――3――
ワールドホライゾンを楽しくしたいと考える
弥久 ウォークスが持参したのは、チョコの川や池があればチョコを使った料理で困らないだろうと選んだ小型チョコレートファウンテンだ。
召喚した界霊は比較的人に近い形をしているが、その表面は常にチョコが流れている。
チョコレートファウンテンの性質そのままに、人型になったのかもしれない。
変な呻き声しか上げないので、意思の疎通も難しそうだ。
ウォークスはスキルでまず自身のコピーを作り、自分とコピーそれぞれの頭を2つに増やす。
これで人手が増えた上に話し相手にも不自由しない、素晴らしい。
さらに賑やかにするため、2匹いる融和の白狼にも同様のことを試そうとしたが、界霊が溶けたチョコを飛ばしてきたので断念する。
咄嗟に避けたが地面に落ちたチョコは煮立っていて、かなり熱そうだ。
2人のウォークスは鍵守の守護刀で戦う。
──この刀は自身を守ってくれる者が受け取るもの、つまりは自愛の念をこめ自らを守ると願う時こそ真価を発揮する!
ウォークスはそう確信していた。
「行くぞ界霊!」
だが、ウォークスの思惑に反し守護刀は輝かず、光の盾も展開されることもない。
盾で防げると思い界霊の飛ばしてきた熱々のチョコを避けなかったコピーは、頭からこれを被り予定より早く消滅した。
せっかく賑やかに善戦していたのだが、仕方ない。
ウォークス本体が戦い、今度はチョコを全て避け見事に界霊を倒した。
普通に戦えばウォークスが遅れを取るような相手ではなかったのである。
ウォークスと同じように小型チョコレートファウンテンを用意してきた
星川 潤也は愛する妻、星川 鍔姫と力を合わせて新しい世界の創造に貢献しようと考えていた。
2人は去年の6月、まさにジューンブライドの頃に結婚したばかりの新婚である。
「チョコレートで出来てるN界霊か……。よしっ、やろう鍔姫!」
「ええ。でもその前に……」
鍔姫を見つめて言った潤也に鍔姫が頷きつつも制止する。
どこからともなくスプーンを取り出し、潤也がセッティングしたばかりの小型チョコレートファウンテンからチョコを軽くすくい、口に入れた。
「美味しい! 思ったより美味しいわよ、これ。せっかくだから潤也も」
そう言ってもう一度スプーンでチョコを軽くすくい、自然に潤也の方へ向けた。
すぐにその意味が分からず、不思議そうにする潤也に仕方ないわねとでも言いたげに促す。
「ほら、あーん」
ようやく理解し、慌てて開かれた潤也の口にチョコを入れる。
「ほんとだ、結構美味しいな。でも俺ばっかってのはな……」
満足そうにしている鍔姫の手から潤也がそっとスプーンを取り、今度は潤也がチョコをすくうと鍔姫に向けて差し出す。
一瞬たじろぎ、頬を赤くしながらも鍔姫は黙って口を開け、食べさせてもらう。
今度は潤也が満足そうにし、照れている鍔姫を見て幸せを噛みしめるのだった。
「さて…さっさと倒して、俺たちも新世界創造に協力しないとな」
「そ、そうね! 早く終わらせちゃいましょう」
潤也の言葉に鍔姫がこほんと小さく咳払いし、界霊の召喚に備える。
召喚の準備が整い、今にも何か出てきそうという雰囲気になった時、潤也が真剣な瞳で鍔姫を見て言った。
「新世界に新しい土地を作ったら……俺、そこで鍔姫と一緒に暮らしたいんだ」
突然言われて小さく息を飲んだ鍔姫が何か言う前に、界霊が召喚されて来た。
出てきたのはどう見てもチョコでできたずんぐりした体型のクマだった。
正確にはクマではないかもしれないが、クマっぽい何かなのは確かだ。
何にしても触媒を用意した時点で対策は考えてある。
だが、この界霊は気性が荒いのか2人の姿を見るやいなや襲いかかってきた。
咄嗟に鍔姫をお姫様抱っこし、【レイス】天上人の飛行能力で飛んで避ける。
そのまま適度に距離を取り、スキルを放つために意識を集中させる2人。
事前に打ち合わせはしてある。
その上、2人は新婚でラブラブな夫婦なのだ。
何も言わずとも通じ合える。
それが互いに分かり、スキルを放つ瞬間、僅かな間ではあるが互いに嬉しげに顔を見合わせた。
直後、バレンタインハーツが同時に放たれ、2人の互いを想う熱い気持ちがそのまま特大の炎となり界霊を直撃した。
どうやら先程2人が食べたチョコは美味しい上に魔法攻撃力が上がる効果があったらしく、人より大きかったクマ型のチョコは見事に溶けて地面に流れてしまっている。
2人の想いの強さとの相乗効果もあったのだろうが、予想していたよりあっさり倒せてしまって拍子抜けしてしまう2人であった。
小型チョコレートファウンテンを用意していたのは
砂原 秋良と桔梗院 桜華もだ。
早速セッティングしてN界霊を召喚するための準備をしていると、
猫番長が通りかかった。
何をしているのか聞かれ、桜華が簡単に説明する。
こうして、猫番長も手伝ってくれることになった。
スキルで精神耐性や状態異常耐性を上げ、猫番長も境界のオーラで力を引き出す。
準備が整い界霊を召喚してみると、ドロドロしたスライムっぽい姿で現れた。
「……何や、もっと可愛らしいのんが来る思たのに、えらいけったいなんが来てしもたねぇ」
桜華がそう言いつつも仕込み傘を構える。
秋良もフェリチュタスを構えて界霊の出方を見る。
大型犬くらいの大きさの界霊は3人に気付くと溶けたチョコをマシンガンのように連射して飛ばしてきた。
桜華は仕込み傘を使って弾き、また素早い身のこなしで避ける。
秋良も雷動と霊醒のスキルを活用して無難に避けた。
猫番長も何とか避けたようだ。
全員に攻撃を避けられた界霊は納得がいかないようで、全身を震わせながら蠢いて怒りの感情を表現しているらしい。
お陰で隙ができ、斬ったり殴ったりといった物理攻撃が通用するか分からないが、三者三様に攻撃してみる。
案の定、特効武器であるフェリチュタスを持つ秋良の攻撃以外、効果は薄いようだ。
そこで桜華と猫番長は援護に回り、秋良がメインで攻撃することになった。
さっきのようなチョコマシンガンを何度もやられては面倒なので、桜華と猫番長が界霊の気を引きつつ牽制する。
気が逸れた界霊を秋良が攻撃するかたちだ。
しかし、なかなか決定打となる攻撃ができない。
そこで秋良がふと思いついたことを試すことにした。
「桜華さん、猫番長さん、デスモンブランを使ってみます。備えてください!」
非人道的なスキルとして知られるデスモンブランだが、確かに今の状況と相手にはピッタリかもしれない。
ただ、スライム型の界霊はどこに口があるか分からない。
とりあえず、秋良がモンブランケーキを界霊に向かって投げつける。
すると界霊は何を思ったのか全身で受け止め、体内に取り込んでしまった。
味が分かるのかどうかも謎だが、とにかく体内に入ったのだからと秋良がモンブランを退化させ、界霊の体内をイガグリで攻撃する。
体内がどうなっているのか分からないが、モンブランがイガグリになったその瞬間、界霊は何故か内側から破裂した。
パアンという音が辺りに響き、驚いて目を閉じてしまった秋良だが、目を開くと桜華の背中が見えた。
「大事な友達をチョコまみれにする訳にはいかへんからね」
振り返った桜華が笑って言う。
よく見れば桜華の手には開いた傘が握られていた。
咄嗟に仕込み傘を開いて自分と秋良をチョコから守ったのだ。
「ありがとうございます……」
友達と思ってくれているのかどうか、微妙に分からないと感じていたがさっきの桜華の言葉は──。
と、秋良が考えを巡らせ始めるのを邪魔したのは、チョコまみれになってしまった猫番長の叫び声だった。
通りかかったミリアムとギリアムがその様子を見て、ギリアムのお腹の南瓜面疽がまた笑い始め、猫番長とひと悶着あったとか、なかったとか……。