ユグドラシルのビジョン
ユグドラシルに認めてもらうため可能な限りの力を付けた
リュナ・ルキュル。
世界を救うための覚悟を決めた。
そうして、表のユグドラシルに認めて貰えたのだ。
後は、次の目標……裏三千界に迫って、世界を救うための鍵を手に入れる。
持ち得る全てで、新たな鍵を引き寄せてみせよう。
「……行きましょう、アルウロス」
愛龍である白竜『アルウロス』【グランブルムヴァイス】に跨り空へと飛び上がる。
目の前には自分が持つグングニルと似て非なる存在。
影のグングニルは、ありとあらゆる想いが混ざり合って再製されたもの。裏の世界樹の性質のせいだろうか。
明るい信仰心のオーラから負の暗い怨みのオーラまで内包されている。
その感情をダイレクトにぶつけてくるグングニルに対抗するには、精神を守るしかない。
ノーチラス号に乗った者たちの大半はそのような対策をしてノーチラス号に乗りこんでいる。
だが、考え方によっては精神を消耗したのなら、それを回復すればいいのではないかという手段も考えられた。
その当人こそがリュナである。
ユグドラシル賛歌を歌うことで精神的な疲労を回復することにしたのだ。
アルウロスと英竜一体となったリュナは竜の炎を吐かせ、グングニルの突きに併せ光束のルーンを放つ。
影のグングニルが回避し、リュナの身体に自身を突き刺すまでは狙いを外さずしつこく追尾してくる。
突撃してくればブリュンヒルデの楯で防ぎ、グングニルではじき返す。
バランスを崩した影の槍にアルウロスがブレスを吐き出し、旋回して距離を広げる。
「味方がいるなんて思わなかったよ」
リュナには分からなかったが、
ティターニア・ホイットニーにはこの影のグングニルがどのようにできたか認識していた。
それは別次元のアールヴが編み出した剣技であるアールヴ・ピアシングという技術を手に入れたから。
そのお陰で一部ではあるが、裏のユグドラシルのビジョンを垣間見ることが出来たのだ。
アース神族ではなく世界樹そのものが信仰の対象となり、そこに世界の意思が宿った。そこから生まれ出ずる武器もまた、意思を持つ。
裏三千界という何が起きるか分からない状況のまま観測ミッションが実地されることに不安がないわけではない。
ノーチラス号に乗り込めば、異空間に隔離されるという話を聞き、疑問に思ったのは異空間に隔離された状態というのはノーチラス号に乗り込んだままなのか、そのまま異空間に放り出されるのかということ。
この目の前で起きている異空間はノーチラス号の中で起こっていることなのか、異空間に飛ばされノーチラス号の外で起こっていることなのか、今でもわからない。
それでも自分のやる事は考えることではない。
ならば最善を尽くせばいいだけのこと。
今よりも少しだけ境界面に近づく。
それを繰り返せば境界面にだって辿りつける。
月光の翅を羽ばたかせ、アールヴのティターニアは無心無想で精神的ダメージへの対策をとる。
境界面に辿り着くのに重要なのは『敵を撃破すること』……ではなく『倒れずに前に進み続けること』。
そのためにもこの無心無想は必要不可欠な要素である。
何が起きるかわからない。
つまり、何が起きてもおかしくない。
目の前に武器が誰の手に操られることなくひとりでに動いている現象であっても、理解の及ばない何かが必ず起きるという『覚悟』ができている。
『覚悟』が出来れば『警戒』ができるというもの。
油断は禁物。
正体不明の存在が襲いかかってくることは事前に説明を受けている。
正体不明の存在というのがあの影のグングニルなのだ。
界霊ではなかったが、元々分からない存在ならば正体不明であろうとなんだろうと関係ない。
ひとりで戦う覚悟でノーチラス号に乗り込んだが、まさか他にもユグドラシルアバターの者が乗り込んでいたとは。
グングニルの性質がそのまま変わらないのだとしたら、狙った相手に突き刺さるまで飛び続けるだろう。
狙いが自分ではないのなら、奇襲を仕掛けることもできる。
妖精王の聖剣を手にラジカルアンプでアールヴが秘める膨大な魔力を武器に込めて、火力を強化すると裏スキルのアールヴ・ピアシングでルーンによる速度上昇をフル活用し、敵の死角から急所をその勢いのまま刺突。
「防御をしてごらん。私はその上から貫く」
癒えない傷を負わせながらティターニアは不敵に笑う。
表スキルであるアールヴフェンスは刺突をメインにした剣術であるが、裏スキルのアールヴ・ピアシングにはそれがない。
つまり、このアールヴ・ピアシングは斬る・突くだけではなく、引く・払う等の技術で隙を作ることができるということ。
剣技というのはなにも攻撃だけではない。
時には守ることも、隙を突くことも技術のひとつである。
呪歌よりも物理的な戦闘術を発展させた別次元のアールヴが編み出した剣技ならば、それができる。
より幅広い応用技術が可能となった裏の力。
ラジカルアンプで火力を増幅した妖精王の聖剣でのアールヴ・ピアシング。
それがティターニアのできる『他アバターの力を借りずに繰り出せる最大の攻撃』方法であった。
クレッセントイヤリングで魔法攻撃力も上げ、最大火力で影のグングニルに挑む。
ティターニアはひとりじゃない。
アルウロスと英竜一体になったリュナもいる。
リュナがヘイトを稼ぐことでティターニアが攻撃に集中できた。
ガリガリと削れていく精神をユグドラシル賛歌を歌い上げ、消耗を補充していくがそれでも削れていく速度の方が高い。
「何が出てきても、アバターの力、そしてアルウロスの力を引き出すのはいつだって私自身。だからこそ、英竜一体だけに頼らず、今までの経験を総動員して切り抜けなければならないのです。こんなところで終わったりしません!」
「進んでいるならいつかは辿り着くとも!」
グングニルは狙った相手を貫くまで止まらない。
リュナの精神が異界に飲み込まれれば、次に狙われるのはティターニアだ。
取り残されるのはティターニアになるだろうことはリュナにも分かっている。
だからこそ、この異界に存在できている間に出来る限りの傷を付けなければならない。
「アルウロス! まだ行けますよね」
竜と共に空を駆けていったあの日々は裏切らない。
限界は自分で作るのではない。
もっと上に。
さらに上に。
相棒と共に駆けていこう。
精神の続く限り、共に駆け抜けよう。