<11>二人だから
ローレンティア・ベルジュは、戦闘開始と同時にライトニング・タイの雷弓を放ちながらグラビティフリーの瞬発力で駆けだし、まずは自分自身のコピーと肉薄――そして無間斬で斬りかかった。
偉人とは、パートナーに寄り添う者。つまりパートナーと共に戦い、パートナーが最大限の力を発揮出来るようサポートする者だ。
だからローレンティアは、コピーを
焔生 セナリアへと接近させぬよう、コピーをきっちりマークするために、積極的に攻めていく。
なぜ、セナリアではなく自身のコピーへと標的を絞ったのか。それにはきちんと理由がある。
スコーピオの強みは、安全圏からの無数の武器を遠隔操作し脅威に対処する能力だ。相手が“アバターに最適化された自分自身”なら、そのセオリー通りに後方から遠隔操作で攻めてくる。そうセナリアは読んだが――しかし、実際は少々違った。
セナリアのコピーはアルターアジュールを双剣に分割すると、ローレンティアのコピーへと加勢するように駆けて来た。
ローレンティアはグロウシールドでコピーたちの攻め手を防ぎながらも、陶酔行軍の錬剣で積極的に攻め続ける。
すぐに、セナリアはフォーフォールドで四つに増やしたアルターアジュールをすべて双剣形態にして展開。ローレンティアの感覚共有で視覚も共有しつつ、セナリアは神殺の釣針で四対計八本にもなる剣を遠隔的に操作し、まずは剣をコピーではなくローレンティアの元にまで飛ばした。
コピーのセナリアがデクスクレイグで双剣を操り、コピーのローレンティアと隙を補うように連携しながら、本物のローレンティアを熾烈に攻める。対して、セナリアも遠隔操作でローレンティアを的確に援護した。
――多くの世界を渡り歩いてきた中で見つけた、自分達の戦闘スタイル。それをスコーピオに落とし込む事が、“表の限界を超える”鍵になるはずだ。
コピーの無間斬で押されてローレンティアが後ろへ飛べば、すかさずセナリアが、追い縋ってくる自身のコピーへと四方から、展開した剣を飛ばす。
時間差の刺突に対応せざるを得なくなったセナリアのコピーは一旦後退し、そこでようやくフォーフォールドを展開、四本の剣のうち二本を神殺の釣針でローレンティアのほうへ向かわせ、もう二本は自身で掴んでセナリアの攻撃を捌く。スコーピオの力があるからこそ成せる技だ。
本物のローレンティアは、後ろへと飛んだ先からライトニング・タイの雷弓を放ち自身のコピーを牽制する。
「――ローラ!」
セナリアが、呼びかけるのと同時に剣を二本のみ呼び戻す。
それを掴んで、セナリアはローレンティアの元へと斬り込んでいった。
コピーの遠隔操作で飛んできた剣を、ローレンティアはブラストエッジで弾き落とし――いや、自身のコピーへと弾き返す。
相手が“最適化された自分自身”である以上、正攻法の動きでは超える事は一筋縄ではいかないだろう。実力が拮抗し、膠着状態となってしまうからだ。
故に、セナリアとローレンティアは、スコーピオと偉人のペアではなく、セナリアとローレンティアのペアだからこその戦い方で決着をつける。
セオリー通りに動く事を辞めて、セナリアも本来の戦い方へ。感覚共有で、より一層ローラと連携を密にすることを意識して、ローレンティアの隣に並んでまずはローレンティアのコピーへと突っ込んでいく。
瞬間、世界が一瞬だけ二重に見えた。その光景はすぐに消え、元に戻る。
掴んでいない剣のうち三本は、後方に下がったままのセナリアのコピーへと向かわせ、下手に此方を直接狙えぬようにプレッシャーをかけた。そしてもう三本は、ローレンティアのコピーの周辺、その空中に停まらせる。
グラビティフリーの半無重力状態を活用し、空中で停止する剣の腹を足場に、セナリアとローレンティアはコピーの周りを跳び回る。
ローレンティアは斬り込む、と見せかけて跳躍、自身のコピーを飛び越え、その隙にセナリアが身を屈めて下から斬り上げる。
虚を突かれ、大きく体勢を崩したローレンティアのコピーへと、ローレンティア自身が即座にライトニング・タイの雷弓を構え、そこに陶酔行軍の錬剣を番える。
すぐ目の前、至近距離で、ローレンティアはコピーを射抜いた。グロウシールドを構え直す余裕もなく、コピーは錬剣に貫かれる。
貫かれた胸から霧が噴き出し、そのままコピーの体は崩れて消えた。
――ローレンティアのコピーが消えたことで、セナリアのコピーの、展開していた剣も消える。
その隙を逃がさまいと、セナリアは六本の剣でコピーの退路を塞ぎ、一気に肉薄するとその勢いのまま、フォーフォールドの四連撃を叩き込んだ。
捌ききれずに、セナリアのコピーは連撃の中にその体を弾けさせ、消失した。
……そして、同じ部屋の少し離れた位置でもまた。
「俺たち一人一人ならともかく、俺とフィア、二人ならどんな強い相手にだって勝てるさ……!」
天津 恭司は戦闘開始と同時に、すぐに原典回帰で配者の慚愧の力も革命の旗に乗せ偉能力を強化する。
そして更にすかさず、インドラの矢で強化したカルキノスの鋏を、目と鼻の先にいる
フィア・ヒーターのコピーへと放った。
「もう一人のフィアよ……その活動を停止しろ!」
スイーツメーカーは普通のアバターに比べて能力は若干劣るが、おかしな戦い方で相手を自分のペースに巻き込ませるアバターだ。だから、先手必勝で最初に対処しにかかったのだ。
少年からもらったこのアバター、キャンサー。……その裏側があるならば見てみたい、と恭司は思う。
かつてキャンサーとは、抑止力としてその力の有り様を示していたらしい。
抑止力、それは他に人があってこそ成り立つものだろう。――だからこの力も、人を繋ぐ為の1つ。恭司はそう、考えた。
裏側を見るのではなく、自分達の現身を倒す。そのために。
「スイーツーメーカーに裏なんてないよっ♪ 食は万物に通じるからねっ♪ でも裏があるなら見たいよねっ」
どちらにしても、アバターの力を理解している自分達との闘いを、フィアはとても楽しみにしていた。
(私たちが自分たちのアバターをどれくらい理解しているか試されるのかなっ!
あ、そっかぁ、相手に勝つだけじゃなくて、面白おかしく戦って料理しちゃうってことなんだねっ)
シューティング☆クッキーを自身のコピーへと放ち、フィアは可愛いホイップエプロンを翻す。
だが、コピーたちにはフィアが鉈を持っているようにしか見えない。
レディー・スイーツ! でスイーツメーカーとしての準備も万端だが、それだけでなくフィアは、自分達を倒す意思表示に、マスクドマーダーで化粧をして、立派な殺人鬼の顔にしてきたからだ。
クッキーを避けられずに受けたコピーへ肉薄し、パラソルチョコランスを突き刺す。
――フィアのコピーが霧となって消えた。フィアはすぐに、恭司へと加勢する。
動きを阻害されたフィアのコピーに対し、恭司のコピーはというと、インドラの矢は使わずにすぐに駆ける。――こちらが一気に魔力を消費するのを見込んで、持久戦に持ち込む気なのかもしれない。
だが、驚異的な動体視力を発揮する今の恭司を振り切れるような速度はコピーには出せない。
「一人で無理なら二人なら♪ 恭司君と一緒なら自分達には負けたりしないよーっ♪」
恭司とフィアでコピーを挟んで回るようにしながら、コピーと背後を取り合う。接近の度に雌伏の天縛牙で突き合うも、コピーのほうはあくまで深追いせず逃げの姿勢を見せていた。離れればフィアがすかさずシューティング☆クッキーを放つ。けれどもコピーはそれを慎重に躱して器用に立ち回った。
逃げ切られれば怒涛の反撃を繰り出されるのは目に見えているし、そうなればこちらに為す術などない。
だから、その前に。
ゾディアックサインで存在感を示し、コピーの気を引くのと同時に、恭司はコピーへと再びカルキノスの鋏を放った。
(アバターの事を理解していても、一人では勝てない、それが俺だ……!)
コピーもまた、カルキノスの鋏を放つ。恭司とそのコピーの動きが、ほぼ同時に阻害された。
しかし直後。
「恭司君、いっくよぉ♪」
声と共に恭司の背後から飛び越えるように現れたフィアが、恭司もコピーも巻き込んでキャンディスプラッシュを発動する。
ソーダ味の飴玉となった二人に、フィアはにっこりと笑って。
そしてコピーの飴玉を、パラソルチョコランスで全力で打ち抜いた。
ガラスの割れるような。気持ちの良い音が響くと同時に飴玉が弾け散る。
「あれ? これだと殺人鬼じゃなくて、殺飴鬼?」
割れて粉々になった飴玉がそのまま霧となり消えるのを見て、フィアは今更気がついたように目を丸くしたが、ま、いっかというようにまた笑う。
面白く楽しく。
恭司と一緒に勝利を掴みたい。
――そう思っていたフィアの願いは、こうして成し遂げられたのだった。