――3――
「悪い、ケイ。ちょっとばかし、無茶に付き合ってくれ」
真珠丸をじっと見ながら
飛鷹 シンが言う。
ケイ・ギブソンは一瞬、何か言いたそうな顔をしたが黙って頷いた。
シンはただ祓って終わりになんてしたくなかった。
それでは、あまりに悲しすぎる。
ではどうするか。
正面から全てを受け止めてやるしかないだろう。
だから、そうする。
他の特異者達は、愛を見せ付けたり戦ったりするのだというのは、事前に話をしていて分かっている。
だが、いきなり人から言われていちゃつくなど、シンにはできなかった。
真珠丸は特異者達に愛を見せつけられてはぼーっと動きを止め、しばらくするとジタバタと暴れている。
攻撃しようという明確な意志がある訳ではなさそうだが、いかんせんサイズ差のせいで真珠丸にその気がなくてもそれなりの攻撃になってしまう。
オプティカルフェイクを使い回避しながら距離を詰める。
アーマーバイクの跳躍力を上手く活かして巧みに建物の屋上を飛び回るように動き、ケイのフォローのお陰もあり、苦労することなく真珠丸の正面まで来れた。
真珠丸のすぐ近くでケイに向かってサムズアップするシン。
それを見たケイは、苦笑まじりに小さく肩をすくめた。
「本当に仕方のない人ですね」
実際には言葉にしていないのだが、ケイの様子はまるでそう言っているかのようだった。
真珠丸の間近でシンが声をかけ始める。
「誰かを愛するのは、それだけで自分が変わるし…受け入れてもらえない恐怖と戦わなきゃいけないよな」
ケイはここでもシンの援護に回る。
シンが自身を強く信頼し、全てを預けているのが分かっているからこそ、それに応えるべく動く。
シンが語りかける間も真珠丸は暴れ、そのせいで吹っ飛んだ瓦礫や木片がシンに当たる。
ケイがフォローしていても、追いつかないのだ。
だが、シンは想いが伝わるまで何度でも受けてやるとばかりに耐え続ける。
「俺はお前の怒りも恐怖も受け止めてやる!」
そうやってしばらく声をかけ続けたシンだが、限界というものはある。
止まったり進んだりしながらじわじわ前進する真珠丸が、シンの足場となっている建物に突っ込んで来そうなのだ。
それでも、ほんの僅かでも何かしら伝わればと願い、ギリギリまで語りかけるシン。
さすがに見ていられなくなったのか、ケイが動いた。
シンを抱えて隣の建物に飛び移る。
その直後、シンの立っていた建物を真珠丸が崩壊させた。
それを見届けてから、シンはバツが悪そうにケイを見る。
ケイはシンに怪我がないのをさっと確認し、ホッとしつつもわざと大袈裟にため息を吐いた。
「あまり無茶ばかりしないでください」
今度はシンが黙って頷くのだった。
建物を避けることなく突っ込んで行き崩壊させてしまった真珠丸の様子に、
優・コーデュロイと
ルージュ・コーデュロイが顔を見合わせる。
周辺の避難は済んでいるからいいようなものの、早く何とかした方が良いだろう。
広場へやって来た時に比べれば、真珠丸の叫びは弱々しく途切れがちになってもいるし歩く速度も落ちてはいるが、オーラによって狂化した人々が元に戻る様子はない。
優は恥ずかしい気持ちを振り払うように何度か首を横に振る。
優もルージュも魔法少女の姿で真珠丸のオーラへの対策も済ませてあった。
二人が真珠丸と対峙する姿は、まるで魔法少女アニメでクライマックスを迎えたシーンのようだ。
どうせやるなら、広場にいる全員の耳に届くくらい派手に。
そう思いながらも、恥ずかしさを押し殺しているのがどことなく分かる優と対称的に、ルージュには恥ずかしさを感じない。
かつてEvilに堕ちた経験のあるルージュだがそれも今ではルージュの大事な一面であり、そのことがあったからこそ新たな出会いや絆が生まれた面もある。
それはジェニーにも言えることなはず、とルージュは思う。
たとえEvilに堕ちたルージュでも優は愛してくれる。
優にとって、Evilに堕ちたルージュの一面や、それを糧として成長していく姿もまた愛おしい。
互いにメイクムードを使い、甘いクラシック音楽とキラキラした光の粒子とシンクロさせる。
2人の声が綺麗に響く。
互いの好きなところを大きな声で伝え合う。
優はルージュの歌や努力家な面、何事にもひたむきで周囲をよく見ているところ、負けず嫌いでヤキモチ妬きだが優を支えてくれるところが。
ルージュは優の違う考えでも大事にしてくれる、向き合ってくれるところ、引っ張っていってくれるところ、欠点ごと愛してくれるところが。
そして、互いに全部が大好きだと。
想いを伝え合ううちに気持ちが高まったのか、2人は自然に抱きしめ合い、見つめ合って深く長いキスをゆっくりと交わす。
真珠丸はこれを見てポカンとしている。
心なしか赤面しているようにも見えた。
2人はキスをしながら真珠丸に向かってきゅーてぃくる・ラブシャインを放つ。
「私達の愛と慈愛、あなたにも届けるよ」
「私達の愛と慈愛、あなたにも届けるわ」
2人の声が綺麗に重なる。
これを受けた真珠丸は、何やら呻き始めた。
また頭を抱えているが今度は比較的大人しく、うずくまりでもしそうな気配を見せたが、結局また前を向いて歩き始める。
ゆっくり、ゆっくりとだが歩いてくる真珠丸の足音を聞きながら、
ノーラ・レツェルは近くにいる茉莉花を心配げに見つめた。
間接的とは言え、自分が呼んだことで茉莉花がこんな事態に巻き込まれてしまったのだ。
そうは言っても起きてしまったことは変えられない。
責任を持って自らにできることをしよう。
アイドルになった理由も、皆が安心して眠れる平和な世界にするためなのだから。
ノーラの伝えたい想いは恋ではないが、一途な想いではある。
それは、茉莉花への強い憧れの気持ちだ。
成長すればそれによって新たに見えてくる茉莉花との差に絶望しそうにもなるが、それでも茉莉花のようになりたいと焦がれ諦められない。
雛菊の佐衣にその想いを込めて、ジャスミンガードをお守りのようにそっと握りしめた。
茉莉花にもしものことがあれば、すぐに回復してあげられるようその身の安全にも気を配る。
場を整えるとファンの力も借りながら、想いを伝えるべく歌い始める。
言葉では恥ずかしいが、歌でなら──。
「好きだよ、言葉に出来ないくらい。隣に立てるだけで幸せなんだ」
茉莉花の芯の強さを尊敬し、同じにはなれなくても違う形でファンの皆にも見せたい。
成長していく姿を見守っていて欲しい。
そんな想いを込め、体力の限界まで歌い続けるノーラ。
「でも、貴方への想いに嘘はない。歌にして伝えよう。大好き」
ノーラの強い想いが込められた歌声は広場を流れ、そこにいる人々だけでなく真珠丸の耳にも届いた。
真珠丸は歌を聴くと、足を止めてしくしく泣き出した。
皆、それを見てつい呆気に取られてしまう。
隙と言えば隙なのだが、泣いているふわふわの真珠丸に攻撃するのはかなり気が引ける。
さらに言うなら、この状況で迂闊に攻撃して真珠丸がどう反応するか、読めなさすぎた。
固唾を飲んで皆が真珠丸の出方を窺う。
しばらくすると、真珠丸は泣きじゃくりながらまた歩き始める。
何やらブツブツ言っているが、何と言っているのか聞き取りづらい。
何とか聞き取れたところから推測すると、先程まで叫んでいたのと大して変わらないようだった。
真珠丸の一方的で重すぎる愛は、なかなかしぶといようだ。
それでも、特異者達に見せ付けられた愛、ぶつけられた想いによって真珠丸の様子はかなり弱々しいものとなっていた。
歩いてはいても、その足取りはかなり怪しい。
フラフラしていて、まるで酔っ払いか何かのようだ。
確実に効いている。
皆の前で愛を叫んだりいちゃついたりという……平気な者もいるかもしれないが、多くの者にとっては相当に恥ずかしい行為を人前で堂々とやってのけた特異者達の努力は無駄ではない。
だが真珠丸を元に戻してやるには、まだ足りない。
もう、あとひと押しが──。