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全てがチョコになる日

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全てがチョコになる日
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 Unhappy Valentine



 敵とはいえ、パっと見としては巨大なチョコレートの塊であることは変わりない。

「ミリアムさんのチョコあまり甘くなかったのです」

 ミリアムからチョコを勧められたものの甘くないという理由で吐き出してしまった小林 若葉はさほどメルティ・シュガーの影響を受けてないように見えた。

「……お腹すいた」

 ジョニーに呼ばれたアンティは騒ぎの内容を聞かされていたにも関わらず、巨大な動くチョコレートの塊を見て、そう呟いただけだった。

「目の前にとても大きなチョコの塊があるのです! これは全部食べるのです」

「……いただきます」

 襲いかかってきたチョコの触手を俊敏な動きで手に取るとそれを口へと運ぶ若葉とアンティ。
そのまま、チョコレートの塊をも食べる勢いで二人は前進していく。

 たとえ自身がチョコレートになろうとも、チョコレートの塊に取り込まれることになろうとも二人の食欲は止まらない。


「さーて、チョコレートの化け物になった特異者を止めるわよ」

 遅ればせながら現場に着いたクロハ・バイオレットが状況を見渡す。

「…………むしろ若葉とアンティを止めた方がいいのかしら?」

 自身のパートナーでもある若葉とアンティの姿にクロハはやれやれと困惑しきりだった。

「あの二人、嬉々として食べに行ったけど……何で建物サイズのチョコレートを完食するつもりでいるのかしら?
いやあの二人ならやりかねないけど……むしろあのチョコ……元々特異者なら食べるのはまずいのでは……?」

 若葉を引き離すのは持ってきている若葉印のお菓子(ほぼ砂糖の塊)でいいとして、アンティは……とクロハは頭を悩ませるのだった。





 ジョニーからの連絡は広がってきているようで騒動を知る特異者の数も増えつつあった。

「んむ? げーむであそんでるあいだに、なんだかダイジケンー?」

 ジョニーからの連絡を聞いて、無月 夜はとことこと市庁舎前に向かう。

「……とりあえず、あのチョコレートの塊から倒せばいいのかしら」

「……あっ! わーいっ、ゆりあさまだーっ! えっへへー、うれしーなー♪ ずっとずーっとあいたかったんだもん!
ちょこれーとのおばけなんてびしっとやっつけちゃって、あたしといーっぱいあそぼーねっ、ゆりあさま!」

 市庁舎前でハート形のチョコレートの塊に狙いを定めたユリアの元に夜は大喜びで駆け寄り、ぎゅーっと抱きついた。

「……久しぶりね。元気にしていた?」

 表情が少ないながらも大人しく抱きつかれているあたり、嫌ではないのかユリアはそう夜に声をかけた。

「うんっ! すっごく元気だよっ!」

 にこにこと邪気なく笑う夜の姿にユリアの口元も僅かに緩んだように見える。

「わーい、わーいっ! ことしのばれんたいんはゆりあさまとイッショだーっ♪」

 だがそんな風に再会を喜ぶ夜の元へもチョコレートの塊は容赦なく触手を伸ばしてくる。

「……油断すると危ないわよ」

 夜の元に伸ばされた触手はユリアによって一撃で斬り落とされた。

「わっ、ありがとーっ、ゆりあ様っ! よーっし、あたしもがんばってやっつけるぞーっ!」

 エンジェリックブーツを履いた夜はエンジェルライドで身軽に動き、チョコの触手の間をかい潜りながらチョコの塊を目指す。

「……次から、次へと……」

 夜の後を追う形でユリアは触手を薙ぎ払いながらチョコの塊を目指す。
だがチョコの塊に近づくに連れてその触手の数はユリアだけでは捌ききれない数になっていた。

「ゆりあ様、あぶないっ!」

「……え、っ」

 エンジェルライドで駆けつけた夜がユリアの腕を引っ張る。ユリアの足元に触手が伸びていたのだ。
そうして二人は助け合いながら共にチョコの塊まで辿り着いた。

「ゆりあ様」

 クルセイドシールドでチョコの塊からの攻撃を防ぎながら、夜はあることをユリアの耳元へと囁いた。

「……わかったわ」

 こくりと頷くユリアに夜も微笑む。そして二人はチョコの塊を見据える。

「あたしとゆりあさまのすぺしゃるゆーじょーパワーをうけてみろー!」

 二人がほぼ同時にチョコの塊へとクルセイドスラッシュを叩き込む。
チョコの塊は一度大きく震え、その動きを止めた。だが、再び動き始める。
チョコの塊の一部は大きく剥がれ、解体に成功はしたが、二人の一撃は止めを刺すまでに至らなかった。

「あー、だめかー」

「……でも悪くなかったと思うわよ」

 止めを刺せなかったことを残念がる夜だったが、ユリアは一応の手応えを感じたようだ。

「……ほら、続けましょ」

 今度はユリアが先陣を切る。前線でぼーっとしてられないとはいえ、ユリアはどこか夜との共闘を楽しんでいるようにも見えた。





 夜のようにゲームの世界から帰ってきた後に騒ぎを知った特異者は少なくなかった。

「これはどういう状況なんだ」

「なんだかかなりカオスなことになってるわね。糖類補完計画? ミリアムさんが考えたことみたいだけど、想像以上に大変なことになってるみたい」

「バレンタインってのはチョコレートを渡し合うイベントだって聞いてたんだが、違ったのか?」

 ジョニーからの連絡に柳 綺朔レナード・アンカーが急いで準備する。
市庁舎前の状況と共に綺朔たちにジョニーから別の旨の連絡も入った。

「え? 皐月がチョコレートに取り込まれたですって?」

 どうやら綺朔のパートナーである東雲 皐月がハート形のチョコレートの塊に取り込まれてしまっているようだ。

「はぁ……まったくあの子は。どうせ美味しいチョコレートにつられて食べすぎたんでしょうね」

 予想がつく皐月の行動に綺朔とレナードは市庁舎前へと急ぐのだった。


――ジョニーからの連絡が入る少し前……

「お姉様とレナードお兄様がRWOに赴いておられる間に、わたくしはお姉様たちにお渡しするチョコレートを作りましょう」

 日頃の感謝を伝えるためにと皐月はいそいそとチョコレート作りを始めた。

「それはそうと、チョコレートの甘い匂いがそこかしらからしますわね。とても美味しそうで、心躍ります」

 このチョコレートが美味しく出来ればきっと二人は喜んでくれる。
そうこの甘くて美味しいチョコレートが、とても良い匂いのチョコレートが……チョコレートが…………。

 いつしか皐月の思考はチョコレートに染め上げられてしまっていたのだった。


☆☆☆―――――――――――――――――――★★★


「ミリアムさんたちは他の人に任せて、私達はチョコの塊を対処しましょう。ついでに皐月も助けてあげないと」

「まあなんにせよ襲ってくるなら排除するしかないだろうな」

 市庁舎前の惨状を見つめながら綺朔とレナードが策を立てる。
幸い、皐月はチョコレートの塊の表面上の浅い部分に取り込まれているようで助け出すことは可能そうだ。
とはいえ、すんなりと救出させてくれるわけではなさそうだ。

「それにしても、この甘い匂い……クソ、おかしくなりそうだ。
チョコレートが無性に食べたくなって……って、ダメだ、食べたらこいつらと一緒になる」

 くらり、と視界がチョコレート色になりそうなのを堪えつつ、レナードはカモフラージュコートで紛れつつ、フォーミングハンマーとレーザーカッターを使って皐月の救出を試みる。

 綺朔はというとチョコの甘い匂いの誘惑を気迫で乗り切るのと同時に迫ってくる人たちを近づけさせないようにする。
ヒスイの珠で力を増したフロストブロウの雹でチョコを削っていく。
レナードが救出に専念出来るようにと襲いかかってくる触手はターゲットロックを使ってリボルバーで確実に仕留めていく。

「よし……。これでいいな」

 皐月を救出したレナードが呟く。綺朔とアイコンタクトを取りつつ、皐月を抱えて騒ぎの広まっていない物陰に向かう。

「皐月……皐月……!!」

 レナードが声をかける。遅れて綺朔も合流し、二人が心配そうに見つめる中、皐月がうっすらと目を開ける。

「あら? もしかしてわたくし、チョコレートになっちゃってました?」

 ぽやん、と皐月が問うと、綺朔とレナードはやれやれと言った感じでため息混じりに頷いた。

「それにしても、レナードと一緒にRWOにログインしててよかったわ。
そうじゃなかったらこのチョコの塊の一部になっていたかもしれないなんて、考えたくはないもの。
まあこの現状をどうにかしない限りは、変わらないんだけどね」

 一旦、離れたとはいえ騒ぎはまだ収まってはいない。綺朔がちらりと市庁舎前の方を見る。

「これが終わったらちゃんとしたバレンタインってやつも経験してみたいもんだ。
そのためにも早く片をつけるしかないな」

 綺朔と同じ方向を見つつ、レナードもそう言った。そんな中で……――

(……ふと思ったのですが、わたくしがチョコレートになってしまえばお姉様に食べていただけるのでは?
って、そんな考えはいけませんわね。お姉様たちとお話しできなくなるのは、わたくしにとって耐えられないことですもの)

 助け出された皐月はそんなことを呑気に考えていたのだった。





 ジョニーからの連絡の後、特異者のパートナーから取り込まれたから助けてほしいと連絡を貰った者もいた。

「柚子が!? それは間違いないのかい!?」

 連絡を受けた鴨 希一は驚いた声音でそう返した。
たくさんの特異者たちがチョコレートの塊に取り込まれてしまったという話は聞いていたが、まさか自分の最愛の伴侶でもある鴨 柚子までもが取り込まれてしまったというのだ。

「……わかった。アーモリーに行くつもりだったが、予定変更だ。すぐ助けに向かうよ」

 強敵であるという話は聞いているものの、今までの経験から言って柚子がそう簡単に取り込まれてしまうとも思えない。
だが柚子のパートナーからの声に嘘らしい色はなく、そもそも嘘を吐く理由もわからない。
にわかに信じがたい話ではあったが、柚子が囚われていると聞き、いてもたってもいられない気持ちであるのもまた確かで……。
 希一はすぐに市庁舎前へと向かうのだった。


☆☆☆―――――――――――――――――――★★★


「これは……一体……」

 市庁舎前は希一の想定以上の騒動になっていた。
あちこちでチョコの触手と戦う特異者の姿や巨大なハート形チョコレートの塊を削っていく特異者、中には今まさに取り込まれてしまった特異者も……。
取り込まれた特異者を救出している姿もちらほらとあるようなので救出が不可能というわけではなさそうだ。

「…………柚子!!!」

 仮に救出出来るとしてどうやってやれば……と考えながらチョコレートの塊を見上げた希一の視界に既に一体化しつつある柚子の姿が目に入る。
柚子の姿を視認した希一は頭が働くより先に身体が動き出していた。

 襲いかかってくる触手を刃符乱舞で切り落としながら、チョコレートの塊へと急ぐ。

「邪魔だよ」

 口調はいつものままに、だが声音は確実に冷たいものだった。
どうして……そう思う気持ち以上に柚子を早く助け出したくて焦る気持ちがいつもの希一にある冷静さを失わせていたのだろう。

 柚子を助け出したいという気持ちの勢いのままに希一はチョコレートの塊へと陰陽師の技を使って攻撃を放つ。

「柚子は返してもらうよ……。爆!!」

 起爆符で弱らせたところへ、続けざまに天解にて大ダメージを与える。
通常より威力は劣るが特異者が囚われているという状況から考えるにそっちの方が好都合だった。

 動きを鈍らせたチョコレートの塊から柚子が切り離されたように分離する。
その隙を希一が見逃すはずなく、柚子をお暇様抱っこするように抱えるとすぐに戦線から外れた。


「柚子……、柚子、大丈夫かい?」

 未だ気を失っている柚子へ希一が声をかける。
その呼びかけに応えるように柚子の瞳がゆっくりと開かれる。

「う、ん……? ……あれ、きいち……? わたし……」

 心配の色を瞳に滲ませたまま、安堵の表情を浮かべる希一に柚子は今の状況がわからず記憶を辿る。

「ミリアムの計画する糖類補完計画とやらに柚子は巻き込まれたんだよ。
チョコレートを食べるか、甘い匂いを嗅ぎ続けると、今市庁舎前にいる巨大なハート形のチョコレートの塊に取り込まれてしまうんだ」

 希一の言葉を聞き、柚子は思い出した。ミリアムに勧められるままに“メルティ・シュガー”製のチョコレートを食べてしまったことを。

「ッごめん……ごめんね、私……希一に、とびっきり美味しいお菓子を作ってあげたくて、それでっ……。
それなのに、こんな事件に気づかず巻き込まれちゃって……迷惑も、心配もかけて……」

 目を開けた瞬間の希一の表情を理由が分かった柚子は途端に平謝りした。
悪気があったわけじゃないとはいえ、心配をかけてしまった。そして状況から察するに希一は自分を助け出してくれたのだろう。

「ごめんなさい……」

 申し訳無さと不甲斐なさがいっぱいで、それでも謝ることしか出来ないことが柚子には歯痒かった。
希一の顔を見ることすら出来なくて俯く柚子を希一は優しく抱きしめる。

「本当に無事でよかった……。ジョニーから連絡を貰って、その後に柚子が取り込まれてるって聞いていてもたってもいられなくなったんだよ。
まさか僕のために騒動に巻き込まれてしまったなんて知らなかったから、どうしてだろうって気持ちばっかりで……」

 そう話しながら希一の腕の力はどんどん強くなっていく。

「攻めるような口調になってしまっていたならごめんね。謝ってほしかったわけじゃないんだ。ただ……本当に、心配で……」

 助けられてよかった……と消え入るような声で言いながら力強く抱きしめる希一の様子に柚子もそっと抱きしめ返した。

「よし……もう大丈夫。行こう、希一。希一が私を助けてくれたように、塊の中で苦しんでる人はまだいっぱいいる。
必ず護りきってみせるから。希一は後ろ、お願いね」

 互いに落ち着いたこともあり、戦線への復帰を提案する柚子。
希一もこくりと頷いたが、その後柚子の頬をむにりと摘む。

「柚子……僕たちの関係は護り護られ、じゃないよね。どんな時も一緒に、だよ」

 それにまた無理されちゃ心配だし……と希一は苦笑しながら言葉を続けた。

(……そっか。私、いつも前に出なきゃって、護らなきゃって思ってた。
それってきっと、失いたく無かったから。私と共にいて、傷つく希一を見たくなかったから……。
でも、そうじゃない。……失うとか、失わないとかじゃなくて。隣りにいるからこそ、助け合って出来る事って、きっとある)

「……戦おう、希一。言われた通り、無理はしないようにするけれど、私は馬鹿で……先走っちゃうかもだから。だから……隣にいてね、希一」

 いつものように優しく微笑む柚子に、今度こそ希一はしっかりと頷く。

「ああ。僕はいつでも、いつまでも柚子の傍にいるよ。どんな時だって……」

 そう言って微笑む希一はそのまま柚子の頬に軽くキスをした。

「バレンタインのお楽しみは騒動を終わらせてからゆっくりと、ね?」

 優しい眼差しのまま、からかうようにそう言った希一の言葉に、柚子はあれこれとつい想像してしまい顔を真赤にする。

「が、がんばる……」

 とびきり美味しいチョコレートを作ることは出来なかったけれど、騒動を終わらせれば二人で過ごせると考えるとそれだけで勇気づけられるようだ。
赤い顔のまま、希一にお返しのキズを頬にして、柚子は市庁舎前を見据えた。

 二人は救出された人達が触手で再び取り込まれないように護ることに主軸を置いて立ち回ることにした。
柚子と希一、二人の絆と想いをぶつけるべく、二人は市庁舎前へと一緒に駆けていくのだった。
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