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全てがチョコになる日

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全てがチョコになる日
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 Sugar Rain



 バレンタインと言えば定番はやはりチョコレート。手作りをする人も少なくないだろう。
古川 瀬里もまたバレンタインのためにチョコレートを手作りしていた一人だった。

「ふざけるな……!」

 瀬里はジョニーからの連絡を受け、外での騒ぎを知り、怒りを滲ませた。
クリスマスに吉田規夫のクローン体の好物がピザだと知り、美味しいチョコピザを作ろうと試行錯誤していたのだ。
やっと形になったピザを手にワクワクしていたら、この騒ぎだったというわけだ。
 お蔭でメルティ・シュガーの香りを嗅ぐことも、チョコを食べることもなかったが、瀬里的に許せる話ではない。
瀬里はジョニーに吉田規夫のクローン体を呼び出すように頼んで、急いで市庁舎前へと向かった。


☆☆☆―――――――――――――――――――★★★


 瀬里が到着した時、吉田規夫のクローン体も既に市庁舎前にいた。
すぐに瀬里は心の誓いを発動させる。

『どんな手を使っても規夫先輩を絶対に守る』

 そう誓う。その想いは間違いなく瀬里の力の源となるものだった。

「規夫先輩はチョコの塊をお願いします」

「ああ、わかったよ。だけど……君は力が入り過ぎているようだ。身体が硬く感じられるから、注意するんだ」

 規夫にチョコの塊の解体をお願いして、瀬里は規夫を守ることに集中するようだ。
盾に守護領域のルーンを刻み、より守りを強固なものにする。

 他の特異者たちもハート形のチョコレートの塊の解体しており、そこに吉田規夫のクローン体も混ざる。
他の特異者からの話では、もう塊の中に囚われている特異者はいないようだ。

 チョコレートの塊は少しずつ、だが確実のその大きさを衰えさせていた。
だからと言って、触手などの攻撃の手が緩まるわけではない。

 吉田規夫のクローン体がチョコの解体に集中出来るようにと、瀬里は戦場の舞の技術を生かして迫り寄る触手から吉田規夫のクローン体を守る。
吉田規夫のクローン体もチョコに取り込まれるという事態に気をつけつつ、チョコを解体するための攻撃を続ける。

 巨大な建物のようなチョコの塊は今や二階建てくらいの大きさでしかない。
そうしているうちにミリアムの姿も見えてきた。

(というか痛みや苦しみ、嘆きから解放されるとか言ってますけど、それらも私の力。
何より現在進行系で嘆きたいんですけどねぇミリアム先輩?!)

 ミリアムの姿に抑えていたはずの怒りが瀬里の中に再び沸き起こる。

「私は規夫先輩と普通のバレンタインを楽しみたかったんだあああッ!!」

 瀬里はまるで投げつけるかのように、そうミリアムの背にそう叫ぶのだった。




 瀬里と同じ様に今回の騒動に不満を持つ者は多い。

(シャレや冗談じゃ済まない事態だなこれ……折角ヴァイオレットと2人で過ごせる機会をぶち壊しやがって……覚悟してもらおう……!)

 桐ケ谷 彩斗はジョニーにヴァイオレットを呼んでもらうよう伝えながら市庁舎前へ向かった。

(……軍を退役した、戦いが好きじゃないヴァイオレットを余り戦わせたくないが……)

「いや、まじで許さないぞ。ミリアム、ギリアム、エロ仮面……非モテ共が……」

 思わず毒吐きの言葉が口を出る。

「来てもらって悪いな、ヴァイオレット」

「あ、いえ……」

 彩斗と合流したヴァイオレットはいつものように控えめな態度だった。

「あまり、あのチョコの塊には近づかないほうがいいみたいだ。
あとは甘い匂いを嗅いだり、チョコを食べさせられないように口元は手か何かで塞いでおいた方がいいと思う」

「は、はい……!」

 彩斗の言葉にヴァイオレットが慌てて両手で口元を押さえるもそれでは何も出来ないとばかりに片手に変える。
そんな彼女のそそっかしさまで彩斗にとっては恋人になった今となっても新鮮で、こんな状況でもほっこりとしてしまう。

「無理はするなよ」

 ぽんぽんとヴァイオレットの頭を撫で、炎獄をライフル形態に変形させ、臨戦態勢を取る。
チョコの塊へ一発撃ち込むとそこがどろりと溶ける。だが、撃ち込んだそこはすぐに修復され、ダメージがあるのかどうかは曖昧だ。

「ふむ……」

 耐久力的なものなのか、それともワールドホライゾン故に全力を出しきれないからなのか判断はつきにくい。
ただ、熱いものや炎が効果あるのは自分の攻撃もそうだし、他の特異者の攻撃から見ても効果があるのは明らかだ。

「そういえばシャーロットさんは……」

 ジョニーにヴァイオレットの呼び出しとシャーロット・アドラーへの助力のお願いをしていた彩斗がシャーロットの姿を探す。
そこへタイミグン良くジョニーから連絡が入る。

『Miss.シャーロットには今、ギリアムとエロ仮面の対応をお願いしているんだ』

 シャーロットはシャーロットでこの騒ぎの対応に忙しそうだ。
だが、その連絡内容から察するにシャーロットが相手をしてくれているなら、ギリアムとエロ仮面に邪魔されることなくチョコの解体を進めることが出来そうだ。

 彩斗は超高温の炎獄で溶かし斬るようにチョコレートの解体を進めていく。
他の特異者もいるからか、それとも弱まってきているのか触手の攻撃を避けることは造作もない。

 ヴァイオレットがアクティベートしたシールドを彩斗は足場にしたりするなど、連携と援護を上手く組み合わせて戦う。

「ヴァイオレットとあんなことやこんなことをする機会を邪魔しやがって……これがリア充の怒りと情熱の一撃だ……!」

 トドメだと言わんがばかりの彩斗の一撃。
超高温のマナの竜巻を炎獄に纏わせ威力を上げ、雲耀の太刀による神速の一撃で溶かし斬り、超高温の衝撃波を巻き起こす。
だが、その一撃と共に発された言葉にヴァイオレットは

「え……へ……!?」

 と戸惑いを隠せない表情を浮かべるのだった。





 ストレスに甘いものが効く話はよくあるが、その甘いものがストレスになるという人もいる。

(嘘だろ、冗談だろ……悪夢だと言ってくれ。
ただでさえチョコの匂いが辛いのにチョコにされるだと!?
絶対にこの事件は解決しなきゃならねぇ……全力で対応しねぇと……)

 甘いものが大の苦手である飛鷹 シンは騒動に頭を悩ませた。
そもそも甘い物なんてまず食えるか、と遠ざけておいたのが命拾いにはなったが騒動を放置するわけにもいかない。
とりあえず、連絡が着きそうという理由だけでシンはケイ・ギブソンを呼んだが、どうするべきかまだ判断はつかない。

「チョコも食べたくねぇしチョコにもされたくねえ……だってのにチョコを食べたくする……世界の終わりかよ……」

 ぶつくさと呟きながら、うろうろするシンをケイが見つめる。

「甘いものがよっぽどお嫌いのようね」

「俺にとってはな」

 きっぱりと言い切るあたり、よほど嫌いなのだろう。

「ええい、とにかく何とか、何とかするぞ!
悪いが思いっきり手を貸してくれ。せめて真っ当なバレンタインを過ごしてぇ!!」

「わかりました。行きましょう」

 漂ってくる甘い匂いを拒絶するようにシンは口元に布をきつく巻いた。

(つれぇ……ただつれぇ……)

 口を開けてその辛さを言葉にしてしまえば甘い香りを嗅いでしまうため、シンは眉間に思いっきり皺を寄せて不快感を示していた。

(とりあえずこの状況を何とかしたいが、俺がチョコに直接手を出すのはダメだ、勝てない、死ぬ。甘いのに耐えられない。
だから俺に出来る事は一つ。ミリアムを引きずり落とす事……!)

「ケイは援護を頼む。俺はチョコの塊を登って行く」

 チョコの塊は他にも対処している者がいることや、何よりシンがチョコと対峙して勝てるわけがないという判断からシンはミリアムに狙いをつける。
グリローティネを使い、二階ほどあるチョコレートの塊を一気に駆け上がっていく。
迫り寄る触手はケイが迎撃してくれることもあって、さほど障害にはならなかった。

「こんな悪夢みたいな状況は絶対に終わらせてやる……!」

「だぁれ? 私の完璧な『糖類補完計画』を悪夢だなんて言うのは……」

 登ってきたシンをちらりと一瞥し、ミリアムは何でわからないのかしらと言いたげな声音で返す。

「チョコになってしまえば、その良さがわかるわよ」

 足元から漂う甘い香り同様にミリアムが甘い声でそう言いながらシンに触れようとする。

「触られたらだめだよ!」

 嫌いだったはずのチョコに思考を染められそうになったシンをケイの声が現実へと引き戻す。
咄嗟に展開したアンチアバターフィールドでシンはなんとかチョコ人形になることを免れた。

「絶対チョコなんかになってたまるかぁ!?」

 シンの切実とも言える心の底からの叫びに、やっとミリアムの元へ辿り着いたケイがつい小さく笑ってしまう。
だが……――

「それなら、こういうのがいいかしら?」

 チョコにならないと叫ぶシンへミリアムが微笑む。
それと同時にシンの視界も、ケイの視界も鮮やかな赤に支配された。

 ぐるぐると目が回るような感覚の中、二人は意識を手放したのだった。





 騒動が大変とはいえ、見方によってはミリアムに感謝することも出来る。

(ふふ、思わぬ約得ですね! ありがとう、ミリアム! 優しくぶん殴ってあげますわ!)

 この騒動によって普段あまり会えないシャオリーを呼んでもらうことに成功した松永 焔子はそう心の中でミリアムにお礼(?)を言った。

「いきなり変な事件に巻き込んでしまってごめんなさい。でも、最も信頼できる外部の人間の名を上げろと言われた時、真っ先に貴方の名前が浮かびましたわ」


☆☆☆―――――――――――――――――――★★★


「いきなり変な事件に巻き込んでしまってごめんなさい。でも、最も信頼できる外部の人間の名を上げろと言われた時、真っ先に貴方の名前が浮かびましたわ」

「あら、いいのよ。何か大変なことになってるみたいだし、呼んでもらえて光栄だわ」

 久しぶりに会えたことだしね、と微笑むシャオリーと共に焔子はミリアムを止めようと動き始めた。

 シンたちが対峙したことと他の特異者たちがチョコの塊の解体を続けてくれているお蔭でミリアムの姿は容易に視認できた。
シャオリーの右側から回り込み、転瞬走で一気に間合いを詰め、ホライゾンオプティカルサイトを使ってミリアムの止線を見定めようとする。

(彼女が凄腕のスイーツメーカでも無敵じゃないのなら、どんなにか細くとも止線は存在します、必ず)

「ふふ、なんかこうやって一緒に戦うのも久しぶりよね」

 ミリアムに突撃する焔子を援護するように虹鋼の串束を投擲しながらシャオリーが言う。
同じことを焔子もまた感じていた。こうして連携を取っていると久しぶりという感覚すら薄れる。

「私もシャオ姐と同じ様に思ってましたわ」

 シャオリーの投擲に合わせてAAカトラスで止線をなぞり、アマツタタラを放つ。

「スイーツメーカーの止線、見えましたわ!」

 対特異者の武器とスキルをかけ合わせ、その相乗効果でミリアムのアバター自体を機能停止に追い込もうとしたのだ。

「ふ~ん。あなたたちもチョコレートにはなりたくないみたいね」

 焔子の狙いは正確且つ確実だった。それはシャオリーも同感だったようで二人共ミリアムを捉えたと思った。しかし――

「えっ……」

「あら?」

 確実な手応えを感じるよりも先にミリアムの姿がふわふわの綿飴によって隠される。
それと同時に見えていたはずの止線も曖昧なものになってしまった。

「ちょっと危なかったけれど、今回は私の勝ちみたいね」

 綿飴の中から聞こえる声に焔子は仕留め残ったことを知るのだった。





 枕投げを終え、やれやれと一息ついていた小山田 小太郎の元にジョニーから緊急連絡が入る。

「糖類補完計画……まさか、あのお茶会にそんな意図が……!」

 そう言えば……タクミは思い出す。
枕投げの前にどうぞ、と勧められ一口食べてしまっていたのだ。

「言われてみれば、確かにチョコが欲しいような……?」

 枕投げで疲れたせいかとも思っていたがそうではないようだ。

 なにはともあれ対処する必要があるということで小太郎はジョニーにタクミを呼んでもらうよう伝えて市庁舎前に向かった。


☆☆☆―――――――――――――――――――★★★


「己の未熟故、ご迷惑をおかけします……ですが、来てくれたありがとうございます、タクミ君」

「別に構わない。小太郎たちにはブランクを助けてもらっている借りがあるからな。さっさと片付けるぞ」

 急な声掛けにも関わらず来てくれたタクミに感謝しつつ、小太郎は無心無想でチョコの雑念を取り払おうとしていた。

「大変心苦しいですが……メルティ・シュガーの影響を受けている自分はあまりチョコの塊に近づけません。
なのでタクミ君には、自分には出来ないハート形のチョコレートの塊の解体ともし自分がチョコの誘惑に負けそうになった時止めてほしいのです」

「出来る限り、な」

 タクミはそれだけ言うとチョコの塊に攻撃を仕掛けに向かった。
小太郎も遅れまいと続く。無我の境地で邪念を察知し、それらを妨害しつつ、小太郎はミリアムへ呼びかけた。

「ミリアムさん、自分は悲しいんです……バレンタインはチョコを贈る日であって、チョコになる日じゃないんですよ?」

 子供化したアバターでそう呼びかける小太郎の瞳からは涙が次から次へと溢れ出てきていた。

(だって……バレンタインは感謝や愛情を込めてチョコを贈る行事なのに……。
皆チョコになったら、誰が貴女にチョコを贈るのですか……)

「別にチョコを贈ってくれなくてもいいわよ? みんながチョコになれば自ずとそのチョコは私への贈り物になるんだもの」

「そんなの悲しすぎます」

 小太郎の想いを持ってしても、ミリアムは止められないようで……それならばと小太郎はトリック&トリートでチョコの触手に悪戯をしかけた。
そしてその欠片をミリアム目掛けて投げつけ始めたのだ。
 もちろん泣きながら、何度も何度も……。気持ちが上手く伝えられなかった子供のように……。

 だがそんな攻撃がミリアムに効果があるわけでもなく……。
タクミが経験するバレンタインを事件だけで終わらせたくないと思っていた小太郎だったが、その願いもまた叶いそうにはなかった。





 チョコレートの塊の解体が進んだことでミリアムに戦いを挑む特異者も少なくない。

「俺は、お前の言う幸福を認めない……お前がやっていることはヴィガやポセイドン……ユーラメリカの外道共と同じだ!!」

 レディアントフライアーで飛び、疾風怒濤で触手を吹き飛ばしてミリアムに近づいた七篠 時雨はそう言い放った。
その声には、個を奪う者は許さない……という心情とともに、その心情以上の怒りがこもっていた。

「……だが、今すぐすべての特異者を元に戻すなら、そしてこんな真似はしないと誓うなら……この剣を降ろそう……」

 恐らく交渉の余地はないだろう。そうわかっていても時雨はそう押さえつけたような声音で提案する。
仮にも他の特異者の仲間であるということは自身の憎悪を一時的にでも抑えるには十分だった……。

「私がそんな上から目線の言葉に素直にやめま~すとでも言うと思った?」

 クスクスと笑うミリアムからは到底、この騒ぎを収束させる気など感じ取れなかった。
まぁそうなるだろうと想定していた時雨にとってミリアムの言葉も態度もなんら予想外の出来事などではない。ならば、と

「容赦ハ……シなイっ!!」

 時雨はすぐに攻撃に転じた。
ストライダーの力とレイディアントフライアーの本気を出し、想定出来うる反撃と奇襲を回避し、死の波動を纏って千刃白華、疾風怒濤を何度も放つ。

 その勢いはまさしく相手であるミリアムが死ぬまでやめない、と表現しても過言ではなさそうだ。

「勢いだけはいいわね~」

 攻め立てられる戦いすらも楽しむような声でミリアムが言う。
とはいえ時雨に手応えがないわけではない。死ぬまでとはいかずとも、この調子で続ければ自身の魔力が切れるよりも先に決着は着くだろうと思われた。

「ミリアム姐さん!」

「ギリアム! ナイスタイミングね」

 助太刀するようにギリアムがデスモンブランを時雨へと投げつける。
ミリアムのことで頭がいっぱいだった時雨はギリアムの投げたデスモンブランへの対処が遅れてしまった。
その隙をミリアムが逃すわけがない。

「あんまり、邪魔しないほうが身のためよ~?」

 その言葉と共にミリアムの周囲5メートル範囲の特異者たちが丸いキャンディへと姿を変える。
その姿のままでチョコに取り込まれることはなかったが、ミリアムと対峙していた時雨もまたキャンディへと姿を変えられてしまっていた。

☆☆☆―――――――――――――――――――★★★


 薄れゆく意識の中で時雨は夢を見た。
それは鮮明故に夢だとは思えないほどの悪夢だった……。
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