生贄 3
片腕を失った暗黒騎士。
傷だらけで辛うじて息をしている地に伏せたザザ。
ノクシアは次の寄生先としてザザに狙いを定めた。
「させませんわ!」
焔子は竜血の契を発動させ飛び込む。
限界を超えた速度で潜り込むと切り落とされた片口にフライクーゲル【カオスイーター】をごり押ししてオメガフレアを接射。
「その姿を白日に晒せ、ノクシア!」
爆炎を直接鎧内に流し込み内部の信者を焼き尽くし、憑代の機能を失わせる。
吸い上げる魔力の元を燃やし尽くされた暗黒騎士の鎧はバラバラに崩れ落ちる。
出方を窺えば細かなパーツに分かれた鎧がザザに向かって集まっていく。
「この時を待ってたぜ!」
臨殺態勢に入った春虎がシルバーストライカーに英雄のスカプラリオ【英雄のスカプラリオ】を乗せたシャイニングフィストを分裂したパーツのひとつに叩き込んだ。
光で穿ち、炎に包まれる鎧パーツ。
ザザに憑依できれば受けたダメージは帳尻を合わせられる。
今、守りに入ることなどノクシアにはないだろう。
見えているのは倒れているが生きている魔力体 ―ザザ― のみ。
「あちゃーダークプリーストが進んで身を捧げるとかの問題じゃなかったか! みんなダークプリーストを守って! 憑りつかれたら何がどう変化するか分かったもんじゃないよ!」
幸人は慌ててそう指示を飛ばす。
その指示に弾かれるようにイルファンはルナティックムーンによるクインタプルスラッシュを繰り出し始める。
別のパーツの中でも一番素早いパーツには垂が英雄のスカプラリオで強化されたシルバーストライカーでニンブルの加速を乗せることで先回りし立ちふさがると拳で弾き飛ばしていく。
「あたしの本気、見せてあげるわ!」
イーラは竜血の契を発動させ発勁でポテンシャルを最大限に発揮するための力を解放。
最小の動作で最大の威力を出すべく最適化された裂海拳を放つ。
リコも威力よりも手数を取った連射モードでライトフィールドマークⅡを撃ち続ける。
ザザにしか見向きもしない相手にサイレントショットを使うなど魔力の無駄でしかない。
シレーネもそれに加わりショットアシストユニットのサポートを受けつつ深海の大渦でホークアサルトをファストリロードしていく。
攻めの姿勢で【良風旅団】はノクシアが器としている鎧にダメージを与える中、瀕死の身であるザザへ駆け寄ったアリシアはハーフエリクシルを飲ませザザの身体を癒していった。
本調子には程遠いザザではあるが、その瞳にはなぜという問いが込められている。
「私は……叶う事なら、誰にも、死んで欲しくないよ……」
「アリシアさん優しー。でも、敵だからってそのまま死ねっては言えないよね」
ライゼがアリシアとザザを囲むようにオータスシェルターを展開し、サルベーションで更なる回復を促進させていく。
その姿にまだはっきりとした答えを出せていないアンネリーゼがいつ鎧のパーツが飛んできてもいいように大盾を構えた。
「一方から見ればわかりやすい悪でしかないけど、そんな人でも見捨てず守ろうとする者もいるのね……。まだはっきりと自分の立場を確立できていないからこそ、見極めさせてもらうわ」
そんな三人の姿が目に入って逸らせないザザはかつての在りし日を思い出す。
それはザザ自身が頂点だと信じて疑わなかった自己愛に満ちていた若かりし頃だ。
黒の元素に触れ、独力で闇魔法を習得し、応用もこなせるようになった。
魔界の魔導師ギルドの者たちを見下し、自身こそが魔導を極めるに相応しいと自惚れ、息巻いていた。
自らの力を誇示すべく若かりし頃のザザは誰かれ構わず魔法の勝負を吹っ掛けていた。
その杖先がシグへと向けられるのも時間の問題だった。
そして思い知ったのだ。
自分より格上の相手がいるということに。
自分よりも緻密に構築された魔法陣、そしてそこに流れる無駄のない魔力。
多彩な魔法を操り完膚なきまでに叩きのめされたあの日。
屈辱や挫折感すら感じさせないまでの圧倒的なカリスマ性。
その日からザザはシグを師と仰ぎ、シグのように多彩な魔法を操れるよう努力を重ねていった。
ひとつでも多くシグのような魔法を扱えるように。
少しでもシグに近づけるように。
どれだけ手を伸ばしても、追いかけても決して追いつけなかった師の背中。
一度たりとも振り向いてはくれなかったシグ。
憧れが崇拝へと変わってもザザはシグを追い求め走り続けた。
年若き日に自分の伸びに伸びた鼻をへし折った彼女のように洗礼された美しい魔法を使える者になるために。
【リトルフルール】もバラバラにザザを求めて接近するパーツたちの対応に回っている。
シールドカウンターで押し返した大和のパーツ目がけてコロナがクインタプルスラッシュで斬りつけ、アウラが双葉の弓槍を射抜いていく。
アイが拙い手つきで森緑の杖とゲイルブリンガーを操り斬撃と風の刃が鎧に筋を走らせる。
コミューンを結ぶフィリアは魔力を提供しつつ双葉の弓槍で撃ち落とそうとするが、素早く動き回るパーツはアウラもフィリアも捉えきれず矢は外れる一方だ。
「にゅふふ、アウラちゃんもフィリアちゃんもまだまだだね~。撃ち落とすなら、こうしなくちゃ!」
シャーロットはライトフィールドマークⅡでホークアサルトを撃ちだすことで素早く動き回るパーツを追尾させて確実にセイクリッドアローを撃ち込んでみせる。
オートアジャスターも付いているライトフィールドマークⅡの精度は双葉の弓槍の弓に比べて安定性と正確さが群を抜いていた。
シェリルはエレメントポットで魔力を補給すると華刃リボンを振り回して鎧を切り刻んでいく。
「よぉ、まだ生きているみたいだな。よかったじゃねぇか、オータス様とやらはお前を見捨てちゃいなかったらしいぜ。流石に懲りたろ? 今度はこんなヤベェ闇の力なんぞに縋らず、文字通り生まれ変わったつもりで生きろよな」
「無理だ。私の光はすでにいない。いないのだよ……!」
アレクスの言葉でザザは崇拝する師を失った嘆きで顔が歪む。
それを見られたくなくて手で隠すが流れる涙は隠せない。
それをわざと見ないように仲間たちの戦いに視線を向けながらアレクスは呟く。
「それでも辛くなっちまったら、いっぺん俺らのサーカスを見に来い」
「サーカスなどただの見世物だろう……」
「そんじょそこらのサーカス団だと思うなよ? 俺たちのリトルフルールはただのサーカス団じゃねぇ、お前だろうとめいっぱい楽しませてやれる自信があるぜ。だから、諦めんじゃねぇよ。こいつをやるから、生きろ」
アレクスはリトルフルールのサーカスチケットをザザに渡す。
その笑顔で渡すその姿がザザにはとても眩しく見えた。
あの日、自分を叩きのめしたシグが負けた自分に手を伸ばして立ち上がらせてくれたあの手になぜだか似ていた。
死にたくない。
師を追い越すことは叶わないが、隣に立てる程の力はまだ手に入れていない。
シグの仇を討つなら死んでもいいと思っていたが、サーカスに夢を見てもいいのではないのだろうか。
一度だけでいいからと欲したシグとの思い出。
叶うのならばシグと共通する思い出が欲しかった。
ただひとつの思い出にするならば、夢のような世界を閉じ込めたい。
魔界には存在しない光の象徴であるサーカスのような夢の世界を。
たとえシグがその思い出を覚えていないほど些細なことであっても。
ザザにとって忘れられない輝かしい思い出がひとつだけでいいから欲しかった。
「この一撃に、私の全力を込めます……。輝神オータス様、その威光で闇の使徒へ裁きをお与え下さい……!」
アリシアは輝煌天翼に溜まっている魔力を使ったパニッシュメントクロスを放つ。
一部が粉々になるが、より細かな破片となったことで蛆虫のように這い寄ってくる。
ザザを囲むようにオータスシェルターが展開されているが、その結界を床に転がっていた暗黒騎士の剣が意志を持って宙に浮かぶと一直線に貫いた。
とっさにアンネリーゼはアラウンドガードで剣を受け止めるが結界はすでに崩れ落ちている。
黒き破片の蛆虫たちはアレクスが差し出したザザの手から腕から纏わりつくようにザザを包み込んでいった。
「ア。アア、私ノ、望ミハ……」
『おお。なかなかの保有量ではないか。失っていたであろう魔力すら補ってくれるとは、エヴィアンも気が利くではないか』
「あなたのためにザザさんを助けたワケじゃないもん!」
「世界ヲ闇デ包ミ込ミ破壊スル……否、私ハシグ様ノタメニ……ハ、ハカイワ……イヤダ!!」
頭を抱え込む暗黒騎士。
中身のザザと支配者のノクシアが鎧の中で混ざりこんでいく。
そうなるのはザザが人族ではなかったために引き起ったもの。
魔人であるザザは一飲みでノクシアに飲み込まれることなく僅かながら残った自我が抵抗を示す。
だが、ノクシアに飲み込まれるのも時間の問題だろう。
混ざり合うまでに時間がかかるだけで、ノクシアの器である鎧から逃げることは不可能だった。
ギリギリと下段の構えをとる暗黒騎士。
ザザの悲鳴と共に闇を纏った剣圧が爆発した。
グレートウォールを展開できるナイトたちが一丸となって盾で受け止めるが、その守りの上から有り余る力で受け止めたナイトたちを血に染める一波。
「輝神よ、傷を癒し給え」
「オータス様……赤き血を流す者に奇跡の力を」
「輝神オータス様、闇を照らす、聖なる光を我らにお恵み下さい」
「輝神様、その御手で傷ついた者を癒してください」
「母の祈りよ、みんなに届いて」
クレリックたちが祈りの言葉を捧げヒーリングブレスをナイトたちに届ける。
だが、光に包まれた者を拒絶するように赤く流れる血が徐々に黒ずみ溢れる血は止まる気配がない。
致命傷でなければ大抵の傷は癒せる強力な治癒術式が効果を発揮しなかった。
『無駄だ。この闇の剣の一撃を受けた者は我が呪いを授かった身。死への気配に慄きながら死んでゆけ!』
「ザザを取り込んだことで力が戻ってきたのね。精霊剣が使える程までに。癒しを拒絶する呪いと生命力と魔力を減衰させ衰弱させていく……いわば闇の精霊剣とも呼べる闇の加護の剣を」
「アガーテ様? ……まさか、貴方様まで!?」
「掠り傷よ。でも、回復手段を封じてきたのは痛いわね……どうしてくれようかしら」
黒ずんだ血を流すアガーテ。
彼女も守りに出たがためにノクシアの呪いにかかってしまったのだ。