バレンタイン・コレクション 1
親友であるマナPこと紫麝 愛をステージのあるイベントスペースに呼び出した
諏訪部 楓。
実はここでマナPと勝負をしようと考えているのだが、それはまだ本人に伝えてはいなかった。
「私達が知り合って2年、私もアレから成長しました今なら少しだけですけど貴方の本気に応えられると思います……」
「ええ、楓ちゃんのますますの成長は一秒も逃さず見守ってきました♪」
いつもより真剣味を増した楓の声にもマナPはいつも通りに返してくる。
だが、成長を見守ってきたとマナPも言ってくれるなら好機だろうと楓は言葉を続ける。
「だから一緒に歌ってくれませんか? ……じゃないですね! この曲で勝負をしましょう! 私のハルモニアか貴女のカリスマか! 私の力がどこまで貴女に届いているのかここで一つ挑戦させてください!」
「しょ、勝負? 待ってください、私は楓ちゃんと争ったりはしたくありませんよ……!?」
ステージのある場所に呼ばれたということは楓ちゃんのアイドル姿を見れたりしちゃうんですかね~というマナPの期待は半分ほど当たっていたが、まさか勝負するという話が出るとは思わず困惑する。
何とか楓を説得しようとも考えるマナPだが、既に楓は【グランド・クロス】へ
諏訪部 凛をユニゾンさせていて勝負する気満々だ。
「では諏訪部 楓さん。どうぞ!」
ついには楓の名前がステージ司会者から呼ばれてしまった。
「さぁ世界に叩きつけましょう! 私たちの絶対アイドル崇拝宣言を!」
こうなってしまってはステージに立つしかない、と、マナPは戸惑いつつも楓と共にステージへと向かった。
「今日は特別な日……って感じの人も多いと思います、まぁ似つかわしくない曲かもですが、場を暖めることは保証します! では聞いてください!」
ステージで観客に向かって高らかにそう宣言する楓。【大注目!】の効果もあり、観客達からは応援する意味での拍手が溢れた。
前奏のメロディーと共に【愛憎の檻】で光の帳を会場へ下ろす。
少しでも好意的な感情があまることなく伝わるようにと。
そして【グランド・クロス】で声を反響させる。
「マナちゃん! 勝負と行きましょう! 私のハルモニアと貴女のカリスマ! このライブで!」
「普通に一緒にライブしませんか……?」
「『絶対アイドル崇拝修行宣言!』」
マナPの提案は楓のタイトルコールによってかき消されてしまう。
【クラリティエール】によって観客の手元には光の球が灯されていた。
楓は身振り手振りでその光球をステージに飛ばして欲しいと観客たちに伝える。
(一体感ってのは一番ライブで重要な要素だと思います。アイドルはファンが居てこそ、だから私は私のアイドル道を魅せ付けましょう)
『毎日つまんない 日常はまるで灰色』
歌い始める楓。勝負に勝算があるのかと言われればそれはわからない。ただ策はきちんと練っていた。
(普通のアイドルが出す生半可なハルモニアじゃ追いつけないでしょう……だから! 私達二人で)
そんな楓の想いに応えるのは凛だ。
【プリマドンナ】の効果でハルモニアの効果を更に増幅させていく。
(私たちの持ってるすべて! そのすべてをマナシジャさんに魅せます)
マナPが勝負に乗ってこないという想定はしてあった。それでも
(彼女も芸能神です、ライブの舞台ではファンとしてでなく彼女もアイドルとしての側面を見せてくれるはずです。
楓さんと私は誰よりも彼女を見てきました愛を持って真剣にアイドルを応援する、時には……というかだいたい暴走してますが。
そんな彼女を支えたいのは私も同じ気持ちです、でも私たちの力よりきっと芸能神の彼女の方が強いのでしょう)
そんなことを理由に諦める二人ではない。
(だから私達の力が今どれくらい彼女に届いているかこの場でハッキリさせたいです、本気で歌えばマナシジャさんも本気で答えてくれるでしょう)
【ウェイクフレーズ】の用意もある。
それで食らいついて、自分たちの限界を超えて近付けたなら、と。
『そんな日々に女神が色を与えてくれた』
楓が歌いながらマナPを見る。
するとマナPはえっ、私!? のような仕草をオーバーリアクションで魅せて観客を盛り上げる。
(マナシジャさんに追いつけるように! 今日も昨日も……明日も頑張っています! だから)
『テンションあがって! 日常鮮やか!』
【ハーモニックレゾナンサー】の力で楓たちと観客たちはより一層、一体感を感じる。
(私たちは彼女のファンでも信者でも追っかけでもないんです! 親友なんです! 支えてあげる、守ってあげる悩みを解決する存在になりたいんです。
だから私たちのすべてを彼女にここで歌に乗せて伝えましょう!)
凛もまたそんな想いを力に込める。
だが、そこで曲調がぷつりと途切れた。
楓たちも観客も何が起こったのかと言った様子で。
『絶対! 宣言します! 一生貴女を応援するって誓います』
曲が流れない中、楓はアカペラで続きを歌い始める。まだライブは終わってはいない。
『絶対! 宣言します! 一生貴女を応援するって誓います』
曲が流れずとも自分の声と【グランド・クロス】があればライブを続けることは出来る。
逆にいつもと違うアレンジをしたって問題ない。
『絶対! 宣言します! 一生貴女を応援するって誓います』
楓が同じフレーズを繰り返しながら、観客へ【ブライトレスポンス】を呼びかけると
『絶対!』
「絶対!」
『宣言します!』
「宣言します!」
と観客からのコールが返ってくる。
そのコールを力に変え、ハルモニアの光を灯して。
『そうこれが私の絶対アイドル崇拝主義宣言! です! よろしく』
トラブルを乗り越えたことで一体感が最高潮へと高まる。
【オーバーシンクロナイズ】で楓が見せるのは誰しもが幸せな理想の世界だ。
こうしてライブを終えた楓は
「これが愛を届けるアイドルです!」
とマナPへ自分のアイドル道への想いを伝えると
「とっっっっっても素敵でした!」
とマナPは楓へ力強く抱きついた。
「楓ちゃんがあんな歌を歌うなんて。私のこと、キミは本当に分かってくれているんですね」
そう言ってマナPが見せた嬉しそうな姿は楓のファンとしてではなく、楓の親友としての姿をだった。
「マーニちゃん、まだですかね~?」
そわそわ、きょろきょろとプティデーモン・マーニの姿を探す
ルルティーナ・アウスレーゼ。
「うぅ……マーニちゃん、マーニちゃん……。
……これは、不味いですっ!
わたしのマーニリウムが底を尽きかけてます……!」
耳も尻尾もくったりとした様子から事態は深刻らしい。だが
「……! これは、マーニちゃんの気配……!」
さっきまでくったりさせていた耳がいつしか持ち上がり、ぴこぴこと何かの音を聞きつけたようで。
「マーーニちゃあああん! お正月ぶりですううう!
えへへ~♪ マーニちゃんだぁ♪」
「もう、ルルちゃん。びっくりしたよ~」
マーニが見つけるより早くルルティーナがマーニを見つけ、即座に駆け寄ってすりすりと身を寄せる。
尻尾は先程くったりとしていたのが嘘のように今は元気いっぱいにぶんぶんと振っていた。
「むふ~♪ マーニリウム、補充完了です~♪
これでまた戦えますっ!」
尻尾をぴこぴこ揺らしながら身体を離したルルティーナにマーニは首を傾げる。
「まーにりうむ?」
マーニからの疑問の声にルルティーナは胸を張って答える。
「マーニリウムですか?
それはですね、最近発見されたマーニちゃんの近くにいると補充される、わたし専用の心の栄養素です♪
不足すると、とってもマーニちゃんに会いたくなって情緒不安定になりますっ」
「じゃぁ、どんどん補充しないとね~」
ルルティーナの答えにマーニは嬉しそうに笑うとそう言って、今度はマーニからルルティーナへとハグをして。
「ふふふ~♪ デート♪ デート♪ マーニちゃんとデート♪」
「ルルちゃん、ご機嫌だね」
「はいっ、とってもご機嫌ですよ♪
マーニちゃんと一緒にいるだけでわたし、楽しいですっ!」
マーニと手を繋いで歩くルルティーナは分かりやすくご機嫌そのものといった様子だ。
そんな二人が通りがかったのはバレンタインライブが出来るイベント会場だ。
そこのステージを見つけたルルティーナが声を上げる。
「そうでした! わたし、ステージパフォーマンスがあると聞いて今回ロディニアのリベリカさん達みたいに、マーニちゃんと一緒にステージに立ちたいと思ったんですけど、わたしとステージに出て、くれますか?」
うるうると上目遣いでお願いモードのルルティーナに
「いいよ~」
とマーニが快諾する。
「やったー! マーニちゃん大好きですぅ♪
ほらほら、ちゃんとお揃いのステージドレスもあるんですよっ♪ マイクもお揃い♪ 曲も準備してきましたっ!」
隙のない準備にびっくりしつつもマーニはルルティーナと共にライブへの参加手続きを済ませた。
「マーニちゃんは初ライブですし、ステージ上の動きやパートの入りタイミング等、わたしが癒し系ナビゲートで導きますから安心してください♪」
着替えや曲の確認も行い、後は出番を待つばかりだが、緊張しているマーニにルルティーナは優しく声をかける。
「ルルちゃんと一緒なら……大丈夫だよね」
ルルティーナを見つめ、こくりと頷くマーニ。
「次はルルティーナ・アウスレーゼさんとプティデーモン・マーニさんのお二人です!」
二人の名前が呼ばれる。
「さ、行きますよ、マーニちゃん♪ オン、ステージ! ですっ」
ルルティーナに差し出された手を取り、マーニはステージへと向かう。
「「わたし達、新生ユニット、リトルデーモンズです♪」」
練習通り、声を揃えてユニット名の発表と共に自己紹介。
「ホワイトちゃん(マーニ)は今日が初めてのライブなんです、ちょっと失敗しちゃっても、頑張れ~! って皆が応援してくれるとブラック(ルルティーナ)嬉しいな♪」
観客へ人懐こそうな笑みを振りまいて言うルルティーナ。
そしてマーニと微笑み合うと
「それじゃあ始めるよ♪ 曲は”恋する乙女の決戦日”っ♪」
演奏が始まり、二人がお揃いのマイクを口元へ近付ける。
『「ドキドキと高鳴る心の中
点滅してるわたしの赤信号
十四の日に付けた赤丸は乙女の決戦日!」』
二人声を合わせて歌い始める。
ロックな曲でありながら、歌詞がラブソングっぽいこともあり、観客は盛り上がっている。
『でも貴方の隣に立つと胸が苦しくなって
巧く喋れなくなる』
ルルティーナは自身のパートを【歌姫の呼吸法】で歌い上げ
「だって仕方ない
わたしは貴方に恋してるんだもの」
マーニのパートは【舞踏技術】のダンスステップで盛り上げる。
『「折角掴んだこのチャンス譲れない
誰にも負けたくないから」』
最初は緊張していたマーニも少しずつ慣れてきた様子で
「精いっぱい伝えようわたしの気持ち」
自分のパートは丁寧に歌い上げ
『このチョコレートに全て乗せて』
ダンスは観客が驚くほどめちゃくちゃ上手いダンスを披露して。
『「誰よりも貴方が好き
たとえ好きな人がいたって
貴方が好き」』
『大好きだよ』
「大好きだよ」
手を合わせた二人が微笑み合って
『「わたしの初めての恋です
もう一度言わせて I Love You」』
ラストは背中合わせになり、観客へウィンクをして見せた。
「ライブ気持ち良かったです~♪
マーニちゃん、ダンスも巧いですし歌声も素敵でしたっ♪」
「ありがとう。緊張したけど楽しかったよ」
観客からたくさんの拍手に包まれながら、ステージを後にした二人はライブの余韻でふわふわした気持ちだった。
「我が儘もいっぱい聞いてもらって嬉しかったです♪
マーニちゃん、大好きです♥️」
ルルティーナがそう言ってマーニの頬にキスをすると
「じゃぁ、マーニもお返し」
とマーニもルルティーナのほっぺにキスをし返した。
「え、えへへへ♪」
尻尾をぶんぶんと振るルルティーナは恥ずかしそうでありながらも嬉しそうに破顔したのだった。
クロティア・ライハがゆっくりと細長く息を吐く。
(今年からのバレンタインから何時ものバレンタインと違うところがある、そう、今年からはいろはとは恋人関係……これまでよりも幸せな時間が過ごせそうね……)
嬉しい気持ちと何処かほっとした様な気持ち。それとは別にクロティアは聞いてみたいことがあった。
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初めての恋人としてのバレンタイン。
どうやって過ごそうかと色々考えたクロティア。
(ステージでいろはと一緒にライブをして、後はチョコの交換かな?)
いつも通りに近いものがあるが、恋人になったからいきなり何もかもを変えるというのもおかしい話だろう。
「バレンタインライブが出来るステージがあるみたいだから一緒にライブをしない?」
「いいわよ」
クロティアの提案に村雲 いろははこくりと頷いて即答してくれた。
ステージ上ではクロティアが【携帯ゲーム機】からバレンタインに合う恋愛系のBGMを流し、それに合わせる形で二人がライブを行う。
クロティアが【ベースサウンド】を使い、地面をリズムに合わせてカラフルに発光させれば、いろはがそれに合わせてステップを踏む。
トラックメイカーが使う特別な楽器の一つでもある【コントローラーデバイス】はゲームに慣れているクロティアにとっては扱いやすい芸器の一つだ。
空中に投影された五線譜にゲーム感覚で音符を打ち込めば、味のあるピコピコ音が会場に響き渡る。
【ヴァーチャルイコライザー】も使い、周辺の音を可視化した色鮮やかな音響波形のエフェクトをステージいっぱいに出現させれば、観客だけでなく、いろはもまた楽しそうな表情を浮かべて。
(本来小世界ノルタルジアではリデザイアの方をメインにしてるけど……あっちは子供になっちゃうからね。
……性格も前のめりになっちゃうからいろはの前だと、恥ずかしくて使えない……。いろはもリデザイアになってくれるなら私も使うけど……まあ、子供のいろはを見てみたいというのもあるけど……いつか二人同時にリデザイアにスタイルチェンジとかしてみたいわね……)
ライブをしながらそんなことも考えるクロティア。
二人のライブはバレンタインらしい空気を観客へ伝えることに成功した。
ライブを終えた二人が次に向かったのはスイーツ博覧会の会場だ。
「色んなスイーツを食べ歩きしましょう」
「そうね。たくさんあって迷ってしまいそうだけど……あ、あっちに変わった色のスイーツがあるわ」
スイーツ博覧会に一歩足を踏み入れれば、色とりどり、種類様々なスイーツたちが食べきれないほど並んでいる。
「フェス乳業のネタアイスとかとあるんでしょうかね?」
今のところ見当たらないが、確かにあってもおかしくないだろう。
「ライブ後のスイーツは格別です、いろはと一緒ならより格別です」
少しだけ。もう恋人関係なのだから、大胆にイチャイチャしてもいいだろうとそう言ったクロティア。
「確かに特別な時間よね」
クロティアと一緒のこの時間は特別だと嬉しそうに微笑むいろは。
「そういえば……」
食べ歩きの最中、クロティアは気になっていたことをいろはに聞くことにした。
「去年のクリスマス……私が告白したときの返事でずーと告白を待っていたといってたけど、いつから待ってたの?」
「クロティアと一緒にいるのが当たり前になってた頃から……かもね」
クロティアの質問にいろははそう照れながら答えた。
(去年のブライダル前からだったらブライダルで私が告白してすぐに逃げたやつ……いろはにちょっと悪いことしちゃったかもね……)
特に明確に言われなかったことで、もしたしたら……と思うクロティア。
「ほら、次のスイーツを探しに行きましょう?」
だが、いろはにそう誘われ、今はまず恋人としてのバレンタインを楽しもうと気持ちを切り替えたのだった。