Sweet Queen
キャンディになってしまう時間は1分ほどだったが、それでもミリアムたちが体勢を立て直すには十分な時間でもあった。
万全とまではいかなくとも、キャンディから元に戻った特異者は状況を再認識するまでに僅かに時間を要したし、その隙に甘い香りを嗅いでしまう特異者もいた。
☆☆☆―――――――――――――――――――★★★
「あ、もしもしキョウちゃん? うん、元気してた?
いやぁ、バレンタインだからデートに誘おうと思ったんだけどちょーっととんでもない事態が発生しちゃってね?
もう率直に言うけど助けてぇ!! 俺一人じゃ無理なんですぅー!
あとこんな状況でもキョウちゃんの生声聞きたいし会いたいので!
そしたら俺凄く頑張れるし!
キョウちゃんには被害が行かないようにするから! お願い!!
え? 来てくれるの? わぁい!ありがとー!
あ、匂いとか防ぐ物持ってきた方が良いからね!
うん! 待ってる!」
ジョニーから連絡を受けた
紫月 幸人が最初に行ったことは
キョウ・サワギに助け(?)を求めることだった。
話を聞いた当初は、自分とキョウのバレンタインでイチャイチャデート計画がヤバい!! と思っていた幸人だったがピンチをチャンスに変えることに成功したようだ。
☆☆☆―――――――――――――――――――★★★
「うんうん。面白いことになっているね。で、作戦は?」
呼ばれたキョウがそう幸人に問う。
「んー……」
キョウに問われた幸人はキョウの耳元へと自身が考えてきた作戦をこしょこしょと話す。
「ちょ……くすぐったいだろう。離れたまえ。そう上手くいくとは思えないが……」
幸人と距離を開けながら、まぁせいぜい頑張るといい、と他人事のように告げるキョウ。
こうして幸人とキョウはミリアムへと戦いを挑みに向かう。
目指すはミリアムだがチョコの塊も未だ甘い香りを放ちながら特異者へと触手を伸ばしてくる。
チョコの塊に捉えられていた特異者の救出は成功したが、今また触手によって取り込まれかかっている特異者の姿をキョウが見つけた。
「触手の相手は足りているだろう。少し外す」
「え、キョウちゃん!?」
突如として幸人の傍を離れたキョウ。
「ロッカ、私だ! 目を覚ましたまえ!」
、チョコの塊に取り込まれかかっていた
天峰 ロッカの手を取り、声を掛けながら手を引っ張って救出する。
「……キョウ……?」
ぼんやりと意識を取り戻すロッカ。
心配そうな表情と聞き覚えのある声、自分が贈った歯車モチーフのヘアゴムを見てロッカは目の前にいるのがキョウだと気付く。
「来てくれてありがとう、キョウ」
「ああ、間に合って良かったよ」
ロッカの意識がはっきりしてきたことで一安心した様子のキョウ。
だがチョコの塊に取り込まれかけていたロッカからはメルティ・シュガーの濃厚な香りが漂う。
「く……っ、これが“メルティ・シュガー”の威力か。なるほど、面白いね」
「しっかりして、キョウ」
立ち眩みのような感覚にキョウが口元を押さえる。だが、顔色はあまり良くなさそうだ。
そんなキョウを見てロッカは心を照らす光で少しでもキョウのチョコへの誘惑を断ち切ろうとした。
「ありがとう、ロッカ。お蔭で助かったよ」
「ううん、良かった……!
でも、このままにはしておけない。一緒にミリアムを止めよう、キョウ」
ロッカの心を照らす光のお蔭で何とか正気を取り戻したキョウはロッカのその言葉にこくりと頷いた。
その後、幸人とも再び合流し、三人はミリアムを目指す。
「こちらは任せたまえ。今のうちに頼むよ、ロッカ。ほら、お前も」
キョウが触手の相手をしている間に、ロッカと幸人がミリアムへと間合いを詰めるためにチョコの塊を駆け上る。
二人がミリアムへと行った攻撃、デスモンブランの効果は……――
ロッカのようにチョコの塊に取り込まれて(?)しまった特異者はまだいた。
「ずっと寝てたからお腹空きました……あら、なにやら甘い匂いが……?」
数十分前に眠りから目を覚ました
焔生 藤野は騒動を知らないまま、甘い香りにつられて外へと出た。
「チョコになった特異者……ますます食べてみたくなりました」
騒ぎの中から聞こえる声にチョコの中に特異者が入っていることを知っても藤野のチョコを食べたい欲は収まらない。
寧ろ、どんな味なのかと興味津々の様子だ。
日傘をくるりくるりと回しながら藤野はハート形のチョコレートの塊に向かって進んでいく。
まさか自らチョコを食べに行こうとしていることなど触手が判別出来るわけもなく、藤野に対しても容赦なく攻撃を加えようとする。
そんな触手を藤野は炎の御手と炎の召喚を使って打ち払う。
紫色の炎に包まれ溶け落ちた触手の欠片までもを藤野は美味しそうに齧りついた。
傍目には悠々とチョコの塊に近づき、解体の手伝いをする特異者の一人に見えたのか藤野を静止する者はいなかった。
むしろ、顔見知りとかなら何となく今後起こり得る事態を想定し、止めるのを躊躇った者もいたかもしれない。
何はともあれ、藤野は無事にハート形のチョコレートの塊へとたどり着き、そしてチョコの塊と一体化しつつ、チョコを食べ続けた。
「チョコを食べるだけなら首から上があれば充分です……」
その言葉通りに、藤野は自分の身体がチョコの塊と一体化するのも気にせずにチョコを食べ続けた。
結局、藤野は他の特異者に救出されるまで延々とチョコを食べ続けたのだった。
悲しいやら呆れるやら怒れるやら、三者三様の面々をしながら集まった
桐ヶ谷 遥、
ルナ・セルディア、
焔生 たまの三人。
それぞれ、
水元 環、
メリッサ、
ウリエラ・サブロフを呼んでもらい、合流を果たしたが内に込める感情は様々だ。
(なんだってこう大事なときに変な事件を起こしてくれるのよ……!)
手作りチョコレートを環に食べさせようと思っていた遥は怒り心頭だ。
(もうこうなったらミリアムをとめるついでに味見させてやるわ)
怒りの矛先をミリアムに向け、遥はゾディアック・サインによる強力なオーラを纏う。
(恋する乙女は何者にも負けないのだから……!)
「何をどうすればこんな状況になるのでしょうかね……」
たまの表情はかなり、いや大分諦めの様相だった。
とにかく生き残っている友人たちと協力してミリアムを止めなくてはいけないことはわかっているのだが騒ぎの内容が内容なだけになんとも言えない気持ちになる。
(どうも藤野もその辺でチョコを貪っていそうな予感がしますが、まぁあの子なら問題ないでしょう、たぶん)
夫婦の絆とでも言うべきか、たまのその勘は盛大に当たっていた。
つい数十分前にたまの嫁である藤野は自身が取り込まれるのも構わずチョコを食べていたところを他の特異者によって救出されたばかりだったのだ。
「……うん……いや、これは…………笑えないでしょう」
メリッサにただ普通の一日を過ごして欲しかった、その願いすら叶わずにルナは悲しげな表情だ。
「……うん、悲しくなんて……いや、凄く本音言うと悲しいけど……ごめんね、メリッサ……手伝ってちょうだい……」
申し訳なさそうにルナがメリッサの方を向けばメリッサはただ黙ってこくりと頷いた。
「埋め合わせはこの後で……割に合わないかもだけど、貴方には贈りたいプレゼントがあるの……」
三人の想いは様々ながらも目指すのは普通のバレンタインを取り戻すこと。
そのためにもミリアムを止め、この騒動を収束させなくてはならない。
こうして集まった三人と呼ばれた三名の総勢六名のカオスクッキングがミリアム打倒に動いたのだった。
☆☆☆―――――――――――――――――――★★★
カオスクッキングの面々が市庁舎前に辿り着いた時、戦いはほぼ終盤だった。
しかし、キャンディに姿を変えられた者たちが元に戻ったばかりだったり、長時間戦いすぎて甘い香りに洗脳されそうな者は戦線を離れていたため
戦いは五分五分といった進み具合だった。
「……めんどくさい」
遥がミリアムの元へ行くための道を切り開くため、環がめんどくさそうに触手を切り伏せる。
「このチョコ山、元に戻せるのでしょうかねぇ……? 既にあちこち齧られているような」
先程まで藤野が齧っていたであろう箇所を見ながらたまが呟く。
「これだけ齧られてれば今更どう戦っても同じよ。ウフフっ♪」
ウリエラの言葉にそれもそうか、とたまも納得する。
取り込まれた人達は全員救出されたという話も聞いていたので、ウリエラとたまは深く気にすることなくチョコの塊の解体を急いだ。
「今まで色んな人に咎められたでしょうに。まだ誰かの為を思って動いてくれないのなら……本気で悲しいわ……」
ルナはそう言って涙目混じりに謎のエロ仮面を説得しようと試みていた。
「皆の為を思うからこその糖類補完計画だよ。さぁ、ほら、このチョコを食べて」
ルナの説得を気にも止めず……いや、もしかしたらエロ仮面は本気で誰かや皆を思って糖類補完計画が正しいと思っているのかもしれない。
ずずい、ずずいとチョコを持って近づいてくるエロ仮面とルナの間にメリッサが剣を手に割って入る。
「それ以上、近寄らないほうが身のためだ」
メリッサの視線にそれはそれでぞくりと背を震わせながらエロ仮面は悪びれもせずメリッサにもチョコを勧めてくる。
溜息を吐きながら、メリッサは剣を強く握りしめた。
環を始めとして、たまやウリエラの助力も受けつつ、ミリアムの元を目指す遥。
だが、チョコの触手は遥がミリアムに近づけば近づくほど数を増やし襲いかかってくる。
(なら、目には目を歯には歯を、チョコにはチョコよ!)
遥はシンセシスでチョコを自身に取り込み、自身にチョコの特性を取り込もうとした。
こうすることでチョコレート化していない特異者を狙う習性から逃れようとしたのだ。
「くっ……」
だが、そうは上手く行かなかった。
シンセシスも全てを取り込めるわけではない。毒を取り込むことは出来ないのだ。
今回のはある種の毒であったのかシンセシスでチョコレートの特性を取り込むことは出来なかった。
「……先に進むんだろ」
そんな遥の窮地を救ったのは環だった。
無愛想ながらも励ますような言葉に遥は再び前を見据える。
「ハハっ、脆いねぇ!」
「残りはこちらに任せてくださいね」
ウリエラが切り崩したチョコをたまがホットリミットで溶かしていく。
「バレンタインのチョコって……自分の為じゃなくて、『贈る』ためにあると思うの……」
今回、プレゼンターとして来たルナはそう切々とミリアムを説得しようと言葉をかける。
「プレゼンターになった事ある貴方だもの……分からない……なんてことはないとおもうけれど……。
肯定してくれないなら……悲しいわ…………私、貴方のクリスマスにおける姿勢、とても好きだったから……」
切々とルナが訴えるもミリアムは一瞥しただけで計画を止める気はなさそうだ。
メリッサがルナの肩を慰めるようにぽんぽんと叩く。
「……伝えるべきことは伝えました……。それでも、向かってくるのなら……行きましょう」
伝えたかった気持ちは、想いは、言葉にして贈った。
だが、それが必ずしも伝わるとは限らない。ルナは戦いの決意を新たにした。
ルナとメリッサがチョコの塊へと放った一撃、そしてたまとウリエラのチョコの塊の解体作業。
遥は仲間の後押しと、環の援護を受け、ようやくミリアムの元へ辿り着いた。
「そんなにチョコが食べたければ死ぬほど食わせてあげるわ……! さぁ、味は如何かしら!?」
遥ははるにゃんスペシャルチョコをチョコ人形にしてやる!でミリアムの口から注ぎ込もうとした。
料理のテンサイ(天災)と呼ばれる遥が作った最高チョコ。
世界中の甘みと苦味をぶちこんだ一品を使っての攻撃は……――