バレンタイン・コレクション 6
何とか結婚3周年記念パーティーを回避した『花子と仲良くなり隊』の面々。
今はほとんどがお菓子作りを行っている最中だ。
お菓子をきっかけに友好を深められたらと考える小太郎は
「この菓子作りに全霊を尽くしましょう」
と、とても意気込んでいた。
(美味しき物は人を笑顔にし、善き笑顔を交わせば善き縁を生む一助になる)
そう思うからこそ、小太郎は真剣なのだ。
そんな小太郎が作るのは【コーラルロール】だ。
(折角の博覧会……作り慣れた和菓子でなく、負担試さぬ物に挑戦し、この菓子をお勧めするのも一興です)
既に【「用意は整っております」】で作り方は調べ済みだ。
地球にある一般的な方にはなるが、後は【メイクスイーツ】で見極めた材料を使い、自分の食べたコーラルロールの味を再現できるよう全霊を尽くすのみ。
(最大限の集中を以て臨み、今できる最上の一品をここに作り出しましょう)
【無風境地】で極限まで集中力を洗練させた小太郎は黙々とコーラルロール作りに励んだ。
「ウタもお菓子作りも、大切なのは想い……わたしの気持ち、精一杯込めて作ります……!」
小夜が作るのは和洋菓子であるチョコ餅。
【調理知識:和】と【メイクスイーツ】を使い、餅と溶かしたチョコを混ぜて作るものだ。
まずは餅と板チョコを混ぜ、レンジで温める。
それに片栗粉を混ぜ、ココアを塗して捏ね、中にも板チョコを挟み、また丸めれば完成だ。
作り方が簡単なこともそうだが、このチョコ餅はアレンジのしやすさも魅力の一つだろう。
中に挟むチョコをホワイトチョコにしてみたり、ビターチョコにしてみたり、塗すのは抹茶やきな粉でも美味しいかもしれない。
皆で過ごすバレンタイン。
花子や皆に美味しいって喜んで貰えるようにと小夜は一生懸命だ。
「みんなに……喜んでもらえると、いいなぁ……」
色んな種類のチョコ餅に小夜は【伝心の刃】で一つひとつに想いを込めながら、そう呟いた。
「何のお菓子にしましょうか?」
音羽は周囲の様子を見ながら、何を作るかまだ決めきれないでいた。
「うーん……チョコやプリンは甘いから違う味がいいかもしれないわね」
そう悩む音羽に圭が見ていた。
(僕はそれほどお菓子に詳しくもないし、自分で作るよりは手伝いの方が向いてるんだよな。
桃葉は花子がいるから人手は足りてそうだから、音羽の手伝いをしようかな?)
「音羽、何か手伝うことある?」
「あ、圭くんが手伝ってくれるの? ありがとう。
でもまだ何を作るかを決めてないのだけど……」
音羽が少し困ったようにそう言うと
「あ、お菓子がまだ決まってないんだね。
だったらポテトチップスはどうかな?」
と圭が提案する。
「バレンタインのお菓子の代表がチョコだからって、辛いのやしょっぱいお菓子がダメってわけじゃないしね。
それにチョコを使ったポテトチップスもあるから、どちらにも対応できると思うよ」
「ええ、いいわね。【ポテトチップス】ね。
たしかにしょっぱさがあるから味に変化もあるし
チョコを使ったポテチもあるのね。
そうね。じゃあ、ポテチにしようかしらね。
【まかないレシピ】で揚げずに作れそうなのがあるから、後片付けもラクに済みそうだし、そうしましょう」
音羽が【まかないレシピ】で見つけたオーブンで作るポテトチップスの作り方を圭に見せる。
「へえ、オーブンを使って作るポテトチップスがあるんだ?
揚げずに作るのって初めて見るなぁ」
一般的には揚げ物のイメージが強いこともあり、どんなポテトチップスになるのだろうと興味津々の圭。
「塩味のはもちろんだけど、甘いのも作るわ。
丁度贈り物で良質の蜂蜜をもらったの」
作るものが決まり、音羽は【椿はちみつ】を取り出す。
「はちみつとチョコをつけるポテチも作りましょう。
圭くん、チョコを湯煎にかけて溶かしといてくれる?」
「じゃあ、僕はチョコを溶かすから後は音羽に任せるね」
「ええ」
こうして音羽たちも調理を開始する。
薄く切ったじゃがいもをオーブンでポテトチップスにして、塩で味付けたり、甘いもの用のはちみつとチョコを用意して。
「プリンおいし~……じゃ、なくて!」
既に何度も試作を重ねたプリン作りだが未だに桃葉が納得するものは出来上がっておらず、作っては食べてを繰り返していた。
「あのプリン、何時間も並ばないと買えないから、自分で作れるといいのだけど」
プリンを食べながら悩む桃葉。
「んー、何度も食べてたらプリンの味が分かんなくなってきた……。
これは味を思い切り変える必要があるわね!
と、いうことで音羽のポテトチップスを分けてもらおうっと。
音羽ー、ちょっと味を変えたいからポテチ少しちょうだい☆」
桃葉は花子を連れて音羽の調理スペースへとやってきた。
既にポテトチップスの香ばしい匂いが漂っている。
「桃葉、どうしたの?
味が分からなくなったからリセットしたい?
……まぁ、いいわ。少しだけよ。
これ以上は皆で食べる時までもうあげないからね?」
少しだけポテトチップスを分けてあげる音羽。
桃葉たちはポテトチップスを食べた後、ありがとうーと告げて自分たちの調理スペースへと戻って行った。
隠し味に使おうと【椿はちみつ】を少しだけこっそりと貰いながら。
「どうせ本当は食べたいだけだと思うけど。
でも、つまみ食いに来るかもしれないから、一応【スープストック】で量産しておくわ」
はちみつが減っていることに気付かず、音羽はポテトチップスの量産を急ぐのだった。
「さて、私も新たな調理に挑むとしよう」
刃や料理に想いを込めるのは得意だと自負する小十郎もまた自分の全霊を注ぎ込んだ菓子で皆と共に楽しもうと考えていた。
そんな小十郎が作るのはインドの菓子であるラドゥーと呼ばれるものだ。
(最初から凝った物を作っても中途半端になるからな……)
小十郎が選んだのはポピュラーなものらしい。
(ベサンという豆の粉を使った菓子故、豆料理に親しんでいればどこか懐かしい味に感じるだろう)
そんなことを考えながら、小十郎は手を動かす。
ベサンと溶かした無塩バターを【火焔鉄鍋】でかき混ぜ、きつね色になるまで炒める。
甘い香りがしてきたタイミングで火から下ろし、人肌程度に冷めたところできび糖と塩を入れて今度は捏ねるように混ぜる。
刻んだアーモンド、カルダモンも加えて食べやすい大きさに丸め、溶かしバターに浸し、刻んだピスタチオをまぶせば完成する。
本来は時間のかかる料理だが【スープストック】で時間を短縮し、【伝心の刃】にのせた祝いの想いごと練り上げていく。
「このワールドホライゾンっていちばん、みんなになじみのある世界と思うなの。チョコレートも、とってもおいしいのがあって……」
そう言ってかたりは【プレミアムクーベルチュール】を取り出す。
「いつものクッキー作りも、ホントに楽しいなの♪」
【メイクスイーツ】で作り上げるのはどうやらクッキーのようだ。
「シンプルなチョコクッキーがいいかなって」
バターや卵、砂糖は会場に用意されていたものを使い、それに【プレミアムクーベルチュール】を練り込んだ生地を作り
「にゃーさんの形にして焼くなの」
と可愛らしい猫型にして【キャットクッキー】を焼き上げる。
【クイッククッキング】のおかげで短時間にたくさん出来た【キャットクッキー】を2枚使い、【絡めるキャラメル】をぴったりサンドすれば出来上がりだ。
「プレミアムクーベルチュールの小型チョコファウンテンも置いて、好きなだけチョコをつけて食べてもらうなの♪♪」
上手く出来たクッキーを前にかたりを笑顔を咲かせる。
仲間たちの調理風景を見つめていた倫紀。
(さて、かたりちゃんのチョコクッキーや小夜さんのチョコ餅など得意メニューを披露してくれますが中でも、桃葉さんと花子さんはあのピクシープディング、小山田さんはコーラルロールの再現に挑戦です。
音羽さんはポテトチップス、小十郎さんの豆のお菓子ラドゥーとか……。
圭さんも飲み物を用意してくれてるみたいですね)
「皆さんだけで、世界のお菓子を表現できますね」
そう言ってにこにこと微笑む。
そして自分は何をしようかな、と考える。
「では、ぼくは……そうですね。皆さんのお菓子を、周囲の方々にも観て、食べて、楽しんでいただきたく」
倫紀は【トリックステップ】でステップを踏みながらイベントスペース近くを周り、【メロウ・ショコラ】でちょっとしたチョコレートを出したり、小さい子の目の前で小さな石ころを【スイーツチェンジ】でチョコに変えたりして、周囲の人の誘導を試みる。
その様子を飲食スペースからぼんやりと見ていた淳。
(ノリのやつ……あんなチョコより、陽介もお客さんに実況してくれてるわけだし、みんなが作るところを観てもらうようにしないと)
いつしか陽介の擬似実況は淳を励ますだけでなく、人寄せ効果も担っていて。
「ほら、あかり。お客さんをみんなの調理場に案内するんだ」
淳が【人獣一心】で【あかり】に話しかければ、意図を理解した【あかり】が集まった人たちを調理場へと誘っていく。
「あ、淳さん。こんな誘導ではもの足りませんか。
あかり……調理場に向かいました。お客さんを誘ってるんですか」
淳が手伝ってくれたことに気付いた倫紀。
陽介も【大注目!】と【拡散希望】で手伝っている。
ならば、と倫紀はそれぞれのお菓子の世界のイメージを表現した背景を【お絵描きセット】を使い、【超・背景描写】で描き表す。
「お客さんには世界ごと手に取って、皆さんのお菓子を堪能していただけたらうれしいです」
そう願って。
倫紀や淳、陽介の集客の効果もあり、何やら美味しいものがあるらしいと人がかなり集まってきた。
そろそろ完成した品物が揃ってきたのか良い匂いも漂ってくる。
淳は集まってきた人達を【整列!】で並んでもらい、最後尾の人には【最後尾プラカード】を持ってもらった。
列が解消されるまでの間に楽しめる試食品も【スローシックス】で少しずつ配っていく。
(余り遅くなると待ってる陽介君や淳君にも悪いですしね。早く持っていってあげましょう)
「皆さんのお口に合えば幸いです」
まず並んだのは小太郎が作ったコーラルロール。
「皆のお菓子も出来上がりそうだね。口当たりがまろやかだと評判がいいみたいだし、【オファレルハーブティー】を淹れようかな。
あ、お客さんの分も用意しなくちゃね」
圭が淹れた飲み物の横に音羽の作ったポテトチップスも並ぶ。
「みんなが作ったお菓子も、とってもおいしそう……
あとでもらうの、楽しみなの♪
お客さん、わたしたちの世界を楽しんでくれるとうれしいなの♪」
かたりが作った可愛らしい猫の形のチョコクッキーを並べて。
「さて……プリンを味見し過ぎて痺れを切らした者達もいる故な、そろそろ持って行くとしよう。
【メイクスイーツ】で厳選し再現したこの菓子、口に合えば嬉しいよ」
桃葉と花子がプリンを食べているところを見ていた小十郎がラドゥーを並べる。
「あら、そろそろ皆、完成? 仕方ないわね、今回はこの辺で妥協するわ。
ちょっとあの味とは違うけど、これ単体なら普通に美味しいプリンだから問題なし☆」
みんなが並べ始めたのを見て桃葉と花子も出来上がったプリンを並べていく。
「わぁ……いつの間にかお菓子の世界みたい……倫紀さんが描いたんです、か……?」
いつの間にか描かれていた世界に小夜は瞳を瞬かせながら、出来上がったチョコ餅を並べる。
その隣にはいつの間にかお汁粉まで並んでいた。
こうして全てのお菓子が出揃った。
「色んなもんが出来上がったなぁ……。
折角だし写真撮っとくか! ほら、おめぇらも全員でとるぜ!」
そう言って陽介は【しずくのタブレット】で出来上がったお菓子や花子と『花子と仲良くなり隊』の全員が写った写真を【盛り写】で撮る。
「しっかり思い出に残したら……行くぜ、いざ実食……」
そう言って陽介が先陣を切ってお菓子を口に運ぶ。
もぐもぐと咀嚼すると一言
「うめぇ!」
と声を大にして。
「花子さん、お疲れ様ですよ。
では、写真撮影も終わりましたし、ぼくたちもいただきましょう」
「はい。どれも美味しそうで迷っちゃいますね」
目移りしながら二人が選んだのはチョコ餅とチョコクッキーだった。
「どちらもバレンタインって感じがしますっ」
ほくほくの笑顔を見せながら食べる花子。
「皆のお菓子はどんなのかしらね……」
プリン作りに集中(?)していたので他の人が何を作っていたのかあまり知らない桃葉が並べられたお菓子たちを見る。
「うん、コーラルロールもチョコ餅も美味しそう……て、いうか絶対美味しいやつよね!
ラドゥーやチョコクッキー、ポテチとかお汁粉までそろってて見事な光景ね。
勿論プリンのお味も負けてないわよ~」
そんな桃葉の隣で花子がプリンを食べ
「桃葉先輩といえばやっぱりこれですよね!」
と嬉しそうに感想を告げる。
「これ、どうやって食べるのが正解なんでしょう……!?」
次に花子が手に取ったのはコーラルロールだ。
興味津々と言った様子でどう食べようか悩んでいる。
「知っていますか、淳君、音羽さん」
そのコーラルロールの作り手でもある小太郎が淳と音羽に声をかけた。
「一説にはバームクーヘンの起源ともされるシャコティスですが、もう一つ逸話があります。
それは統治者の男性と若き女王の披露宴にて郷土菓子としてシャコティスを作った職人が、その際に褒美として貰った指輪で意中の相手を射止めた話。
その逸話により、この菓子は結婚式に欠かせない物となったそうな……。
と言う訳で……これは自分からお二人に贈る「結婚三周年記念」の菓子です」
小太郎はそっと二人に持ち帰り用を渡し
「記念パーティとはいきませんでしたが、お話しくらいはお聞きしますよ?」
と言うと
「……オレたちの分も用意してくれて、ありがとうな。ま、まぁ……、話はまた今度で☆」
みんなの反応に懲りたのか、力なく淳がそう言う。
「小太郎さん、お祝いありがとうございます。とても嬉しいわ。
シャコティスにそんなお話があったのね……。
結婚記念にぴったりの素敵な贈り物だわ」
淳の隣で音羽が礼を述べながら微笑む。
「結婚記念パーティではないけど、楽しそうなみんなの姿が外から見られたし、お客さんにも観て楽しんでもらいたいと本気で思ったよ」
淳たちのおかげで並んでいた人たちも美味しいお菓子を食べて楽しそうにしている。
「名目は記念日のお祝いじゃなくても、皆で一緒に過ごせた時間が、とても大切な時間なのは変わらないわ。今年も幸せな思い出になったわね」
音羽の言葉に淳はこくんと頷いた。
「皆さんや花子さんも、皆さんとの思い出やライブの事……是非、教えてくださいな。
お菓子に様々な想いを込めるバレンタイン……菓子を食べながらならば、沢山の想いも知れると思いますから」
小太郎のそんな想いに応えるように、そういえば……とみんなが口々に思い出を話し始める。
小太郎はその話をお菓子と共に楽しんだのだった。
「手作りのポテチって初めて食べました!」
圭の淹れた飲み物と共に音羽の作ったポテトチップスに舌鼓を打つ花子。
「あ、圭さんお飲み物、ありがとうございます……。
小太郎さんも凄い……わたしももっと勉強しなくちゃ……。
かたりちゃんの猫さんクッキー、可愛いなぁ……。
桃葉さんと花子のプリンは妖精さんのプリンかな……?
音羽さんのポテトチップスも、食べ合わせが考えられてて……凄いです……!」
圭から飲み物を受け取り、ぺこりと頭を下げた小夜は並んだお菓子たちをそれぞれ見つめる。
「ころころしていて可愛いですっ」
花子が手を伸ばしたのは小十郎が作ったラドゥー。
そんな花子の様子を微笑ましそうに見ていた小十郎が
「小夜、君も食べてみてくれ。
君の口に合うのなら……挑戦したかいがあったというものだ」
と小夜にもラドゥーを勧める。
「何だか、懐かしい味……。美味しいよ、十くん……」
ラドゥーを食べた小夜のその言葉に小十郎はうんうんと頷いて。
(皆と一緒に、皆のお菓子を食べる……。幸せ、だなぁ……)
小夜は小夜でそんなかとこに幸せを見つける。
「みんなも、楽しんでくれたかな……?」
ぽつり、呟いて周囲を見渡せばあちこちで笑顔の花が咲いていて。
「えへへ、安心する味です……」
花子ももちろん笑顔で、お汁粉を食べながらほっこりしている。
(これで花子さんやみんなと、もっと仲良くなれたらいいな……)
小夜が望むように、仲良くなりたいと思うのは花子もみんなも同じで。
美味しいものを食べた後は今度はお菓子の作り方や今までの思い出を話して話に花を咲かせて。
帰る頃には全員の絆が一段と深まっていた。