遺産は誰の手に・6
「私は『ミケ』と申します。いくつか話を聞いても良いでしょうか?」
「ああ、何でも聞いてくれ」
人見 三美がコードネームを名乗り話しかけると、“D”はミケがムーンチャイルドだということに気づいてすぐに態度を柔らかくさせた。
一方で、ミケの側に立っている「ベル」――
アナベル・アンダースには目もくれないのだが、元から“D”への交渉はミケに任せることにしていたので、ベルは黙って成り行きを見守ることにした。
「では、『マクシム・G』についてお聞きします。どのようにしてロボット兵の一個大隊を無傷で壊滅させたとのかも気になるところですが、その兵器の大きさや重さ、外見の特徴などを教えていただけますか?」
「兵器の見た目か……」
“D”は厄介な質問を受けたというように、口の端を歪めた。
「実は、詳細な記録というものは全て機密保持の観点から処分されたようでな。私たちも、別の遺産の記録と照らし合わせて『マクシム・G』を認知したに過ぎないわけだ」
「そうですか……」
それでいて任務が言い渡されたからには、ぜひとも回収したい遺産なのはわかった。しかし、実際に目の当たりにしない限りは運搬手段を考えることもできないというのは、ミケとベルにとって不利に感じられた。
「もし見つかったら、私から手を回して回収することもできる。まずは、捜索に専念してくれ」
ミケの困惑を察したか、“D”がフォローするようにそう言うので、ミケはそれに礼を告げて捜索に向かった。
「それで、今後の方針は?」
ベルの問いかけに、ミケは思案してから見解を述べる。
「まさか魔獣がたくさんいる中を漫然と探すわけにはいきませんから、目的地を絞ってから探しに行きましょう。強硬派は遺産の場所にいくらか目星があるとかないとかという話ですが……」
「まあ、その後ろをついて行くってのは難しいだろうな」
そこで、ミケはバイナリアの伝説・伝承に関する情報を思い起こす。それをベースに月光園が基地の跡地に建てられたことや、魔素濃度の高い土地ということを踏まえると、この場所はそもそも魔獣が多く住んでいたのではと考えるに至った。
「鍵は魔獣にあるのではないでしょうか。魔獣のせいで捜索が難航していたり、魔獣が遺産を守っているため近寄れなかった、という可能性がありそうです。ベル様、良いでしょうか?」
「魔獣の多そうなエリアに向かってことか、了解だ」
ベルはアタックモービルに乗ると、サイドカーにはミケを乗せて出発した。二人は間もなく魔獣に遭遇したが、ベルはミケを捜索に専念させようと、一人で立ち向かうようだ。
「アッシュも捜索に使ってくれ」
ベルがそう言ってハンタードッグを向かわせてくれたので、ミケはそのアッシュと、サイコニャンのクロを連れて捜索に乗り出した。
ミケが背を向けたからか、魔獣は本能的にそれを追いかけようとするが、眼前を掠めるようにアイアンワイヤーが伸びてきたため足を止める。魔獣の注意が自分に向いたところで、ベルは殺気を放って威嚇に出るが、ベルが単独ということもあったか、怯むどころか積極的に狙うことにしたらしい。
だが、ベルとしてはどちらでも同じことだったようで、向かって来るというなら容赦しないとばかりにワイヤーを振り上げた。ワイヤーには【銀弾】イワンが塗られていたため、迂闊に踏み込んだ魔獣はたちまち動きを鈍らせる。ベルはそれを睥睨しながら、さらにワイヤーの攻撃を仕掛けていった。
細いワイヤーは視認されづらいこともあり、相手が魔獣でなければまさに『死の舞踏』を見たせいで倒されたのだと思ったことだろう。
ベルはそうやって一人きりの舞踏を演じ、魔獣を食い止めていた。
その間にミケは、クロとアッシュの感覚を頼りながら捜索していた。
「この地はかつて基地だった、それならもしかして」
電流が走るようななひらめきを得たミケは、鑑識ほうきで地面を掃いて痕跡が残ってないか調べると同時に、自らの手で地面に触れた。その瞬間、微かに得られたのは、地面に下に何かが眠っているということだった。
だが、それで時間切れだったようだ。
「ミケ、これ以上はもたせられない!」
ベルがアタックモービルに乗って駆け込んでくるので、ミケも急いでサイドカーに乗る。その後ろから魔獣が体当たりしてこようとするのに気づいたミケは、念力を黒い手のようにして伸ばし反撃。しかし、それ以上の戦闘はせずに撤退した。
「この身が血を欲しているんだ……魔素に狂った魔獣の血を……」
などと言いながら魔獣狩りに興じようとしているのは、
鈴乃宮 燕馬。裏での通り名は、「猫」と書いて「マオ」と読ませるらしい。
「猫殿におかれては、常と変わりないようで何よりじゃな」
猫に同行する仲間は二人いて、その内の一人である
グォローコ・ミトクガワ――コードネーム「蔵」は、眷属のコウモリを侍らせ不敵に笑う猫を見ながら、淡々と感想を呟いた。
「変わりないのは良いことかもしれないけど、そろそろ出発したらどうかしら?」
このままだと何もしないまま時間ばかり過ぎそうな予感に見舞われた
ツェツィーリア・ボーゲン――コードネーム「弓」がギミックワーゲンⅠのシートを叩くと、
「俺も、まさしくそうしようと思っていたところだ」
猫がコウモリたちを偵察に向かわせながら乗り込んできた。蔵もアタックモービルに乗ったところで、猟場を流すように走っていると、猫が目つきを鋭くしながら話し出した。
「弓、蔵。俺たちの出番がやってきたようだ」
「ここから近いの? すぐ行きましょう」
「行き先の詳細を。わしが先行しよう」
弓の運転する自動車の前に蔵が回り込むと、猫がすぐにコウモリから得た詳細を伝える。それに頷いた蔵がさらにスピードを上げると、目的地には魔獣たちの姿があった。
「これより先は通さんぞ!」
蔵は追われているらしいエージェントを庇うように飛び込むと、魔獣の足を目がけるようにthe・Hunterの引き金を引いた。弾丸は蹄に当たったため傷は浅いようだが、標的を蔵へ切り替えさせるには十分だったらしい。
エージェントが逃げるのを背に感じながら、蔵は再び銃を構え、もう1体にも足を狙った攻撃を仕掛けた。それで魔獣たちはすっかり蔵を敵と見なしたようで、鋭い蹴り込みが蔵に襲いかかる。
「お前の相手が蔵だけだと思ったか? 浅はかな奴だ」
しかし蔵が引き付けている隙に追い付いた猫が、拳大の炎をぶつけて牽制すると、弓もホライゾンライフルを撃ち放って返り討ちのように畳みかける。
ライフル自体には尖った性能はないものの、スパイとして身につけた基本をしっかりなぞった射撃の精密性は高く、弾丸は魔獣の腹部を抉るようにして命中した。それでも1発くらいでは気にならないのか、魔獣は反撃の姿勢に転じようとしたのだが、その体が急に脱力したように傾いだ。
「良かった、ちゃんと効いてくれたみたいね」
【銀弾】イワンをライフルに込め直しながら、弓が微笑んだ。その横を興奮したようなハトの群れが勢いよく飛び出したかと思うと、魔獣たちへと襲いかかっていく。ハトをけしかけたのは、どうやら猫のようだ。魔法使いをイメージしたガウンは風を纏ったかのような翻りをしており、その足元にはハトのものと思われる羽根がいくつか落ちていた。
「何せ、俺たちの真の目的は魔獣狩りではなく、魔獣に襲われている仲間を助けることだからな」
そして猫の言葉に同意を示すように、蔵は単発の拳銃とアタックモービルに搭載されたショットガンを構え、連続した射撃を放っていく。
2体を相手取る射撃でありながら、その立ち回りは非常に軽やか。まるで舞踏を見せるかのような動きで蔵が弾丸をばら撒くと、魔獣たちはたちまち怯み出す。弓も後ろから正確な射撃で援護しているためか、防御も覚束ないようだ。
「わしらのもてなし、気に入ってくれたようで何よりじゃ」
銃口から立ち上る煙を払いながら、蔵は事もなげに呟いた。それから猫の視線に気づいた蔵が、弓と一緒に魔獣たちから離れると、その途端に空から降るのは幾筋もの雷。
「やれやれ、結局は魔獣狩りをしたようなものか」
雷に打たれて黒焦げとなった魔獣を見下ろし、猫は前髪をかき上げていた。