言い方をするのが何だかおかしくて、ハルキはここで笑っていいのかどうか迷ってしまう。
そんな中、あろうことか、春香に【魅了】されたことでよからぬ感情が湧いたのか抱きつこうとしてくるモヒカン頭がいた。
無言のままハルキは盾でその生徒を突き飛ばし──しかし、それが再び争いの火種となってしまったのだった。
「仕方ありませんね……【妖精の眠り粉】で少し眠っていただきましょう……」
これ以上の戦いは無意味だと判断したのか、三美はモヒカン頭たちをその場に眠らせる。
「あーあ、よだれ垂らしちゃって。ぼくたちの苦労も知らずに、いい気なもんだよ」
口を尖らせるノア。その顔にはまだあどけなさが残っている。
「……結局、こいつらってどこに信念があったのかなぁ?」
眠りこけるモヒカン頭たちの寝顔を見て、ハルキは大きなため息をつく。
「信念なら、あたしたちに勝てるわけないのにねぇ……」
春香もやれやれといった様子で寝顔を眺める。
「信念があったかどうかは分からないけど、少なくとも命令されたことを実行しようとする気力だけはあったってことかなぁ? 結果は伴わなかったけどね」
と言ったノアを含めて、生徒たち全員を担いでここから戻るのは懸命ではないと判断したハルキたちは応援を待つことにしたのだった。
だが、また別の方向からも波羅蜜多実業高等学校の生徒たちが攻め込んでくる。イコンに乗った彼らは火炎放射器を好き放題に振り回し、ユグドラシルに火を放とうとしていたが、【レリクス】アメノオハバリを纏った
納屋 タヱ子が【デス・サイス】のジェット噴射を使って追いついてきたかと思うと、【臨海レスキュー】を【ブルーマイク】で歌いながら消化と治癒に力を注ぎ始めた。
「一定の割合でいるんだよね、こういう無意味な争いが大好きな不良って……」
そして、【アブソリュート・ゼロ】を使ってイコンでもそう簡単に破壊出来ない氷の壁を作り出した【ロイヤルブライト】姿の
空音 見透によって炎の攻撃は弾かれてしまった。この状況を理解するまでにはもうしばらく時間が必要だろう。
【ブリリアントセイバー】を軽く振り回している見透には簡単に近づくことができない。【リーブラ・ドレスコード】には火炎耐性もあるため、無鉄砲な攻撃は余計に分が悪くなってしまう。
見透に火炎放射器を向けようとしたモヒカン頭に向かって、タヱ子がすかさず【クロスオーバー】の力を使って【アンリアルエンパイア】を展開した。
辺り一面に──半径100メートルほどはあるだろうか──タヱ子のイメージどおりの領土が出現する。今まさに何が起こったのか分かっていないモヒカン頭の生徒たちは、おずおずとその場にしゃがみ込んでしまった。腰が抜けたのだろう、悪態をつくこともままらない。
「やりかけたことなら、最後までやり抜けばいいのに。敵ながら中途半端なのは納得がいかないよ」
代わりに、生徒たちに向かってノアが悪態をついてくれている。
「えっと……説明しますね。この領域の中ではね、なんとわたしが想像した姿に変貌してしまうんです! モヒカンさん達も、アイドルになってみてこの世界を学んだら、ユグドラシルに火を付けたり、持ち帰ったりしたりしようなんて思わなくなるんじゃないでしょうか?」
「わ、分かった……分かったから、もう……な?」
「ユグドラシルは、フェスタだけではなく、すべての皆さんにとっても大切な樹ですので……焼いたり、切ったり、痛いことはしないんでほしいんです」
タヱ子の真っすぐな気持ちがモヒカンたちに刺さったかどうかは定かではない。
「やっていいことと悪いことの区別くらい、さすがにつくよね?」
ノアに言われるとばつが悪いのか、モヒカン頭たちはその場にもじもじと縮こまってしまった。
【アルケイデスの仮面】で目元を隠した見透が小さく笑みを浮かべているのは、この状況を面白がっているようにも見える。しかし、実際はこうだ。──輝く剣を持ち、それにも負けない煌めきを持つ貴族風の衣装を纏って、仮面を付けた謎の男が光輝く氷の壁を出しているこの光景こそがアイドルが作り出すエンターテインメントそのものなのだ。そんなことを考えるだけで、自然と笑顔になってしまう──
見透は、モヒカン頭たちを討伐することとは別の次元に思考を飛ばしていたのだ。
「これって、映画の予告編に使えそうなワンシーンだと思うんだけど、キミたちはどう思う?」
「はぁ? 寝ぼけたこと言ってんじゃねぇぇぇぇ」
「ぎらぎらした服着やがってぇぇぇ! どんなツラしてるか拝んでやらぁぁぁぁ」
──と、言い終わるか言い終わらないかのうちに、見透は【ブリリアントセイバー】を薙ぎ払ってモヒカンの不良たちを後退させていった。改心させるところまでは至らなかったが、これ以上、被害が大きくならなかったことにタヱ子はほっと胸を撫で下ろした。
「なんとかユグドラシルは焼かれずに済みましたが……どうせなら、もっと別のことにエネルギーを使っていただきたいですねぇ」
「確かに……」
「そんなことに頭が使えるんだったら、もっと先にやってたと思うよ?」
屈託のない笑顔でノアにそんなことを言われてしまうモヒカン頭の生徒たちは少し気の毒だったが、終わりよければすべて良し──。