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アバターリミット3

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アバターリミット3
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境界面でのできごと


 ノーチラス号は深淵を目指して止まることなく進みゆく。
 深度が深くなればなるほど精神への負荷、アバターへの負荷が大きくなっていく。
 その負荷に耐えつつ、界霊の妨害、正体不明の世界の住人たちを対処しつつ奥を目指していく特異者たち。
 負荷に耐えきれなくなった者から脱落していき、魔力が尽きた者も異界に飲み込まれる。
 そうして数々の脱落者を排出しつつ世界の裏を垣間見ていた彼らはひとつの空間で合流した。
 つまり、ここが最深部であろう。
 目の前には鳴動する膜があり、そこが裏世界へと続く境界面であることが窺える。

「へーここが境界面ね。今回はこのメンバーでの最終決戦といったところかな」

 笑い道化の片眼鏡をかけた行進は合流したメンバーにへらへらした顔を向け、どう戦術を組みたてようかへらついた顔の裏で算段を立てていく。
 合流した者はセフィロトのイルファン。
 アルテラの紫地の弓を操るキョウ。
 ユーラメリカの夏輝と彼の持つ砲剣オルトロスに憑依している春那のコンビ。
 テルスの恭也。
 そしてワンダーランドから自分という集まり。

 全員が裏の力の持ち主だと考えない方がいい。
 目に見える己の片眼鏡とキョウの弓は裏アイテム所有者だとすぐ分かるが、裏スキル所有者は使う場面を見ない限り分からない。

「何が現れるか分からない。即席のパーティだ。せめて裏の力を使える者は名乗り出てほしい。オレはエンゼル・ケープで精神保護とダメージ緩和を纏っているが、それだけだ。戦闘方法も共有しておきたい。陣形を組みたてよう」
『アタシもプロテクションとプラズマカノンくらいしか使えないわね』
「そうだねー。僕は、この片眼鏡が裏アイテム。戦闘はこの通り、愚者の鳥籠と愚者の境目を変化させての攻撃さ。銃から、爆弾、槍に大鎌、ワイヤーナイフに大盾、遠近どこでもなんでもござれ! 脇役だろうと舞台を映えさせるならどんなことでもやってみせるさ!」
「おぅおぅ道化師はどこへ行っても相変わらずだ。俺は冥細胞のスキルが使える。使えば自分の身も浸食してくるから、そう何度も使える訳じゃないが、切り札にはなるだろうよ。俺のアンサラーがこの中じゃ巨体か……なら、陽動は俺がやった方がいいかもしれねぇな。ダッシュローラーで高速移動しつつ斬冥刀でズバッと、な」
「俺のシャドウメルカバ―も陽動に使えるだろう。メルカバーを突撃させれば、なにかしらアクションが返ってくる。もしくは俺が直接距離を詰める時に使うのも手か。ゴッドブレスによる範囲攻撃も悪くない手だと思うが」
「最後は俺か。見ての通りこの紫地の弓が裏アイテムだ。基本こいつで遠距離からの乱れ撃ちがメインになると思う。接近されれば鈍器としても使えるが」

 鳴動する膜からいつ敵が現れてもおかしくはない。
 だが、情報共有も必要なこと。
 敵襲に用心しつつ、戦術を練り込んでいった。

「おーどうやら奴さんは僕たちの存在に気付いたようだ。華やかな舞台の幕開けだ!」

 鳴動する膜からは人の形をした力なき人形が潜り出てくる。
 首が据わらず四肢はだらりとしているが、全ての身体が出てくれば、まるで糸に操られたかのように動きだす。
 これが境界面の敵。
 なにをしてくるか分からない。

「死者を操るか……どうやら操り師は境界面の向こう側にいるらしい。その者を引き摺りださねば、この戦いは終わらないようだ」

 ホーリートーカーの声を聴いたイルファンがキャリバー・オブ・メサイアを構えながらそう伝える。
 死者を操る……つまりはこの死骸は使い魔。
 使い魔を倒した所で終わりはない。
 使い魔に予備が居れば追加されるだけ。
 大元を絶たねばなるまい。
 手には反りのある刀のようなもの。
 どう出るか……出方を窺えば操り人形は刀を手に突撃してくる。
 それを迎え撃つのはアンサラーを操る恭也。

「斥候だろうとなんだろうと、蹴散らしちまえばいい! 様子見で済むような相手じゃねぇことを教えてやらぁ!」

 ダッシュローラーで接近すれば、フレキシブルスラスター壱式の噴射速度を乗せた斬冥刀を叩きこむ。
 サイズ差など操り人形には大差ないのか、そのまま刀で受け止める。
 すると操り人形を伝うように死霊が恭也のアンサラーに纏わりつく。

「くっ主か使い魔かどっちか分からねぇが、スキルも使えるか」

 アンサラーに纏わりついた死霊は距離を取っても離れることはない。
 一定時間が経たなければ解除されることはなさそうだ。
 距離を開ければ操り人形が距離を詰める。
 その速度はなにかが上乗せされたかのような速度上昇だ。
 おそらくルーンの速度上昇がかかっている。
 死角を突くように刀で刺突をしてくれば、キョウの紫地の弓と夏輝の砲剣オルトロスの砲撃で操り人形の動きを止めた。
 この境界面は全ての世界を内包するが、どの世界とも違う境目。
 元素が存在し、ルーンの力が使える。
 気を抜けば持って行かれそうな精神異常空間は表の三千界にはあまりない。
 裏の力を持たない夏輝がこの場に留まれるのはあくまでも絶対救世主空間とスーパーパワー『エンゼル・ケープ』のお陰と言っても過言ではない。

「サクラはご退場願おうか! 観客を楽しませる主役がいないんじゃ話にならないさ!」

 悪意なき敵愾をそのままに行進は愚者の鳥籠を大鋏で操り人形を切断すれば、胴体に双剣にした愚者の境目で切り刻む。
 舞台上で笑いを取る道化師のようにアンブリンキングで楽しげにバックスライドでクルクルと変幻自在に優柔不断に動き回る。
 敵の手札を引き出すことで春那のラーニングタクティクスにより多くの情報を蓄積させるために。
 セラフィックアーマーで上空に飛んだイルファンがミカエルポゼッションの力を借りてキャリバー・オブ・メサイアの剣戟を飛ばす。
 そうすれば糸が切れたかのように操り人形はただの骸と化した。

 使い魔を失えば次なる使い魔が来るのが定石。
 もしくは、相手の技量を測りきり主が姿を現すか。
 その答えは境界面の向こう側から放たれる威圧が答えだった。
 まるで王のような威厳と威圧を放ちながら現れたのは死者の身体を持つノーライフキングでありながら小柄な身体を持つアールヴの姿をした者。
 まるで2つのアバターを身につけた特異者のような者だった。
 そう。
 このノーチラス号の面々と同じように別世界を観測しようとしていた特異者に相当する存在は目覚めの葬送曲で周囲に死障をまき散らす。
 手には操り人形と同じような刀に血が纏わりついている。

 ゆらりと動きだし、前動作なく夏輝に接近したもう別世界の特異者は刀を突き出した。
 春那の視野外感知と自身の死の嗅覚を持って辛うじてエネルギーシールドを構えることはできた。
 エネルギーシールドの表面以降には纏わりついた血が入り込めなかったことからも、体内へ侵入し破壊する烈血の刀舞であろうことが窺える。
 ぶつかり合った刀とエネルギーシールドのせめぎ合いの外からは行進の愚者の境目が変化した銃の弾丸が飛び、せめぎ合いは強制的に解除。
 距離を開けた別世界の特異者へ冷静にホークアイで把握したキョウの乱れ撃ちが飛んでいく。
 春那も4連装プラズマカノンで攻撃に加わる。
 死を操るノーライフキングのアバターを持つ者は“死”を遠ざけることが出来た。
 周囲の元素を吸い上げ、高威力の矢を放っても回避されたのでは意味がない。
 それでも、完全に死を遠ざけることはできるはずがない。
 ダッシュローラーの移動をそのままに恭也は斬冥刀を振りまわす。
 アンサラーならが血を流しこまれる心配もない。
 スワロウターンを仕掛けてきてもMEC制動による精密操作に加え、機体の背部スラスターとフフレキシブルスラスター壱式のスラスターを操り、ダッシュローラーを用いてディレイアヴォイドすれば回避できる。
 問題は物理攻撃は見切れても死霊のような形なき者を避けるのは容易ではない事。
 一定時間、どんな場所にいようとダメージを与えてくるスキルは厄介だった。

「俺は自分一人で戦っているのではない。天使や悪魔、そして仲間がいる。“剣聖”のイルファン、持ち得る力をすべて出し切り貴殿を斬る」

 シャドウメルカバ―で黒いメルカバーを出現させ突撃。
 この突撃は当たらなくても構わない。
 回避行動を取らせる。
 反撃に出ても迎え撃てばいいだけのこと。
 イルファンの予想通りアールヴの翅で姿をくらましてもゴッドブレスからは逃げられない。
 聖なる波動に吹き飛ばされ、別世界の特異者は姿を見せる。
 シャドウメルカバ―を自身の背後に出現させ、一気に距離を詰めればキャリバー・オブ・メサイアを振り抜く。

「横槍ってのは無粋だなー。人形師なんだから、いつかは人形も動くとは思ってたけどさ」

 今まで屍だった操り人形は息を吹き返したかのように起き上がり、ラジカルアンプで魔力の鎧を別世界の特異者に纏わせ刀をイルファンの背から突き刺さんとしたが、笑い道化の片眼鏡をかけた行進は愚者の境目を変化させた大盾で受け止めた。
 笑い道化の片眼鏡は僅かな可能性も見逃さない。
 魔力の鎧を纏ったことでキャリバー・オブ・メサイアの一太刀を耐えれば、砲剣オルトロスの砲撃と追撃する4連装プラズマカノンが飛んでくる。
 操り人形は夏輝に接近すれば、死角から刀を突き出す。

『その攻撃は見飽きたわ!』

 ラーニングタクティクスで培った情報は春那の糧になる。
 死角を突く角度も計算済み。
 プロテクションを張り、夏輝を守る。

 距離を取った別世界の特異者は撹拌の呪歌を歌いだす。
 境界面では精神の揺らぎが大きい。
 一度聴くだけでも不快感は相当強いが、それで取り乱す者はいない。
 効果がなくても別世界の特異者は表情を変えないまま翅を羽ばたかせ毒の鱗粉をばら撒き始める。

「生憎だが、俺に毒は効かない」

 揺られざる者であるキョウに状態異常は効果がない。
 混乱対策を中心に組み込んだ他の者には効果があるが、キョウは動きを鈍らせることなく紫地の弓を引く。
 別世界の特異者は一撃必殺の攻撃はしてこない。
 じわじわと相手の力を奪っていく戦術が多彩だった。
 そしてその術に絡め取られたのは夏輝。
 砲剣オルトロスの砲口がブレたのはそれに憑依している春那が一番分かっている。

『負けないで、夏輝――いえ、ビジネス・オーダー! 最高のヒーローはここで立ち止まってる暇なんてないはずよ!』

 大地母神の浄化で夏輝の揺らいだ精神を安定させる。
 震えていた照準が定まり、ピタリと止まった砲剣オルトロスは寸分違わず別世界の特異者を捉えた。
 途中の影たちと違い、確かな“存在”を感じる。しかし、次元を跨いでいるせいかはっきりと姿は認識できない。おそらく向こうからも、今はこちらが得体のしれないものに映っているだろう。
 夏輝を排除せんと接近していた別世界の特異者はエネルギー砲を受け止める羽目になり、フォローに回っていたキョウの鈍器と化した紫地の弓に吹き飛ばされる。

「はいはーい! そろそろ幕開け。ご退場願いましょうか!」

 爆弾に変化させた愚者の鳥籠と愚者の境目を投げつけ、さらに吹き飛ぶ別世界の特異者。
 鳴動する膜まであと少し。
 日々の鍛錬で培った型をなぞるようにキャリバー・オブ・メサイアを力強く振り抜き血飛沫を飛ばす。

「オラァ! とっととお前の棲みかに帰りやがれ!」

 ダッシュローラーの推進力にフレキシブルスラスター壱式の噴射の勢いを乗せた冥細胞Ⅰを纏わせた斬冥刀で別世界の特異者を鳴動する膜の向こう側へ押し返した。
 とぷりと飲み込んだ膜は波紋を広げると、そのまま静寂を取り戻した。

 しばらく警戒を続けたが、使い魔が現れることもない。
 鳴動する膜からは何も出てこない。
 「裏三千界観測ミッション」は終了と見てもいいだろう。

 ノーチラス号は浮上していく。
 それに伴い負荷をかけていた重荷も軽くなっていくのを感じる。

 ミッション終了。
 今回相対した存在の情報をリサたちに渡せば、この異次元の戦いも終わる。
 別世界の特異者も気になるが、それについても追々分かっていくことだろう。
 今は表の世界に帰り、精神を、身体を癒すのが先決。
 考えるのはその後でもいい。

「みんな、お疲れ様だねー」

 行進の言葉が全てだった。

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