「聞け、春香嬢ちゃん、ハルキの坊主。魔法の使えるリザードマンは多分、さっきので最後だ」
アキラ・クーパスはマギアビジョンを通し、リザードマン達の動きを見て言った。
魔力の流れを読むと、リザードマン達が追い込まれている状況が分かった。
遠距離攻撃や冒険者達への魔法による妨害を行っていたリザードマンメイジはもともと数が少なく、そのためリザードマンウォーリアーが彼らを庇うような陣形をとっていたらしい。
だが、冒険者達の網の目をくぐるような攻撃が功を奏し、人族の邪教徒達の妨害に遭いながらもリザードマン達の数を確実に減らしていた。
「邪教徒もだいぶ数が減った。今なら突っ込めるぞ!」
ライトフィールドマークⅡに銃弾を込め、アキラは前方にいるリザードマンウォーリアーを狙って撃つ。
銃弾は鷹に姿を変えると、盾にされた邪教徒をすり抜け、リザードマンウォーリアーに被弾した。
動揺したリザードマンウォーリアーは思わず盾にしていた邪教徒を手放した。
そこへすかさず、
谷村 春香が白輝の剣を手に走り込む。
(この状況が宗教どうしの争いなのは悲しいところだけど……今はそれよりも、あの人質にされた人達を生かして助けなきゃ!)
刃に精霊剣・火の力を宿し、春香はリザードマンウォーリアーへと切りかかる。
剣に吸わせた血の効力が魔神の加護を破り、相手は炎に包まれた。
さらにそこへ、
谷村 ハルキが斬りかかる。
「春香、留めは任せるよ!」
相手に立て直す隙を与えぬよう、ハルキはアーマークラッシュで相手のバランスを崩させる。
そして間髪入れず、春香がクインタプルスラッシュを繰り出した。
(取り込んだアキラさんの魔力とサラマンデルアーマーの力をがあれば……!)
炎と熱を帯びた刃による高速の五連斬り。
その強烈な威力を受け、リザードマンウォーリアーは倒れた。
リザードマンウォーリアーに盾にされていた邪教徒達は茫然自失状態で、その場から動けなくなっていた。
秋光 紫はサルベーションの中に彼らを庇い、傷を癒す。
「ここにいる魔族の中で、人族への攻撃が本意では無い者は矛を収めて名乗り出なさい! そしてこの戦いから引き、アーバインもしくはダレストリス帝国に向かいなさい」
戦場に立ち、
秋光 紫は声を上げた。
オータスはかつて、種族の垣根を超えた仲間達と共に人族を救った。
ならば輝神を信仰する者として、魔族として生まれたというだけの理由で救いの手を差し伸べない、なんてことはあってはならない。
だからもしも、魔族でも「本心では人族への攻撃が本意ではない」と思っている者がいるならば保護しなくてはならない。
紫にはそんな思いがあった。
「人族への敵意が無いなら、きっと保護してもらえるわ。だけどあくまで人族に仇なすつもりならば……!」
その時、リザードマンウォーリアーの放った1本の槍が紫に向かって飛んできた。
人族と自分達とは相容れない――。
魔族の意思を示す槍は、紫のホーリープロテクションの聖壁を突き破り、その右肩を刺した。
「紫さん……! 危ない!」
ハルキはリザードマンウォーリアーが2本目の槍を紫に向けようとしているのを見て、その間に割って入った。
そして槍をアラウンドガードで受け止め、相手のバランスを崩させた。
アキラがそこへすかさずホークアサルトで銃弾を撃ち込む。
「丸腰の相手に……酒が不味くなりそうな奴らだ……!」
リザードマンウォーリアーはとっさに傍らの邪教徒達を盾にしようとするが、アキラはそれを許さず、リザードマンウォーリアーだけに銃弾を撃ち込む。
そしてハルキがそこへ、アーマークラッシュの威力を重ねた。
「春香、今だよ!」
「任せて!」
バランスを崩させたところへ、春香が切り込む。
そして炎の魔力を帯びた刃で切り伏せ、リザードマンウォーリアーを地に沈めた。
「分かったわ……あくまで人族に仇なすつもりね。なら、排除させてもらうしかないわ……」
紫は槍を抜き、ヒーリングブレスで傷を癒す。
この場にいるリザードマンにはやはり、敵対する人族に対しては害意しかないのだ。
そう理解するしかなかった。
(せめて、人族の邪教徒だけでも救わなければ)
周囲には、戦いの中で傷つき、それでもまだ洗脳下にいると思しき邪教徒達が大勢残っていた。
彼らをここから早く避難させなければならなかった。
(だけどまだ分からないわ……魔族の中には、人族への敵意が無いながら、やむなく邪教に身を寄せてる者もいるかもしれないわ)
この場にはいなかっただけで。
紫はそう思った。
(……かつてユーラメリカに侵攻していた極光帝国、疑問を持ちながらもその末端だったわたしのように)
そんな事を考えながら、紫は人族の邪教徒達にマインドキュアを施し、遺跡の出口へと向かうよう促す。
ヒーリングブレスの癒しを受けた者達は、紫に礼を言って出ていった。
(まだよ。彼らを全員外に逃がすまでは終われない)
紫は呼吸を整え、邪教徒達にマインドキュアを施し続けた。
(苦しむ人々を救う、それがオータス様を信仰するわたしの責務よ!)
遺跡の中に残る敵は、ついに1人のリザードマンウォーリアーとその人質となった2人の邪教徒達だけになっていた。
リザードマンウォーリアーに拘束された邪教徒達は叫び声を上げ、自分達の今までの忠誠や魔神への信仰を口にし、何とか助けを乞うているようだった。
だがリザードマンウォーリアーは聞く耳など持たなかった。
「魔導具がなければ魔法の一つも使えぬ人族がこれ以上なんの役に立つというのだ……!」
リザードマンウォーリアーは人質を殴りつけ、喚いた。
邪教徒達の額を赤い血が流れるのが見えた。
「たとえ俺一人でもここから生きて出る! 貴様らにはそのためにここで死んでもらうぞ……!」
邪教徒達を盾にしながら、リザードマンウォーリアーはじりじりと後ろに下がり、この場から逃亡するチャンスを伺っている。
明らかに相手は追い込まれているが、だからこそ何をするかが分からない。
「この……卑怯者めが……なんと救い難い……!」
マルコがギリリと歯ぎしりするのが聞こえた。
天峰 ロッカはマルコに対し、「加勢させて下さい」と声をかけた。
「ロッカと申します、ブラザー・マルコ様。微力ながら、あのリザードマンを倒す手助けをさせていただきます」
輝跡の聖典にオータス・エウロギアを施し、ロッカはマルコの傍らに立つ。
洗脳された人族も、正気の人族もどちらも奪還しなければならない。
それは自分達の責務であり、マルコの願いなのだ。
(いつだって私は、オータス様の加護を以て人々を守ってきた……魔王ヴェロン軍の侵攻時はダレストリス陛下を結界術で守り、アーロン卿を結界術で護衛し、レガリス王室から強力な結界を宿すこの“輝跡の聖典”を賜った)
ロッカは手にした聖典を握りしめ、自分やマルコの周囲をオータスシェルターの結界で覆う。
最後まで何が起こるかは分からない。
そのための護りだった。
(この世界の人々を心身ともに守る――それが私の願い、私の信仰。私はこれからもこの信仰を、確かな行動で示そう。オータス様の加護の下、悩める人々をこれ以上傷付けさせはしない!)
人族の身体は勿論、心も“闇”から守りぬく。
ロッカはそう、思いを新たにした。
(保護しなきゃいけないのはあの2人か……大丈夫だ。今ならまだ、最短距離で近づける)
三雲 封真は自分とリザードマンウォーリアーの位置を確認しながら動いていた。
アブソーバージャケットで音を消しながら、気づかれないように慎重に。
その間、
クロエ・クロラはL.F.Mk-Ⅱを構え、狙撃のチャンスを狙い続けた。
(大丈夫……チャンスはある)
L.F.Mk-Ⅱに装てんしたのは、アルゲングランスを施したセイクリッドアローだ。
弾には魔力を乱す術式と、高い貫通力を持たせてある。
あとは、人質に向けて誤射しないよう、リザードマンウォーリアーだけを狙い撃つだけだ。
(邪教徒を掴んでいる、あの手を離させれば……!)
クロエは意を決し、引き金を引いた。
放たれた銃弾がホークアサルトの鷹に姿を変え、リザードマンウォーリアーに向かって飛んでいく。
そして人質をすり抜けると、その肩を貫いた。
咄嗟に自身を庇おうとしたリザードマンウォーリアーは2人の人質を手放す。
そこへ、封真が満を持して飛び出した。
(今だ!)
封真は素早くリザードマンウォーリアーの前へ躍り出ると、人質の2人との間に割って入る。
クロエはそこですかさずジョコーソを歌った。
(あの邪教徒達も無力化しなければ、連れ出せない)
歌は封真の不規則な動きを誘発し、魔族からの攻撃を阻む。
一方、人質となっていた者達は封真の接近に動揺を見せた。
「き、貴様何を……!」
「すみませんが、抵抗されると困りますので」
封真はサンダーウィップで人質達を絡めとり、痺れさせる。
それを見たロッカが、「今です!」とマルコに向かって叫んだ。
「マルコ様、リザードマンを!」
「感謝します、ロッカ殿!」
ロッカにそう答えると、マルコは杖を手にリザードマンへと迫る。
そして魔力の纏った杖でその脳天を強かに打ち据えた。
頭蓋を割られたリザードマンはその場に倒れ、動かなくなった。
「ロッカさん、まずはこの人をお願いします」
封真は保護した邪教徒達を結界内にいるロッカのもとへ届けた。
自ら魔神への信仰を望んだ彼らには洗脳を解くマインドキュアは効かなかったが、「助けられたのだ」という事を理解すると、どうしていいか分からないような表情を見せた。
だがやがて、捕らえられた彼らの1人がこう口にした。
「ひとまず……殺さずに我々の命を救ってくれた冒険者達には感謝する。ブラザー・マルコ、貴方と話がしたい」
「ええ。もちろんです」
マルコはそう言って頷いた。
話し合えば、信仰と信仰のぶつかり合いになるだろう。
だが、まずは話をしなければ。
マルコはそう強く感じているようだった。