<7>許容される無数の可能性
「ライトニングドラゴン――見参!」
自身のコピーが現れてすぐに、
青井 竜一は名乗りを上げた。
直後、カルペディエムの咆哮を放つ。
自身の潜在能力を引き出すと同時に、同部屋で戦うこととなった
七篠 時雨、
迅雷 夏実、
燈音 春奈にもその効果が及ぶ。
竜一の渾身の咆哮に、コピーは虚を突かれた。――怯んだというよりは、竜一の動きや方針が読めずに、次の手を判断しあぐねたという状態だった。
そして、そんなコピーに、竜一は。
「天空真竜拳・竜襲迅炎爆!」
のっけから、スーパーパワーで大爆発を起こす。
その範囲内には仲間やコピーたちもいたが、しかし、この爆発は味方に危害を及ぼさない。爆発に飲み込まれ、痛手を負うのはコピーたちのみだ。
サルバトーレというアバターのセオリーの一つはやはり、“スーパーパワーは必殺技として最後に使う”ということではないだろうか。だからこそそこを外し、最初の攻撃で勝負を畳みかけていく戦法をとってみよう、と竜一は考えたのだった。
コピーはセオリーに基づいて動いているわけではない。だが、最も効率的で安定した動き方や構成が、セオリーと呼ばれることになるのもまた事実だ。そして、そのセオリーを理解し、ものにし、使いこなせたうえで更にその上に行くために大切なのが、自分らしさなのだと言える。
竜一自身は戦いの立ち回りの中、相手の手の内を把握していった上で、切り札を使う――つまり先手必勝のタイプではないのだが、今回の相手はよく知った自分自身である。相手の手の内は、最初からほとんど見て取っている状態とも言えるので、ならば最初の攻撃で必殺技を使うのもまた、竜一らしい戦い方であり、選択肢といえた。
リサ・グッドマンの話によれば、世界には“元々、他世界の力もある程度は許容する要素がある”ということだった。
ならば、あえて他世界の力も使い“許容する要素”も刺激してみることで、裏側を覗くきっかけを作れるのではないか。竜一はそう考えたのだ。
瞬間、凄まじい爆発の中、竜一は不思議な世界を垣間見た。
アバターの裏側。合わせのように無限に続く鏡の世界――そこに映し出された数多の自分の姿は、無数の可能性そのもののように見えた。アバターに準ずるのではなく、自分という者の在り方のために、自分の理解したアバターの力を使う。だからその使用者によって、そしてその瞬間の意志によって、最適化されたほとんど一つのセオリーではない、無数の在り方に繋がっていく。
それはアバターの裏側であり、向こう側であり、竜一自身の可能性の先にある世界ともいえるかもしれない。竜一の考えた刺激は、アバター側にではなく、結果として竜一自身に新たな扉を開くきっかけを与えたのだ。
――長い一瞬だった。しかしその一瞬で得たものは大きい。
と、その爆発の中で動いたのは、時雨だった。
爆発に飲まれたと思われた時雨のコピーは、翼竜鎧の飛行力で咄嗟に上空へ退避して、大きな痛手を受けるのを免れていた。
しかし、それでも無傷ではいられず、それなりに傷を負っていたコピーは、真っすぐに向かってくる時雨から逃れようと倍速で逃げる。
爆発の中を突き抜けるように、時雨も同じく倍速でそれを追った。追いながら魔剣バートリィを振るい、コピーの脹脛を裂く。
足をやられたコピーが倒れて転がり、時雨はすぐにコピーへと馬乗りになった。
――目の前に、俺がいる。自ら孤独を選んだ悪魔。
ヴィランの本質は、“自己中心”。対して時雨は……中途半端だ。
一人で戦おうとし、許せぬものであれば憎悪のまま手にかけようとするが、その行為に何度も自分の命を懸け、さらには行動の根幹は――“みんなのために”だった。
矛盾している。そう自分でも思う。
それでも時雨は超えなくてはいけない。力を手に入れなければならない。みんなを助けるために。――そうしたい“自分のために”。
速やかに、魔剣をコピーの腕へと突き立てようとする。下から同じく魔剣で弾かれた。だが、もう上に乗って押さえ込んでいる。幾度かの攻防を経て、腕を貫き、最後には首へと魔剣を突きたてた。
ぐっと魔剣を深く押し込むと同時に、不意に手応えがなくなる。コピーの体が、形を失って霧に戻って行くように消えて行ったのだ。
……春奈もまた、自身のコピーへとマギアルイグニスで斬りかかる。
春奈のコピーは竜一から一番離れたあたりにいたため、スーパーパワーの大爆発を受けながらも、マギアシールドで身を護りながらその範囲外に自らも飛び出すことで致命傷を逃れていた。
もし、竜一のコピーがこの一撃で倒されていなければ、同じ技を使用してくる危険がある。だから、春奈はコピーを追いたてながら、なるべく仲間から距離を取るように駆ける。
コピーを休ませず、斬撃を中心に近接戦を仕掛け続けた。勿論、コピーもマギアルイグニスを振るってくる。それを正面からマギアシールドで受けながら――けれども、春奈はあえて少しずつダメージを受けていく。
ヒーローの本質は多分、“逆境への強さ”だと春奈は考えていた。追い詰められた時こそ真価を発揮出来るのは、ヒロインやヴィランにはない特色だと思う。
(そして私は“どんなピンチも打ち砕き、みんなを守り抜くヒーロー”を目指してる)
そんな自分のコピーなら、仲間である他のコピーを助けに行く可能性が高い――少なくとも春奈はそう思った。ならば、自身のコピーが他の特異者を邪魔しないようにする事が“みんなのため”に繋がるはずだと。
自身のコピーを倒してみんなへの危険を減らす。そして、裏の力を目指すのは、みんなを守るためにもっと強くなりたいから。……今回、春奈はこの二つの想いを胸に刻んでここへきた。
だから、春奈はわざとある程度の攻撃を受けることで、自分を追い込んでいるのだ。
そうしながらも、コピーの動きをよく見ることも忘れない。その一挙手一投足が、自身の可能性の一つだと思うからだ。
と、ここでコピーは、オーバーフォースを発動してきた。……かなりダメージの蓄積していたコピーの能力がぐんとあがり、仕掛けられた猛攻に、春奈はついに斬り飛ばされる。
……だが、今こそ。
春奈もオーバーフォースを発動し、跳ね起きると共に、飛び掛かってくるコピーをマギアルイグニスで迎え撃つ。
互いに一歩も譲らぬ攻防――けれども、先に動きに翳りを見せたのは、コピーのほうだった。
そこを逃さず、春奈はスーパーパワーの効果が途切れると、今度はバーニングラッシュの連撃を叩き入れる。
一気に押し切るために、連撃のあと、春奈はもう一歩深く踏み込み、半ば無理矢理にもう一度マギアルイグニスを振るった。間髪入れずの連撃とはいかなかったため、最初のバーニングラッシュで既に体勢を崩されながらもゴダム魂で反撃にでてマギアルイグニスを振るってきたコピーに、けれども春奈も怯まずに、ルビーマグネシアの力を信じてそのまま力ずくで斬撃を届かせる。
限界を超えた力。逆境を超えるヒーロー。ごり押しこそ春奈の基本スタイルだ。
マギアルイグニスを叩き入れると、コピーは遂に、耐えきれず、その体を霧散させる。
――春奈がコピーを追い建てていた時、夏実もまた、自身のコピーと互いに、アルティメッツ・ブレードとフォーミュラーソードによるレーザーブレード二刀流の手数を武器に激しく斬り合っていた。
どちらかが後退を許したり、剣を振り切った直後などの隙も、リフレックスメイルの銃器で埋めるという近接戦のみには留まらない立ち回りだ。
だが、夏実は戦闘の冒頭で竜一の咆哮に奮い立たされ、コピーはというと大爆発に巻き込まれていた。リフレックスメイルの反射があると言えども、完全に無傷ではいられなかったようで、若干動きが鈍くなっている。――それを鑑識眼で冷静に分析できるくらいには、夏実には戦いの中に僅かでも余裕があった。
夏実のコピーは、他のコピーの補助に動こうとしていたが、しかし、その動きの鈍さから、夏実の素早い妨害がなんとか間に合った状況だった。コピーたちを連携させない――夏実としては自身の装備の打点に絶対の自信がないこともあり、各個撃破に持ち込むつもりはなかったのだが、同室の味方が自由に戦えるようにするには、自身のコピーを押さえ込んで護ることが第一だと判断した。
沙条 秋葉をはじめ姉貴分や兄貴分、恋人、ヒーロー仲間。これまで夏実には、様々な人との出会いがあった。
夏実は命を奪い合う感覚が好きで――というより、それ位でしか自分の生を実感できなかったのだと思う。
それが、出会いを経て、いつしか“なぜ人は争い、命を奪い合うのか?”という疑問に気がついた。
その疑問に、夏実なりに掴んだ答えは“護る為”――大切な人を、思い出を、或いは自身の誇りや自尊心を護るために、人は戦うのではないか。人が人に挑む時、必ずそこには何か護りたいモノが有る。今までの夏実で言えば、自分の存在証明を護る為、になるのだろうか。
そこに気がついて、素敵だとさえ思った。
(生き死にじゃない、戦いに挑むって何て美しくて気高いんだろう、って)
そして同時に、誰もが日常の中でさえ、ちっぽけでも戦っているのだということにも、気がついた。
「だから夏実は、私は、そんな美しく気高い人々を護りたい。その為に、この“救いを齎す者”のアバターを極めたい。力無い人々の護りたいモノを、護ってあげる力を掴みたい。掴んで見せる!」
護る意志に欠けるコピーなどに、絶対負けない。
夏実が押す。そのまま、押し負けそうになったコピーは次第に、斬り合いの中で夏実から距離を取りたがるようになった。けれども、そのまま引き離されては夏実が辛い。倍速で追って、積極的に倍速を維持する。
と、ここで、距離を取りたがっていたコピーが急に方針を変え、攻勢に転じ流星カウンターパージを繰り出して来た。強引に、主導権を奪い返す気なのだ。
――だが、コピーがその切り札を使ってくることは夏実も読んでいた。むしろ、そのために、ここまで攻撃的な立ち回りを意識して、あえて見せつけてスーパーパワーを使わせたのだ。相手にも鑑識眼があると、分かっているからこそ誘うのは容易だった。
好戦的に見せていた夏実が突如大きく回避の行動をとったので、コピーは必殺技が不発になると同時に分析を裏切られたことで虚を突かれた。
そして、その隙を逃さずに、今度は夏実が流星カウンターパージを見舞う。
ほぼ真横から、コピーは×字に斬り飛ばされ――そして床に転がると同時に霧となって霧散して消えた。
そして、皆が自身のコピーと戦っている、その頃。
竜一は、大爆発をどうにか凌ぎ切った自身のコピーへと、最後のとどめを刺そうとしていた。
(同じスキルでも、その威力を十全に発揮できるだけの愛が、アバターの裏側も抱けるのか?)
そう思いながら、満身創痍のコピーへときゅーてぃくる・ラブシャインを放つ。
だが、ここで終わりにはしないし、手も抜かない。ハートの形の光を追うように竜一は駆け、ハウリングブラスターで同時に六発分の熱線弾を発射した。
コピーに、スーパーパワーを使わせるわけにはいかない。だから。
攻撃を変えていくことで瞬刻の見切りも活かさせぬままに、畳みかけた竜一のそれに、コピーは結局ほとんどまともに戦わせてはもらえぬまま、倒されて消えて行った。
――全員が全員、短い時間の中で一気にコピーを仕留め、勝利した。
一呼吸も置かぬまま畳みかけるような戦いだったが、しかし勢いに乗って、思い描いた戦い方を通すことが出来たのだった。