テルスのビジョン 1
ライオネル・バンダービルトはこのミッションがただ境界面に辿り着くだけでは終わらないことを確信している。
当然裏世界を見に行こうという流れになっても仕方がないこと。
だがその先で鬼が出るか蛇が出るかは分からない。
そして、ライオネル自身は境界面、そして裏三千界へ到達するという目標の下このミッションに参加したわけではない。
元々アバターの裏側を見たこともなかったためだ。
それでもこのミッション全体を考えれば、目的を優先するのならば、誰かひとりでも境界面に辿り着ければそれでいいということだ。
ならば自分はその到達者に余計な消耗をさせずに盾になればいい。
つまり深部へ向かう途中に現れる可能性がある敵対存在から同じ世界の仲間を護衛。
場合によっては敵の足止めを行い、他の特異者の消耗を防ぐ役目が必要だろう。
徐々に深まる深度に並行するように精神負荷も大きくなっていく。
そのような外的要因で余計な負荷をかけるのでは目的を果たすこともできない。
カームレスピレイションの呼吸法で気持ちを落ち着かせ、冷静な思考を取り戻す。
愛機のアンタレス【フルアーマー・ファルカタ】に乗り込み、当たりを警戒する。
その上空には
ミシェル・キサラギが操縦するクーロンズ・マキナ【ヘビークルーザー級改】が飛んでいる。
そのクーロンズ・マキナと程良く距離を保って飛んでいるのは
リリック・レインハルトが操縦するセプテントリオン【試製アサルトハンター級】。
クーロンズ・マキナにはオペレーターの
ロゼ・ロートシルトも同乗している。
ミシェルの目的はただひとつ。
ミシェルが関わった人々を幸せにすること。
前回の限界実験で大切なテルスに自分の意志を認めてもらうことが出来た。
けれどもそれだけではまだ足りない。
その意志を実現に変える力が無ければ。
おそらく、それぞれの世界は何らかのルールに基づいて構成されている。
それに基づきとある分岐点で枝分かれした世界が表と裏。
テルスアバターの裏を見た人が冥王の力を手にした事実からすると、裏では冥王の支配が続いていると考えられた。
それはテルス世界が持つ力の裏の面。
表と裏、両方の力を持つことで本来のテルス世界の力に辿り着けるかもしれない。
そして裏側を観測し分岐点を知る事で、きっと世界のルールにも。
その為にも必ず境界面に辿り着いてみせる。
ロゼとしてもミシェルの片腕として相応しい力を身につけたかった。
同じ空間に導かれた者同士、共に境界面に到達するため、オペレーターとして出来る限りのサポートをしよう。
リリックもミシェルの相棒である。
仲間を守る力を手にするため、この壁を乗り越えてみせる。
どんな壁であろうと裏三千界の境界面に辿り着くと覚悟を決めた。
「重なり合う世界なら必ずどこかでその世界の欠片を誰かが体験しているはず。全くの未知という訳じゃないわ。恐れずに乗り越えましょう」
「そうですわ。どのような世界がわたくし達を待ち受けているか分かりませんけれど、ミシェルさんの言うとおりですわね」
カームレスピレイションの呼吸法でミシェルとロゼは精神を落ち着かせ、ロゼが索敵宝珠改を使って全方位索敵を開始。
ミシェルはテルスエッセンスを握りしめ小さく呟く。
「貴方に認めてもらった私の意志。実現の為に私達を導いて……!」
何かあってもすぐに対応できるよう【僚機】メガリス×3でダイヤモンド状に隊列を組むよう指示を飛ばしておく。
「索敵にヒットしましたわ! 皆さん、戦闘体勢に移行するのですわ!」
ロゼの索敵宝珠改に引っ掛かった相手は暗黒の細胞に感染したメタルキャヴァルリィ。
そのメタルキャヴァルリィが僚機であろう冥細胞の塊を従えて、世界の理に則って攻撃を開始した。
「さぁて、お仕事の時間だ。引きつけは任せな! 余計な消耗なんてしてられないだろうが! こっちは境界面なんざ目指してねぇ! 全力でお前らを護ってやるよ!」
「私が先陣を切る。皆で境界まで辿り着こう!」
カームレスピレイションで呼吸を整えたリリックはセプテントリオンの機動力をトラストコマンダーで十分に活かしつつ、【僚機】プレゼントボマー×3と共に先陣を切る。
トラストコマンダーで細かくセプテントリオンを機敏に動かし暗黒の細胞に感染したメタルキャヴァルリィの周囲をキープ。
コンダクトマークで主幹であるメタルキャヴァルリィを徹底的にマークする。
「さあ、お前の相手はこの私だ! 遊撃艦のコマンダーとしての力を見せてやる!」
セプテントリオンに搭載された中口径三連装魔力砲【中口径三連装魔力砲】で砲撃を開始。
ライオネルもホーミングミサイルランチャーを発射させ、僚機を狙う。
数を減らすと同時に自分へヘイトを向けさせることで仲間を守る算段である。
「ああ、こんなものじゃ足りない。冥細胞は確かに強力だが、これにはまだ先がある。
冥王とその配下たる六欲天、奴等を正面から相手にするにはサクセサーの力だけじゃ無理だろう。
だからこそ、もっと力を! 例えそれが裏世界の冥王の力であってもだ。清濁併合、表のサクセサーと裏の冥王の力を使いこなせさえすれば、俺は……!」
「落ち着きなさいな。裏側の冥細胞を得て確信しましたわ。トランスヒューマンには未だ秘められた力があることを。その力を示し、極められるなら、裏三千界の艱難辛苦も先に進む糧にしませんと。人の手で貪欲に未来を切り開こうとする意志が私の……トランスヒューマン、人造の超人の力になると信じて」
「ん。敵が裏三千界の尖兵であろうとも、誰1人として脱落させない。それがゼネラルとしての私の矜持だ」
先の実験でも手を組んだ【チキンダイバー】の
柊 恭也と
松永 焔子、そして焔子のパートナーである
三好 慶火。
恭也と焔子は重なり合う空間からテルスの裏側のビジョンを感じ取った。
冥王との戦い。
ラディア王家とグランディレクタ共和国との争いを。
戦火の火種は変わらず散らばっていた。
恭也は今回の実験で最も厄介なのは精神攻撃や強力な敵ではなく、情報の少なさと考えた。
どのような界霊が現れるか、正体不明の敵はどういった存在で攻撃方法は何なのか、故に足りない情報は自分達がトライアル&エラーで補う必要があるだろう。
だが今回はエラーすると次のトライアルが出来ない可能性が非常に高い。
故に安定性を重視して立ち回るべきだと判断。
前衛にはこの場の盾となってくれるライオネルもいる。
遊撃艦のリリアンと遠方狙撃手のミシェルもいる。
トライアルするには良い条件が揃っていた。
「俺も囮に加わるか。守りと遊撃だけじゃ、攻め手が足りない。囮だって必要だろう」
「サイコサーモグラフに反応はありませんわ。敵は慶火の全方位索敵にヒットしたあの敵だけ。ですが、十分に用心せねばなりませんわね」
「柊の死角は私が補う。視野が狭くなろうと注意を促せれば、自ずと動けるだろう」
「頼んだぜ」
「では行くのだ。キャノン隊の奮戦を期待する」