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アバターリミット3

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アバターリミット3
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<6>華麗なる終幕


  花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに

 ――なんて歌もあるが、西村 由梨は違う。
 成長する限り、いつまでも輝き続けることができる。常に高みを描き、見るものすべてをより高みへと導く。
 それが由梨の、傾城としての在り方だ。
 傾城は見る人がいてこそ輝く華。そして、同じことを続けていては飽きられてしまう。
 だから、常に成長し続ける。人を惹き付けるアバターに、後ろを振り向いている暇なんてない。
 努力には成果を。優しさには笑顔を。
 それが当たり前となるように――それが、由梨の戦う意味でもある。
(だからこそ、私は笑顔を絶やさずに、如何なる時も華麗に気高く)
 鮮やかに舞う剣舞――相州伝政宗・紅一葉を振り合う由梨とそのコピーとの戦いは、もしもここに何も知らぬ観客がいたのならば、それが戦いだとは気づかぬほど優雅だった。
 あくまでも優美な由梨と、由梨と全く同じ姿をしながらも、どこか荒々しく好戦的にすら見えるコピー。両者は間合いを取り合うように舞い続ける。
 そして、その演舞のようなステージには、他にも。
「月を彩る華の舞、津久見弥恵参ります!」
 津久見 弥恵が、華麗なる円舞でワルツを踊るように、自身のコピーへとScarletCendrillを叩き入れる。
 コピーも、同じく踊るようにScarletCendrillの炎を纏う足を振るった。
 川の流れのような滑らかな動きの中、二人の振り乱す美脚から炎が飛び交う。互いにペースを引き込み合い、誘い合うような妖艶な戦いだった。
 しかし、由梨とは逆に、こちらの二人の場合は弥恵のほうが荒々しい。
 余計な雑念を削ぎ落し、昂揚する気持ちの全てを指先から爪先まで行き渡らせて、弥恵は激しく舞い踊る。服は乱れ、光る汗の粒が飛び、黄金の首飾りを煌めかせ、時には勢い余って自ら飛ぶ炎の中に飛び込んで――さながら、硝子の靴で踊り狂うシンデレラ。裸体を晒しても踊り続け天岩戸をこじ開けたアメノウズメ。見る目のない者が見ればそれは、見るも恥ずかしい滑稽にも見えるだろう踊りだった。
 だが、一心不乱にステップを刻む弥恵の姿は、心ある者の胸には迫る、尊い舞だ。
 そんな由梨や弥恵の姿を見て、エレミヤ・エーケロートも改めて気合を入れる。
(今回は影じゃなくて、まるっと自身のコピーなんだねぇ)
 言うなれば、イミテーション(私)のイミテーション(複製品)――。
 エレミヤはこのイミテーションというアバターを、ワンダーテラーと並んで気に入っている。例え真似て作られたものでも、魂は一緒でも、オリジナルとは“違う”物語がそれには宿るからだ。
 だから、エレミヤのコピーにも、エレミヤが歩まなかった物語があるはず。……エレミヤはそう考えた。
 エレミヤは、部屋の中を駆けまわり、哨戒として由梨や弥恵の周囲を泳ぐコピーの幻海魚を閃断のプサリスで斬っていく。
 本当ならばコピーと一対一で戦いたいところだが、エレミヤのコピーは他の者の隙を埋めるように動いており、のらりくらりと逃げられる。こちらは皆一対一を狙っているが、あちらはあくまで団体戦の構えということだ。
 それに、てっきりコピーは本を主体に戦うかと思ったが、閃断のプサリスで隙あらば他の者へ攻撃を仕掛けている。あるものは隈なく使っているといった様子だ。エレミヤもまずは、エレミヤのコピーが狙う、他の者への攻撃を阻止して回ることを強いられた。
 エレミヤだけではない。由梨も、弥恵も、コピーは本人にばかり集中せずに、時折舞うように攻撃対象を交代させた。まるで示し合わせた共演のような動きに、特に弥恵は翻弄され、何度もペースを乱されそうになる。
 そして、隙を埋めるように動くのはエレミヤのコピーだけではない。
 この部屋には御霊 史華と、そのコピーもいるのだ。
 史華のコピーは動き回るエレミヤのコピーの影に身を隠しながら、ここぞという時に姿を見せては弥恵や由梨に懐に飛び込み、ツインランスで攻め立て後退させる。……しかも、現れるごとにその動きのキレが増した。クレッシェンドで畳みかけているからだ。
 ……だが、この四名が、コピーにばかり主導権を握られ続けて何もしないわけがない。
 体勢を崩しながら弥恵が放った炎を、弥恵自身のコピーが躱し、と同時にその後ろから炎の両脇を、エレミヤのコピーと史華のコピーが躍り出る。
 が、同じく弥恵の両脇からも、エレミヤと史華が飛び出した。――わざと体勢を崩したと見せかけることで、コピーたちが一気に仕留めにかかるよう、弥恵が誘い込んだのだ。
 エレミヤのコピーが、ロストグローリアで贋作を作り出す。
 すかさず、エレミヤはエンプティウィルの指差しで贋作を崩壊させた。そしてすぐさまプシュケの書で自身を守る。飛び込んできたコピーの剣を防いで後ろへ跳ね、後退しながら剣を振るう。
 その一撃目は、けれども、セカンドチャンスによる誘いだった。
 畳みかけるように肉薄したコピーの、剣を持つ手を二撃目で下から思い切り払いあげる。直後。
 エレミヤはロストグローリアを発動し、目の前のコピーのすぐ背後に自身の贋作を作り出した。
 二人のエレミヤが、コピーのエレミヤへと前から後ろから閃断のプサリスを叩き込む。
 対処のしようもなく、コピーはそのまま弾け散って掻き消えた。
 ――時を同じくして史華も、ツインランスを二つに分けて、くるりひらりとステップを踏み、回りながら踊る事で左右の穂先による連続攻撃を繰り出す。時間が経てば経つほど激しく華麗になる踊り。クレッシェンドのぶつかり合いが熾烈を極めていく。
 と、激しいばかりではなく、史華はそこで、弥恵の華麗なる円舞と対になるような、静かなる輪舞でコピーを引き込み始めた。
 真似て焦らしつつ、ひらひらと翻弄し相手の攻撃を潰してゆくうちに、コピーの動きが次第に鈍り始めた。
 ここで、史華の動きが変わる。再び、クレッシェンドで激しく攻めて、コピーをどんどんと追い立てた。
 まるで、この戦い方そのものがひとつの唄であるかのような、緩急のある変化。史華のコピーはその変化についてこられずペースを乱した。
 こうなれば、もう史華のソロステージだ。
 追い立て、仲間たちから引き離し孤立させたその場所で、史華はソウルオブパッションの唄声をあげた。
 唄に思いを込め自らの力に変え、舞い踊るようにステップを踏み、想いのたけを力の限りぶつける。
 ――それが私の、私なりのディーヴァのスタイル。
 巻き起こる炎の渦の中に飲まれたコピーは、焼き尽くされて消えて行く。
 その激しい炎を遠く後方に背負いながら、弥恵もまた、自身のコピーを捉えた。
 川の流れのようにステップと共にコピーの懐に飛び込んで、かと思ったらすぐに引く大胆なフェイントにより自身のペースを取り戻す。
 と、コピーが立て直すようにイルミネーションシンデレラの飛行能力で空中へ退避した。けれども、弥恵はすぐにそれを追って、舞の動きで生み出す遠心力に乗せ、まるで空中のブレイクダンスのようにウィンドミルの蹴りを繰り出す。
 舞を駆使してペースを握るとはつまり、弥恵自身が弥恵の舞台を作るという事だ。
 ――最高の瞬間に最大の技を放つ魅せ場を作る。それが弥恵の戦い方だ。
 主導権を奪い返そうと、コピーの繰り出すフェイタルアサルトを躱す。……弥恵が誘い込んで繰り出させたのだから避けるのは容易だった。
 勢いのまま床へと着地するコピーの背後に、弥恵も着地すると同時に大きく足を滑らせて回し、生み出した遠心力でそのままこちらもフェイタルアサルトの一撃を炸裂させる。
「三千界の煌く舞姫、舞台の主役は私です!」
 大きく開脚したまま、勢いをつけて横に回転するような蹴りを叩き入れれば、防御の間に合わなかったコピーは弾き飛ばされ、そして壁に叩きつけられてそのまま霧となって消える。
 と、その時、由梨のコピーが蛇の冠を触媒に、三百二十名の亡霊兵を召喚した。
 すかさず、由梨は傾国の舞を踊る。コピーの亡霊兵たちは次々に同士討ちを始めた。
 傾城にとって、個人の勝ち負けは二の次だと由梨は思う。荒野に自分だけがひとり生き残っても意味がないからだ。見る者がいて、惹きつける相手がいてこその傾城であり、仲間――つまりは由梨の観客を減らすなど、そんなことはできるわけがない。
 ――しかしここで、由梨のコピーも同じ舞を踊り始めた。
 同じ場で、複数人がこれを実行すれば、亡霊兵を狂わせる効果が大きく減衰する。……次第に正気を取り戻した亡霊兵たちは、由梨へと向かって走り出した。
 けれども、弥恵やエレミヤ、史華がそれを止めに入る。
 ――対戦相手の私はあくまで昨日の私。いつまでも同じ場所で足踏みはしていられないわ。
 由梨は、舞うのをやめた。
 ただ一人きりで舞うのではなく、ここには仲間がいる。だから。
 相州伝政宗・紅一葉の短刀を消し、駆ける。立ちはだかる亡霊兵を、弥恵が、エレミヤが、史華が払ってくれる、その真横を一気に。
 そしてそんな仲間と亡霊兵の影に紛れ、コピーに肉薄し、その懐へ飛び込むと同時――由梨は女王蜂の一刺しで、昨日の自分自身そのものともいえるコピーの体を貫いた。
 由梨のコピーと共に、亡霊兵たちが消えて行く。
 より美しく。より華麗に。より華やかに。より魅惑的に。そして、より高みへ。
 鮮やかな終幕だった。
 戦いの中、裏側のようなものを見た者はいなかったが、けれども、一人で彩る舞とはまた違った、共に戦う者たちと織りなすものの可能性のひとつを見出したような気がした。


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