伝説のチャンピオン
サルマティアにある巨大円形闘技場“タンゴコロシアム”。
かつてサルマティアグランプリの会場となったこの場所に
池田 蘭はいた。
フィールドギミックのない決勝戦のステージ。
蘭……RWOではセリスという名のレベルデザイナーは、グランプリ本選には参加していない。しかし、ここが決戦の、彼女にとっては試練の舞台であることが理解できた。
金色の鎧に身を包んだチャンピオンが目の前にいる。
「バウアーさん、ですか」
バウアーはレプリカントではなく、元々の姿をしていた。とはいえ、レプリカントだろうとチャンピオンだろうと、強大な力を持っていることに変わりはない。
バウアーはすっ、と剣を抜き、そのまま持ち上げた。
そのポーズは、彼の戦い方を知る者にはお馴染みの技――“湯切り”の構えである。
振り下ろされた一撃は、闘技場のステージを一撃で崩壊させた。
本来、ステージは破壊不能オブジェクトのはずだが……どうやらこの実験施設では適用されていないらしい。
しかしセリスには関係ない。ブロックドラゴンUによって巨大化したトラモントに騎乗し、飛翔したからである。
「RWO世界に認めて貰う為に……私とトラモントともお相手お願いしますですよっ!」
崩壊し、隆起した瓦礫の上に立ったバウアーへと、セリスは挨拶代わりとトラモントを突進させた。
バウアーが剣を構え、受け止める。ピクリとも動かないあたりに、バウアーのステータスの高さが窺える。
一見すると、バウアーは飛行能力を持たないように見える。とはいえ、飛翔して距離を取れば安全とは限らない。
トラモントが爪で剣と打ち合うが、バウアーの斬撃が鉤爪ごと足を切断した。
一旦距離を取る。セリスはモンスターの粘液を素材に、アルケミアから粘着弾を放った。ダメージ判定自体は大きくはない。しかし粘液の性質により、速度低下が発生する。
とはいえ、アルキミアの攻撃は同じ素材でも都度威力が変わり、効果もまちまちだ。
動き鈍っている間に、今度は虹色秋刀魚を装填する。
そこから放たれるのは、貫通弾だ。高い防御力を誇ろうと、一定の威力を与えることができる。
バウアーが剣を腰より下に構えた。刃が光を帯びる。
降り抜かれたそれは巨大な光の刃となり、貫通弾を飲み込み空にいるセリスにまで届いた。
「トラモント、ブロックブレスバースト! ですっ!」
ならば、と光刃を埋めるようにトラモントにブロックブレスバーストを撃たせた。
「色んな素材を弾に変えて敵を撃ち、ブロックを使ってマグマを生み出し敵を焼いていく。
これが私の錬金術――なのですよっ!」
ブロックの炎が瓦礫ごとバウアーを飲み込み、衝撃で瓦礫が打ち上がった。
それが自分に当たらない、ようエレボスボムによる突風で流していく。
ここはゲームの世界。その成り立ちは少し複雑だが、様々な世界と繋がっている。
仲間との繋がりをより強く感じ、困難にも共に立ち向かえたのも、ある意味この世界の特異性のおかげなのだろう。
皆と冒険する楽しさを改めて知り、これからも続けていく。
トラモントと一緒に強敵と渡り合り、『皆を守る為の勇気の証』として――ドラゴンに乗る錬金術師見習いの薬師としてRWO世界に認めてもらうために。
セリスはこの試練に挑んだのだ。
それも、終わりに近づいている。そう感じられた。
……そこで違和感に気づいた。あまりにも瓦礫が多く飛散しすぎている。
「……っ!!」
それはバウアーが瓦礫に対し湯切りを発動し、打ち上げたからであった。
バウアーは宙に浮く瓦礫を渡りながら、セリスとトラモントよりもさらに上空へと跳躍した。
これも何らかの高等移動スキルがなせるものか。バランスを崩させるべく、セリスは空めがけてエレボスボムを放つ。
しかしバウアーは大きく剣を振りかぶっており……大気を揺さぶり、セリスとトラモントを叩き落とした。
空中で放たれた湯切り。それはまさに空を落とす秘技、天空落――。
セリス――蘭が気がつくと、そこはもうRWOの世界ではなかった。
バウアーの必殺技を食らい敗れた。しかし、彼女の手には試練を乗り越えた者の証が握られていた。
敗北はしたが、彼女の力と意志は確かに、RWOに伝わっていたのである。