始まりの世界、決戦の地
眼前にそびえ立つ大聖堂。
ここが神聖エテルナ帝国の帝都ノウス・テンプルムであることは一目瞭然であった。
「あの人は確か……」
猫宮 織羽は“敵”の姿を捉えた。
上半身には何も纏わず引き締まった肉体をさらけ出して宙に浮き、光り輝く純白の翼を広げたアーライルを。
神聖騎士第八席、マリウス。「王剣戦争」の時は、織羽が大聖堂に到着した時点で、既に倒されていた男である。
肉体的には総じて非力なアーライルにはほとんどいない、“武闘派”だ。
帝都に到着するタイミング違っていれば、もしかしたら対峙していたかもしれない相手でもある。
「意外な方が出てきましたね」
リルテ・リリィ・レイネッセが呟いた。とはいえ、相手は神聖騎士であり、神聖騎士最強と目されるメリッサをして「一対一では勝てない」と言わしめるほどだ。
実際、マリウスが対峙した特異者に与えたインパクトは相当なものだったという。
「相手が誰であろうと、持てる力の全てをぶつけるのみ」
この場にいたのは織羽とリルテだけではない。
サキス・クレアシオンも一緒だった。奇しくも、かつて青の王剣を送り届けた者同士。
(ユリィ……)
織羽は改めて自分の想いを確かめた。
『これからもずっと、わたしの唄は、アルテラを護るみんなの力になるためにこの世界の彩を唄っていきたい。 ――歌って生きたい』
それは誓い。今も心の中にあり続けるもの。
パートナーのリルテにとっては生まれ育ち、これからも生きていく世界。そして彼女は、世界から力を借り受ける魔導騎士であり、繋ぐ者。
これは倒すための戦いではない。認めてもらうための戦いだ。
「神聖武装、形成」
リルテが青き三日月の杖『Vinculum』を形成し、元素結界を展開する。
サキスもまた、神聖武装『ラフォル・ステイシス』を形成。
マリウスの両拳のガントレット――神聖武装がその輝きを増し、光が収束する。
織羽の体が宙に浮いた。唄での支援をすべく、星紡ぎのリュートを奏で始める。伴奏に乗った勇気の唄はハルモニア・ドレスの力によって高められ、リルテたちに届けられた。
マリウスが光の波動を放つ。収束された白の元素は一筋の光条となって織羽を飲み込もうとした。
「オルハ!」
「大丈夫っ!」
魔封石の力でどうにか防いだ。完全に無傷、といかないのはさすがは神聖騎士といったところか。
その間、間合いを詰めたのはサキスだった。
エターナルブレイブによる身体能力の向上と魔力活性化。
マリウスがラフォル・ステイシスの鋭い突きをガントレットで受け、カウンターを繰り出そうとする。
それを巧みな槍捌きで防ぎ、互角の近接戦を繰り広げる。
マリウスの纏う光は、それそのものが彼の武器であり、神聖武装の間合いに入ればそれだけで体力を削られる。
サキスもリルテ同様に元素結界を展開し、神々しいまでの輝きに耐えた。
「やはり強いです……!」
リルテが唇を噛んだ。相手は大聖堂を守る番人。そして味方が少ないほど強くなる性質を持つ。
織羽はオラトリオを唄い、リルテたちの傷を癒した。
マリウスの特性上、長期戦は圧倒的に不利。もちろん、オリジナルのように倒れても強化されて復活するかもしれない。
それでも、アルテラに認めてもらうために――力と想いの全てをぶつける。
サキスが聖約で神聖武装を活性化し、構えを取った。
リルテはアルトルークの霊水を飲み、青の元素を体で感じながら聖約し、杖をかざす。
アルテラは織羽とサキスにとっては初めて訪れた異世界であり、特別な思い入れがある。
織羽はリルテという親友と出会い、仲間たちとたくさんの冒険をし……たった一人の“青の王子様”と出会った。そんな、大好きな人たちと会わせてくれた大切な世界だ。
サキスは魔導給仕隊という居場所ができ、“主人”のためになる力を授かった。そしてこれからも、主人の力になれるかもしれない世界である。
織羽たちの決意を感じたのだろう。マリウスが笑い、手招きした。来い、と。
「アルテラ。わたくしの生まれ育った世界よ、青の元素よ、どうか応えてください。
これが、オルハとわたくしの――絆の力です……!!」
輻射。リルテの杖から青い光が放たれた。それと同時に、サキスも同じく輻射を発動した。
マリウスが拳を合わせ、防御の構えを取り、白の結界を展開する。
しかし技を使ったのは彼女たちだけではない。
「――――……!!!」
織羽の叫声。勇気の唄で高められた“願い”のこもった叫びは大気を揺らし、衝撃となってマリウスへと押し寄せる。
認められた先、目指すものは何か。
答えはもう出ている。
大好きな人たちと、大切な世界で、これからも歩いていきたい。
これからも、この世界の彩(いろどり)を唄っていきたい。
それは世界とともに歩むという意志。
三者の渾身の一撃を受けたマリウスは吹き飛び、地面に墜落した。
しかし、光を帯びながら彼は起き上がる。
マリウスがにやり、と笑ったかと思うとその姿は世界とともに消えた。
それは実験終了を意味していた。
気づけば織羽とリルテの手には、試練を乗り越えし者の証があった。
「……届かなかったか」
サキスの手にはない。手ごたえはあった。世界に拒絶されたわけではない。
しかし、まだ力を授けるには足りないものがある。……そういうことなのだろう。