バレンタイン・コレクション 8
「環菜にはパラミタでの緊迫した情勢や忙しさを一時でも忘れてリフレッシュして欲しいです」
だから行きましょう、と恋人である御神楽 環菜をバレンタインデートに誘った
影野 陽太。
(恋人同士になってから初めてのバレンタインデート。相変わらずドキドキします)
環菜の隣を歩き、環菜の横顔を見るだけで陽太は苦しくなるほど胸が高鳴った。
二人がやってきたのはスイーツ博覧会兼料理教室をやっているイベントスペースだ。
早速、陽太は【チョコレート制作キット】を取り出す。
「蒼空学園のエンブレム型の『蒼空学園チョコ』を作ろうと考えています」
陽太の作業風景を料理をしない環菜はただ見つめていた。
【メイクスイーツ】で選んだ材料を元に陽太がチョコ作りを進めていく。
やはりと言うべきかエンブレムの形を再現するのに少々手こずっているようだ。
それでも諦めず、根気よくチョコを作る。
「何とか多少は見栄えが整ったような気はします」
何度も何度も繰り返していくと脳がゲシュタルト崩壊を起こしてしまうが、そこも乗り越え、それらしい形のチョコを作り上げた。
出来上がったチョコと一緒に二人は飲食スペースへと場所を移す。
「せっかくですから紅茶と一緒にいただきましょう」
「いいわね」
環菜の返事に陽太は【高級ティーセット】で温かい紅茶を淹れる。
「どうぞ」
陽太がチョコの入ったお皿と紅茶の入ったティーカップを環菜に渡す。
環菜はそれをどちらも味わうと
「また腕を上げたようね。悪くないんじゃないかしら」
と陽太に告げた。
環菜からのその言葉だけで陽太は心の中で大きくガッツポーズし、天にも昇る気持ちなのだが……。
(全く何もアプローチしないのは違う気がします。だから……)
環菜とのバレンタインデート。
チョコを作り、一緒にお茶も楽しみ、このままでも幸せなのだが、陽太はあと一歩進むことを望んでいた。
【心頭滅却】しているはずなのだが、妙に鼓動がうるさく高鳴りっぱなしで。
【メイクムード】の使用も考えて、飲食スペースでの場所は人気も人目もほぼないような場所を選んだ。
いつの間にか聞こえ始めた良い感じの曲に、二人の間を漂う空気も良い感じになっていく。
「か、環菜。その、サングラスを外して貰って良いでしょうか?」
それは陽太が自分の中の勇気を総動員して聞いたキスしてもいいか、という意味だった。
環菜は陽太を見つめ、そしてそのサングラスを外す。
「か、環菜……」
環菜なりの了承のサインに、陽太は環菜の頬に震える手でそっと触れ、互いに瞳を閉じ、そして唇と唇を重ね合わせる。
震えた自分の手も、爆発しそうなくらい高鳴った心臓の音も、環菜の唇の温度や感触も……全てが記憶に残る【バレンタインデーキス】となった。
〜ブルースターとクロユリ〜
バレンタインイベントのチラシに書かれた『想いを形にして伝える日』という文字を
行坂 貫は黙って見つめていた。
(想いを形にか……。
どう言葉にして良いのか分からなくとも料理に込めて伝えるくらいはできるだろうか?
一番大切な詩歌に。そして詩歌の次に大切な真蛇に)
貫は大切な二人にどんな言葉を贈ろうかと考え続けるのだった。
・
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バレンタイン当日。
(スイーツ博覧会兼料理教室なら調理道具は揃ってるよな?
折角なら詩歌も真蛇も知らないだろうデルニーをスイーツにアレンジして作ろうか)
料理教室で調理道具の確認を行う貫。
貫に呼ばれた
行坂 詩歌と真蛇は飲食スペースで貫の料理が出来るのを待つことになった。
「多分ね、貫。今日はとっても大事な話をすると思うんだ」
貫が料理を始める少し前、詩歌は真蛇へとそう話しかける。
貫がバレンタインデーのチラシを見て何かを決意していたのを詩歌は知っていた。
(詩歌も真蛇さんなら仕方ないかなぁとは思えるぐらい、貫が真蛇さんの事を大切に想っているのは分かっているから。
もし、貫が真蛇さんに何かを求めるのなら、詩歌は……ちゃんと受け止めるから)
そんな決意と共に
「だからその時は……詩歌の事は気にせずに、真蛇さんの有りの侭の気持ちを伝えて、真蛇さんの答えを彼に伝えて欲しいなって」
と伝える。
「…………………………」
詩歌の言葉に真蛇はさほど表情を変えることはなかった。
だが実はこの時、真蛇はかなり動揺していた。
貫がまた詩歌より自分を優先しようとしているのではないか。
もしかしたら本当に告白されるのではないか……と。
もちろん、これらは後々笑い話になるのだが、この時真蛇は心から二人の仲を案じて焦っていた。
「………………ああ」
真蛇がようやく詩歌の目を見ながらそう答えたのはかなりの間が空いた後だった。
二人がそんな会話しているとは知らず、貫は真剣に調理と向き合っていた。
【ヴァーサタイル】で複数工程を同時に行いつつ、【スープストック】で作業の時短を図る。
そして【伝心の刃】でデルニーに自分の想いを込める。
まずは詩歌に向けて。
『いつも詩歌の笑顔に助けられてる有難う。
結婚記念日なのに2人きりを選べなくてごめん。
俺の誕生日も気を遣わせてるよな。
それでもいいよって言ってくれて有難う。
詩歌と一緒だと父さんの夢見ないから本当に助かってる。
愛してるでは足りないけれど、必要で当り前で特別で全てを込めた愛してるを』
次に真蛇へ向けて。
『クリスマスに俺が作ってきたデザートを見て「漸く安心して口に出来るものが出てきたようだ」と期待してくれてた様で嬉しかった。
他の料理より味わってくれてる様でもあって料理人冥利に尽きる。
それと1月6日、付き合ってくれてありがとな。
真蛇が楽しむのが下手に見えたとかじゃなくてそうして無いと俺が暗くなってしまいそうで、飽きれずに付き合ってくれて有難う。
申し訳なさや感謝や色々な思いと共に大好きを』
最後に二人へ向けて。
『2人へ
俺は祝いたいからって、真蛇の誕生日を聞いたり、詩歌の誕生日を祝うのに、2人には祝わないで欲しいなんて狡いよな。
割とあちこちで2人の事振り回してるのに……。
ふと思ったんだ。。
時間を掛けなきゃどうしようもないからと逃げてたのかなと。
2人に甘えてたのかなと。
だから少しずつでも前を向いていける様に何かしたいと思った。
だからこれからも付き合ってくれると嬉しい。
誕生日をめでたい日だと思える様に。
そうしてお互いを祝い合えてこそ家族だと思うから』
そう想いを込めた貫の中に一つの気付きがあった。
(ああ、そうか。俺は真蛇と家族になりたいのか)
それは気付きであり、確信であり、自覚だった。
親兄弟の様に遠慮なく、その上で絆を感じる。そんな関係に。
(本当に俺は自分の感情を認識するのが下手だな)
ふと自嘲を漏らした貫だったが、すぐに、ああ違う、と頭を振る。
(折角気付いたんだからこれからは前向きに)
と気持ちを切り替えて。
【アライブクリエイト】で器を作り、デルニーを盛り付ける。
そしてそれを飲食スペースで待つ二人の元へと運び
「俺の気持を形にしたつもりだから、2人に食べて欲しい」
と言って振る舞った。
「いただきます!」
そう言って先に食べ始めたのは詩歌だ。
貫が振る舞った【デルニー】とはドラニキとも呼ばれるウクライナのポテトパンケーキだ。
甘さの強いインカの目覚めを使い甘味を増させ、ベリー類と砕いたナッツ類を、重ねたパンケーキの間に挟み、食感や味に変化をつけてある。
全体を覆うのはルビーチョコレートで作ったソース。
それにアクセントとしてダークチョコソースを線を描く様にかけ、バレンタインに相応しい一品に仕上げてある。
(……不思議だなぁ、貫の気持ちが伝わってくる)
自然な甘さと共に貫の気持ちが伝わってくる気がして。
『結婚記念日なのに2人きりを選べなくてごめん』
「貫が真蛇さんと一緒なのが楽しい事を詩歌は知ってる。
それらを含めて『行坂 貫』な訳で、そんな貴方を愛しているのが私、『行坂 詩歌』な訳です。
だから気にしないで欲しい。詩歌も詩歌で楽しんでいるしね」
伝わってくる貫の想いに詩歌は返事を返す。
『俺の誕生日も気を遣わせてるよな。
それでもいいよって言ってくれて有難う。
詩歌と一緒だと父さんの夢見ないから本当に助かってる』
「詩歌も10年と共に両親を突然失ったから……だから貫の辛さも少しは分かってると思う。
寧ろ、詩歌が一緒にいる事で貫が辛い日も楽になるって思ってくれるのが嬉しいよ」
今まで知っているようで、でも何となくしか分かってなかった想いまでも一つ一つが心に染み渡る。
『愛してるでは足りないけれど、必要で当り前で特別で全てを込めた愛してるを』
「……本当は不安だったんだ。
貫にとって1番は詩歌……私じゃなくて、真蛇さんじゃないかって。
1番大切な人の1番であれる事が私にとって1番嬉しい事なんだよ」
『だからこれからも付き合ってくれると嬉しい』
「勿論だよ、これからも夫婦として宜しくね。貫」
詩歌の返事に貫は何度もありがとうと返しつつ
「うん、詩歌は俺の一番だ。一番大事な人で一番大事な嫁だ。これからもよろしく」
と言えば、詩歌は幸せそうに微笑んでこくりと頷く。
二人のやりとりを見つめつつ、真蛇も自分の手元にある【デルニー】を口へ運んで。
(真蛇は何か感想とか言ってくれるだろうか?)
はっきりとは何も言ってくれなくても、家族になりたいって思ってるのは伝わっているのでは……と期待を抱く。
だが真蛇は貫の真意や意図を注意深く気にはするものの特に返事をしてくるような素振りはなかった。
(伝わってない、か)
苦笑を一つ零した後、貫は真蛇に
「俺は真蛇と親兄弟の様な家族になりたい」
と、真蛇の目を見ながら伝えた。
真蛇は貫の想いに最初はほっと安堵したような表情を浮かべながらも、すぐにその表情を少し真面目なものに変えた。そして
「寿命も違う、いつか必ず先立たれると分かっている者を家族にしろと、私にそう言うのか」
と皮肉っぽく告げる。
しかし貫は慣れたように笑った。
「答えはちゃんと誕生日おめでとうを笑顔で受け取れるようになってからでいいから」
「それなら君も生誕の日を重んじる心意気と……それ以上に、死に急がず寿命を全うするという気概を見せてほしいものだ」
と言い、同意を求めるかのように詩歌の方をちらりと見る。
「……うん、真蛇さんの言う通りだよ。貫」
少し考えて、そして真蛇の言った言葉の意味を理解した詩歌がうんうん、と頷く。
要するに家族となるのであれば、少しでも長生きして欲しいと。そういうことのようだ。
「そうか……そうだな。
これからも頑張るから、ちゃんと見てて欲しい。
そして面倒かもしれんが付き合って欲しい」
二人からの温かい言葉と眼差しに、貫は少し照れくさい様子で微笑むのだった。