<4>民兵
「私が斬り裂き、私に抉られ、私の血を浴び、私の断末魔を聞く。ふふふふふ。ぞくぞくするほど愉しみねぇ♪」
空中へ上がった
御永音 燈が、同族を喰らう狂える金鷹で自身のコピーと激しく打ち合う。
シュヴァルツシルトで防ぎ、弾き、斬りつけ斬り結び、弾かれてまた肉薄。その攻防に燈は笑みを浮かべた。
「さぁ……享楽の宴を始めましょぉ」
しかし、対するコピーは燈と同じ顔、姿をしているにも関わらず無表情だ。
それなのに、享楽者としてのアバターを完全に使いこなしている。だから、ただ斬り合うだけでは崩せそうにない。
「ん~……これならどうかしらぁ?」
燈は吸血騎士を発動し、血の装甲を湧き上がらせる。――と、コピーもまた同じように血の装甲で全身を強化して、盾も武器代わりに振って来た。
「ふふふふふふ」
簡単には落ちない。それがわかって、燈はむしろ更に上機嫌に笑う。
時を同じくして、空中戦の燈に対し、
フェイシア・ピニンファリーナ、
レイン・ウルフベル、
鶴永 真白は地上戦を繰り広げていた。
フェイシアは元々、燈と示し合わせて地上と空中とにコピーを分断して戦う手筈だった。つまり、単独戦をかなり意識した戦術を考えてきている。
対して偶然同室となったレインと真白は、連携に重きを置いて様々な状況を想定していた。そのため自然と、好きに動くフェイシアをレインと真白で補助していくような動き方となる。
フェイシアとレインはそれぞれS.A.Aを纏い、真白はクルースニクR2に搭乗していた。
ノーライフキング――死の王。
そうであるフェイシアはただ力が強いだけの戦士では無く、死を操り威を見せ、冥王として裏側を跪かせるつもりだ。
「ひざまずけーー!!」
死の帝威を発揮するが、しかしコピーたちには意志がない。虚を突かれることはあっても、大きく委縮するような本能はなかった。
効かない、と判断するや否やフェイシアは栄光の小瓶を投げる。閃光と轟音で僅かに怯んだだろう自身のコピーへと肉薄、間合いの広い蛇腹剣の形をとらせた禍髄太刀で自身のコピーへと居合斬りを試みる。
高速で振るう事で、刃同士が摩擦によって発火し、刀が炎を帯びる禍髄太刀はしかし、コピーの体を捉えなかった。……閃光に紛れて、コピーが姿を眩ませたのだ。
次の瞬間、背後から死障丸が投げつけられる。
咄嗟に、フェイシアは禍髄太刀を自分中心に渦潮のように回転させた。アームディフェンスによる防陣で、どうにか死障丸をやり過ごす。
「あれあれ? そんなまあいでいいの?」
フェイシアが目覚めの葬送曲で死障をまき散らしたとき、燈がコピーを下方へ押し込むように高度を下げて来た。
「死怨連携……耐えられるかしらぁ?」
自身の怨骸甲冑の怨念を解放しながら、燈は自身のコピーをフェイシアのまき散らした死障の中へと叩き込む。
たまらず、燈のコピーは大いなる翼を発動して燈を押しのけ上空へと逃げるように戻った。
だから燈もすかさず大いなる翼を広げて、コピーを追い高度をあげる。
そして――燈はただの大声を出した。
技でも何でもない、大声だ。翼の共鳴で唄の効果範囲は広がるならば、音自体が大きくなると考えて、コピーを竦ませることを期待した。
――が、翼でただの音自体が大きくなるわけではない。ただの大声は、そのままただの大声だった。
しかし、大いなる翼を広げてしまった以上、互いに長くはもたない。コピーは高度をある程度上げたところで急旋回し、上空からの落下速度を乗せて同族を喰らう狂える金鷹を突き出して来た。
けれども。
速度の乗り過ぎた金鷹は燈のシュヴァルツシルトに弾かれた。
代わりに、下から突き貫き抉るように、燈の金鷹がコピーを串刺しにする。
深く刺し、空中で下から自身のコピーを抱き止めるかのようにした燈が、コピーにゆっくりと噛みつく。
そして、ライフドレインで血を吸い上げながら、その目元を恍惚に緩めた。
「あぁ私の血……私の肉……私の悲鳴……良い……良いわぁ」
断末魔、ではなかった。けれども、燈は崩れゆくコピーの体の悲鳴を聞いたような気がした。
吸いつくされて干乾びて砂と化してしまったかのように、コピーの輪郭は消失し、掻き消える。
――その頃、地上ではフェイシアも、再び禍髄太刀を自身のコピーの足元へと振っていた。
それをコピーが躱した瞬間、フェイシアは「つどえ!!死の冥闇」と、自身でばら撒いた死障を集めた。
「とーこー期間に考えた、ちえとせんじゅつ、さいごのきりふだ、――これがあたしの全力全壊!!」
周囲に漂うまき散らした“死”を収束し、練り上げて、コピーへと死障丸を投げつける。
しかし、コピーもまた、周囲のそれを集めて死障丸を投げて来た。
……瞬間、フェイシアの前に、真白の錬成した鉄壁が出現する。
鉄壁に守られたフェイシアは、死障丸の直撃を免れ、改めてコピーへと肉薄した。
「ブレイク!!」
肉薄の勢いのまま、禍髄太刀でコピーの胴を串刺しに貫く。
貫かれたコピーは、がくっと膝を落とし、跪くようにして倒れながら、霧散して消えた。
同時に、鉄壁を足場にフリーランニングで飛び上がった真白は、ADリボルバーで自身のコピーを射撃する。
ここまでの間も、フェイシアに近づけさせぬよう、真白は牽制というよりは誘導のような射撃で自身のコピーを追い立てていた。射撃を躱していたコピーは、けれどもこれ以上は避けきれないと踏んだ時点で鉄壁を錬成し、それを凌ぐ。
その隙に、真白はレインのコピーも狙って、ADリボルバーを撃った。
――俺は弱く、足りないものだらけだ。……だが、そんな俺を信じてくれる仲間がいる。
真白は、だからこそもっと強くなりたい。少しでも仲間の力になる為に。少しでも仲間の支えになれるように。裏側の力を、手に入れたい。
真白に狙われたことで、レインのコピーは注意を真白に向けざるを得なくなった。
――レインのコピーに関しては、とにかく近づけさせない。それが最も重要だった。何故ならば、レインにはジストレス・影を使う力があるからだ。
つまり。
コピーが、レインの姿を見失う。と、次の瞬間には、レインは真白のコピーの影から現れ出て、背後から真白のコピーへとスクラッパーを撃ち込んだ。
凄まじい反動を利用して、レインは後ろへ跳び跳ねコピーから距離をとる。一撃だけで倒せると思っていなかったからだ。
予想通り、前のめりになりながらも踏みとどまった真白のコピーがすかさずレインへADリボルバーを向けて来た。が、ちょうど背後に迫った壁を駆けあがるようにしてレインは銃弾を躱す。
躱して、宙を舞って――そして、咄嗟にコピーの錬成した鉄壁の上に着地して、そのまま鉄壁の上からスクラッパーの銃口を真白のコピーへと突きつけた。
瞬間、真白のコピーの体がぐるりと回転する。レインに完全に気を取られたコピーを、真白が背後から体術で組み伏せたのだ。
仰向けに床へ叩きつけられたコピーの胸元に、真白はADリボルバーを突きつけてゼロ距離で躊躇せず撃った。組み伏せから射撃までほんの二秒弱。流れるようなイレース・ザ・ヴァンパイアに、真白のコピーは弾けて消える。
――そしてその時にはもう、鉄壁の上にレインの姿はない。
自身だけでなく、真白が続けて確実に仕留めるとわかっていたので、レインもスクラッパーを使った。
しかしレインのコピーは、向かってくるレインへスクラッパーの銃口を向けたが、撃たなかった。撃てなかったのだ。連射が出来ない以上、ここで外せば不利になるとわかって、まずその場から駆ける。
真白のADリボルバーの機能が低下したとはいえ、いつまでも逃げ続けられるものではない。だからなのか、コピーはむしろ、正面からレインへと向かってきた。
隙を突いての奇襲がメインであるレインには、ある意味想定外の展開だった。だが、S.A.Aは負荷が大きい。持久戦になれば不利だ。コピーが賭けにでて一気に仕掛けてくることは、容易に読める。同じ状況ならば、レインもそうせざるを得ないとわかるからだ。
しかし、レインには、仲間がいる。
フェイシアが死障丸を放ち、コピーがフリーランニングを駆使して躱した。
その隙に、レインは真白と共にコピーへ肉薄する。
これ以上は出し惜しみできない、と判断したコピーがレインへとスクラッパーを放った。
が、コピーの前に真白が鉄壁を錬成し、それを防ぐ。――と同時に、作られた死角から回り込むように、レインはコピーの背後に躍り出た。
スクラッパーの反動で傾くコピーの体を、真横からイレース・ザ・ヴァンパイアで組み伏せ、そして。
頭部にスクラッパーを押し込んで、引き金を引いた。
民兵の真髄は足りないものを装備で強化し周囲を利用することだ。どんな状況であろうとも足掻き続ける諦めの悪さ。持っている力と周囲を利用して勝ちを狙いに行き、どんなに無様であろうとも最後まで生き残る。生き残った者が――勝ちなのだ。それが民兵だと、レインは胸に刻んでいる。
その一発で、コピーは輪郭を失って消失した。
……コピーには、圧倒的に諦めの悪さが足りなかった。
レインは、少なくともそう感じたのだった。