・人々の発見と救出2
激化する戦闘の気配に気づいたのは、敵だけではなかった。
「大変よ! この先で誰か襲われているみたい! 敵はゴブリンと洗脳されている邪教徒たちの混成! 味方は四人で、ひとりは奥で捕まっていた人たちの治療に手を取られてる!」
開いたままになっていた鉄格子の扉をみつけ、先行偵察を行った
水城 フェアリアルトが、戦いの始まりを見て慌てて戻ってくる。
「まずいな……急ぐぞ!」
水城 頼斗が駆けだし、通路の向こうへ消えていった。
追いかける前に、フェアリアルトがふり返る。
「この先は狭くて、大勢は通れないわ。アタシたちは先に行くから、追いかけてきて!」
フェアリアルトを見送りつつ、夫婦である
遠近 薫と
遠近 千羽矢が、顔を見合わせた。
「ねえ、あなた」
「ああ、分かっている。俺たちも急ごう。薫は俺のうしろについてくれ」
薫と千羽矢のあとを追って走りだしつつ、
無月 夜は神妙な表情をしていた。
「なんか、はしゃげる雰囲気じゃないよね……」
「ハッピーエンドになったら存分にはしゃげばいいさ。それまでは我慢だ。助けを求めている者がいるなら、急ごう」
夜と
アンサラー・トリス・メギストスも通路へと突入していく。
タイミングがよく、うまくゴブリンと洗脳された邪教徒たちの後背を突く形となった。
「皆の武器に力を! とんてんかーん!」
夜がオータスの加護を与え、頼斗やフェアリアルト、千羽矢といった者たちの武装を強化する。
「このまま前後から押しつぶす! いくぞ!」
背後を取られたことに気づき、反転して飛びかかってくるゴブリンたちを、頼斗が鋭貫の硬槍を振りまわしなぎ倒した。
そんな頼斗の横を駆けぬけ、エアロナイフを引きぬいたファエリアルトが奥の洗脳された邪教徒に飛びかかる。
フェアリアルトの首を飾る解放の紫玉が光を放ち、獣人の本能を呼びさます。
「遅い!」
振るわれる棍棒を屈んで避け、怒涛の連続攻撃をしかけた。
足を蹴りはらって態勢を崩し、前かがみになって下がった頭を狙い前蹴りでのけ反らせて浮かす。
鋭く踏みこんで、がら空きになった鳩尾に膝蹴りを叩きこみ、腕を取って捻りあげつつ、背負うような姿勢からもう片方の腕で肘を胸へ打ちこむ。
そのまま密着した状態から顎に手を当て、超至近距離から掌底で真上に吹きとばす。
さらに自らも跳躍して壁などを使って三次元機動をしつつ幾度も斬りつけ、頂点からかかと落としを決めて床に沈めた。
とんぼを切って着地する頃には、フェアリアルトはもとの姿に戻っている。
一連の行動が終わるまでの時間は、数秒にも満たない。
頼斗も姉に負けじとばかりに暴れまわり、鋭貫の硬槍でゴブリンの眉間、喉、胸をほぼ同時に穿つと、持ち手の位置をすばやく穂先側にずらす。 そのまま回転させて遠心力をつけ、石突で全体重をかけ首をへし折らんばかりに殴りたおした。
攻撃を追えた頼斗とフェアリアルトへ、周りのゴブリンや洗脳された邪教徒たちが殺到する。
そこへ光の壁が展開される。
「らい兄とフェア姉に手は出させません……!」
薫の援護だ。
次々武器を叩きつけられるも、びくともしない。
さらに敵の進出に水を差す形で、浄化の力を秘めた聖なる炎の矢が降りそそぎ、二人の離脱を支えた。
魔力をかき乱され、追撃が途絶える。
「俺の仲間たちに、手を出させはしない。一緒にいくぞ、薫」
「ええ、あなた」
紅き鳳凰に千羽矢が矢を番え、薫もクロスメイスを掲げる。
流星のように降ってくる光の雨は薫が放ったものだ。
光の雨は周囲を閃光で満たし、ゴブリンや洗脳された邪教徒たちをなぎ払う。
輝く流星雨の間隙を縫うがごとく、音もなく発射された千羽矢の矢が確実に敵の数を減らしていく。
「夜、ここは俺たちに任せて、囚われている人たちの様子を見てきてくれ。手が足りないようなら、力を貸してやってほしい」
「分かったよ♪ 行ってくるねー!」
走りだす夜を援護するため、アンサラーが敵を引きつけにかかる。
「さあ、しばらく僕の相手をしてもらおうかな」
舞うアンサラーの姿が神々しい輝きに包まれ、ゴブリンたちや洗脳された邪教徒の注目を集めた。
さらに舞いのテンポを少しずつ落としていくことで、攻撃してくる者たちの動きを緩慢にさせていった。
「君も行ってくれ。ここは俺たちだけで十分だ」
「分かりました。あなたもご武運を」
薫も夜を追いかけて走りだす。
到着した薫と夜は、目を見開いて人々を見つめる。
「これは……なんて、ひどい」
目に力がない。
見れば見るほど、なぶられたり、拷問を受けたりした痕跡が痛々しい。
呪いがかかった魔族の呪物に苦しんでいる者もいる。
急いで囚われていた人々の復帰に手を貸した。
跪いた薫が胸の前で手を組んで祈りを捧げる。
その背から翼が生え、桃色の羽にも似た魔力を散らす。
「大丈夫、私達が治療します……大丈夫……」
癒しの祈りが、人々の体力を回復させていった。
「こんなものはこうだ! えい!」
夜も聖域を展開して傷の治療を助け、さらに呪いを浄化してまわることで、人々の精神的回復を図る。
「ゆっくりでいいから、飲んでみて? 楽になるから」
並行して、少しずつ琥珀亭のハニージュースを飲ませていった。
薫と夜の邪魔をするため走ろうとするゴブリンや邪教徒たちを、アンサラーが妨害する。
「つれないなぁ。もう少し、相手をしてくれてもいいだろう」
味方を勇気づける力強い旋律を奏で、縁の下の働きで頼斗やフェアリアルト、千羽矢の戦いを支えつつ、リーンの鐘を鳴らす。
ゴブリンと邪教徒間の連携が、少しずつ乱れていった。
そして、突如ゴブリンたちの動きが乱れ、統制されなくなった。
烏合の衆と化す。
別の場所で、ゴブリンメイジが打ちとられたのだ。
それを知っていたわけではないが、それでも好機であることを、全員が感じとった。
「よし、押しかえすぞ!」
「薫ちゃんたちに、手は出させない!」
どっしりと腰を落として鋭貫の硬槍を構えた頼斗が風をまき起こしながら姿を消し、次の瞬間ゴブリンたちが吹きとぶ。
鋭貫の硬槍を手に姿を現した頼斗は、ゴブリンたちへ突撃を決めていた。
そのまま余勢を駆り、壁に叩きつけ轟音を響かせた。
ゴブリンの頭を踏んで跳躍し、くるりと一回転して天井に足をつけたフェアリアルトが、急降下してエアロナイフで首筋をかき切る。
吹きあがる血飛沫を避けると、超高速機動に移り次から次へとエアロナイフを一閃していった。
そうして戦っているうちに、人々を背負って薫や夜が戻ってくる。
「全員運びだしたら撤退する! それまで俺たちで持たせるんだ!」
千羽矢が狙撃をくり返すたび、ゴブリンの額や心臓に炎の矢が突きたって全身を炎上させる。
火達磨になったゴブリンが、しばらくもがいたあとで倒れる。
ゴブリンメイジを始末した味方や、キキに同行していた味方も戦いの気配に気づいて集まってきて、手伝って人々を外の安全地帯にまで運びだしていった。
夜と薫の手が空く。
「あの人たちも助けないとね♪」
「ゴブリンを倒して、洗脳されている方々を保護しませんと……」
無力化することはもう簡単なので、夜と薫も加わり速やかに場を制圧していった。
「撤退支援に移るよ。全体の戦いもそろそろ終わる頃だろう」
アンサラーが演奏を明後日の方角へ響かせ、ゴブリンたちの注意をそちらへ向けさせることで隙を作りだす。
そのあいだに、救出した人々や、昏倒させた洗脳されている邪教徒を抱え、あとからやってきた味方が次々に走りだした。
頼斗、フェアリアルト、薫、千羽矢、夜、アンサラーの六人は、そんな彼らに背を向け、統制を失ったゴブリンたちに襲いかかる。
ゴブリンたちが殲滅されるまで、そう時間はかからなかった。